トロイテレフォンショッピング
ある日の深夜。
ビール片手に、だらしなくソファーに座るショーンと、その隣りで、「もう、ベッドに行こう」の一言が言い出せず、クッションを抱きしめるオーランドは、見るともなしにテレビを見ていた。
テレビは、通販番組だ。
「では、次の商品をご紹介します。今日の目玉商品なんですよね」
「そうなんです。わが、スパルタ通販、これ以上のお勧め商品は無いというすばらしい商品で」
画面では、へクトルの衣装を着たエリック・バナと、ヘレンの衣装のままのダイアン・クルーガーが、にこやかに笑った。
ショーンが、顔を顰めた。
「おい、お前、チャンネルを変えたか?」
「ううん。でも、さっきと司会者が違うね」
「それだけのコメントで済ませていい事態なのか?」
テレビにむかって、口を開けたままになっているショーンを置いて、画面の中では、にこやかに笑うダイアンが、エリックを誘導していた。
ダイアンが、銀色に輝く畳み半畳分ほどのトレーニングマシンをエリックに紹介した。
「ほら、へクトルさん。この素敵なトレーニングマシン。使ってみたいと思いませんか?」
「わぉ。こんなに省スペース。でも、本当に、これで、トレーニングが可能なのかい?」
エリックは、通販番組特有のオーバーリアクションで、トレーニングマシンに驚いてみせた。
ダイアンが、それを受け、にこやかに笑いながら、画面から引き気味になり、マシンがアップになった。
トレーニングマシンは、スタジオのライトを一杯に浴び、きらきらと光り輝いている。
ダイアンは、殊更にっこりと微笑んだ。
「やっぱり、へクトルも、それが、心配なのね?じゃぁ、このマシンの愛用者であるアキレスさんに使用方法を説明していただくことにするわ」
目を見張ったままのショーンの前では、アキレスの衣装を着た、ブラッド・ピットが笑顔のまま画面に登場した。
早速、マシンに座り、大胸筋を鍛えるトレーニングを始める。
ガシャコン・ガシャコン。と、音を立てトレーニングを始めるブラッド。
鼻息も荒く、マシンを使いながらも両腕を胸の前で閉じる運動を続けると、額に汗が滲んでくる。
エリックが、マシンの隣りに立ち、ブラッドへと笑いかけた。
「どうです?アキレスさん」
「これは、利く。毎日、20回も続ければ、俺のような大胸筋を作れると保証するね」
白い歯を見せて、笑うブラッド。
ショーンは、テレビを見つめたまま、茫然だ。
ビールの缶が手から落ちかけている。
だが、テレビの番組は軽快な音楽とともに、滞りなく進行していく。
「あれ、ここにあるのは…」
エリックは、マシンの横に収納されていたダンベルを取り出し、画面にアピールしてみせた。
マシンと同じ銀色に輝くダンベルは、重さが、軽く10キロはありそうだ。
「いいだろう?そうやって、収納できるから、全く邪魔にならない。これをだ…」
ブラッドは、ダンベルを何度か力強く持ち上げた。
むきむきっと、上腕の筋肉が盛り上がる。
「なるほど、そうやって、アキレスさんの太い腕は作られたというわけですね」
エリックが、強く頷きながら、ブラッドの太い腕を握った。
「凄いです。ものすごい筋肉です」
ブラッドは、更に何度もダンベルを持ち上げる。
その度、盛り上がる筋肉に、視聴者代表といった立場のダイアンがうっとりとした目を向ける。
「そのうえ、このマシンはだな」
ダンベルを置いたブラッドが、マシンを触った。
ブラッドの手に引かれ、腹筋用のベンチが現れる。
エリックが、大袈裟に驚いた。
「うわぉ。こんな機能が!」
「いいだろう?やはり、男は、腹が割れるほど鍛えなければ」
ブラッドが、腹を見せて、自分の割れた腹筋を見せつけた。
ダイアンが画面に割り込んだ。
「ねぇ、アキレスさん、もしかして、これ、背筋も鍛えられます?」
「勿論。こうやって、足を固定して」
マシンに接続したベンチ部分についたゴムで足を固定し、ブラッドはまず腹筋をしてみせた。
勿論、うつぶせになっての、背筋も鍛えてみせる。
ダイアンが、急に困ったような顔になった。
