幸福の王子
広場の中央には、金色に光る銅像が建っていました。
その姿は、美しく、眺めるものは、皆、ため息が出ました。
それは、りりしく優しげな笑みを浮かべており、町の者は、「幸福の王子」と、その像を呼んでいました。
美しい像があるからといって、町の者が、皆、裕福であるかというと、そうではありませんでした。
この町は、普通の町でした。
星明りの暗闇の中、頬を腫らした一人の若者が、広場までよたよたと逃げてきました。
息も絶え絶えに、銅像へと寄りかかります。
「もう、だめだ。やっぱり、俺も南に行く頃合なのかもしれない」
小さなこの町の宿場街にある店の美人オーナーにつばめとして囲われているオーランドでした。
オーランドは、夕べ戻ったオーナーの旦那に、叩きだされたばかりでした。
船が着き、旦那衆が戻ってくるという話は、聞いていたにもかかわらず、店の女の子たちに甘やかされるのをいいことに、同じつばめ仲間達が、どんどんと南町へ、居場所を移すのもかまわず、ずるずると居残っていたのです。
「痛い・・・誰も、助けてくれなかった。俺の愛なんて、誰にも受け入れられていなかったんだ」
オーランドは、傷む頬をさすりながら、オーナーを筆頭に、女の子の名前を次々に出しては、嘆き悲しみました。
皆、ベッドの中では、オーランドのことを世界一好きだと、言ってくれていました。
けれど、今日、殴られたオーランドに手を貸す者は、独りもいなかったのです。
オーランドは、悔しくて、涙が流れるのを止めることが出来ませんでした。
殴られた頬が痛かったせいもあります。
「女性なんて、どんなに真心を差し出したところで、どうせ、裏切るんだ。俺のこと、あんなに好きだって言ってくれたのに・・・」
「おい、お前、お前の愛ってのは、本物なのか?」
オーランドが、滂沱と涙を流していると、上のほうから声がしました。
オーランドは、飛び上がりました。
「ひいっ!幽霊!!」
結構、怖がりなのです。
「違う!お前らが、朝な夕なに眺めては、美しいと、ため息をついてる俺だ。お前が、掴まってるその足の持ち主、ちょっと恥ずかしいネーミングだが、幸福の王子だ。でも、できたら、ショーンと呼んでほしい。流石に、俺も、王子と呼ばれるのは、照れるからな」
強引に自己紹介まで済ませたショーンは、台詞とは、全くトーンの違う優しげな笑顔のまま、遠くを見るめる目つきで広場に立っていました。
何故って、銅像なので、そういうポーズしかとれないからです。
「なぁ、おい、お前、真心って奴を用意できるか?」
「・・・・銅像がしゃべってる・・・」
ショーンの話す内容は、全くオーランドに通じていませんでした。
オーランドは、ひたすら、この現実をどう受け入れたらいいのか、それが出来ずに苦しんでいます。
「大丈夫だ。深く、考えるな。お前は頭が悪そうだから、どうせ考えたところで、わからない。なぁ、それより、お前、真心って奴がわかってるのか?」
「・・やっぱ、・・しゃべってる・よね?・・」
オーランドは、まだ、銅像を見上げたまま、口をぽかーんと開けています。
「面倒臭せえな。男が小さいことで、うじうじ考えんなよ。きっと、お前のそういうところに、嫌気がさして、姉ちゃんたちは、お前のこと捨てたんだよ。前を向け。今あることに対処しろ。俺が質問してるんだ。お前は、愛ってものの持ち合わせがあるのか?」
ここまで、めちゃくちゃ言われて、やっとオーランドも、男らしく対処する気になったようでした。
抱いていた銅像の足を離し、二歩ほど下がると、脱兎のごとく逃げ出そうとしました。
「ちょっと、待て!逃げ出す先があるのかよ。てめえ!!」
オーランドの足が止まりました。
確かに、逃げ込む先の当てが、オーランドには無かったのでした。
ふかふかの体も、いい匂いのする胸も、先ほど強引な縁切りにあったばかりです。
オーランドは、眉の間に皺を寄せ、こわごわ銅像を振り返りました。
銅像は、優しげな笑いを顔に張り付かせたまま、機嫌悪くしゃべっています。
「女のいない色男に、一体なにが残ってるってんだ?お前に切り売りできるものがあるんだとしたら、愛って奴だけなんだろ?俺がそれを買い取ってやるって言ってるんだ。本物だったら、それに見合うだけの宝と等価交換してやる」
