夕鶴
あるところに、働き者で、心優しいオーランドと言う男がいました。
彼は役者と言う仕事をして金を得ていました。
今日、彼は、すこしばかり、左右に大きく揺れすぎる海賊が主役の次回作の打ち合わせをし、家路を急いでいるところでした。
オーランドの家は、周りが田んぼや畑に囲まれた、山深い里にあります。
何故だか、不思議ですが、日本の過疎地といってもいい、そんな山奥に彼は、住まいを構えています。
マタギの男達と気軽に挨拶を交わしながら、山を通り抜けようとするオーランドは、もの音を聞きつけました。
鳥の羽音です。
ばっさ、ばっさと荒れ狂う羽音は、まるで、怒る火の鳥のようです。
恐る恐るオーランドが、音に近づき、ひょいと、草を掻き分け、覗き見ると、大きな鶴が、ぎゃぁぎゃぁと、怒り狂っていました。
恐ろしい勢いで暴れています。
オーランドは、鶴が、罠にかかったのかと、思いました。
でも、どうやら、そうではないようです。
何を思ったのか、木の隙間を通り抜けようとしていたらしい鶴は、自分の大きさを測り間違えたらしく、でっぱったお腹がひっかかって、動けなくなっているのです。
「これは、また…」
鶴は、すっとしたという形容詞をつけるには、少しばかり平均より太り気味でしたが、大変毛艶もよく、りりしく、美しい姿でした。
威嚇するように開いている大きな口を閉じたならば、きっと、種そのものが、まず、美しい鶴の中でも、ずば抜けて容姿のいい顔立ちをしているに違いありません。
オーランドは、つい、ふらふらと鶴に近づきました。
気が立っている鶴は、嘴で、オーランドを突付き回します。
「痛い!痛いってば!」
残念ですが、鶴ですので、オーランドの言葉は通じません。
攻撃に対し、体を丸めるという、弱者的態度をとるオーランドに、勝利を確信している鶴は、まだ、オーランドを突付きます。
「痛いってば!」
オーランドは、鶴の攻撃範囲から逃げ出しました。
突付かれたおでこが赤くなっているオーランドでしたが、もう、これで、すっぽりと枝の間に嵌っている鶴は、お腹がひっかかって、襲ってくることができません。
それでも、大きく翼を広げ、威嚇する鶴に対して、心優しいオーランドは、見捨てようとはしませんでした。
「怖がらなくて、いいから。君を助けてあげたいだけなんだよ」
鶴は、ただ単に、動けなくなったことに腹を立て、側に寄ってきたオーランドで、憂さ晴らしをしていたようにしか見えませんでした。
しかし、オーランドは、うっとりと話し掛けます。
「綺麗だね。もし、じっとしていてくれたら、そこから、引っ張り出してあげる。いつまでも、嵌っているなんて、嫌だろう?」
このまま少しダイエットを続けたほうが、鶴本来の形容詞を損なうことなく体現できるようになり、放置は、鶴自身のためには、いいことのように思えました。
怒っている鶴は、暴れまわって運動し、ここにいれば、強制的に何日かは、食事制限です。
そうすれば、普通の鶴だったら、嵌るはずもない枝の間から、自然と抜け出せそうなのです。
その位、鶴は、暴れまわっていました。
ばっさ、ばっさと、翼を動かし、ぎゃぁ、ぎゃぁと、絶えず泣き喚きます。
いえ、あの暴れ方でしたら、先に枝の方が折れ、それほど、時間をおかずに、鶴は逃げ出すこともできそうな予感すらします。
オーランドは、そっと鶴に近づきました。
猛禽類は、オーランドの優しさを理解せず、オーランドの体に嘴を突き立てました。
「お願いだ。我慢して、あなたを逃がしてあげたいだけなんだ」
オーランドは、なかなかの根性をみせました。
気が立っている鶴に突付き回されても、逃げ出しません。
しかし、張り出している腹が、枝が食い込み、前に引いても、後ろに引いても、鶴は、なかなか取れませんでした。
引っ張られる痛みに、怒る鶴は、オーランドを突付きます。
「もう少しだから、我慢して」
鶴は、我慢など知りませんでした。
商品であるオーランドの体を、遠慮なく、痣が残るほど、力強く張り倒しました。
