金の斧 銀の斧

 

ショーンは生活に疲れていました。

ショーンが愛するサッカーとビールの日々を邪魔する奴らがいたからです。

彼らは毎日のようにショーンの生活を脅かします。

せっかくショーンが、ビールの缶を両手に、ソファーに転がったその瞬間に、もう、ドアが開きます。

「ショーン、仕事終っちゃったから、遊びに来ちゃった」

オーランドが、我が家のような顔をして、ショーンの家のドアを開け、部屋の中にずかずかと入ってきました。

「ショーン、畑でいいトマトが採れたから持ってきたんだけど」

カールが、カゴ一杯に真っ赤なトマトを入れてドアの前に立ちます。

「ショーン、今日こそは、あんたの絵を描かせろよ。顔だけでもいいって言ってるだろう?」

ヴィゴが、ドアの前に立つカールを押し退けて、ソファーに寝転がっていたショーンの隣に座ろうとします。

実は、それぞれと、ショーンは肉体関係があります。

口説かれたので、つい、まぁ、いいかと、ショーンはそうなってしまったのです。

そして、それを各自はしっかり知っています。

だから、3人が3人とも、ショーンのただ一人の恋人になろうと必死に努力している最中です。

勿論、そんな3人が揃って、家の中がただで済むはずがありません。

喧嘩が絶えません。喧嘩だけならまだ、いいのですが、セックスも絶えません。

お互いが相手を出し抜こうとしているので、ショーンは隙あらばすぐさま、ベッドへと連れ込まれてしまいます。

そして、そこで、延々と口説かれるのです。

トークだけでは、すみません。体力勝負の延長戦もありなのです。

自業自得とはいえ、ショーンは、自分の時間がなくなってしまって、もう、ほとほと嫌になっていました。

落ち着いて、ビールも飲めません。

勿論、サッカーの試合を見ている暇なんてありはしません。

最高のシュートが決まった瞬間だって、家の中にはうっとおしい愛の囁きが響いています。

ショーンは一つ決心をしました。

まぁ、あまりいい決心とはいえません。

でも、もう、ショーンは決めてしまいました。

そうと決まれば、即決行です。

ショーンは、にやりと笑いました。

 

ショーンは、その晩、3人に珍しく機嫌のいい顔を見せ、食事と酒を勧めました。

珍しくサッカーの試合を映すビデオは消していました。

ショーンは、3人の話に耳を傾けていました。

3人は、ここぞとばかりに、ショーンを口説こうとします。

「俺を選んどきなよ。一番将来性がある」

オーランドは、ショーンのテーブルの上に乗ったショーンの手を握りました。

オーランドは、確かに将来有望な若者でしたが、嫉妬深くて、ショーンには少しばかり束縛感が強すぎました。

「ショーン、そんなお子様より、俺だよな。一番、ショーンをよくしてやれるのは俺だろう?」

ヴィゴが、テーブルの下で、ショーンの太腿に手を掛けました。

ヴィゴは、確かに一番、ショーンとセックスの相性がいいです。

でも、しつこかったり、変なことをすることがあるので、ショーンは、時々ついていけないと、感じていました。

「…ショーン。俺は、ダメ?」

3人の中で、一番押しの弱いカールが、押しやられたテーブルの向こうからショーンに向かって笑いかけました。

カールが、この中では、一番人間的にまともです。

でも、このカールが混ざったことによって、辛うじて均等を保っていたショーン、オーランド、ヴィゴという関係が、一気に悪化しました。

普通の人間というものは、時に、まともじゃない生活を送っていた者に、現実を突きつけます。

ショーンを共有することに慣れ初めていた ヴィゴとオーランドは、とても普通にオンリーワンになろうとしたカールを見て、自分たちがいかにショーンによっていいように扱われていたのか思い知ったのでした。

「…まぁ、今日は、そういう話は止めよう。それより、食ってくれ。カールが畑から採ってきてくれたおいしい野菜がたっぷりなんだ」

ショーンは、誤魔化し笑いを浮かべながら、3人に酒と食事を勧めました。

3人は、互いに牽制しあうのに忙しく、ショーンの様子がおかしいのに残念ながら気付きませんでした。

そして、すっかり酒に呑まれて眠り込んでしまったのです。

勿論、これはショーンの計画どおりです。

 