「・・あんた、俺の愛を買うって、言うの?」
「ああ、買ってやる。俺のことを好きになってくれ。そして、その気持ちをこめて、俺のつま先にキスをするんだ」
「銅像に・・・?」
「銅像でもだ。お前、ツバメだろう?それにさっきまでの話の通りなら、相当惚れっぽいんだろう?」
オーランドは、銅像に近づき、その姿を見上げました。
銅像の表面は、金で覆われ、瞳は、品のいいサファイヤ。数々の宝石を埋め込まれた衣装のデザインも細かく、どれほど腕のいい職人が作ったのか、顔立ちは、冷たいほどに整っていました。
「・・・顔は、好み・・・」
「そうだろうとも。俺も、それには、自信がある」
慈悲深く、はかないまでに優しい笑みの銅像、ショーンは、いらだたしげに言いました。
「おい、さっさと、キスしろよ。俺のこと、好きだって精一杯思いながら、キスするんだ」
オーランドは、まだ、愛を売る気にはなっていませんでした。
オーランドの職業は、人から見ればツバメと分類するのが正しかったのですが、本人は、間違いなく相手の女性を愛しているつもりだったのです。
しかし、ツバメに分類されることになった背景となったオーランドの性格がこの時も災いしました。
強引な押しに弱いのです。
特に、年上の強引さには、何故だかずるずると流されてしまうのです。
ショーンの声の勢いに押され、オーランドは、銅像の足元に唇を近づけました。
冷たい金の銅像にオーランドの唇が触れます。
オーランドが唇を離そうとした時、唇の先から、順に、銅像に温かさが満ちていきました。
「やったぜ!!」
頭の上で、銅像が動く気配がします。
「・・・・うわぁ・・・」
オーランドは、こわごわと、顔を上げました。
すると、あの銅像と同じだけ美しく、しかし、ずいぶんと意地の悪い表情をした男が、にやりとオーランドに笑いかけました。
口元と目元に、銅像の時には割愛されていたらしい、皺がくしゃりと寄りました。
しかし、それが、驚くほど、似合っています。
「サンキュー。お前のおかげで、助かった」
男の笑みは、銅像ほど優しげではありませんでした。
しかし、天真爛漫といって良いほど、あけっぴろげであり、オーランドの胸を高鳴らせるほどに、魅力的でした。
ショーンは、台座から降りると、オーランドの肩を抱きました。
「さて、じゃぁ、一緒に酒でも飲みに行こう」
訳もわからないままに、オーランドは、ショーンを酒場へと案内させられています。
酒場で、ショーンは、ずいぶん楽しそうに酒を飲みました。
しかし、オーランドの愛情が薄かったせいか、その晩は、長い時間、人間として振舞うことが出来ませんでした。
自分の体が、固くなる兆候に気付いたショーンは、文句を言いながら、半ばオーランドに担がれ、台座のある広場に戻りました。
それが、幾晩も繰り返されたのです。
オーランドは、今晩もショーンの足元にキスを贈りました。
前の晩に、必ずと約束されたこともありますが、オーランドは、陽気で口の悪いショーンのことが好きになっていました。
もともと惚れっぽい性質です。
そして、ショーンは、性悪でしたが、とても魅力的だったのです。
「さぁ、今晩もたっぷり遊ぶぞ」
人間の姿になったショーンは、台座から、オーランドに飛びつくようにジャンプしました。
オーランドは、両手を広げて、ショーンを受け止めます。
「今晩も、ショーンに会えて嬉しい」
「俺も、お前のおかげで遊べる時間が増えて嬉しいよ」
オーランドの愛情が深くなった分、キスの力で、人間の姿でいられる時間の増えたショーンでした。
「ねぇ、でも、平気なの?もう、ずいぶん、宝石が減ってきちゃったよ」
ショーンに嫌がられながらも、形のいい耳に口付けをしていたオーランドは、そこを飾っていたピアスが消えているのに、気付きました。
「平気、平気。前にも説明しただろう?俺は、世のため、人のために、金を使ってやってるんだ。宝石を俺が身につけてたって、誰の懐も暖まらない。だが、俺が使ってやれば、飲み屋が儲かって、そこに酒を仕入れてる酒屋が儲かって、酒屋の女房の財布のヒモがつい緩んで、洋服服屋が儲かる」
