夕鶴

 

あるところに、働き者で、心優しいオーランドと言う男がいました。

彼は役者と言う仕事をして金を得ていました。

今日、彼は、すこしばかり、左右に大きく揺れすぎる海賊が主役の次回作の打ち合わせをし、家路を急いでいるところでした。

オーランドの家は、周りが田んぼや畑に囲まれた、山深い里にあります。

何故だか、不思議ですが、日本の過疎地といってもいい、そんな山奥に彼は、住まいを構えています。

 

マタギの男達と気軽に挨拶を交わしながら、山を通り抜けようとするオーランドは、もの音を聞きつけました。

鳥の羽音です。

ばっさ、ばっさと荒れ狂う羽音は、まるで、怒る火の鳥のようです。

恐る恐るオーランドが、音に近づき、ひょいと、草を掻き分け、覗き見ると、大きな鶴が、ぎゃぁぎゃぁと、怒り狂っていました。

恐ろしい勢いで暴れています。

オーランドは、鶴が、罠にかかったのかと、思いました。

でも、どうやら、そうではないようです。

何を思ったのか、木の隙間を通り抜けようとしていたらしい鶴は、自分の大きさを測り間違えたらしく、でっぱったお腹がひっかかって、動けなくなっているのです。

「これは、また…」

鶴は、すっとしたという形容詞をつけるには、少しばかり平均より太り気味でしたが、大変毛艶もよく、りりしく、美しい姿でした。

威嚇するように開いている大きな口を閉じたならば、きっと、種そのものが、まず、美しい鶴の中でも、ずば抜けて容姿のいい顔立ちをしているに違いありません。

オーランドは、つい、ふらふらと鶴に近づきました。

気が立っている鶴は、嘴で、オーランドを突付き回します。

「痛い!痛いってば!」

残念ですが、鶴ですので、オーランドの言葉は通じません。

攻撃に対し、体を丸めるという、弱者的態度をとるオーランドに、勝利を確信している鶴は、まだ、オーランドを突付きます。

「痛いってば!」

オーランドは、鶴の攻撃範囲から逃げ出しました。

突付かれたおでこが赤くなっているオーランドでしたが、もう、これで、すっぽりと枝の間に嵌っている鶴は、お腹がひっかかって、襲ってくることができません。

それでも、大きく翼を広げ、威嚇する鶴に対して、心優しいオーランドは、見捨てようとはしませんでした。

「怖がらなくて、いいから。君を助けてあげたいだけなんだよ」

鶴は、ただ単に、動けなくなったことに腹を立て、側に寄ってきたオーランドで、憂さ晴らしをしていたようにしか見えませんでした。

しかし、オーランドは、うっとりと話し掛けます。

「綺麗だね。もし、じっとしていてくれたら、そこから、引っ張り出してあげる。いつまでも、嵌っているなんて、嫌だろう?」

このまま少しダイエットを続けたほうが、鶴本来の形容詞を損なうことなく体現できるようになり、放置は、鶴自身のためには、いいことのように思えました。

怒っている鶴は、暴れまわって運動し、ここにいれば、強制的に何日かは、食事制限です。

そうすれば、普通の鶴だったら、嵌るはずもない枝の間から、自然と抜け出せそうなのです。

その位、鶴は、暴れまわっていました。

ばっさ、ばっさと、翼を動かし、ぎゃぁ、ぎゃぁと、絶えず泣き喚きます。

いえ、あの暴れ方でしたら、先に枝の方が折れ、それほど、時間をおかずに、鶴は逃げ出すこともできそうな予感すらします。

 

オーランドは、そっと鶴に近づきました。

猛禽類は、オーランドの優しさを理解せず、オーランドの体に嘴を突き立てました。

「お願いだ。我慢して、あなたを逃がしてあげたいだけなんだ」

オーランドは、なかなかの根性をみせました。

気が立っている鶴に突付き回されても、逃げ出しません。

しかし、張り出している腹が、枝が食い込み、前に引いても、後ろに引いても、鶴は、なかなか取れませんでした。

引っ張られる痛みに、怒る鶴は、オーランドを突付きます。

「もう少しだから、我慢して」

鶴は、我慢など知りませんでした。

商品であるオーランドの体を、遠慮なく、痣が残るほど、力強く張り倒しました。

鶴の羽は、広げればオーランドの身長ほどもあり、その威力は、絶大です。

何度も吹っ飛ばされながら、オーランドは、頑張りました。

もう、途中から、なんで自分がこんなに必死になっているのか、わからなくなっていました。

親切で始めたことだったはずですが、鶴は、ものすごい顔で、引っ張るオーランドを睨んでいます。

後ろへ抜こうと背後に回ると、長い足が、蹴りを入れます。

 

