人魚姫
昔、あるところに、ショーンという名の人魚がいました。
ショーンは、金の髪をして、緑の目の大変美しい人魚でしたが、すこし変わり者でもありました。
お姉さん人魚たちが、恋に現を抜かしているというのに、ショーンは、サッカーに夢中でした。
船乗りたちが、甲板でボールを蹴って遊んでいたのを見たのです。
この時、ショーンに天啓が訪れました。
雷が落ちたよりも、もっと強烈に、ショーンは、サッカーに夢中になったのです。
恋なんて、なまっちょろいものではありません。
もっと、熱烈に、一生かけて好きでいらえるものと出会えた気がしました。
あの小さなボールの中に、一生分の夢や希望が詰っている気がしたのです。
そんな時、ショーンの見ている前で、サッカーボールが海に落ちました。
ショーンは、一番に飛び付きました。
娯楽が少ない海の上のこと、船乗りたちが、小船を出して、ボールを捜しにきても、ちっとも返そうとしません。
船乗りたちは、ボールを大事そうに抱きかかえるショーンの美しさに、ひと目で目を奪われました。
それをいいことに、ショーンは、ボールを胸に抱えたまま、尾びれで船乗りたちに水を浴びせ掛けると、さっさと逃げ出します。
船員たちはあっけに取られました。
人魚が船乗りの魂を奪うという話はあっても、サッカーボールを泥棒するという話は聞いたことがありません。
しかし、かわいい貝殻のブラジャーしかしてないショーンを間近で見てしまった船乗りたちは、ボール位、簡単に諦めをつけることが出来ました。
そのくらい、ショーンは、素敵だったのです。
その後も、噂を聞きつけた船乗りたちが、いくつものサッカーボールを海に向かって落としました。
そのたびにショーンは現れ、サッカーボールを持ち帰ります。
時々、間違えて、バレーボールを海に投げ込む者もおりました。
すっかり技術の上達したショーンは、尾びれでそれをキックして返しました。
失礼だと憤慨しています。
ボールは、マストに掛かる大旗に、きれいにシュートされました。
そんなある時、また、海に何かが投げ込まれる音がしました。
すっかり人間なれしてしまっていたショーンは、気軽に音の方向へと泳いでいきました。
近頃では、船乗りたちと、甲板と海の中でのドリブルまでするようになっていたショーンは、また、遊び相手がやってきたのかと、思ったのです。
しかし、今日は、違いました。
海の中に沈んでいこうとしているのは、ボールではなく、人間でした。
顔を見て、遊びなれた船員たちではないとわかったショーンは、見捨てておこうかとも思ったのですが、先にその土左ェ門に身体をつかまれてしまいました。
死にもの狂いの土左ェ門は、ショーンのブラジャーを必死に掴んでいます。
貝殻のブラジャーは、そんな強くはありません。
ショーンは、身を捩って逃げようとしました。
その拍子にブラジャーの紐が切れます。
ショーンの小さな乳首が見えてしまいます。
死にそうになっているにも関わらず、土左ェ門は、ショーンがブラジャーを取り返そうとしても、決して手から離しません。
黒い目が、ショーンの乳首に吸い寄せられています。
しかし、そんなことをしていては、人魚のショーンはともかく、人間の土左ェ門は、死んでしまいます。
だんだん、吐き出す息が少なくなってきました。
名残惜しそうな黒い目が閉じられてしまいます。
それでも、人間はブラジャーを離しません。
人間は、沈んでいきます。
ショーンは、顔を顰めて、小さくため息を吐き出すと、人間を抱き上げ、岸に向かって泳ぎ出しました。
人間は、今まであった誰よりも、金の掛かった格好をしていました。
ぴらぴらしたブラウスを着て、なんだか、ぴかぴかのボタンが沢山ついたベストを着ています。
ショーンは、こんなに金持ちだったら、きっとサッカーボールを沢山もっているんだろうなぁ。と、羨ましくなりました。
それどころか、もしかしたら、船員が話していたサッカーの試合というものも、観たことがあったり、したことがあるかもしれません。