「洋服服屋が、儲かれば、そこに生地を入れてる繊維問屋が儲かって、結局、糸を紡いでる全ての家のおかみさんが儲かるんだっけ?強引過ぎると思うけど、ショーン、本当に楽しそうに飲むから、見てる俺も楽しくなるよ」
「じゃぁ、もっとたくさん飲もうぜ?お前が俺をもっと好きになってくれたら、いつか、俺が銅像に戻らなくてもいい日がくるかもしれない」
どうして銅像になってしまったのか、何も覚えていないショーンでした。
けれど、ショーンの胸には、のろいを解く鍵が愛だ、いうことだけは、強く刻み込まれていたのです。
ショーンは、今晩も、オーランドの手を引いて、酒場へ向かいました。
酒場で、ちょっと楽しい遊びを覚えてしまったのです。
「ねぇ、ショーン。こんな高額はやめにしようよ」
酒場の庭では、屈強な男達が、立っていました。
足元には、ボールがあります。
「いいや、今晩こそ、絶対に勝つと思うんだ」
ショーンは、ビールを片手に、自分が贔屓にしているチームの男に向かって、大きな声で激を飛ばしました。
この酒場では、余興に、フットサルの試合が行われていたのでした。
ゲームの面白さに夢中になったショーンは、観戦するだけでは物足りなくなり、贔屓チームに金を賭けるようになっていました。
そのせいで、急速に、ショーンを彩っていた宝石の数が減っているのです。
「ねぇ、ショーン。俺の愛を等価交換してくれるんじゃなかったの?」
「してるだろう?飲み食い、それに、お前の宿代だって俺が持ってる」
「俺の愛って、やっぱり、それっぽっち価値しかない?」
オーランドは、つらそうな笑みを浮かべて、ショーンを見ました。
もう、優しいだけの笑顔など、決して浮かべなくなったショーンは、湿っぽいオーランドをうっとおしそうにしながらも、心配しているという複雑な表情を顔に浮かべていました。
「なんだ?オーリ。何をそんなに・・・」
「やっぱり、俺って、そのくらいの価値しかない男なんだよね。ベッドも食事も与えてもらえるけど、それ以上は、誰もくれなくて。・・・きっとショーンだって、いつの日か、人間になれる日が来ちゃったら、俺なんか捨ててどこか行っちゃうんだ・・・」
「・・オーリ?」
しかし、ショーンが、オーランドを心配したのも、そこまででした。
裏庭では、フットサルの試合が始まったのです。
ショーンの目は、夢中になって、ボールの行方を追いました。
入り乱れる選手に、コートの中よりずっと熱くなって、応援しています。
「いけ!いけ!行くんだ!!」
自軍のゴールに、ショーンは、見も知らぬ親父と肩を組んで、雄たけびを上げます。
「何やってるんだ!戻れ!カットしろ!ああっ!!どうして、そこで回り込めない!畜生!いい。いいんだ。ドンマイ。大丈夫だ。落ち着いて行け。お前達なら、必ず勝てる!」
試合中のショーンは、もう、オーランドなど眼中にありません。
しかし、試合さえ済んでしまえば、ショーンは、照れくさそうな顔をして、「で、何だった?オーリ」と、オーランドに笑いかけるのです。
オーランドは、そんなショーンが大好きなのです。
今晩も大負けに負けたショーンでした。
もう、一試合と、叫んでいたショーンでしたが、オーランドは、硬化し始めたショーンを背負い、広場へと戻りました。
ずいぶんみすぼらしくなってきましたが、台の上で微笑むショーンの顔の美しさは変わりません。
ショーンの持つ宝石は、本当に残り少なくなってきました。
しかし、ショーンは、毎日、酒場に出かけて行きました。
オーランドは、一生懸命引き止めます。
「ねぇ、ショーン。フットサルも良いけど、もっと、人間でいられる時間が増えないか、それを試すってのは、どうかな?」
「試すって、どうやって?」
ショーンは、賭け試合の始まる時間が近づき、気もそぞろでした。
オーランドは、ショーンの前に立ちふさがり、酒場の二階へショーンを引っ張りました。
二階には、オーランドの部屋があります。
「足元にするキスだけで、人間に戻れるんだ。もっと一杯キスしたら、もっと長い間、人間でいられないかな?」
「・・・無理なんじゃないか?」
ショーンは、まだ、今回の賭けにエントリーしていませんでした。