鶴は、なかなか、抜けませんでした。

よほど上手く鶴は、嵌っているようです。

それでも、なんとか、オーランドは、鶴を助け出しました。

すぽんと、鶴が抜けた時には、オーランド自身、信じられなくて、歓声を上げたほどでした。

「やったー!」

自由になった鶴も、大きな声で鳴き、でも、しかし、オーランドの赤くなっているおでこに、一撃をくれました。

その上、あまりの痛さに、ひっくり返ったオーランドを、蹴り飛ばして、飛び立ちます。

オーランドは、土の上で、ひっくり返ったまま、小さな声で呟きました。

「俺…何してたんだろう…」

記憶喪失になったわけではありません。

あまりに好意を、無碍にされたので、すこしびっくりしているだけです。

「まぁ、いいや。でも、ほんと、綺麗な鶴だったなぁ…」

この前向きさ。そして、この優しさが、オーランドの売りです。

 

 

オーランドが、家で休んでいると、扉を叩く音がしました。

ドンドンドン!

随分稼いでいるはずなのに、何故だか薄いオーランドの家のドアが破れそうな勢いで扉は叩かれます。

「誰ですか?」

オーランドは、扉に向かって、声をかけました。

「お前に世話になった者だ」

者は、モンに聞こえます。声は低く、まるで、その筋の人間のようにドスが利いています。

生憎、その筋には、世話をしてことも、されたこともないつもりのオーランドは、突然の不幸に、震え上がりました。

「俺、何もしてません!」

「いいから、開けろ!」

「借金だってないし、保証人にもなってません!俺、関係ないです。家を間違えてます!」

「お前なんだよ。お前。とっとと、開けろ。ごちゃごちゃ言うと、ドア、蹴破るぞ」

もう、すでに、そとの男は、ドアを蹴り飛ばしていました。

その威力は、なかなかのもので、サッカー選手もかくやというキックに、薄いドアがたわみます。

「やめて、ください。今、開けます。今、開けますから」

オーランドは、歯を食いしばりながら、扉をあけました。

頭の中は、怖いお兄―さんが何を言い出すのかと、想像がぐるぐるとしています。

 

「やっぱり、お前じゃないか。恩返しにきてやったぞ」

扉の向こうに立っていたのは、金色の髪に、緑の目の、ものすごい美人でした。

確かに、強面です。

でも、吊り上り気味の目。

真っ直ぐな鼻筋。

他の顔のパーツに比べると、小さな唇は、ピンクで、笑うと、いきなり大きく開きます。

「俺の名前は、ショーン。恩返しのために、しばらくここに住ませて貰う。お前は?なんて、名前なんだ?」

「…オーランド…あの…オーリと」

ショーンの言う事など、さっぱりオーランドにはわかりませんでしたが、むっちりめの体は、ものすごくオーランドの好みで、住みたいというのなら、一生でも住んでくれ。と、オーランドは、心の中で叫んでいました。

もう、地獄から、天国。

オーランドは、今、世界で一番幸せなのは、自分だと確信しています。

「じゃぁ、何から、恩返ししようかな?」

何の恩返しなんだか、オーランドには、全く思いつきもしませんでしたが、ショーンがしたいことならば、なんだってしてくれ!と、オーランドは、ショーンを迎え入れ、その後ろをついて歩きました。

 

「うわ!ショーン!」

ドアは薄かったですが、家の中の調度は、なかなかなモノであるオーランドの家で、また、一つ、花瓶が割れました。

「悪いな」

「ううん。いいんだけどね…」

ショーンは、頭を掻いて、すこしはにかんだような笑いを浮かべました。

その笑顔のキュートさに、オーランドは、目眩がしそうでした。

本当は、割れてしまった花瓶の値段のせいで、目眩がしたのかもしれません。

ショーンの笑顔1回につき、約100万です。

これを高いとい言い切れない、オーランドは、可愛そうに、一目ぼれという病にかかってしまっています。

恩返しに、と言って、ショーンは、掃除機を振り回していました。

最初は食事を作ると、言い出したのですが、オーランドが止めさせました。

ショーンの手つきが、すざまじかったからです。

ジャガイモ一個を剥き終わる頃には、ショーンの綺麗な指、全てがなくなるんじゃないかと、オーランドは、はらはらしました。

 

