トロイテレフォンショッピング3

 

テレビのチャンネルを変えたショーンは、最早耳に聞きなれた深夜のテレフォンショッピングの音楽に、またか。と、眉をひそめた。

この番組は、見ようと思って、新聞のテレビ欄を探すと、何週もやっていないのに、もうどうでもいいと思い始めた途端、画面に登場した。

今夜もまた、ショーンが眠る前にスポーツニュースの総括でもやっていないかとあくびをしながらチャンネルを変えていると邪魔をした。

映画トロイの音楽を無理やりテンポ良くしたような音楽をバックに、安っぽくけれども、いかにも清潔そうで白々しいほど明るいライティングのセットは健在だ。

オーランドがこの番組で通販した健康器具スパルタンXは、埃を被っていた。

秘密の三角木馬は、オーランドがファンから貰ったオーランド人形が股裂きにあいながら、乗っかっている。

勿論、乗せたのはショーンだ。

「おーい。オーリ。久しぶりにお前の好きな番組がやってるぞ」

ショーンは、リモコンを机の上に放り出しながら、オーランドを呼んだ。

「ほんと?今行くから、番組変えないで!」

こちらも、もう寝ようと歯を磨いていたオーランドが、歯ブラシを咥えたまま洗面所から大きな声でショーンに言った。

追って、ばたばたと走る音が近くなる。

ショーンは、首からタオルを提げているオーランドを見ながら呆れた声を出した。

「お前、そんな必死になってみなくちゃいけないような番組か?これ?」

「ショーンが見せてくれなかった木馬の使い方ビデオの秘密を知るためにも、その番組が、やってる時は必ず観るって決めてるんだ」

大慌てで口を濯いで来たらしいオーランドは、唇に歯磨き粉をつけていた。

「まだ、そんなこと言ってるのか?」

「だって、あの出てた人、絶対にショーンに似てたじゃん!」

ショーンがこっそり見たそのビデオは確かに、自分にそっくりな人物が、とんでもないことをしていた。

だが、本当に、全く身に覚えのないショーンは、肩を竦めて笑い、オーランドの唇をタオルでぬぐってやった。

 