ショーンは、重い水死体になりかけのオーランド王子を岸に引き上げました。
岸の上では、ショーンの体は、思うように動きません。
美しいうろこも、金の髪も砂まみれになりながら、ショーンは王子が波に攫われないところまで、引っ張り上げました。
こんなに苦労したのです。少し位は、恩返しがしてもらいたいものです。
それなのに、王子は気絶したまま、それだけで飽き足らず、ショーンのブラジャーを強く握って離そうともしません。
ショーンは、くしゃくしゃの巻き毛を一つ大きく叩いてやりました。
頭の中身が軽いのか、大変いい音がします。
「…ん?」
王子が目を開ける寸前、海岸で、王子を求める大勢の声がしました。
人魚であるショーンは、逃げ出すしかありません。
「…ちっ!」
小さく舌打ちをすると、ショーンは、陸ではなんとも不恰好な大きな身体を引き摺って、海へ必死で戻りました。
振り返った王子に取りすがる一人の女。
どうやら、彼女が王子を助けたこととして、話が進んでいるようでした。
恩返ししてもらいそこねたショーンは、つまらなそうに海を戻っていきました。
ブラジャーもお気に入りだったので、すこしばかりの未練を残していました。
それからも、たまに訪れる船員たちと、サッカーの技術向上に努めていたショーンでしたが、仲良くなった船員に、とんでもない噂話を聞くことになりました。
船員たちは、人魚としての希少価値や、ショーンの美しさもさることながら、ショーンのサッカーに対する熱意にほだされ、ここを通りかかるときは、ショーンにサッカーに関するあれこれを教えてやることが楽しみになっていました。
そんな船員の一人に、ショーンは、びっくりするようなことを聞かされたのです。
この間助けた土左ェ門、つまり、あれが、一国の王子だったのですが、その王子が、結婚式を執り行う記念として、サッカーの大会を開こうとしているというのです。
ショーンの胸は高鳴りました。
大好きなサッカーの試合です。
あの時の土左ェ門、いえ、一国の王子だというオーランドに、恩返しをさせようと決心しました。
その為には、まず、陸に上がる必要があります。
尾びれで決めるシュートには絶大な自信のあるショーンでしたが、船員たちのような二本の足でなければ、試合に出ることなど出来ないでしょう。
礼儀知らずにも、船員たちへの挨拶もそこそこ、ショーンは、海の中へ、とって返しました。
ショーンのブラジャーが、王子に取られて以来、前よりも小さな貝殻だったので、船員たちは、ショーンの無礼を決して責めたりはしませんでした。
(不精者のショーンは自分で探しもせず、ドミニク姉の持ち物から、勝手に取ってきたのです。ドミニク姉と、ショーンは体の大きさが違いましたので、そのブラジャーはショーンには小さすぎました。)
ショーンは、魔法使いのヴィゴのところにやってきました。
この魔法使い、ショーンに輪をかけて変わり者なのですが、水馬の牧場をもっているところは、ショーンにとって、すこし魅力的でした。
ショーンを気に入っているのか、たまにショーンを馬に乗せてくれたりもします。
そんな時、必要以上にショーンに密着してくるので、ショーンはそうする魔法使いが不思議でしたが、あまり乗馬の上手くないショーンは、仕方のないことなのだろうと思っていました。
なんと言っても、人魚の足では、馬に横座りするしかないのです。
でも、今日の願いを魔法使いに受け入れてもらえれば、ショーンは、馬にも一人で乗ることが出来ます。
それどころか、サッカーをすることも出来ます。
ショーンは、魔法使いの前で精々可愛く微笑んで見せました。
「ヴィゴ、お願いがあるんだ。俺の足を人間の足にしてくれないか?」
魔法使いのヴィゴは、ショーンの顔を胡乱そうに見ました。
「なぜ?」
海水ですぐ悪くなるサッカーボールを直してくれと、持ち込んでくることはあっても、そんな願いをショーンが口にしたのは初めてでした。