鶴の羽は、広げればオーランドの身長ほどもあり、その威力は、絶大です。
何度も吹っ飛ばされながら、オーランドは、頑張りました。
もう、途中から、なんで自分がこんなに必死になっているのか、わからなくなっていました。
親切で始めたことだったはずですが、鶴は、ものすごい顔で、引っ張るオーランドを睨んでいます。
後ろへ抜こうと背後に回ると、長い足が、蹴りを入れます。
鶴は、なかなか、抜けませんでした。
よほど上手く鶴は、嵌っているようです。
それでも、なんとか、オーランドは、鶴を助け出しました。
すぽんと、鶴が抜けた時には、オーランド自身、信じられなくて、歓声を上げたほどでした。
「やったー!」
自由になった鶴も、大きな声で鳴き、でも、しかし、オーランドの赤くなっているおでこに、一撃をくれました。
その上、あまりの痛さに、ひっくり返ったオーランドを、蹴り飛ばして、飛び立ちます。
オーランドは、土の上で、ひっくり返ったまま、小さな声で呟きました。
「俺…何してたんだろう…」
記憶喪失になったわけではありません。
あまりに好意を、無碍にされたので、すこしびっくりしているだけです。
「まぁ、いいや。でも、ほんと、綺麗な鶴だったなぁ…」
この前向きさ。そして、この優しさが、オーランドの売りです。
オーランドが、家で休んでいると、扉を叩く音がしました。
ドンドンドン!
随分稼いでいるはずなのに、何故だか薄いオーランドの家のドアが破れそうな勢いで扉は叩かれます。
「誰ですか?」
オーランドは、扉に向かって、声をかけました。
「お前に世話になった者だ」
者は、モンに聞こえます。声は低く、まるで、その筋の人間のようにドスが利いています。
生憎、その筋には、世話をしてことも、されたこともないつもりのオーランドは、突然の不幸に、震え上がりました。
「俺、何もしてません!」
「いいから、開けろ!」
「借金だってないし、保証人にもなってません!俺、関係ないです。家を間違えてます!」
「お前なんだよ。お前。とっとと、開けろ。ごちゃごちゃ言うと、ドア、蹴破るぞ」
もう、すでに、そとの男は、ドアを蹴り飛ばしていました。
その威力は、なかなかのもので、サッカー選手もかくやというキックに、薄いドアがたわみます。
「やめて、ください。今、開けます。今、開けますから」
オーランドは、歯を食いしばりながら、扉をあけました。
頭の中は、怖いお兄―さんが何を言い出すのかと、想像がぐるぐるとしています。
「やっぱり、お前じゃないか。恩返しにきてやったぞ」
扉の向こうに立っていたのは、金色の髪に、緑の目の、ものすごい美人でした。
確かに、強面です。
でも、吊り上り気味の目。
真っ直ぐな鼻筋。
他の顔のパーツに比べると、小さな唇は、ピンクで、笑うと、いきなり大きく開きます。
「俺の名前は、ショーン。恩返しのために、しばらくここに住ませて貰う。お前は?なんて、名前なんだ?」
「…オーランド…あの…オーリと」
ショーンの言う事など、さっぱりオーランドにはわかりませんでしたが、むっちりめの体は、ものすごくオーランドの好みで、住みたいというのなら、一生でも住んでくれ。と、オーランドは、心の中で叫んでいました。
もう、地獄から、天国。
オーランドは、今、世界で一番幸せなのは、自分だと確信しています。
「じゃぁ、何から、恩返ししようかな?」
何の恩返しなんだか、オーランドには、全く思いつきもしませんでしたが、ショーンがしたいことならば、なんだってしてくれ!と、オーランドは、ショーンを迎え入れ、その後ろをついて歩きました。
「うわ!ショーン!」
ドアは薄かったですが、家の中の調度は、なかなかなモノであるオーランドの家で、また、一つ、花瓶が割れました。
「悪いな」
「ううん。いいんだけどね…」
ショーンは、頭を掻いて、すこしはにかんだような笑いを浮かべました。
その笑顔のキュートさに、オーランドは、目眩がしそうでした。