ショーンは、体格のいい男3人を台車に乗せて、泉の前に来ていました。

辺りは、うっそうと木が生い茂り、月と星だけが、ショーンを見ていました。

3人の男は、すっかり酔っ払い、台車の上で眠り込んでいました。

ショーンは、まるきり起きる様子の無い三人を乗せた台車を止め、額の汗を拭います。

疲れたなぁと、小さなため息を漏らしました。

「でも、もう少しだ」

ショーンは、自分を励ましました。

あとショーンに残された作業は、この泉に3人を捨ててしまうことだけです。

これさえ、済ませてしまえば、一気にショーンの生活がリセットされます。

少しばかり未練があっても、いらないものは捨ててしまわなければ、部屋は綺麗になりません。

そもそも、ショーンの家は、そんなに大きくないのです。

毎日3人も大男に入り浸られては、ゆっくり寛いで寝そべることも出来ません。

それ、以前に、寝そべったら最後、上に乗りかかられてしまいます。

ショーンは、汗を拭い終えると、容赦なく台車の上の3人を泉のなかに叩き込みました。

大きな水音がしました。

強引な縁切りです。

ショーンは、やれやれと、晴れ晴れとした笑いを浮かべました。

もう、心は、ビデオに撮っただけで、見ることも適わずにいたサッカーの試合にまっしぐらです。

ショーンは、泡を浮かべる水面を振り返ることもせず、空になった台車を引いて、家に帰ろうとしました。

すると、誰かが、ショーンを呼び止めます。

 

「ショーン、ここは、ゴミ捨て場じゃないんだ」

突然現れた泉の精であるクリストファー・リーが、厳しい顔をして、ショーンをきつく睨みました。

リーは、薄物の白い衣装を着て、この世のものならざる威厳をかもし出していました。

ショーンは、照れ笑いを浮かべます。

「済まない。でも、今回だけ、許してくれないか?」

しかし、ショーンは、そんなリーに向かって頭をかいて愛想笑いをしてみせました。

この世の不思議より、自分の利益優先です。

リーは、驚きもせず、実に健やかに笑う、ショーンに呆れた目を向けました。

「いいのか?3人ともお前の恋人だろう?」

「ちょっと、近頃、面倒なことになっててね」

ショーンは、リーに気付かれないように台車を進めようとしました。

この場を逃げ出すことばかり考えています。

リーは、ショーンに小言をいいました。

「そりゃぁ、そうだ。お前が誰とも決めず、いい加減なことばかりしてるからだろう?」

こんなことを知っているのは、リーが慧眼だからではなく、ショーンが3人を弄んでいると村中の噂になっているからです。恐ろしいことに、村のどんな娘より、ショーンのモテ度は高く、男たちからは大人気ですが、ショーンの大好きな女の子からは、ショーンはそねまれてしまっていたのです。

「いや、3人が勝手にいがみ合ってるんだよ。なぁ、だめか?できたら、ここが一番足がつきそうになくていいんだが」

ショーンは、リーが返品をしたならば、別の場所に捨てに行きそうな様子でした。

リーは、仕方なく譲歩をみせました。

「じゃ、ショーン、3人を金にしてやろう。そうしたらば、どうだ?それなら、持って帰らないか?」

「え?でも、生きてるんだろう?それじゃ、金になったところで、使えるわけじゃないし、困るだけだから、遠慮するよ」

ショーンは、金ぴかの3人が、家の中でうろうろする姿を想像し、余計に気分が悪くなって、慌てて顔を振りました。

サッカーと、ビールを愛するショーンにとって、そんなものはいりません。

「じゃ、銀でどうだ?金よりは、シックな感じで家の中も落ち着くぞ」

リーも、泉の中に邪魔なものを置き去りにされるのは困るので、次の案をだしました。

シックもなにも、銀色の人間なんて、気持ちが悪いだけです。

けれども、自分の生活が脅かされるリーの方も強引にセールストークを展開します。

「顔も映るし、銀は、なかなかエレガントだ」

リーだって、でかいのに3人も泉に住み着かれたら、邪魔のことこの上ありません。

「銀?それだったら、まだ、金の方がマシじゃないか?磨かなきゃならないし、面倒くさいじゃないか。いらないよ」

ショーンは、全く興味を示さず、大きく手を振って、リーの申し出を断りました。

まるで、セールスマンを断る客のようです。

リーは、ショーンを見つめました。

ショーンに返品を受け付ける余地は全くなさそうでした。

今すぐにでも、空の台車を今にも引いて逃げ出しそうな状態でした。

リーは、もっとも強引な大技を繰り出しました。

この泉の管理人として言っておかなければならないセリフでもあります。

「ショーン、お前は正直者だ。お前は、泉の中に落した恋人を、金とも言わず、銀とも言わず、真実を曲げなかった。正直者のお前に、すべての恋人を与えよう。受け取るがいい」