「陸に上がりたいんだ。どうしても、会いたい人がいて」
ここで、サッカーをしたいから、陸に上がりたいんだといわなかったショーンがいけなかったのです。
魔法使いは、ショーンが、人間に恋をしたんだと誤解しました。
魔法使いは、ショーンのことが大好きでした。
「ショーン、陸の上は、この海の中ほど楽しいところじゃないよ」
「それでも、いきたいんだ。ヴィゴ。どうしても、尾びれでなく、二本の足が欲しい」
ヴィゴの目には、嫉妬の炎が燃え上がりました。
すぐさま、ショーンの尾びれを人間の脚に変えてやりましたが、その足が利かないようにして、その上、声を奪いました。
利かない人間の足など、海の中でどれ程の役に立つのでしょう。
ショーンは、可愛さ余って憎さ100倍となってしまったヴィゴに、散々犯されてしまいました。
助けを呼ぼうにも声もでません。
ヴィゴが即席で作った牢獄に閉じ込められ、散々体を開発されてしまいました。
それでも、ショーンのサッカーに対する思いは、止めることが出来ません。
ヴィゴの隙を伺い、ショーンは、ヴィゴの元を逃げ出しました。
ヴィゴに修理を頼んでいたサッカーボールも一つ、一緒に持ち出しました。
岸に打ち上げられたショーンをたまたま通りかかったオーランド王子が見つけました。
あまり記憶がはっきりとしなかったのですが、隣国の姫ではなく、もっと素敵な生き物に溺れていたところを助けられた気がしていた王子は、あれから、何度となく、岸辺をさすらっていたのです。
王子は、気を失っているショーンの美しさに目を奪われました。
何故か、サッカーボールを抱きしめているところにも、気を奪われました。
そして、何より、ずぼらなショーンが、姉からくすね取ったブラジャーに心を奪われてしまいました。
自分が助けられた時、手に握り締めていたものと、サイズの差はあれ、同じものです。
相手が気を失っていることをいいことに、オーランドは、そっと、ショーンのブラジャーを引っ張ってみました。
明らかにサイズの合っていない小さなブラジャーの下から、ぷっくりとした乳首が現れました。
それに、オーランドは見覚えがありました。
死にそうになって、苦しくて、苦しくて仕方のなかった時、それを上回る気持ちで、どうしても吸い付きたくなった可愛らしいサイズの乳首です。
オーランドは、今度は迷わず吸い付きました。
ショーンが、ビックリして、目を覚ましました。
ですが、ヴィゴにいいように開発された身体は、オーランドの舐める舌にびくりといい反応を返してしまいました。
声が出ないので、止めてくれ!とも、言えません。
オーランドは、目を開けたショーンの瞳の美しさに、また、心打たれました。
命の恩人だということで、もう、すっかり、婚礼の用意が整っている隣国の姫がいるにも関わらず、オーランドは、ショーンを城に連れ帰りました。
ショーンは、城で生活をするようになりました。
ショーンは、口が利けませんでしたので、結局、オーランドの命の恩人は自分なのだと証明することはできませんでしたが、王子の大切な客人として、城の中で扱われていました。
王子の婚礼に先駆けて行われるサッカーの大会に浮き立つ城の中で、ショーンは、結構楽しく暮らしています。
ただ、ヴィゴが、ショーンの脚を歩くたびにガラスを踏むほど辛い痛みを与えるものにしたことが悔しくて仕方がありませんでした。
これでは、ボールを蹴ることはおろか、走ることすらできません。
勿論、サッカーの選手として、試合にでるなんて夢また夢です。
仕方なく、ショーンは、海の中から持ってきたボールでヘディングの練習をしていました。
あまり動くことの出来ないショーンが一生懸命ボールを追う姿、これが、アシカのようでかわいいと、城中の人間に大変受けていました。
隣国の姫の人気など、まったく問題になりません。
怒った隣国の姫は、ショーンのサッカーボールを取り上げてしまいました。