贔屓チームに勝って欲しいショーンは、今晩も、チームに掛け金を突っ込む気でいました。
「俺、もう、すっかりショーンのこと、大好きだからね。愛情たっぷりショーンのこと、愛してあげられる自信があるよ。山ほどキスしたら、もしかしたら、人間のままで、もう、銅像に戻らなくてもすむかもしれない」
「本当に?銅像に戻らない?」
自由に動き回ることの楽しさを知ったショーンは、銅像でいる間の時間が苦痛でしょうがありませんでした。
夜が更けても、オーランドが現れない時など、試合が始まってしまうんじゃないかと、やきもきしながら、待っています。
「・・・わかんないけど、でも、ためしてみる価値はあると思うんだ」
オーランドは、自信なさそうでした。
けれど、試してみることは、ショーンにとっても悪い話ではありませんでした。
「よし、じゃぁ、確かめてみよう。でも、ちょっと待ってろ。一試合分だけ、賭けてくる」
どこまでも、懲りないショーンは、掛け金を胴元に突っ込み、勇んで二階へと駆け上がりました。
オーランドは、腕の中に、ショーンを抱きしめ、どきどきと胸を高鳴らせました。
このきれいな顔をした男の、いい笑い方も、悪い笑い方も知ってしまったオーランドは、すっかり、ショーンに参っていました。
オーランドは、笑う時でもその色を残す、ショーンのサファイヤの目にキスをしました。
ショーンは、顔中をくしゃくしゃにして笑い転げているときでも、瞳の色が、相手から見えます。
「・・・ショーン」
その目を閉じさせるために、オーランドは、金の睫に唇を落としました。
ショーンが、擽ったそうに笑い声を上げます。
「・・・ショーン、もっと、キスしていい?」
「いいさ。嫌になるくらいしてくれ」
オーランドは、ショーンの唇にキスをしました。
唇を合わせるキスは、二人にとって始めてのキスです。
「どう?ショーン、何か、変わった?」
オーランドは、おどおどとショーンに聞きました。
ショーンに賭け事をさせないために、言い出したことに過ぎないので、オーランドは、キスの場所が変わったことで、ショーンを人間にしておく時間が増えるのかどうか、自信がありませんでした。
けれども、愛情の量で、ショーンを人間にしておけるのならば、そちらには、ほのかな自信がありました。
「・・・なにも、って、気がするな」
オーランドの唇は、ショーンの柔らかな頬に押し付けられていました。
ショーンは、嫌そうではありません。
「・・・じゃぁ、もっと?」
オーランドは、ショーンの唇を開けさせ、深いキスをしました。
それだけでなく、体中のいたる所に、キスの雨を降らせました。
ショーンは、オーランドからの柔らかく、じれったいようなキスに、息を上げていました。
オーランドのキスは、体中のいたる所に、繰り返されています。
「気持ちいい?ショーン?俺、これは自信があるんだ。好きな人が気持ちよくなってくれるの、大好きだからさ」
オーランドは、ショーンの太ももにキスをしながら、薄く唇を開いたままのショーンを見上げました。
ショーンのペニスは、固く立ち上がり、先からは、滑った液体をこぼしていました。
「・・・オーリ、もう、体じゅうに、・・・キスしたか?」
オーランドは、その先っぽにちゅっとキスをしました。
「うん。多分」
ショーンは、腰を震わせます。
「気持ちは、・・・良いが、・・・あまり変わりがないような気がする・・な・・・」
オーランドは、ショーンにぺたりと体を重ねながら、サファイヤの瞳を覗き込みました。
ショーンの目が照れくさそうに逸らされます。
オーランドは、こういうショーンが愛しくて仕方がありませんでした。
「ショーン、体の中に、キスしてもいい?唇でじゃないところでだったら、もっと、奥深くまで、ショーンにキスして上げられると思うんだ」
オーランドは、銅像になってしまえば、なくなってしまうショーンの無精ひげにキスを繰り返しました。
「これでか?」
ショーンは、自分と同じように固くなり、ぬるぬるとするオーランドのペニスを掴みました。
オーランドは、腰を動かしました。
ショーンの手の中で、オーランドのペニスは見せ付けるような動きをします。