本当は、割れてしまった花瓶の値段のせいで、目眩がしたのかもしれません。
ショーンの笑顔1回につき、約100万です。
これを高いとい言い切れない、オーランドは、可愛そうに、一目ぼれという病にかかってしまっています。
恩返しに、と言って、ショーンは、掃除機を振り回していました。
最初は食事を作ると、言い出したのですが、オーランドが止めさせました。
ショーンの手つきが、すざまじかったからです。
ジャガイモ一個を剥き終わる頃には、ショーンの綺麗な指、全てがなくなるんじゃないかと、オーランドは、はらはらしました。
「なぁ、この掃除機、壊れてないか?」
「ショーン、コードを引っ張りすぎなんだよ。コンセントが元から抜けてるんだ…」
電化製品というものは、残念ながら、ショーンの魅力だけでは、動くということがありません。
できたら、それは、魔法です。
それは、違う話です。
「そうか。でも、もう、掃除は飽きたな。なぁ、洗濯をしてやるよ」
5分ほどの間に、3つの展示品を割り、綺麗にしたところより、散らかしたところの方がずっと多かったショーンは、もっと楽にできる仕事を探していました。
自分の性分を理解したショーンは、掃除に自分が向いていないと、勇気ある、そして、正しい判断を下しました。
乱暴に投げ捨てた掃除機のホースが、また、飾ってあった絵皿を割りました。
ショーンが、曖昧な謝罪の笑みを浮かべます。
オーランドは、すこし涙ぐみながら、ランドリーの場所を教えました。
とにかく、部屋を片付けないことには、ただ歩くだけにも事欠くような現状を、せめてショーンが掃除を始める前の状態に復帰しなければなりません。
ショーンがいないほうが、早く部屋が片付くとオーランドは、ショーンに洗濯機の場所を教えました。
まさか、洗濯で、何かが起こるなどとは、オーランドにも予想がつきませんでした。
「あのね。ショーン。二つ籠があったでしょ?片方のは、クリーニングに出す予定のだから…」
洗濯は、洗濯機がするもので、どうにも間違いようがないだろうと、油断したオーランドが、ほんの僅かに席を外したときに、それはおきました。
クリーニング用の籠には、誰が、どう見たって、シルクだろう。と、わかる光沢のシャツや、麻のジャケットが突っ込んでありました。
まさか、そんなものまで、ショーンが自宅で洗濯しようなどと、思うとは、オーランドには思いもつきません。
「どうした?全部、突っ込んでやったぞ」
溢れ出しそうな、洗濯機は、下着も、靴下も、シルクのシャツも、ジャケットも一緒になって回っていました。
もしかして、洗剤は、箱ごと入れたのかもしれません。
泡がこんもりと山になっていました。
「あ……ショーン」
「どうだ?オーリ」
ショーンは、自分の仕事に大変満足そうに笑っていました。
誉めてくれと、顔にはっきりと書いてあります。
「あ……ありがとう。ショーン」
オーランドは引きつりながら、ショーンに礼を言いました。
この場合、あまりに、ショーンが好みのタイプであったことが、オーランドにとっての不幸でした。
ショーンが行った色々な破壊行動の後、それでも、一目ぼれという病にかかったままだったオーランドに、幸せが訪れました。
もう、お客様として、座っていてくれればいい。と、懇願したオーランドに、ショーンが、それでは、恩返しにならない。と、ソファーの上でいきなり脱ぎ始めたのです。
オーランドは、目を疑いました。
いくらなんでも、早すぎる展開に、オーランドの方がおろおろとしてしまいます。
「本当に?本当にいいの?」
すこし、ふくらみ気味のまあるいお腹。
小さいピンクの乳首が二つ。
首から、肩にかけてのラインは、すっと長く、ショーンの体は、絶品としか、言いようがありません。
オーランドは、訪れた幸運が信じられずに、ショーンに聞いてしまいました。
ショーンの眉が顰められ、目が剣呑な光を帯びます。
「…なんだよ。文句があるのか?」
なかなかの迫力の面構えです。
けれども、オーランドは、この顔が、とびっきり嬉しそうに笑うところを、もう、見てしまったのです。