ショーンは、がっかりです。
ショーンが逃げられないことや、声が出せないことをいいことに、毎晩ショーンの部屋に忍んでくるオーランド王子にサッカーボールが欲しいと訴えたところで、全く通じません。
ショーンの魅力にメロメロの王子は、ショーンに湯水のように金を使いましたが、生憎と、ショーンが世界1サッカーを愛していることには気付いていませんでした。
セレブな環境で育った王子は、宝石やドレスを欲しがる女に会ったことはあっても、サッカーボールを欲しがる女にはあったことがなかったのです。
ショーンが悲しい目で見つめても、誤解するばかりです。
ショーンは、時々、オーランドの頭を思い切り叩いてやりたくなります。
今日も、そうです。
「ショーン、そんなに悲しい顔をしないで、俺が結婚してしまうのが、そんなに悲しいのかい?仕方がないんだ。政治が絡んでいるんだよ。俺の愛は、君にだけ捧げている」
ショーンは、サッカーボールをなんとか表現しようとしていました。
王子の前でも見せたことのあるヘディングをして見せました。
「俺を笑わせようとしてくれているのかい?可愛いあしかちゃん。なんてかわいらしいんだ。ショーンは!」
全く通じません。
オーランドは、ショーンが嫌だと叫べないのをいいことに、王子は、さっさとショーンのドレスを剥ぎ取り、ベッドへとショーンを追い立てます。
「ショーン、大好きだよ。本当にきれいだ。この小さな乳首。すこし丸いおなかに、大きなお尻。こんな好みのタイプに会ったのは初めてだ」
ショーンは、脚が尾びれのままだったら、大ばか者の王子の顔を思い切り往復びんたしてやったのに、と、悔しい思いです。
ショーンの体は、魔法使いのヴィゴによって、すっかり開発されていたので、オーランドに好きなようにされてしまうと、感じずにはいられません。
それが、また誤解を生んでいます。
人間の体とは、不自由なものです。
言葉が使えなくとも、ショーンの体を見ていれば、オーランドには、すっかりショーンの状態がばれてしまいます。
立ち上がったペニスをオーランドの口に含まれ、ショーンは、陸にいるにも関わらずぴちぴちと跳ね回ることになります。
オーランドは、それだけでは、済ませません。
ショーンの中に入ってきて、ショーンが、出ない声で必死に快感を叫ぶのを楽しみます。
それが、毎晩、毎晩続くのです。
気持ちよくないとは言いませんが、ショーンは、海が恋しくなってきました。
大好きなサッカーボールを取り上げられてしまったショーンは、せめてそれだけでも、なんとかしようと努力しました。
ショーンの努力の方法は、間違っていたとは言いませんが、あまり頭の良くない方法でした。
城で生活する上で、ショーンには、何かを得る方法など、人からプレゼントされるという以外にありませんでしたから、仕方がないと言えない事もありませんが、ショーンは、サッカーに興味がありそうな、若くて体格のいい男に擦り寄っていきました。
男は、今度の結婚式の主役である姫の兄で、カールといいました。
このカール、ショーンの魅力にイチコロで参ってしまったのですが、サッカーには、あいにくと興味がありませんでした。
おかげで、ショーンは、相手にする人間が2人に増えただけです。
その上、2人とも、ショーンに夢中だったので、どんなに邪険に扱おうとも、2人して、ショーンを放そうとはしません。おまけに2人して、ショーンを取り合う真似をします。
「ショーン。君をあのオーランドから、解放してあげるからね。彼は、俺の妹と結婚するんだ。あんな男と付き合っていていいはずがない。君が好きだ。君を俺の国につれて帰って、王妃にしてあげる」
カールは優しくショーンの体を抱きしめて、痛む足に頬ずりをします。
勿論、それだけではありません。だんだんと上に口付けていって、ついには、大きく足を広げさせます。
ショーンの脚の間にあるすぼまった穴を舌で舐め回します。