「気持ちよくなれるよう、ちゃんと努力する。ショーンが、嫌だったら、すぐ、やめる」
ショーンは、自分のペニスをオーランドの体に押し付けるようにしながら、唇へのキスを求めました。
オーランドは、舌を絡め、ショーンの唾液をすすり上げます。
「・・・すごい自信だな。オーリ」
ショーンの足は、もう、オーランドの足に絡み付いていました。
「これくらしか、特技がないんだよ。でも、これだけは、自信がある。俺、好きな人に、気持ちよくなってもらうの、何よりも好きなんだ」
オーランドは、肉付きのいいショーンの尻を撫でながら、にっこりと笑いました。
ショーンは、力を抜いて、オーランドが、尻肉を分けて、穴へと指先を伸ばすのを受け入れました。
しかし、ショーンの目には、かすかなおびえが見えます。
けれども、強がりを忘れないのがショーンでした。
「オーリ、自分が、気持ちよくなるのもだろ?」
「・・・それは、確かに、そうなんだけど・・・」
オーランドは、香油が滴るほど、ショーンの穴の中をほぐし、その後、ゆっくりショーンと繋がりました。
ショーンは、オーランドの言葉が、嘘でなかったことを、その身をもって、知ることが出来ました。
オーランドの愛情のおかげか、ショーンの人間でいられる時間が夜明けまでに増えました。
愛情というものが、気持ちのいいものなのだと知ったショーンは、その大半の時間を、オーランドのベッドの中で過ごします。
しかし、オーランドの部屋のある場所が悪かったのです。
ショーンは、賭博もやめませんでした。
とうとう、ショーンの持つ宝石は、両目のサファイヤだけとなりました。
町の人々が、広場に立つ、銅像の様子がおかしいことに気付きました。
あれほど、美しく飾られていた幸福の王子は、いまや、一切の宝石をその体を纏っていませんでした。
衣装を彩っていた数々の宝石はもとより、瞳に埋め込まれたサファイヤさえも、もう、ありません。
町の中央にある広場の像が、これではみすぼらしいと、町の人々は、銅像を撤去することに決めました。
しかし、たった一人、銅像の撤去に反対するものがいました。
オーランドです。
オーランドは、その銅像が、ショーンであると知っていたので、たった一人で、銅像を守ろうとしました。
けれども、オーランドの意見に、誰も耳を貸そうとしません。
もともと、オーランドが町のやっかいものだったということもありますが、町の人々ともみ合った時に、オーランドのポケットから、とても美しいサファイヤが、二つ零れ落ちてしまったのでした。
これほど美しいサファイヤは、簡単に手に入るものではありません。
オーランドは、銅像から、宝石を盗んでいた盗人だと、決め付けられました。
皆から、袋叩きです。
しかし、若いオーランドのこと、すべては、時間さえ経てば治る傷でした。
けれども、オーランドの様子は、まるで瀕死の状態でした。
オーランドの体は、老人のように弱っていたのです。
その兆候をオーランドは、自分でも知っていました。
ショーンにキスをした次の朝、オーランドは、自分の体の不調を感じていました。
愛情が深くなり、ショーンが人間でいられる時間が長くなればなるほど、キスの後、オーランドは、自分から、力が失われていくことを感じていました。
そう。ショーンにキスするということは、オーランドの命をショーンに与えていると、いうことだったのです。
そのカラクリを、オーランドは、なんとなく感じていました。
ショーンが、何気なく最初に口にした等価交換という言葉。
何も覚えていなかったショーンでしたが、胸に刻まれていた記憶を無意識に吐き出していたのでしょう。
ショーンを愛する命と引き換えに、ショーンは、ひと時、人間の姿に戻っていたのでした。
オーランドは、ショーンのことをとても愛していました。
ショーンが、笑っていてくれるならば、自分の命と交換したとしても、仕方が無いと諦めのつく範囲のことだと思っていました。
ショーンを愛していたからこそ、オーランドは、ショーンを人間に戻すことが出来るキスを続けてこれたのです。
すっかりみすぼらしくなった幸福の王子は、台座から引き摺り下ろされ、ゴミ捨て場に捨てられました。