「なぁ、この掃除機、壊れてないか?」

「ショーン、コードを引っ張りすぎなんだよ。コンセントが元から抜けてるんだ…」

電化製品というものは、残念ながら、ショーンの魅力だけでは、動くということがありません。

できたら、それは、魔法です。

それは、違う話です。

「そうか。でも、もう、掃除は飽きたな。なぁ、洗濯をしてやるよ」

5分ほどの間に、3つの展示品を割り、綺麗にしたところより、散らかしたところの方がずっと多かったショーンは、もっと楽にできる仕事を探していました。

自分の性分を理解したショーンは、掃除に自分が向いていないと、勇気ある、そして、正しい判断を下しました。

乱暴に投げ捨てた掃除機のホースが、また、飾ってあった絵皿を割りました。

ショーンが、曖昧な謝罪の笑みを浮かべます。

オーランドは、すこし涙ぐみながら、ランドリーの場所を教えました。

とにかく、部屋を片付けないことには、ただ歩くだけにも事欠くような現状を、せめてショーンが掃除を始める前の状態に復帰しなければなりません。

ショーンがいないほうが、早く部屋が片付くとオーランドは、ショーンに洗濯機の場所を教えました。

まさか、洗濯で、何かが起こるなどとは、オーランドにも予想がつきませんでした。

 

「あのね。ショーン。二つ籠があったでしょ?片方のは、クリーニングに出す予定のだから…」

洗濯は、洗濯機がするもので、どうにも間違いようがないだろうと、油断したオーランドが、ほんの僅かに席を外したときに、それはおきました。

クリーニング用の籠には、誰が、どう見たって、シルクだろう。と、わかる光沢のシャツや、麻のジャケットが突っ込んでありました。

まさか、そんなものまで、ショーンが自宅で洗濯しようなどと、思うとは、オーランドには思いもつきません。

「どうした?全部、突っ込んでやったぞ」

溢れ出しそうな、洗濯機は、下着も、靴下も、シルクのシャツも、ジャケットも一緒になって回っていました。

もしかして、洗剤は、箱ごと入れたのかもしれません。

泡がこんもりと山になっていました。

「あ……ショーン」

「どうだ?オーリ」

ショーンは、自分の仕事に大変満足そうに笑っていました。

誉めてくれと、顔にはっきりと書いてあります。

「あ……ありがとう。ショーン」

オーランドは引きつりながら、ショーンに礼を言いました。

この場合、あまりに、ショーンが好みのタイプであったことが、オーランドにとっての不幸でした。

 

ショーンが行った色々な破壊行動の後、それでも、一目ぼれという病にかかったままだったオーランドに、幸せが訪れました。

もう、お客様として、座っていてくれればいい。と、懇願したオーランドに、ショーンが、それでは、恩返しにならない。と、ソファーの上でいきなり脱ぎ始めたのです。

オーランドは、目を疑いました。

いくらなんでも、早すぎる展開に、オーランドの方がおろおろとしてしまいます。

 