ショーンは、カールにくらべると、まだ、サッカーの試合を催してくれるだけ、オーランドの方が好きでした。
今のショーンにとって、楽しみといえば、結婚式の前日に催されるサッカーの試合だけなのです。
これに、連れて行ってやるといってくれたオーランドの株の方が、ぐんと上がっています。
「ショーン、どうして、そんな悲しそうな顔をしているんだ。国に帰ったら、君は王妃だ。ドレスも宝石も、なんでも君のプレゼントするよ。愛してるよ。ショーン」
カールは、じっくりとショーンを蕩かし、十分に気を使って、ショーンの中に入ってきます。
その時に、沢山のキスをすることも忘れません。
カールのペニスは、ショーンのいいところより更に奥まで届きます。
気持ちがいいです。
ショーンは、カールに揺さぶられながら、人間の男なんて馬鹿ばっかりだと、思っていました。
ショーンが一番欲しいものは、サッカーボールだというのに、誰もそれに気付きません。
宝石も、ドレスも、ショーンは、いらないのです。
それに、セックスもいりません。
それは、確かに気持ちはいいのですが、それは、ショーンだって認めるのですが、ショーンにセックスよりも、サッカーを求めています。
ショーンは、痛みの酷くなる足のこともあり、サッカーの試合さえ終わったら、もう、海に帰ろうと心に決めていました。
でも、そう簡単には行きません。
ショーンを取り逃がした魔法使いのヴィゴは、ショーンの様子をずっと伺っていました。
いわゆるストーカーです。
ショーンが、人間の男に恋をして陸に上がりたいと言い出したのだと思っていたヴィゴは、ショーンにとんでもない魔法をかけていました。
次の満月までに人魚の足を取り戻さなければ、海の泡となってしまうという魔法です。
痛む人間の足をショーンに用意したヴィゴは、ショーンが逃げられるはずはないと思っていて、その期限を脅しの材料に、ショーンの気持ちを自分に向けさせる気でした。
せめて、一緒に暮らすと約束させる気だったのです。
ショーンの体は、仕込んでいるつもりのヴィゴが夢中になるほどすばらしく、つい、励みすぎたヴィゴがちょっと昼寝をしていた隙に、ショーンは、逃げ出してしまいました。
これから、じっくりと、ショーンを口説き落とすつもりだったヴィゴは、逃げられて大慌てです。
ショーンを必ず満月までに、海に連れ帰らなければなりません。
そうしなければ、自分がかけた魔法のせいで、ショーンが死んでしまうのです。
その為には、ショーンが恋したんだとヴィゴが思い違いをしたオーランド王子を刺し殺さなければなりませんでした。
ヴィゴは、ショーンの姉たちに、短剣を押し付けました。
海が恋しくなっているショーンと、姉たちは、海岸で再会しました。
「馬鹿だな。ショーンは!だからあれほど人間に近付いてはダメだってお父様に言われてただろう?」
ドミニク姉がショーンを叱ります。
「…でも」
「2人の王子にバコバコにやられてるんだって?ヴィゴが、ショーンのこと首に縄をつけてでも連れ帰って来いって、ものすごい剣幕だったよ」
ビリー姉が、けたけたと笑います。
「本当にさ、いつも考え無しなんだから、さっさと、これで、オーランド王子を刺し殺しちゃいな。そうじゃないと、もう二度とサッカーできないよ」
とても優しげな顔をしたイライジャ姉が一番物騒なことを言います。
「人間と、一緒になんて暮らせないんだよ」
アスティン姉は、一番の常識者です。この姉には、ショーンだって、逆らえません。
「逃げ道は確保しておくから、三日後の朝までに、オーランドを一突き。いいね。満月までに殺らなかったら、ショーンが海の泡になっちゃうんだからね」
やはり、とても愛くるしい顔のイライジャ姉が、一番怖いことを言って、ショーンに短剣を押し付け、海に帰りました。
ショーンは、手の中の短剣をじっと見つめます。
海の泡になるのは、嫌です。
でも、オーランドを殺してしまったら、果たしてサッカーの試合は開催されるのでしょうか?