リーは、誰も欲しいなどと言っていないのに、金と、銀と、普通の3人を泉の上に出現させました。

普通のは、普通のままでしたが、金と銀は、夜の星に光っていました。

その上、リーの手抜きなのか、それは服を着ていませんでした。

毎晩ショーンを可愛がろうとする、それぞれのペニスが、丸見えです。

ショーンは、恥かしさに、目を反らしました。

けれども、そんな姿で、恋人たちはショーンに向かって熱いまなざしを向けるのです。

「いらない!絶対にいらない!普通の奴だけでも迷惑なのに、金と銀もだなんて、絶対にいらない!」

ショーンは大声で訴えました。

目が釣りあがり、口から唾が飛びました。

けれども、そんな薄情な様子の恋人にも構わず、金も、銀も普通のも、いつもどおり、一斉にショーンを口説きはじめました

煩いことこの上ありません。

「普通のカールくらいなら、野菜を作ってくれるし、貰って帰ってもいいが、あとは、全部引き取ってくれ!リー、頼む。頼むから」

ショーンは、土下座しそうな勢いで、リーに向かって頼みはじめました。

ショーンがわめきます。

9人に増えた恋人たちが、ショーンを口説きます。

リーは、静かだった自分の生活が一気にかき乱されたことに苛立ちを感じ始めました。

 

泉の上に、空中浮上しながら、金のヴィゴが口元に薄い笑いを浮かべ、上目遣いにショーンを見ます。

「ショーン、これはどんな悪戯だい?冷たくして気を惹こうとしなくたって、俺はいつでもショーンを愛しているよ」

金のヴィゴはこれを丸裸でいうのです。ヴィゴは星明りにキラキラと光っていました。

「ショーン!酷いよ!俺を捨てるなんて許さないからね。帰ったらお仕置きだからね!」

銀のオーランドが、自分に向けられたショーンの愛情を疑う事無く、自分の権利を主張しました。

銀のオーランドは、月を映して美しく光っています。

金色と銀色では、銀の方が目の錯覚かペニスが小さく見えました。

ショーンは、理由を考えました。

もしかしたら、夜の闇に、溶け込みそうな控えめな色のせいかもしれません。

「…ショーン、俺、迷惑だったのかな?」

一番控えめな普通のカールが、困ったような顔で笑いました。

幸い普通のは、ショーンが泉に叩き込んだまま、洋服をきていました。

けれども、濡れ鼠です。

髪に藻が絡みついています。

カールは、ふっくらとした頬で、真摯にショーンを見つめました。

ショーンに、1対1関係を当たり前に望むのが、このカールです。

カールの作る野菜はおいしいのですが、それが、ショーンを悩ませます。

結局、ショーンは、自分の方針を曲げませんでした。

「頼む!リー!今回だけ、今回だけ、見逃してくれ!金も銀も、普通のも、全部引き取ってくれ!そしたら、恩にきるから。そうだ。あんたの好きな本を一週間に一度、朗読しに来てやるよ。それで、どうだ。頼むから、引き取ってくれ!」

ショーンは、9人を押し付けられまいと、必死でリーに訴えました。

恋人として最低な態度だと言っていいと思います。

けれども、そんなショーンに慣れっこの恋人たちは特に傷ついた様子も見せません。

この位で、めげていたのでは、ショーンの恋人なんてやってられません。

リーは、横に首を振りました。

「こんな煩いのがいたら、あんたがいい声で朗読してくれたところで、聞こえはしないよ。それより、ちゃんと持って帰れよ。不法投棄は犯罪なんだぞ。これはあんたが巻いた種だ。あんたが摘み取るべきだ」

リーは、泉の上に、金と、銀と、普通の3人を残して、泉の中へと消えようとしました。

ショーンが、慌てて言い募ります。

「酷いじゃないか!3倍だぞ!3人でも、煩わしかったのに、一気に9人だ。最悪なのにも程がある。俺は、サッカーの試合を見ながら、ビールを静かに飲むというささやかな幸せが欲しいだけなんだ。せめて、せめて、光ってうっとおしい、金と、銀だけでも引き取ってくれ!頼む!リー!」