ショーンがオーランドに膝枕をさせて見始めた画面では、音楽が変わり、カメラは白い歯を見せて笑うエリックをアップで写した。

今晩もエリックは、トロイ特有の青い衣を身にまとい、しかし、ヘクトルをやっていたときには、全くと言っていいほど見せなかった満開の笑顔を大盤振る舞いしていた。

安売りにもほどがあるというほどだ。

「テレビの前の皆様、こんばんは。トロイテレフォンショッピングの時間です。今晩も、素敵な商品を紹介させていただきます。ねぇ、ヘレン」

「ええ、ヘクトル。私、この番組で紹介される商品を見るのがとっても楽しみなの。いつもドキドキしちゃう」

「そうだよね。トロイテレフォンショッピングで紹介される商品って、とても素敵だよね」

「ほんと、お客様からも、とってもご好評頂いてるし」

ダイアンは、白いドレープたっぷりのドレス姿で、やはり頭にきらきらした飾りをつけていた。

ダイアンの笑顔もエリックに負けていなかった。

二人の笑顔で、画面にハレーションが起きそうだ。

「お客様から、ご好評だってさ。オーリ。よそのうちでも、あの三角木馬は人形置き場かな?」

「違うよ。ショーン。よそのお宅では、ちゃんと使用目的どおりに使われてて・・・」

ショーンは、にやにやとオーランドを見上げた。

「なんだ。オーリ。お前、乗りたかったのか?」

「・・・だから、ショーン・・・」

画面の中では、テンポよくカメラがダイアンに寄った。

ダイアンは、急に笑顔をひっこめると、眉間に皺を寄せた。

「暗い顔をしているね。何か、悩み事かい?ヘレン・・・?」

エリックが、心配そうにダイアンを見つめた。

ダイアンは目をぱちぱちとさせ、縋るようにエリックを見た。

「ええ、ヘクトル。私、悩んでて。実は、私の好きだった人になんだか奥さんがいたみたいで・・・」

このシーンでダイアンに出された指示は、困ったような顔をしていることというだけだった。

ダイアンは、エリックからアプローチを受けていた。

けれども、そのエリックには、妻子がいた。

木馬販売の番組の最中に、突然そのことを知らされたダイアンは、ショックを受けた。

精神的慰謝料代わりの思い切ったアドリブだ。

しかし、うつむきがちな顔を作っていたダイアンがそっと顔を上げても、エリックに動揺はなかった。

流石に、普段、押入れ収納ケースを売っているだけはあった。

「信じられないな。ヘレンみたいにきれいな人にそんな不幸があるなんて!」

ダイアンに向かってエリックは、大げさに驚いて見せただけだった。

すばらしい面の皮の厚さで、エリックは、ダイアンの肩を抱きながら、心底同情したような声を出した。

「そんな不幸な恋をしていたなんて、知らなかった。ヘレン。かわいそうに!僕でよければ、いつでも相談にのるからね。ああ、でも、今日は、そんな君にぴったりの商品を紹介するよ。これを買えば、君だって、即ハッピー!不倫をしたがるような最低男なんかより、ずっと素敵な彼が現れて、永久就職だって夢じゃない」

エリックは、ダイアンが言っているのが自分のことだと十分に知った上で、顔色一つ変えず、番組を進行した。

その上、芸達者なエリックは、マイクに拾われないよう、慰めるようにそっとダイアンを抱き寄せ、こっそりと耳元でささやいた。

『ダイアン、君、アシスタントやめたいの?』

エリックの低い声に、ダイアンは、息を呑んだ。

ダイアンの細い指が縋るように、エリックの衣装を掴んだ。

「ヘクトル・・・」

「不安そうな顔をして。かわいそうなヘレン。けれども、大丈夫。今日紹介する商品を買えば、ヘレン、君の悩みなんて、すぐ解決できるよ」

真っ白い歯を見せて笑うエリックは、悪意のない顔を視聴者に向かって見せながら、舞台の袖に向かって手を振った。

この動きは、ダイアンとの打ち合わせになかった。

ダイアンは、舞台の進行に不安を感じながらも、エリックの隣で、笑顔を浮かべた。

「ヘクトル。今日は、どんな素敵な商品を紹介してくれるの?」

「それは、出てきてからのお楽しみ。さぁ、入って。皆さんにもご紹介します。今週から、商品の紹介を手伝ってくれることになった。ブリセウス!」

舞台袖から、まだ布に包まれた大きな代物を盆の上に乗せたブリセウスが登場した。

新しいアシスタントの投入など聞いていなかったダイアンの眉に間には、作り物ではない本物の苦悩皺が寄った。

エリックは、にこにことダイアンの顔を覗き込んだ。

「ヘレン、君は、ブリセウスと始めて会うだっけ?今日から、彼女も一緒に番組を手伝ってくれるんだ。さぁ、お悩み中のヘレン、君は、彼女の運んでくれたモノを見たいかい?」

「ええ、ええ。ヘクトル。ぜひ、彼女が持っているものを私に見せて頂戴。ちょうど悩んでいる私にぴったりの商品を紹介してくれるなんて、トロイテレフォンショッピングって、なんて素敵な番組なの!」