ショーンが指折り数えてみると、次の満月まででは、サッカーの試合が見られないことがはっきりしました。
試合の日は、5日後、満月は、三日後です。
ショーンは、考えました。
想像上とはいえ、あまり、許されることではない、考えです。
オーランドをちょっぴり刺したら、自分が泡になる日が遅れ、ついでに、サッカーの試合も開催されるのではないか。ということです。
ショーンのベッドの上で、オーランドはいつも裸です。
刺すのなんて、大した仕事ではありません。
ちょっと考え、やはりショーンは、実行に移すことにしました。
その晩のいつもより乗り気なショーンに、オーランドは、張り切っています。
ショーンは、オーランドの足を気軽に刺してみました。
オーランドは、大層驚いて痛がりましたが、他の姫と結婚する自分をショーンが許せなかったのだと、幸せな誤解をして、より一層ショーンを愛するようになってしまいました。
もう一人の王子、カールも、同じような誤解をしています。
カールのことが好きになってしまったショーンが、オーランドと別れたくて刺したのだと、勝手に一人盛り上がっています。
ショーンの脚の痛みはますます酷くなってきました。
さすがのショーンでも、何となく、自分も死期が近いのを感じます。
このままでは、サッカーの試合をみることもなしに、はかなくなってしまいそうな予感がします。
全く、今回の短剣による魔法の解除は骨折り損のくたびれもうけでした。
泡になる前夜だというのに、ショーンは、盛り上がったカールに伸し掛かられています。
最早、朝がこようとしているのに、ショーンは、サッカーの試合を諦める決断も出来ず、かといって、自分の命が無くなるのも嫌だという葛藤の狭間で、ちょっとオーランドを刺しただけという、なんとも優柔不断なことしかしていませんでした。
まぁ、オーランドの怪我は、結構酷くて、全治2週間は掛かりそうです。
ちょっと、刺してみたというには、大事だと言えるでしょう。
痛む足を引き摺りながら、なんとか眠ったカールのところから逃げ出してきたショーンは、どうにかして、あと二日生き延びる方法はないものかと、無い知恵を絞っていました。
姉たちに相談できないものかと、海岸にきています。
「ショーン!」
ショーンの姿を見つけたヴィゴは、海から上がるなり、岸辺に座るショーンを抱きかかえました。
ヴィゴは、ショーンをストーキングしているなんて悠長なことが出来なくなって、自分の手で取り戻さずにはいられませんでした。
抱きかかえた勢いで、ヴィゴはショーンに口付けをしました。
ショーンは、ビックリしています。
「ヴィゴ!」
なんと、ショーンの口から声がでました。
さすが魔法使いです。
ヴィゴは素早く海の中へとショーンを連れ帰りました。
しかし、ショーンにとって、大切なのは、声なんかより、サッカーです。
「ヴィゴ!ヴィゴ!魔法をもう一度かけてくれ。試合は二日後なんだ。それまでは、泡になんかなりたくない!」
ショーンは、自分を抱く、ヴィゴの首に縋りつきました。
海に浮かぶショーンの体は、ヴィゴが手放した時より、ずっとなまめいていました。
2人の王子に捏ね回され、すっかり熟成しているのです。
ヴィゴだって、こんな艶やかなショーンを泡になんかしたくはありません。
「ヴィゴ、できたら、サッカーのできる身体にして欲しい。この間の魔法、あれは失敗?できたら、やり直して欲しい。サッカーがしたいんだ」
ヴィゴに手篭めにされたり、監禁されたということは、ショーンの頭の中でどのように処理されているのでしょうか?