その足にすがりついたまま、離れないオーランドも、そこに捨て置かれました。
天界では、神様から命じられたヴィゴが、望遠鏡で、地上にあるきれいなものを探していました。
ヴィゴは、祈るような気持ちで、友人のショーンが、きらめく日を待っていました。
ショーンは、ある罪により、誰かをちゃんと愛せるようになるまで、地上に落とされていたのでした。
愛で満たされたきれいな心になったならば、その罪は、許されるはずでした。
いろいろと、ほころびのある友人でしたが、ショーンのいない天界は、ヴィゴにとって、とてもつまらなかったのです。
ヴィゴは、ショーンの心が、きらめいたならば、一番に探し出し、神様に、もう、許してもらえるよう、どんなことをしても申し出るつもりでした。
ヴィゴは、ショーンが落とされた人間界を雲の間から、眺めました。
きらりと光る魂が見えました。
残念ですが、ショーンではありません。
しかし、とても美しく、ヴぃごにとって、それは見過ごせるものではありませんでした。
ヴィゴは、魂の経歴を調べました。
「職業、ツバメか。ふーん。オーランドというのか」
オーランドという人間の経歴そのものは、いかにもありふれていて、何故、これほど、魂が美しいのか、ヴィゴにはわかりませんでした。
ヴィゴは、オーランドの魂を拾い上げようとしました。
しかし、魂は、決して、そこを離れようとしません。
「何だ?何に張り付いているんだ?」
ヴィゴは、地上まで降りて、オーランドの魂を拾おうとしました。
地上に降り立った、ヴィゴは、驚きました。
オーランドの魂が、ショーンの銅像をすっかり包み込んでいたのです。
ショーンの銅像は、天界から運び出された時と、違い、すっかり薄汚れていました。
しかし、その薄汚れた鉛の銅像が、必死に守ろうかとするようなオーランドの魂に包まれ、きらきらと輝いています。
ヴィゴは、天界を見上げました。
「・・・なぁ、神様。ショーンは、自分で誰かを愛するということは、出来なかったようだが、誰かに心のそこから、愛されるということは出来たようだぜ?」
ヴィゴの大きな翼が、ショーンとオーランドを包み込みました。
「よう、この程度で、許してやらねぇ?あんただって、ショーンがいねぇと、怒鳴りつける相手がいなくなっちまって、つまんねぇだろう?」
ヴィゴの翼の大きさは、見るものの目を奪うほどで、また、美しさは、何にも変えがたいほどでした。
ヴィゴは口元にシニカルな笑いを浮かべます。
「俺も、一人だと、つまんねぇの。やっぱ、神様、あんたの隣には、両方いないとビジュアル的にしまらないだろ?」
ヴィゴは、力強く空へと飛び立ちました。
ツバメは、天界で、その名にふさわしく本当に翼を手に入れました。
しかし、あまり、人間界にいた時と変わりない生活を送っています。
「ああ!もう!ショーン。ヴィゴに賭け事なんて教えるなよ!あんたが、逃げ回るから、苦情が全部俺んとこにくるんだぞ。ヴィゴは、あんたみたいに、負ける賭け事しないんだからな。
ちょっと、ショーン、聞いてる?あんたが、どれだけ偉いんだか知らないけど、あんたが、ここにいられるのは、俺のおかげなんだからね。俺に、キスして欲しくないの?俺のこと、大好きなんでしょ?」
オーランドが、死んでも離さなかったおかげで、ショーンの目は、相変わらず、サファイヤの美しさのままでした。
ショーンは、大きな6枚羽根で、ふわりふわりと逃げながら、その目に、意地の悪い笑いを浮かべて笑います。
「夜になったら、帰ってくる。そうしたら、たくさんキスしような。オーリ」
やはり、ショーンの笑顔は、あの慈悲深い銅像の笑みよりも、ずっと魅力的でした。
しかし、天界に作ったフットサルチームの指導に、ショーンは、逃げていってしまうのでした。
END
BACK
幸福の王子にリクを頂いたのは、いつだったのでしょうか・・・
もう、くださったことすら、お忘れかもしれません(苦笑)
この話をハッピーエンドに持ち込むというのが、なかなか至難の業で、年内に書くことができたということが、奇跡みたいです。
持ち越しにならなくて良かったです(笑)16.12.31