アシスタントの職を失うなんて真っ平なダイアンは、引きつりそうになる頬に意思の力で微笑み変え、ライトを浴びているローズの全身をチェックした。

ダイアンの金髪とは対照的な漆黒の髪。

そして、上品に整ったダイアン顔立ちに比べると野性味の強いローズの顔。

すこし不機嫌そうなその顔に笑みが浮かぶと、見ているものは、引き込まれそうになる。

ダイアンは、カメラに入るため、自分からローズに近づいた。

「今日は、どんな素敵な商品の紹介なのかしら?」

ローズの持っている商品の上に被っていた布をめくった。

「まぁ!」

その時、ダイアンが出した声は、真実驚いたため出たものだった。

思わず大きく口のあいた間抜け顔をカメラはアップで抜いた。

ダイアンは、トロイテレフォンショッピングで扱う品に、変わったものが多いことは知っていた。

だが、まさか、こんなものを欲しがる人がいるとは思えなかった。

何かといえば、それは、四方30センチ程度の神殿のレプリカだ。

それでもダイアンだってプロだ。

「素敵!これは、どうやって使うものなの?ヘクトル」

わざと、ローズに被り気味に立ったダイアンは、とても興味深そうな顔で、エリックに質問をした。

エリックは、それこそ、立て板に水と商品の説明を始めた。

「これはね。ヘレン。太陽神であるアポロン神殿の完全ミニチュアなんだよ。ヘレンも良く知っていると思うけれど、トロイ戦争ってのがあっただろう?あれは、すばらしい壮大な戦いだったね。この神殿原型は、あそこの遺跡から発掘されたものなんだ」

「素敵ね」

こういう合いの手を入れるのは、ダイアンのお得意だ。

胸の前で指を組み合わせ、すこし小首をかしげながら、それで、それで?と、目で続きを促した。

「あの神殿自体、トロイの政治まで動かした霊験あらたかなものなんだけど、それをミニチュアにしたこの神殿も、それは、それは、霊験あらたかでね。これを家にお祀りして、朝晩に祈れば、これからの季節、大変な花粉症・OAのせいで起こる肩こり。女性におおい冷え性や、子供の夜泣き・亭主の浮気などなど、なんでもかんでもすべて一挙に解決してくれるんだ。家内安全、商売繁盛。交通安全に、安産祈願。なんでもござれの優れもので、その上、これすごいんだよ。毎日祈っていると、人を穏やかな気持ちにさせてくれるんだ!ストレスの多い毎日、とっても素敵なアイテムだろう?」

画面を見ていたショーンは、思わず笑ってしまった。

ここまでうそ臭いと、ちょっとその神殿を買ってみたくなった。

相も変らぬエリックの無敵な商売上手ぶりに、お前こそ、これを家に祀って祈っているんじゃないのかと、一人で突っ込みを入れていた。

ちなみに、サッカーチームの優勝くらいしか願い事のないショーンの頭は、オーランドの膝の上に乗っている。

オーランドの指が、ショーンの髪を梳いていた。

画面では、エリックは、ローズへと視線を切り替えていた。

「ブリセウス。君から、この神殿についての説明をしてくれるかい?」

「ええ、ヘクトル。喜んで」

神殿のレプリカと供に、ライトを浴びたローズは、ダイアンを押しのけ、前に出た。

見ているショーンとオーランドは知らないが、画面の中では、10年だか掛かってやっていたのんきなトロイ戦争よりずっと恐い女の戦いが繰り広げられていた。

ローズは、ダイアンにわざと被るようカメラの前に立っている。

「この神殿は、G国の王であり、かつ、考古学にもとても造詣が深い、アラ・ゴルン氏によって発掘されたものなんです。彼は、子供のように、トロイの遺跡について夢を見続け・・・」

「なんでも、アラ・ゴルン氏は、相当なオデッセウスのファンだったそうだね」

エリックは、火花を散らす女二人を尻目に自分にカメラを引き寄せる。

「ええ、そう。ヘクトルったら、物知りね。そうなの。アラ・ゴルン氏は、その著書に、ペネロ藻と名乗るほどのオデッセウスマニアで、彼が触ったに違いないトロイの神殿は、自分で掘り返さないと気がすまないって、国費を投入してまで、神殿の発掘に力を入れて・・・」