ショーンがどんな顔をしても、オーランドには、かわいらしく拗ねているようにしか、みえません。
「文句なんてあるわけ無いじゃん!ショーン。最高!ほんとに、キスしても怒らないんだね?」
オーランドは、返事も待たずに、機嫌悪く寄せられた唇にキスをしました。
しつこく繰り返すキスに、ショーンが、オーランドの頭を叩きます。
「…痛い…」
さぁ、これから。と、勢い込んでいたオーランドは、いきなりの暴力に、やはり、これは過ぎた幸福だったのか?と、縋るような目をしてショーンを見下ろしました。
ショーンがキスで濡れた唇を開きます。
「オーリ。もっと、違うところにもキスしろ。手もお留守だ。そんなんじゃ、全く期待できないな」
オーランドは、ショーンをぎゅっと強く抱きしめました。
「ショーン。大好き。がんばって、気持ちよくするから、お願い、やめるなんて言わないで」
オーランドは、キスを繰り返し、滑らかな背中を掌でなぞりました。
ショーンの体は、汗で濡れ、ねっとりと光っていました。
オーランドの律動にあわせ、口からは、はぁはぁと、息が漏れ出しています。
オーランドは、ショーンのたっぷりと付いた腰の肉に、指を食い込ませ、柔らかな脂肪のついた体を揺さ振りました。
ショーンの足は、オーランドの腰を挟んでいます。
立ち上がったペニスは、とろとろと液体を滴らせ、オーランドの腹を汚していました。
ショーンは、他のどんな恩返しも苦手のようでしたが、これだけは、ものすごく上手です。
昼間、鶴に散々な目に合わされ、あちこちが打ち身になっているオーランドを上手くフォローして、終いには、オーランドの腹の上に乗り上げました。
「うわ〜。超サイコー」
肉付きのいい尻が、オーランドの腰の上で跳ねています。
手を伸ばして、小さな乳首をきゅっと摘むと、ショーンの口から、「ああっ…」と、いう湿った息が吐き出されます。
オーランドは、夜が明けるまで、ショーンを離しませんでした。
最初は、オーランドのやり方を、すこし馬鹿にしていたショーンでしたが、夜明け頃には、うっとりとした顔で、オーランドに揺すられるショーンが見られたのでした。
「絶対に覗くなよ」
ショーンがする恩返しといえば、オーランドに対する夜のサービスのみとなりましたが、それだけで十分幸せに、仲良く暮らしはじめた二人の間に、秘密がありました。
ショーンは、オーランドに用意させた部屋に、昼間は篭ってしまうのです。
どんなに、オーランドが、一緒に居てくれ。と、頼んでも、ショーンは、頑なに部屋に入ってしまいます。
勿論、どんなにオーランドが、夜、頑張っても、それは、かわりません。
そして、出てきた時のショーンは、ものすごく不機嫌な顔をしていて、おまけに、なんだか、やつれているようにみえました。
ショーンのまあるいお尻が大好きな、オーランドは、悲しくて仕方がありません。
「ねぇ、ショーン。お願いだから、あの部屋に入らないで。なんだか、ショーン。痩せてきたよ。何をしているのか、知らないけど、お願い。無理なことはしないで欲しい」
オーランドは、ショーンに縋り付いて言いました。
「オーリ。お前が、夜、寝かさないから、疲れているだけだ」
「嘘。だって、あれは、ショーンが、やめるなって言うからじゃん。途中で止めたら、怒るくせに」
「お前だって、後、1回だけだから、って言ってから、まだ、軽く2回はやろうとするじゃないか」
「だって、そんなのショーンがあんまりかわいいから」
オーランドのスケジュールは、髭がキュートな三つ編みの海賊さんがまだ前の仕事を撮り終えていないため、しばらく穴が開いていました。
2人は、新婚よろしくやりまくりの毎日で、目の下には、海賊さんより濃い隈が出来ています。
「ねぇ、ショーン。じゃぁ、せめて、昼間くらいは、一緒にお昼寝しようよ。何もしないから。ねっ、一緒にベッドで寝てるだけ。このままだと、ショーン。倒れちゃうよ」
オーランドは、心底優しい男です。