「本当に?本当にいいの?」

すこし、ふくらみ気味のまあるいお腹。

小さいピンクの乳首が二つ。

首から、肩にかけてのラインは、すっと長く、ショーンの体は、絶品としか、言いようがありません。

オーランドは、訪れた幸運が信じられずに、ショーンに聞いてしまいました。

ショーンの眉が顰められ、目が剣呑な光を帯びます。

「…なんだよ。文句があるのか?」

なかなかの迫力の面構えです。

けれども、オーランドは、この顔が、とびっきり嬉しそうに笑うところを、もう、見てしまったのです。

ショーンがどんな顔をしても、オーランドには、かわいらしく拗ねているようにしか、みえません。

「文句なんてあるわけ無いじゃん!ショーン。最高!ほんとに、キスしても怒らないんだね?」

オーランドは、返事も待たずに、機嫌悪く寄せられた唇にキスをしました。

しつこく繰り返すキスに、ショーンが、オーランドの頭を叩きます。

「…痛い…」

さぁ、これから。と、勢い込んでいたオーランドは、いきなりの暴力に、やはり、これは過ぎた幸福だったのか?と、縋るような目をしてショーンを見下ろしました。

ショーンがキスで濡れた唇を開きます。

「オーリ。もっと、違うところにもキスしろ。手もお留守だ。そんなんじゃ、全く期待できないな」

オーランドは、ショーンをぎゅっと強く抱きしめました。

「ショーン。大好き。がんばって、気持ちよくするから、お願い、やめるなんて言わないで」

オーランドは、キスを繰り返し、滑らかな背中を掌でなぞりました。

 

ショーンの体は、汗で濡れ、ねっとりと光っていました。

オーランドの律動にあわせ、口からは、はぁはぁと、息が漏れ出しています。

オーランドは、ショーンのたっぷりと付いた腰の肉に、指を食い込ませ、柔らかな脂肪のついた体を揺さ振りました。

ショーンの足は、オーランドの腰を挟んでいます。

立ち上がったペニスは、とろとろと液体を滴らせ、オーランドの腹を汚していました。

ショーンは、他のどんな恩返しも苦手のようでしたが、これだけは、ものすごく上手です。

昼間、鶴に散々な目に合わされ、あちこちが打ち身になっているオーランドを上手くフォローして、終いには、オーランドの腹の上に乗り上げました。

「うわ〜。超サイコー」

肉付きのいい尻が、オーランドの腰の上で跳ねています。

手を伸ばして、小さな乳首をきゅっと摘むと、ショーンの口から、「ああっ…」と、いう湿った息が吐き出されます。

オーランドは、夜が明けるまで、ショーンを離しませんでした。

最初は、オーランドのやり方を、すこし馬鹿にしていたショーンでしたが、夜明け頃には、うっとりとした顔で、オーランドに揺すられるショーンが見られたのでした。

 

 