ヴィゴは、こだわりのない緑の目に、ますます愛しさが募りました。
「ヴィゴ!お願いだ。もう一度魔法を!」
どうしてもサッカーの試合が見たいショーンは、猛烈にねだります。
「ショーン、残念だが、魔法をもう一度かけることはできない。だが、人魚に戻すことなら出来る。どうする?朝までこの姿でいたら、お前は泡になってしまうが、人魚に戻らないか?」
ヴィゴの実力をして、もう一度魔法をかけることが出来ないはずはありませんでした。
しかし、ヴィゴは、もうショーンを陸にはやりたくなかったのです。
大事なショーンをこれ以上他人の手に抱かせることなど許すことができません。
「サッカーの試合が見られない?」
緑の目に影が差しました。
「ああ、見られない。けれども、その姿でいても、試合は見られないよ」
ヴィゴはきっぱりと言い切りました。
陸への未練を断ち切って欲しかったのです。
ショーンの目に涙が浮かびました。
真珠のような涙です。
美しい真珠は、ぽろぽろと零れ落ち、深い海に沈んでいきます。
「もう、サッカーできないのか?」
「尾びれでやればいいだろう?お前が海からいなくなって、船員たちががっかりしていたよ」
ショーンの涙は、止まりません。
結婚間近に、他の女に裸で刺される王子など、スキャンダルな存在に他なりません。
オーランド王子は、隣国の姫に式直前で結納をつき返されてしまいました。
サッカーの試合も、当日に取りやめ決定です。
しかし、いなくなってしまったショーンを捜し求めていたオーランドは、あまりそのことを気に留めませんでした。
胸の中は、オーランドが結婚するのに耐えられなくなったショーンが、涙で放浪しているというストーリーで一杯です。
一方、結婚を破棄にして、怒り狂っている妹に当り散らされながら、カールも、幸せなお話を胸に一つ抱えていました。
王子に結婚を申し込まれ、困惑したショーンが身を引いたという、なんともハーレクインな夢物語です。
2人の王子は、ショーンを捜し求めていました。
そんな陸の日々も知らず、ショーンは、海で、魔法使いのストーキングにあいながら、船員たちとサッカーする毎日です。
今日も、尾びれのシュートが決まります。
あいかわらず、ずぼらなので、また、ちいさなブラジャーを着けています。
今度のは、ビリー姉のところから、くすねてきた代物です。
海の泡と消える話は、どこへやらです。
「あの子ってさぁ、頭悪いよな。人魚の姿だって、ちょっと王子に顔みせて、サッカーの試合をやってよって、おねだりすれば、一発で願いがかなうって、どうしてわかんないんだろう?」
2人の王子がショーンを捜し求めていることは、この辺りの国で知らないものは、いやしません。
「ヴィゴにだってさぁ、やらしてやるから、ちょっとの間だけ、人間の足を頂戴って言えば、すぐ、魔法をかけてくれるって、どうして思いつかないかなぁ?」
姉たちは、水上の曲技師として、十分見ごたえのあるショーンのヘディングに、呆れた目を向けています。
「いいんじゃない?今のままの方が面白いじゃん。そのうちサッカーをやる人魚が噂になって、王子たちがやってきたら、三つ巴の対決だ。血みどろだよ。だれが、生き残るか楽しみだね」
やはり、イライジャ姉が怖いことを言っています。
「…ショーンが人魚サッカーチームを作ろうって言い出さないことを祈ってるよ」
アスティン姉が、飛んできたサッカーボールを投げ返しながら、嬉しそうな笑顔の末妹に苦笑します。
青い海の上、ショーンのシュートが豪快に決まりました。
END
BACK
もう、いいっちゅうねん!っていう皆さんの突っ込みが聞こえてきそうなんですが、自分のなかでは、まだ、童話ブーム(笑)
でも、今回の人魚姫は書くにあたって、話が、頭のなかで混乱していることを発見しました。
人魚姫が、お城ではなく、船にいたような気がしてました。
だから、マストを抱かえさせられたまま、立ちバックでやられる豆とか想像してたんだけど、ちょっと、使えず、がっかり(笑)
今回も、笑って済ませてくださいね。(祈)