「困った王様だね」

ブリセウスと、ヘクトルは、ダイアンを一人おいたまま、仲良く番組を進行した。

画面に、発掘現場で、難しい顔をしてポーズを決めているアラ・ゴルン氏の写真が写った。

アラ・ゴルンの名に、眉の間に皺を寄せながら画面を見つめていたショーンは、その写真に思わず吹き出した。

ヴィゴが、ミナスティリスでの戴冠式の時の衣装で、遺跡の前に立っていた。

片手にスコップを持っている。

オーランドは、手を叩いて喜んだ。

「なに、アレ!!」

「ヴィゴの奴、すごく似合ってるじゃないか、だから、たまらないんだよな。この番組!」

ショーンは、オーランドの膝を叩いて喜んだ。

 

画面は、アラ・ゴルン氏の発掘現場映像に切り替わった。

「私は、確信していたんだ。ここにオデッセウスの触れた神殿があるのは、間違いって。それは、私に流れるヌメールの血がそう教えていてね」

穏やかに微笑むアラ・ゴルン氏は、発掘の最中らしく、ツナギ姿で、首に温泉のタオルを巻いていた。

安全マーク入りのヘルメットといい、その手に持ったつるはしといい、ショーンと、オーランドを喜ばせるアイテム満載だ。

「うわ〜。王様、超格好いい!汚れ方もぴったりで、まるでここの現場にいるために生まれてきたみたい!」

「おい、オーリ、あの胸ポケットの刺繍。ゴンドール発掘チームって書いてある」

ショーンは、画面に身を乗り出した。

少し目を細め、画面に向かって指を指した。

「なぁ、あれ、あの端っこに写っているの、アキレスじゃないか?」

「ええ?アラゴルンだけじゃなくて、アキレスまでいるの?」

ヴィゴの背後、画面の切れかけているところに、アキレスがいた。

アキレスは、鍛え上げた筋肉を見せびらかすためか、一人ランニング姿で、振り上げた両腕も逞しく、つるはしで、がつんがつんと地面を掘り返していた。

その音に気付いたのか、アラ・ゴルン氏は、振り返ると大きな声をだした。

「おい!君!ああ、また、君か!だめじゃないか。君の領分は、西側だろう。こっちは、私の現場なんだ」

「うるさい!俺のところは、壁にぶち当たったんだ」

「ああ!そういう力任せな仕事をして!だめだ。もっとソフトに。もっと丁寧に。そんな風だから、君はオデッセウスにも・・・」

ごにょいごにょと途切れた音声に、目を吊り上げたアキレスが、アラ・ゴルン氏をつるし上げた。

「ああ?なんだって?自分のとこの金髪助手相手に、セクハラ三昧のドスケベが何を言いたい?」

「いや、べつに?乱暴もののアキレス君が、オデッセウスに嫌われていたなんて、一言も。いやぁ、アキレス君。オデッセウスは本当にいいねぇ。あのむっちりとした太腿サービスといい、腕だって、背中だって、視線のやり場に困るくらいで。はっ、はっ、は。うちの助手なんて、恥ずかしがって、いつもいつも首元までしっかり釦も留めてしまうし」

