手を繋ぐ光景
「なぁ……」
待たされるのに飽きた子ショーンは、オーランドを揺さぶった。
机の上に置かれたジュースはもう飲んだ。
雑誌を、お姉さんが置いってくれたが、残念ながらショーンには読めない。
この部屋にあるもので、子ショーンに楽しめるものと言えば、テレビがあったが、(しかも、お姉さんが、アニメのDVDを持ってきてくれたのだが。)オーランドが付けないでくれ。と、断った。
もう、長いこと座っているだけの子ショーンには、こんな退屈なことはない。
「なぁ、オーリ。……オーリ!」
子ショーンに揺さぶられたオーランドは、眉の間に皺を寄せた。
しかしオーランドの手が、無意識に子ショーンが端に置いたコップを机の中央へと移動させた。
「待って。ショーン。もうちょっと待って」
そして、オーランドは、手に持った書類を揃え直すと、子ショーンに僅かばかりの視線を投げかけた。
しかし、目は、すぐ、書類へと戻る。
子ショーンは我慢が出来なかった。
「それ、さっきも言った!」
退屈極まりない子ショーンは、オーランドの腕に掴まり、椅子の上に膝立ちになると、書類をべろりとめくってオーランドの顔をのぞき込んだ。
眉を寄せて書類を見入っているオーランドの額にきつい皺が寄る。
「もうちょっとなんだってば」
オーランドは、机の上に書類を置き、そちらに意識を向けながらも、手早く子ショーンの靴を脱がせた。
そして、ショーンにきちんと座っているように言いつけ、また、手が書類をめくっていく。
「何、読んでるんだよ」
「ショーンには、わかんないもの」
短いセンテンスでしか、答えを返さないオーランドの態度が、子ショーンの苛立ちを誘った。
子ショーンは、見せろとばかりに、オーランドが後ろへと送った書類を何枚か取り上げた。
「th……e ……con……di……ti……on……s 」
たどたどしい声が、単語というよりは、アルファベットを拾い上げていく。
読み終わった書類を取られたことは諦めたオーランドだったが、切れ切れの言葉が書類を読むのの邪魔になり、きつい声を出した。
「お願い。ショーン、ちょっと静かに」
しかし、退屈仕切っている子ショーンはやめない。
「……of ……a c……ontr……act」
ますます大きな声で読み出した子ショーンに、オーランドは、書類を取り上げた。
「ショーン、やめて。これは、契約書。大事なものだから、ショーンには貸してあげられない」
「嫌だ。貸せ!」
「嫌だ。じゃないの。本当に大事なものなの。これがないと、ショーン、ご飯食べられなくなっちゃうんだよ」
オーランドがこわい顔で脅しつけた。
子ショーンは口を尖らす。
「じゃぁ、早くしろ」
「まだ、ダメ」
「もう、嫌だ!」
じたばたとソファーの上で暴れる子ショーンに思い切り額に皺を寄せたまま、オーランドは難しい顔で書類に目を通していった。
「オーリ、もう、帰ろう! なぁ、帰ろうぜ!!」
オーランドは、子ショーンを無視したまま、内線電話に手を伸ばした。
「ねぇ、ちょっと、ごめん。来てくれないかな?」
呼び出しに、先ほどのお姉さんが、ドアを開けた。
自分の遊び相手かと、子ショーンの顔が輝いた。
「ねぇ!」
うれしそうな顔で声を掛けた子ショーンを制して、オーランドが、契約書の文面を指さした。
「ねぇ、ここの事なんだけど」
子ショーンににこりと笑いかけた彼女も、オーランドからの質問に、髪を耳へと書けると、まじめな顔になってしまった。
「ええ、そう。一応、向こうにはそう話してあるんだけれど……」
「でも、これ、これだと、文面上からはそう受け取れないよね?」
「口頭では……」
「口頭なんかじゃ、困るんだって。シッターは、必ず女性と男性のペア。両方ともちゃんと運動できる若い人だよ?」
額に皺を刻んだまま、細かい点まで指示を出すオーランドに、女性は困ったような笑みを浮かべた。