手を引いて、お疲れなショーンをベッドルームへ連れて行こうとしています。
「だめだ。お前と、ベッドで昼寝なんかできるもんか。一緒に一日中、ベッドにいたら、俺の体は、その方がもたない。お前、自分と俺の年の差を考えろ」
「年だって言うんなら、尚更、あの部屋に入らないで。ねっ、お願い、ショーン。ショーンの顔に皺が増えたら、俺、悲しくなっちゃうよ」
オーランドは、本当に悲しげな顔をして言いました。
しかし、オーランドにべたべたと愛され、すっかり自信家になっていたショーンでも、さすがに、皺の一言は、堪えました。
ショーンは、オーランドに比べ、2周りほど年上なのです。
「…そうか、やはり、俺も年か…」
ショーンは、思わず自分の顔に手を当て、オーランドの顔をじっと見ます。
「え??何?俺、もしかして、酷いこと言っちゃった?嘘だよ。そんなショーンが、年だなんて、全然思ってない。すっごく好き。ショーンの顔、大好き」
「…体型だって、随分昔と違うしな…」
オーランドのフォローは、ショーンに全く通用しません。
ショーンは、暗い目をして、ぴちぴちと若いオーランドを羨んでいます。
「そんな、ショーン!その体がいいんだって。指の沈み込む感じがいいの。大きなお尻が柔らかくって、俺、大好きだよ。もう、あんたしかいないって、心底、思ってる!」
オーランドの言葉は、ショーンの心を抉りこそすれ、浮上させることとはならなかったようでした。
ショーンは、オーランドを睨みつけました。
「絶対に、覗くな!」と、怒鳴りつけ、ピシャンとドアを閉めると、また、部屋に閉じ篭ってしまいました。
「ショーン…ショーン…」
部屋の外で、ずっとショーンに呼びかけていたオーランドでしたが、ショーンは、部屋から出来ません。
「ショーン、開けちゃうよ。覗いちゃうよ」
喧嘩の時には、スキンシップを取ることが一番!と、信じているオーランドは、もう、一時間も、部屋の外で粘っていました。
ショーンの体が心配だったこともあります。
実際、ショーンは、この部屋に篭るたび、目に見えてやせ細っていくのでした。
部屋の中で、どんな過激なダイエットが行われているのか。
オーランドは、せっせとおいしいものを作り、ショーンを太らそうとしていましたが、全然、追いつくことができません。
「ごめんね。ショーン。…覗いちゃダメだって言われてたけど、開けちゃうからね…」
ショーンの身が心配のあまり、オーランドは、そろそろとドアを開けました。
息を飲みました。
あまりに驚いたので、オーランドは、ドアをぴしゃりと閉めました。
でも、怖いもの見たさに、もう一度、あけてしまいます。
「…鶴だ…鶴が機を織っている…」
部屋の中では、不機嫌な顔をした鶴が、不器用に機を織っていました。
自分の羽を抜き、一生懸命布を織っています。
しかし、出来上がりは、あまりに無様でした。
美しい鶴の羽が、どうして、こんな悲惨な織物になってしまうのだろうと、首を傾げたくなるような出来栄えです。
オーランドは、その鶴に見覚えがありました。
オーランドの額に跡が残るほど、突付いたあの狂暴な鶴に違いありません。
「どうして、あの鶴が…」
オーランドに気付いた鶴が、俯いていた顔を上げました。
これは、睨んでいると、猛禽類でもないオーランドがわかるほど、剣呑な顔で、オーランドを睨みます。
「覗くな。と、言ったはずだ」
声は、ショーンでした。
オーランドは、あまりにファンタジックな展開に、気が遠くなりそうでした。
「折角、恩返しに布を一反織ってやるつもりだったのに」
ショーンの機織の布が一反になる日がくるとは思えませんでした。
大変言い難い話ですが、ショーンの織ってくれていた織物は、足拭きマットとしても使えないほど、小さく、かつ、芸術的な出来栄えでした。
あっちにゆがみ、こっちにゆがみしています。
ショーンがこの部屋に篭るようになってから、随分日にちが経っています。
ショーンは、今まで、一体何をしていたのでしょう?