アラ・ゴルン氏は、神殿の説明とは全く関係ないノロケだかなんだかわからないことを言い出した。

アキレスの目はますます吊り上がった。

鼻息がマイクで拾えるほど荒い。

突然、画面がローズに切り替わった。

見苦しい場面になるといきなり映像が切り替わることなんて知らないローズは、ぼんやりとアポロン神殿を胸に抱いていた。

ブリセウスは、アシスタント初仕事だった。

すかさず、にこやかに笑ったダイアンが画面に割り込んだ。

「この神殿を他にも掘ろうとしていた人がいることを知ってる?ヘクトル」

「えっ?他にもそんな人がいたのかい?」

「ええ、そう。シュリーマンと言う人が・・・」

「いいえ!ヘクトル」

失点を取り返そうと、ダイアンを押しのけ、ローズが前に出た。

アシスタントの座をめぐり、女の戦いが華々しい。

「ヘレンは、ご存じないようだけれど、シュリーマンが掘っていたのは、この神殿以外の部分」

ローズは、にこりとダイアンに笑いかけた。

ダイアンの顔が引きつっている。

「この神殿を掘っていたのは、アラ・ゴルンさんと、アキレスさんだけよ。でも、結局、神殿は、アラ・ゴルンさんの手によって発掘されたの。アキレスさん、果敢にチャレンジしてたみたいなんだけど、力強すぎたみたいね。アラ・ゴルンさんとは、反対側から掘ってきて、神殿の壁にぶつかった時、頑張って掘りすぎて、土砂が崩れ落ちちゃったみたい。頑張ってらっしゃったのに、気の毒だわ」

「そうか、アキレスさんも、かなりなオデッセウスマニアだからね。それは、とても残念なことだったね」

「ええ、でも、さすがはアキレスさんだと思わない?」

「その力強さ。やっぱり秘密はあれのせいかな?」

すかさず、スパルタンX販売時の腹筋するアキレスの映像が差し込まれた。

アキレスの腹筋は、むきむきと割れていた。

ふんっと吐き出す鼻息も荒い。

エリックは、煽った。

「我がスパルタ通販が誇りを持ってお勧めしたスパルタンXで鍛えているアキレスさんだからね」

「ええ!そうよ。注文殺到だったあの商品で鍛えてらっしゃるアキレスさんだもの!」

「今日、スパルタンXを紹介できないのは、残念だね」

「ほんとね。でも、今日ご紹介の商品だって、スパルタンXに負けないくらい素敵だわ!」

ライトに照らされたローズの笑顔は、ばら色だった。

分の悪いダイアンは、ローズの持つ神殿に祈り始めた。

エリックは、売れる絵を見逃さない男だ。

「何をお祈りしたんだい?ヘレン」

ダイアンは、照れたように笑った。

「素敵な人になれますように、って」

エリックは、自分へとカメラを引き寄せた。

「ダイアンは、お祈りなんかしなくても素敵だけどね。でも、お祈りしたら、もっと素敵さ。さぁ、では、きょうご紹介のこの商品、アポロン神殿がどうすばらしいのかを一目でわからせてくれる人物を紹介するよ。ヘレン、君がなりたいって願う素敵な人物ってこういう人だろう?どうぞ。プリアモス!」

エリックの処理の仕方は、一流だ。

心にもないような言葉を繋いで、進行を強引に進めると、真っ青なトロイの衣装を身につけ、笑顔のピーター・オートゥールが現れた。

ピーターは、しかし、エメラルドグリーンの靴下を履いていた。

だが、ダイアンは、現れた人物の服装の奇怪さよりも、その人物が顔見知りであることにとても驚いた。

ピーターは、ついこの間、ナンパされた新しい彼の父親だった。

引きつり顔のダイアンは、それでも、ローズに負けまいとエリックに喰らい付いていった。

「優しそうで、素敵な方だわ。エリック、私に紹介して」

「そうだろ?ヘレン。彼って、とっても優しそうだろう?彼は、この神殿に毎朝、毎晩お祈りを続けていらっしゃるプリアモスさんだよ。このプリアモスさん、お若い頃は、剣豪として付近にその名を知らしめていらっしゃったといういかめしい方だったんだが、この神殿に祈るうちに、すっかり温和になられたんだそうだよ」

民族衣装にエメラルドグリーンの靴下でにこにこと笑うピーター・オートゥールは、ダイアンにとって、温和というよりも、おじいちゃん、すこし呆けちゃってる?という心配の対象だったが、ダイアンはエリックに賛同の笑みを浮かべた。