「絶対に覗くなよ」

ショーンがする恩返しといえば、オーランドに対する夜のサービスのみとなりましたが、それだけで十分幸せに、仲良く暮らしはじめた二人の間に、秘密がありました。

ショーンは、オーランドに用意させた部屋に、昼間は篭ってしまうのです。

どんなに、オーランドが、一緒に居てくれ。と、頼んでも、ショーンは、頑なに部屋に入ってしまいます。

勿論、どんなにオーランドが、夜、頑張っても、それは、かわりません。

そして、出てきた時のショーンは、ものすごく不機嫌な顔をしていて、おまけに、なんだか、やつれているようにみえました。

ショーンのまあるいお尻が大好きな、オーランドは、悲しくて仕方がありません。

「ねぇ、ショーン。お願いだから、あの部屋に入らないで。なんだか、ショーン。痩せてきたよ。何をしているのか、知らないけど、お願い。無理なことはしないで欲しい」

オーランドは、ショーンに縋り付いて言いました。

「オーリ。お前が、夜、寝かさないから、疲れているだけだ」

「嘘。だって、あれは、ショーンが、やめるなって言うからじゃん。途中で止めたら、怒るくせに」

「お前だって、後、1回だけだから、って言ってから、まだ、軽く2回はやろうとするじゃないか」

「だって、そんなのショーンがあんまりかわいいから」

オーランドのスケジュールは、髭がキュートな三つ編みの海賊さんがまだ前の仕事を撮り終えていないため、しばらく穴が開いていました。

2人は、新婚よろしくやりまくりの毎日で、目の下には、海賊さんより濃い隈が出来ています。

「ねぇ、ショーン。じゃぁ、せめて、昼間くらいは、一緒にお昼寝しようよ。何もしないから。ねっ、一緒にベッドで寝てるだけ。このままだと、ショーン。倒れちゃうよ」

オーランドは、心底優しい男です。

手を引いて、お疲れなショーンをベッドルームへ連れて行こうとしています。

「だめだ。お前と、ベッドで昼寝なんかできるもんか。一緒に一日中、ベッドにいたら、俺の体は、その方がもたない。お前、自分と俺の年の差を考えろ」

「年だって言うんなら、尚更、あの部屋に入らないで。ねっ、お願い、ショーン。ショーンの顔に皺が増えたら、俺、悲しくなっちゃうよ」

オーランドは、本当に悲しげな顔をして言いました。

しかし、オーランドにべたべたと愛され、すっかり自信家になっていたショーンでも、さすがに、皺の一言は、堪えました。

ショーンは、オーランドに比べ、2周りほど年上なのです。

「…そうか、やはり、俺も年か…」

ショーンは、思わず自分の顔に手を当て、オーランドの顔をじっと見ます。

「え??何?俺、もしかして、酷いこと言っちゃった?嘘だよ。そんなショーンが、年だなんて、全然思ってない。すっごく好き。ショーンの顔、大好き」

「…体型だって、随分昔と違うしな…」

オーランドのフォローは、ショーンに全く通用しません。

ショーンは、暗い目をして、ぴちぴちと若いオーランドを羨んでいます。

「そんな、ショーン!その体がいいんだって。指の沈み込む感じがいいの。大きなお尻が柔らかくって、俺、大好きだよ。もう、あんたしかいないって、心底、思ってる!」

オーランドの言葉は、ショーンの心を抉りこそすれ、浮上させることとはならなかったようでした。

ショーンは、オーランドを睨みつけました。

「絶対に、覗くな!」と、怒鳴りつけ、ピシャンとドアを閉めると、また、部屋に閉じ篭ってしまいました。

 

 

「ショーン…ショーン…」

部屋の外で、ずっとショーンに呼びかけていたオーランドでしたが、ショーンは、部屋から出来ません。

「ショーン、開けちゃうよ。覗いちゃうよ」

喧嘩の時には、スキンシップを取ることが一番!と、信じているオーランドは、もう、一時間も、部屋の外で粘っていました。

ショーンの体が心配だったこともあります。

実際、ショーンは、この部屋に篭るたび、目に見えてやせ細っていくのでした。

部屋の中で、どんな過激なダイエットが行われているのか。

オーランドは、せっせとおいしいものを作り、ショーンを太らそうとしていましたが、全然、追いつくことができません。

「ごめんね。ショーン。…覗いちゃダメだって言われてたけど、開けちゃうからね…」

ショーンの身が心配のあまり、オーランドは、そろそろとドアを開けました。

息を飲みました。

あまりに驚いたので、オーランドは、ドアをぴしゃりと閉めました。

でも、怖いもの見たさに、もう一度、あけてしまいます。

「…鶴だ…鶴が機を織っている…」

部屋の中では、不機嫌な顔をした鶴が、不器用に機を織っていました。

自分の羽を抜き、一生懸命布を織っています。

しかし、出来上がりは、あまりに無様でした。

美しい鶴の羽が、どうして、こんな悲惨な織物になってしまうのだろうと、首を傾げたくなるような出来栄えです。

オーランドは、その鶴に見覚えがありました。

オーランドの額に跡が残るほど、突付いたあの狂暴な鶴に違いありません。

「どうして、あの鶴が…」

オーランドに気付いた鶴が、俯いていた顔を上げました。

これは、睨んでいると、猛禽類でもないオーランドがわかるほど、剣呑な顔で、オーランドを睨みます。

「覗くな。と、言ったはずだ」

声は、ショーンでした。

オーランドは、あまりにファンタジックな展開に、気が遠くなりそうでした。

「折角、恩返しに布を一反織ってやるつもりだったのに」

ショーンの機織の布が一反になる日がくるとは思えませんでした。

大変言い難い話ですが、ショーンの織ってくれていた織物は、足拭きマットとしても使えないほど、小さく、かつ、芸術的な出来栄えでした。

あっちにゆがみ、こっちにゆがみしています。

ショーンがこの部屋に篭るようになってから、随分日にちが経っています。

ショーンは、今まで、一体何をしていたのでしょう?

恩返しなら、夜のサービスだけで、オーランドは満足していました。

「…ショーン…」

オーランドは、じっと鶴を見つめました。

無理を言えば、首がすっと長いところなど、鶴にはショーンの面影がなくもありません。

「残念だ。オーリ。正体がばれたのでは、俺はここに居られない。一反の織物も織れないうちに帰らなくてはならないのは、恩返し鶴の名折れだが、覗いたお前が悪い。じゃ、そいういうことで、俺は山に帰るから」