「う〜ん。でも、これ、上半身は鍛えられますけど、下半身はどうなるんですか?」
エリックも、眉を寄せ、背筋運動中のブラッドに聞いた。
「これだけの省スペース型で、やはりそこまで望むのは無理ですか、アキレスさん」
「それが、無理じゃないんだ」
ブラッドは、きっぱりと否定した。
聞いている二人は、驚きの表情だ。
ブラッドは、筋肉に汗を光らせ、マシンの後ろに回った。
その動きに疲れはなく、鍛えられた後姿の尻がぷりんと盛り上がっている。
ブラッドは、青い目を輝かせ、マシンの下を指差した。
「ほら、ここ」
「うわぁ。すごい!!」
「本当に、高機能ですね」
無駄にはしゃぐエリックと、ダイアンを他所に、ペダルのようなものを踏み出すブラッド。
「これは、踏み込む強さの調整が出来るんだ」
画面には、調節レバーが映り、それを動かすと、ベダルを踏むブラッドの勢いが変わる。
ゼロメモリに近くなると、ブラッドは、駆け足でもするような勢いになった。
「それは、私のような女性にもぴったりですね」
ダイアンが笑った。
「そうなんだ。勿論、他の部分も負荷の量を調節できるから、マッチョに鍛えたい男性から、ダイエットしたいキュートな女性まで、誰にでもぴったりなんだ」
ブラッドが、全米ナンバー1の笑顔を浮かべ、ダイアンに微笑んだ。
ダイアンの頬は薔薇色だ。
エリックが、ダイアンの肩を叩いた。
「実はね。ヘレン。内緒にしていたんだけど、俺もアキレスさんに紹介してもらって、1月前から、このマシンを使っていたんだよ」
エリックが、急に上半身を剥き出しにした。
美しい紺色をしたトロイの衣装を、焦らすようにゆっくりと上半身だけ脱ぎ落とす。
そうして、十分カメラをひきつけると、盛り上がった大胸筋を見せ付けながら、エリックはポーズを決めた。
ダイアンが、目を見開いて驚く。
「すごい!いつのまにやってたの?へクトル」
「だって、これなら、ジムに行かなくても、家でいつでもトレーニングできるからね」
エリックは、Dカップ程ありそうなバストを見せつけるポーズを続行中だ。
ダイアンが、羨ましそうな顔で、エリックを見つめた。
「そうね。これなら、雨の日だって、いつでもどこでも」
「そうそう。急に夜中に思い立ったってできるんだよ」
「おまけに、これだけのスペースしかいらないから、リビングにだって置くことができるし」
一本指を口の側に沿えて、考えるポーズを取るダイアンに、エリックが、困ったような笑いを浮かべた。
「ヘレン。君、テレビを見ながら、やろうと思っているだろう」
「だって、私、トロイテレフォンショッピングを見逃したくないし…」
ダイアンが、かわいらしく肩をすくめるのに、エリックが、しょうがないなぁと言った笑いを浮かべた。
ブラッドは、額に汗を浮かべながら、軽快にふいごのようなペダルを踏み続けていた。
急に、エリックと、ダイアンは、画面に向かってにっこりと笑った。
「この素敵なマシーンで、あなたも理想の体を作ってみませんか?」
「体操生理学の権威が認めたこのマシン。美しい肉体は、やはり正しいトレーニングからしか作れません」
「いまなら、このマシンが、なんと、19800円」
「そうなんです。この素敵な省スペース型のマシン、スパルタンXが、なんと、19800円」
「その上さらに」
エリックが言葉を止めた。
ダイアンが、驚きの表情を作る。
「え?もしかして、まだ、何かあるの?へクトル」
信じられないという表情のダイアンが大写しになる。
「そうなんだよ。せっかくマシンで美しい肉体を作るんだからね。見せびらかしたくなるだろう?」
「ええ、まぁ、そうですけど…」
そんなに欲張ってもいいのかしら。という戸惑いの表情をしたダイアンに、エリックが、知りたい?と、目で問い掛けた。
ダイアンは、期待に目をきらきらとさせた。
エリックが、画面に向き直る。
「そう仰るあなたのために、私達、スパルタ通販は、着心地、そして、機能性も追及し、さらに、美しく改造されたあなたの体をゴージャスに演出するイタケ製キトンをプレゼントさせていただこうとご用意させていただきました」