「素敵なおじい様」

ピーターはにこにこと笑うだけだった。

ダイアンは、本当に、ピーターが呆けているのではないかと、心配になった。

エリックで辛酸を舐めさせられたこともあり、ダイアンは、新しい彼を、エリックとは正反対の甘い顔立ちで性格も甘ったれの可愛らしい男にしていた。

つまり、可愛げがある分頼りなく、もし彼にマイナスな部分があれば、それはそのまま将来のダイアンの負担になることは目に見えていた。

突然、ピーターが口を開いた。

「今日は、海の上に、かもめが飛んだ。皆に幸いがあるだろう」

ピーターの言葉にダイアンは震えそうになった。

勿論、エリックは鉄壁だった。

「そうですか、プリアモスさん、海の上をかもめが飛びましたか。すばらしいですね。ヘレン、すごいだろう。この神殿にお祈りを続けると、御神託まで下るようになるんだ。君も欲しくなっちゃっただろう?」

「ええ、ええ、勿論!ヘクトル!!」

続く不幸に、ヘレンはぐっと涙を堪えた。

ピーターが大きな声で、神殿に祈り始めた。

青ざめた顔のダイアンとは対照的に、ローズは、優しげな目つきで、ピーターを見つめた。

「太陽神はあなたと供に・・・」

「おお!なんと気高い乙女なんだ!あなたは、神の巫女に違いない!」

感激したピーターの声に被るように、エリックが割り込んだ。

「さすがに、霊験あらたかで、すばらしいアポロン神殿」

笑顔も強気に、エリックは続ける。

「さて、このすばらしい商品を、今夜は皆様にご紹介です。いまなら、巫女に扮したローズのブロマイドも付いています。勿論、我がスパルタ通販がご紹介する商品です。プレゼントはそれだけではありません。なんと!太陽神アポロンと、この神殿の関係がよくわかるアラ・ゴルン氏改め、ペネロ藻さん執筆の、「大好きだ!オデッセウス、世界の中心で、オデッセウスに愛を叫ぶ」や、「いま、オデッセウスに会いに行いきます」、それに、「オデッセウス、君に読む物語」の三冊をプレゼント。「大好きだ!オデッセウス、世界の中心で、オデッセウスに愛を叫ぶ」、「いま、オデッセウスに会いに行いきます」、それに、「オデッセウス、君に読む物語」の三冊すべてをプレゼントいたします。三冊とも、考古学界を震撼させたすばらしい作品だよ。どう?ヘレン、読んでみたいだろう?」

「ほんと!私、夢中になって読んじゃうと思うわ」

「私も読んでみたい!」

ローズが、神殿を持ったまま、二人の間に映りこんだ。

そのローズの後姿に、ピーターが大きな祈りの声を捧げていた。

商品のアップを撮らなければならないので、ダイアンもローズの邪魔をできない。

エリックは、揉める女も、祈る老人も無視で、満面の笑みを浮かべたまま進行に余念がない。

「こらこら。二人とも、本は、神殿を購入してくださったお客様への特別プレゼント。君たちも読みたかったら、ぜひ、この神殿を買うといいよ。そう、この本は、本当に、特別なプレゼントなんだ。だって、本には、一冊、一冊、アラ・ゴルン氏のサインも入っているんだよ」

エリックが開いて見せた本の表紙裏には、断末魔のミミズがのたくったような字で、ペネロ藻とあった。

「素敵!欲しいわぁ!!」

二人の女は、先を争うように、欲しい、欲しいと口にした。

「さて、気になるお値段ですが」

エリックの顔が変わった。

「こんなにすばらしいんですものきっと高いんでしょうね」

「私に買えるかしら・・・」

ダイアンと、ローズも真剣な顔で、聞き耳を立てた。

「心配御無用。我がスパルタ通販は、消費者の味方です。花粉症や、肩こり。女性におおい冷え性や、子供の夜泣き、亭主の浮気などなど、なんでもかんでもすべて一挙に解決してくれて、家内安全、商売繁盛。交通安全に、安産祈願など、その霊験あらたかさでは、他の追随を許さないこのアポロン神殿。お値段、どーんとサービスの9800円。朝夕にお祈りするだけで、全ての悩みを解決するこの幸せのアポロン神殿が、9800円でのご提供でございます」