「……ねぇ、オーリ。それより、あなたのことなんだけど……、あなた自身の条件は、この契約内容でいいのかしら?」
「そっちはオッケー。でも、この状態じゃ、サインできない」
オーランドは、書類の束を女性へと押しつけた。
それを見ていた子ショーンが焦れたように、机の上にあったペンを取り、オーランドに押しつけた。
「オーリ、サインしろよ!」
「うるさいな。ショーン」
「だって、オーリ、それでいいんだろ? だったら、サインしろ。それで、帰ろう! もう、待つの嫌だぞ!」
自分が書いてやるとばかりに、子ショーンが身を乗り出した。
オーランドは、子ショーンを睨んだ。
「もうちょっとだってば。ちゃんと向こうと確認が取れて、書面上に一文を書き添えてもらいさえすれば、サインするから」
だが、まだ待たされるらしいとわかった子供は焦れてしまった。
「もう嫌だ! オーリが書かないなら、俺が書いてやる」
「ショーン、そんなことしたら、怒るからね」
子供と大人が真剣になってにらみ合う。
険悪なムードの二人に、女性が、膝をついた。
「おねえちゃん、頑張って急ぐから、もうちょっとだけ待ってよ」
にっこりと優しく笑った彼女だったが、子ショーンの機嫌は直らなかった。
子ショーンにとって今、笑いかけて欲しい相手は、オーランドだけなのだ。
そして、彼と一緒にここから帰りたい。
「嫌だ!」
子ショーンはぷいっと横を向いた。
「ショーン!」
あやしてくれようとする女性に酷い態度を取る子ショーンをオーランドが叱った。
「嫌だ! 嫌なもんは嫌なんだ!」
ますます納得のいかない子ショーンは、ソファーを揺すって抗議した。
その態度を無視したオーランドに、子ショーンがもっと暴れた。
子供の手にあったペンが、女性の腕を掠める。
「ショーン!!!」
オーランドの声は、本当に怒ったものだった。
だが、次の瞬間、オーランドは、女性に平謝りを始めた。
「ごめん。本当に、ごめん。怪我しなかった? ごめん。本当に、ごめん」
その合間に、子ショーンを叱る。
「人に怪我させるなんて、ダメだろう! どうして、ショーンは、そう我慢ができないんだ!」
「大丈夫よ」
大声で叱られ、首をすくめた子ショーンの頭を女性が撫でた。
「大丈夫、本当にちょっとかすっただけだから」
気遣うように笑った女性に、涙ぐんだ子ショーンは小さく謝り、ちょこんとソファーに座り直した。
「……ごめんなさい」
「急いで、書類の用意するから、もうちょっとだけ待っててね」
だが、部屋に戻った彼女が見たものは、また喧嘩をしている二人だった。
もう、一秒だって待てないという態度の子供と、頑として椅子に座り込んでその抗議を無視するオーランド。
「どうして、帰らないんだよ!」
「俺、もう、家に帰りたい!!」
「聞いてんのかよ! オーリ!!」
彼女は、素早く書類を差し出し、訂正箇所を示し、オーランドにペンを差し出した。
「いい?」
「うん。これなら、いい」
オーランドは、自分の名をサインした。
子供の顔に光が差し込む。
二人はソファーから立ち上がった。
あんなに喧嘩をしていたはずなのに、二人は自然に手を伸ばし合い、手を繋ぐ。
それも、しっかりとだ。
「やっと帰れる」
オーランドがため息を吐き出した。
子供は、大きく手を振り上げ、オーランドの腕を揺すりながら歩いていた。
「オーリがもっと早くすれば、もっと早く帰れた」
「そういうわけにはいかないの」
見下ろすオーランドの顔に、とろけそうな笑顔が浮かんでいる。
「ショーンがご飯食べられなくなるからか?」
子供が聞いた。
「うん。まぁ、そんな感じ」
にっこりと笑うオーランドの笑みに、子ショーンも、はちきれそうな笑顔を返していた。
END
日記にちょろっと書くつもりだったのが、長くなりすぎたので、こちらでアプ。
仕事してるとこういう光景を見かけますよね?とか、それだけの話なんですが(苦笑)