恩返しなら、夜のサービスだけで、オーランドは満足していました。
「…ショーン…」
オーランドは、じっと鶴を見つめました。
無理を言えば、首がすっと長いところなど、鶴にはショーンの面影がなくもありません。
「残念だ。オーリ。正体がばれたのでは、俺はここに居られない。一反の織物も織れないうちに帰らなくてはならないのは、恩返し鶴の名折れだが、覗いたお前が悪い。じゃ、そいういうことで、俺は山に帰るから」
多分、ショーンは、機織に飽き飽きしていたのでしょう。
ショーンは、人間の姿になり、オーランドの隣りを通り抜けると、随分、さばさばした顔をして、玄関から出て行こうとしました。
オーランドは、その背中に縋りつきました。
「ショーン。待って!ここに住んでれば、3食昼寝付き。その上、俺は、時々、長期で仕事にでるから、亭主元気で留守がいいってのを、十分味わえる」
ショーンの足がすこし、緩まりました。
「山のなかなんて、ろくに食うものなんて無いんだろう?俺、料理上手いよ。なんだったら、もっと、上手くなる。俺と、ショーン。味付けの好み似てるよね。おまけに、セックスの好みも似てる。食い物と、セックス。これの相性がばっちりなら、絶対一生幸せに暮らせる。これは、間違いないよ。数々の離婚を繰り返してきた諸先輩方に、聞いてきた話なんだから」
ショーンの足は止まっています。
「ねぇ、あんなとこ嵌って動けなくなってたのに、誰も助けてくれなかったってことは、ショーン、番でいるパートナーがいないってことなんだろう?だったら、いいじゃん。俺にしときな。俺、将来有望。スター街道まっしぐらだから、絶対ショーンが、辛い思いなんてすることないね」
オーランドは畳み掛けます。
「ねぇ、ショーン。恩返しって、鶴が絶対にしなくちゃいけない掟なんだろう?あんな織りかけの布一枚で、帰ってきたなんて、ばれたら、ショーン、鶴の群れから、追い出されちゃうんじゃないの?」
最後のは、殆ど、オーランドのはったりでしたが、的を得ていたようでした。
面倒くさがりのショーンが、自主的に恩返しに来たとも思えず、オーランドはあてずっぽうで、脅しをかけたのですが、やはり、それが正解だったようです。
「…ここに残ったからって、もう、恩返しはしないぞ…」
ショーンが、言いました。
「しなくて、いいよ。って、言うか、しないでショーン。ショーンの体が痩せちゃうのの方が、俺は嫌だよ。お願い。何もしなくて、いいから、ここにいて。ここに居てくれるってだけで、最高の恩返し」
オーランドは、背中から、ぎゅっとショーンを抱きしめました。
やはり、また、少しショーンは、痩せてしまっているようです。
あんな足拭きマットにもならない品のために、大事なショーンの体が痩せてしまうなんて、オーランドには、許せることではありません。
「ここで、のんびり、好きなことして暮らしてよ。おいしいもの作ってあげる。もっと太った方がいいよ。恩返しなんて考えなくていいから、ただ、ここにいてくれればいいから」
「掃除や洗濯もしなくていいのか?」
「勿論、勿論。全部俺がやる。俺が居ない時は、メイドさんでも頼むから」
ショーンに家事をやられるくらいなら、10人でも、人を雇ったほうが安上がりでした。
「お願い。俺、ショーンがここで一緒に暮らしてくれるなら、俺が、一生懸命恩返しする。一杯稼いで、好きなもの何でも買ってあげる。ショーン。ここにいて。お願い。帰るなんて言わないで」
ショーンは、くるりと向きを変えました。
「今の言葉、念書を取ってもいいか?」
ショーンは、真顔です。
もう、取って欲しいサッカーの試合のチケットをあげつらっています。
オーランドは、ショーンが、サッカーファンであることを知りました。
嬉しそうに頷きます。
「コネを総動員してでも、いい席取ってあげる。でも、お願い。念書には、出来る限り、人間の姿で、俺と仲良く暮らしますって一文を入れてね」
さすがのオーランドでも、鶴の姿のショーンとは、セックスできるとは思えませんでした。
試してみたら、出来るかも知れませんが、ショーンのお尻のあの手触りに未練があります。
オーランドと、ショーンは、お互いに一緒にいることが利益になると理解しあい、にっこりと合意の笑顔を浮かべました。
働き者のオーランドにとって、ショーン一人養うことなど、大したことではありませんでした。
それどころか、幸せが家のソファーで転寝しつつ、テレビの試合に嬉しそうな歓声を上げているのかと思えば、働こうと言う意欲が湧いてくるというものです。
「ショーン。幸せになろうね」
こうして、鶴と、人間のカップルが一組誕生しました。
オーランドの善行は、こうして幸せへと結びつきました。
END
花が主役っての、久々な気がする。
元の話、どこに行ったの?っていう、突っ込みはなしで(笑)