「ええ?そんなにお安くていいの?」

「勿論。このトロイテレフォンショッピングは、お客様の幸せのために商品の提供をさせていただいているんですから、サービスを忘れたりはいたしません。この霊験あらたかなアポロン神殿を9800円、9800円でのご提供です。花粉症や、肩こり。女性におおい冷え性や、子供の夜泣き、亭主の浮気などなど、なんでもかんでもすべて一挙に解決してくれて、家内安全、商売繁盛。交通安全に、安産祈願など、その霊験あらたかさでは、他の追随を許さないこの幸せのアポロン神殿にブリセウスの巫女ブロマイド。それに、アラ・ゴルン氏改め、ペネロ藻さん執筆の、「大好きだ!オデッセウス、世界の中心で、オデッセウスに愛を叫ぶ」や、「いま、オデッセウスに会いに行いきます」、それに、「オデッセウス、君に読む物語」のサイン入り三冊も忘れずお付けして、9800円。こんなサービスがあるのは、トロイテレフォンショッピングだけ!」

「なんて、すごいの!」

「すごいわ。トロイテレフォンショッピング!」

ダイアンとローズは、嬉しそうな悲鳴を上げた。

エリックが満足そうに笑った。

「ご入用の方は、今すぐお電話を。電話番号は、フリーダイヤル0120−○○○―○○○○。局番なしの、○○○―○○○○」

「今なら、イタケ兵の扮装をした配達員が、チャリオットに乗ってお届けさせていただきます」

今日は、ローズが、配達方法について説明した。

手順どおり驚き顔のダイアンに、エリックが微笑みかける。

「すてきなサプライズだろう?」

「ほんと、プレゼントにぴったりだわ」

エリックとダイアン、ローズは、声を揃えて受話器を持つ真似をした。

「ご入用の方は、今すぐ」

画面の後ろでは、ピーターがまだ、一心不乱に祈っていた。

しかし、三人は、すばらしい笑顔でカメラに笑った。

「いますぐ、お電話を!」

画面には、大きくテレフォンナンバーが映った。

 

ショーンは、立ち上がろうとしたオーランドの膝をぐっと押さえつけた。

「買う気なのか?」

「だって、幸せになれるって・・・」

オーランドは、もう空で言えるようになっているスパルタ通販の電話番号を頭の中で繰り返していた。

ショーンは、大きなため息をついた。

「なぁ、オーリ、お前、あんな神殿を拝むより、もっと簡単に幸せになれる方法があるって知らないのか?」

「・・・え?」

「幸せはもっと身近にあるだろう?お前、今、何してる?」

ショーンは、通販で購入したものの使われない物で、家の中を占領され、迷惑していた。

その上、あんな神殿を家に置かれて、朝夕にオーランドに拝まれるなんていうのは、願い下げだった。

番組は、面白いが、商品の購入は、もう勘弁して欲しい。

オーランドは、困ったようにショーンを見つめた。

「何って、テレビを見てるんだけど・・・」

「お前の膝の上には、誰がいるんだ?」

「・・・ショーン・・・だけど、え?嘘。今日、いいの?させてくれるの?」

今晩のオーランドは、幸せのアポロン神殿を購入するために電話に飛びつかなかった。

かわりに、自分の膝のうえで、魅惑的に舌を覗かせているショーンに齧りついた。

キスを繰り返すオーランドの頭には、もう、スパルタ通販の電話番号など跡形もない。

「大丈夫だ。オーリ。お前は、あんな神殿なんかに祈らなくったって、十分に幸せな性格をしている」

ショーンは、なんともちょろいオーランドにくすりと笑いながら、テレビのスイッチを切った。

 

 

END

 

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スパルタ通販、アポロン神殿、販売に失敗!

夏樹のドラポケを引っ掻き回したら、「神殿でも売っとけ!」と、言われたので販売してみる(笑)