画面が切り替わり、いきなり出現した浜辺のセットに、パトロクロスが登場した。
パトロクロスは、映画トロイで使われたイタケ王オデッセウスが着用のキトンを着て、くるりと回り全身のラインを見せた。
ダイアンが、頬を染める。
「わぁ。かわいい」
「裾の長さは、鍛えた太腿を見せつける膝上、20センチ。長過ぎず、短過ぎないこの長さは、すべての人の視線を太腿へと集中させることが、とある映画でも実証しております。勿論、綿100パーセントで吸湿性は抜群。お家でお洗濯していただけます。」
エリックは、立て板に水の勢いで、イタケ製キトンを説明する。
ダイアンが、聞いているのか、いないのか、うっとりとイタケ製キトンを着たパトロクロスのことを見つめる。
「素敵ね」
「そうでしょう?肩ひもの部分が、色っぽいと、大好評なんですよ」
エリックは、ダイアンが何に対してコメントしているのかについては触れない。
「ほんと、なんて、素敵なの」
ダイアンの目は、パトロクロスから離れない。
しかし、いろいろポーズを決めるパトロクロスを置き去りに、いきなり、ダイアンとエリックは、画面に向き直った。
決り文句をいわなければならないのだ。
「さて、今なら、省スペース型筋肉トレーニングマシン、スパルタンXにこちらのイタケ製キトンをお付けして、19800円。いかがですか?19800円」
「安いわぁ。キトンだけだって、そのくらいの値段がしそう」
視聴者代表として、ダイアンが、くどいほど安い安いを繰り返した。
「そうでしょう?キトンだけでも、そのくらいはしますよね。けれど、スパルタ通販では、省スペース型筋肉トレーニングマシン、スパルタンXに、プラス、イタケ製キトンをお付けして、19800円。省スペース型筋肉トレーニングマシン、スパルタンXにさらに、イタケ製キトンをお付けしての、19800円。お値段据え置きの、19800円で、ご提供させていただきます」
「ご入用の方は、今すぐお電話を。電話番号は、フリーダイヤル0120−○○○―○○○○。局番なしの、○○○―○○○○」
「今なら、イタケ兵の扮装をした配達員が、チャリオットに乗ってお届けさせていただきます」
驚き顔のダイアンにエリックが微笑む。
「すてきなサプライズだろう?」
「ほんと、プレゼントにぴったりだわ」
エリックとダイアンは、声を揃えて受話器を持つ真似をした。
「欲しい方は、今すぐ、お電話を」
画面には、大きくテレフォンナンバーが映った。
そのバックは、未だにふいごのようなペダルを踏みつづけているブラッドだ。
茫然と画面を見入っていたショーンは、隣りに座っているはずのオーランドの方を見た。
「なぁ…あれ、絶対に3日もすると物置台だよな」
ショーンは、もう、一度は同じ現場にいた仲間が通販番組に出ていることはどうでもいい様だった。
ただ、通販商品にけちをつけている。
しかし、ソファーに座っているはずだった、オーランドは、電話に飛び付いていた。
ショーンは、絶対にこんなものを買う奴などいないと思っていただけに、オーランドの行動に驚いた。
「もしもし、スパルタ通販ですか?」
「おい、お前、買う気なのか?」
「だって、あれで体を鍛えれば、ショーンのことを姫抱っこだって…」
オーランドは、ベッドに行こうの一言が言えず、通販番組を見るはめになっていたのだった。
ショーンのことを有無も言わせず抱き上げることさえできたら、こんな夜更かしなどしなくてすむ。
オペレーターに繋がったのか、オーランドは、一生懸命注文を始めた。
ショーンは、乾いた笑いを漏らした。
ビールを飲み干すと、よいしょっとソファーから立ち上がった。
ショーンは、電話に噛り付いているオーランドを置き去りにして、ひとりでさっさと寝室に向かった。
END
BACK
夏樹と話をしてた時は、大笑いしてたんだけどなぁ。
こうやって文章に起してみたら、いまいち笑えない…どうしてなんだ(苦悩)