多分、ショーンは、機織に飽き飽きしていたのでしょう。

ショーンは、人間の姿になり、オーランドの隣りを通り抜けると、随分、さばさばした顔をして、玄関から出て行こうとしました。

オーランドは、その背中に縋りつきました。

「ショーン。待って!ここに住んでれば、3食昼寝付き。その上、俺は、時々、長期で仕事にでるから、亭主元気で留守がいいってのを、十分味わえる」

ショーンの足がすこし、緩まりました。

「山のなかなんて、ろくに食うものなんて無いんだろう?俺、料理上手いよ。なんだったら、もっと、上手くなる。俺と、ショーン。味付けの好み似てるよね。おまけに、セックスの好みも似てる。食い物と、セックス。これの相性がばっちりなら、絶対一生幸せに暮らせる。これは、間違いないよ。数々の離婚を繰り返してきた諸先輩方に、聞いてきた話なんだから」

ショーンの足は止まっています。

「ねぇ、あんなとこ嵌って動けなくなってたのに、誰も助けてくれなかったってことは、ショーン、番でいるパートナーがいないってことなんだろう?だったら、いいじゃん。俺にしときな。俺、将来有望。スター街道まっしぐらだから、絶対ショーンが、辛い思いなんてすることないね」

オーランドは畳み掛けます。

「ねぇ、ショーン。恩返しって、鶴が絶対にしなくちゃいけない掟なんだろう?あんな織りかけの布一枚で、帰ってきたなんて、ばれたら、ショーン、鶴の群れから、追い出されちゃうんじゃないの?」

最後のは、殆ど、オーランドのはったりでしたが、的を得ていたようでした。

面倒くさがりのショーンが、自主的に恩返しに来たとも思えず、オーランドはあてずっぽうで、脅しをかけたのですが、やはり、それが正解だったようです。

「…ここに残ったからって、もう、恩返しはしないぞ…」

ショーンが、言いました。

「しなくて、いいよ。って、言うか、しないでショーン。ショーンの体が痩せちゃうのの方が、俺は嫌だよ。お願い。何もしなくて、いいから、ここにいて。ここに居てくれるってだけで、最高の恩返し」

オーランドは、背中から、ぎゅっとショーンを抱きしめました。

やはり、また、少しショーンは、痩せてしまっているようです。

あんな足拭きマットにもならない品のために、大事なショーンの体が痩せてしまうなんて、オーランドには、許せることではありません。

「ここで、のんびり、好きなことして暮らしてよ。おいしいもの作ってあげる。もっと太った方がいいよ。恩返しなんて考えなくていいから、ただ、ここにいてくれればいいから」

「掃除や洗濯もしなくていいのか?」

「勿論、勿論。全部俺がやる。俺が居ない時は、メイドさんでも頼むから」

ショーンに家事をやられるくらいなら、10人でも、人を雇ったほうが安上がりでした。

「お願い。俺、ショーンがここで一緒に暮らしてくれるなら、俺が、一生懸命恩返しする。一杯稼いで、好きなもの何でも買ってあげる。ショーン。ここにいて。お願い。帰るなんて言わないで」

ショーンは、くるりと向きを変えました。

「今の言葉、念書を取ってもいいか?」

ショーンは、真顔です。

もう、取って欲しいサッカーの試合のチケットをあげつらっています。

オーランドは、ショーンが、サッカーファンであることを知りました。

嬉しそうに頷きます。

「コネを総動員してでも、いい席取ってあげる。でも、お願い。念書には、出来る限り、人間の姿で、俺と仲良く暮らしますって一文を入れてね」

さすがのオーランドでも、鶴の姿のショーンとは、セックスできるとは思えませんでした。

試してみたら、出来るかも知れませんが、ショーンのお尻のあの手触りに未練があります。

 

 

オーランドと、ショーンは、お互いに一緒にいることが利益になると理解しあい、にっこりと合意の笑顔を浮かべました。

働き者のオーランドにとって、ショーン一人養うことなど、大したことではありませんでした。

それどころか、幸せが家のソファーで転寝しつつ、テレビの試合に嬉しそうな歓声を上げているのかと思えば、働こうと言う意欲が湧いてくるというものです。

 

「ショーン。幸せになろうね」

こうして、鶴と、人間のカップルが一組誕生しました。

オーランドの善行は、こうして幸せへと結びつきました。

 

 

END

 

 

 

 

花が主役っての、久々な気がする。

元の話、どこに行ったの?っていう、突っ込みはなしで(笑)