ショーンの絶叫が、泉の水面を引き裂きました。

リーが姿を消しても、まだ、叫んでいます。

水面に石を投げ込んで、怒っています。

あんまり煩いので、リーは、仕方なく、もう一度姿を現しました。

「仕方が無い。じゃぁ、金と銀のだけは、消してやろう。その代わり、普通の三人は、ちゃんと連れて帰るんだぞ。いいな、ショーン」

ショーンは、涙を浮かべた目で、何度もこくこくと頷きました。

9人よりは、3人の方がマシです。

おまけに、光らない分だけ、まだ、うっとおしくありません。

リーは、しぶしぶと、いった態度で、金と銀の6人の姿を消しました。

「ほら、さっさと帰れ。もう、捨てにくるなよ」

リーは、そういうと、今度こそ、泉の中に姿を消しました。

「リー、恩にきる。あんたはいい人だ。俺は感謝を忘れないよ」

ショーンは、水浸しの、3人の恋人に口々に口説かれながら、家路につきました。

 

結局、ショーンの日常は代わりませんでした。

ショーンが、ソファーにのびのびと寝っ転がって、サッカーの試合を見ながらビールを飲むことはできませんでしたし、一人で、ベッドに眠る夜も訪れません。

「なんか、騙された気がする」

ショーンは、ヴィゴに膝枕をされながら、オーランドに足をマッサージして貰い、カールに昼ご飯を作ってもらうという人から見たら、どんな女王様だと言われる生活をしながら、不満を漏らしていました。

そうなんです。確かに、ショーンは、好きなだけ、一人でサッカーを見て楽しむということは出来ませんでしたが、3人を怒鳴りつけ、静かにさせておいて、延長戦まで試合を見る生活を送ることができたのです。

おまけに、生活全般の世話を3人が見てくれています。

どこに不満があるのか、じっくり聞いてみたい気がします。

オーランドがくすりと笑いました。

「もしかして、ショーン、リーの作戦に気づいてなかったの?交渉の基本じゃん、まず、大きな要求を突きつけ、そこから譲歩したように見せかけ、本当の小さな要求を突きつける」

オーランドは、ついでに、ショーンの足の爪を切り始めました。

不満そうなショーンの頭をヴィゴが撫でます。

「まぁ、あの隙の無さは、さすがはリーだと思ったけどな。俺だって、あんな趣味の悪い金や銀の人間を突きつけられたら、普通のだけで勘弁してくれと言いたくなる」

美意識の高いヴィゴは、成金趣味としか思えなかった金の自分の姿は、二度と見たくありませんでした。

けれどもあの晩から何度か金のショーンを夢想したりしました。

金のショーン。

それは、どれほど、美しいのか。

それなら、どんなにショーンが恥かしがろうとも、大事に大事に毎日磨いて、裸のままいつでも鑑賞していようとヴィゴは思っています。

ヴィゴは、金のぴかぴかお尻を想像して、にやりと口元を緩めながら、ショーンの髪を撫でました。

「ショーン、昼、パスタとサラダだけでいい?ビールはどうする?」

気のいいカールが、台所から、ショーンを呼びました。

泉で、ショーンが普通のカールだけなら、持って帰ってもいいと口にしたので、カールのこの家での立場が、急上昇していました。

しかし、カールは、やはり素朴でマイペースです。

ショーンは、起き上がって、台所に向かって声を掛けました。

「ビール?飲む!ちゃんと冷やしておいてくれたか?」

「勿論!」

多分、これで、幸せです。

なんと言っても、不法投棄はいけません。

地球環境の保護のためにも、4人には、いまのままの関係をうまく維持していってもらいたいものです。

そう、リー様の幸せな生活のためにも。

 

では、これで、金の斧、銀の斧の物語を終了します。

いえ、ショーンのわがまま生活リポートを終了いたします。

 

 

END

 

 

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カンヌの天使豆を思いながら、何故か、童話ネタ。

せっかくのこの時期に何をしているのかと、自分を責めたくなりますが、今は、童話が書きたいんです。(笑)

バナ豆とか、読みたいんですけど、読みたいんですけど(切実)、誰か書いてませんか?