ヘンゼルとグレーテル

 

ここは、ドイツの暗い森です。

その森に程近い場所に、きこりの一家が住んでいました。

残念ながら貧乏です。

母はとても可愛く、子供たちも信じられないくらいキュートでしたが、残念なことに大変貧しい一家でした。

父、アスティンはは身を粉にして働いていたのですが、明日食べるパンにさえ事欠く有様です。

そして、ロリ母イライジャは、決断の人でした。

いえ、自分本位の人でした。

 

「ねぇ、子供を捨てよう。そうしないと俺が飢え死にしちゃうよ」

イライジャは、青い目に涙を浮かべ、お腹がすいたと訴えました。

一日働いて疲れて帰ってきたばかりに、こういわれては、旦那であるアスティンだって、返す言葉がありません。

しかし、そう訴える妻は、とてもかわいらしいのです。

アスティンは、大きな青い目をうるうるとさせている妻を見つめました。

アスティンが自分は食べなくとも、必ず妻には食事を取るようにさせていたので、イライジャは、それほど面代わりしていませんでした。

けれど、アスティンの目には、酷くイライジャの頬がほっそりとしたように見えました。

全世界で一番可愛い妻に辛い思いをさせているのかと思うと、アスティンは自分を責めずにはいられませんでした。

しかし、打ちひしがれている夫には構わず、イライジャは、真剣な顔で、子供を捨てる場所について、検討した結果をアスティンに話しています。

絶対に帰って来れないルートの検証に余念がありません。

これで、実母です。継母でも問題のある行動ですが、人間の性善説にすこし疑問を抱いてしまいます。

「…リジ」

アスティンは、妻の真剣な横顔につい、涙ぐんでしまいました。

「ほら、泣いてないで、良く考えてよ。ショーンは、いいんだよ。あの子はぼんやりだから。問題は、ディヴィット。あの子が帰って来れないようにしないと、二人一緒に戻ってきちゃうよ」

美人妻イライジャに説得されてしまったアスティンは、子供を森に捨てに行く決意をしました。

 

その森は、昼間でも薄暗く、決して楽しい雰囲気ではありませんでした。

けれど、ショーンは結構楽しそうでした。

「みんなで遊びに行くなんて久しぶりだな」

久々に用意されたパンと、ワインに心が弾んでいます。

「兄さん…」

現在の生活状態をしっかりと把握しているディヴィットは、そんなに簡単にこのピクニックを楽しむことなど出来ませんでした。

このところ、不機嫌だった母のイライジャが、にこにことしているのも、変でした。

ディヴィッドには、この急な家族サービスの影には、近頃の話題となっている行為が、あるように思えて仕方がありません。

不況が引き起した、歪んだ社会現象として、子捨てが、人の話題にのぼらぬ日はないのです。

自分の家も、そろそろやばいのではないかと、ディヴィッドは思っていました。

母、イライジャは、流行モノに弱い性質です。

念のため、ディヴィッドは、拾い集めていた光る石を道々に撒きながら進みました。

趣味で採集していたのです。

家が貧乏なので、金のかかる趣味など出来ないのです。

 

やっぱり、思ったとおりでした。

随分と遠くまで歩かされ、その上、普段のすきっ腹に食べ物を詰め込まれた兄弟は眠っている間に両親に置き去りにされてしまいました。

気を張っていたつもりのディヴィッドも、久しぶりの満腹に、眠気に打ち勝つことができませんでした。

ディヴィッドが、目が覚めた今は、両親の姿はありません。

辺りは、真っ暗な闇が、森を覆っています。

やられました。

少しでも、親を信じたディヴィッドの負けでした。

父、アスティンは、イライジャさえいればいい人であること。

そして、母イライジャが、自分さえ幸せであればそれでいい人だということを、ディヴィッドは、もっと肝に銘じておくべきでした。

自分の甘さに、落胆するディヴィッドの横では、大好きな兄、ショーンは、一本のワインを一人で空けて、ご機嫌に眠っていました。

むにゃむにゃと、何か寝言まで言っています。

ショーンは、ディヴィッドに揺すり起され、眠そうに目を擦りました。

「兄さん。俺たち、母さんに捨てられたみたいだ」

とりあえず、ディヴィッドは、現状を伝えました。

「そんなはずないだろう?」

あくびをするショーンは、また、草の上に横になろうとしています。

暢気なのものです。

けれど、そこが愛しいところでもあります。

しかし、命のかかった、今、ディヴィッドは、懸命にショーンの体を揺さ振りました。

この森は、人食いがいると噂がありました。

きっと、それが、ここに捨てられたポイントでもあるとディヴィッドは思っていました。

こういうところに、母イライジャが容赦の無しの性格なのは一緒に暮らすディヴィッドにはわかっています。

「本当です。このまま森で眠ってしまったら、家に帰れなくなる。月の光に小石が輝いている間に、うちに帰るんです。起きてください。兄さん」

眠気にぐずる兄の手を引いて、ディヴィッドは家を目指しました。

半ば寝ぼけているショーンは、歩くのを嫌がり、ディヴィッドを困らせます。

家のベッドで寝起きの悪いショーンを起している時とは状況が違います。

今は、エマージェンシーコールが鳴り響いています。

なんとか、ショーンを歩かせ、ディヴィッドは、自分が残した石を頼りに月の下を進みました。

「…眠い。もう、歩きたくない。デイジー」

眠さで甘えるショーンが面倒になって、ディヴィッドは背中におぶって、森を抜けました。

心地よい体温と触り具合でしたが、今は、そんな悠長なことを楽しんでいられる状況ではありません。

 

朝日と一緒にドアを開けたディヴィッドに、イライジャが、大きく舌打ちしました。

兄を良く助け、疲れ果てた我が子に対する仕打ちとは思えません。

母は、アスティンが出かけた後、のんびりと寛いでいました

2人の子供がいなくなり、イライジャは清々と自分の時間を楽しんでいたのです。

手には、菓子を握っていました。

捨てられたとは言え、最後の食料を分けてくれたのだろうと、自分なりに両親を許す理由を探していたディヴィッドの予想は裏切られました。

ディヴィッドは、出来るだけいつも通りに声をかけました。

「ただいま。母さん」

イライジャも負けていません。

「おかえり。デイジー」

にっこりと笑顔でディヴィッドを迎えました。

この2人、これでちゃんと血が繋がっています。

と、言うよりも、繋がっているからこそ、こんなも似た対応をするのかもしれません。

イライジャの手に持った菓子が、崩れ落ちたのは、お互いに気付かない振りをしました。

ショーンは、ディヴィッドの背に背負われてからは、一度も目を覚ます事無く、すっかり眠りこけていました。

ベッドの上に下ろしたところで目を覚まし、おはようと、大きく伸びをします。

 

 

ディヴィッドが未だ、両親を冷たい目で見ているというのに、二度目の子捨てが実行されました。

家の経済状態が困窮しているのは、間違いないのです。

この家には、子供2人を育てる余裕はありません。

ピクニックに行こうとイライジャが笑顔で言うのに、ショーンは嬉しそうに頷きました。

ショーンの記憶では、遠かったけれど楽しく、腹が膨れた前回のピクニックでした。

なんだか、夜の森をディヴィッドと探検したような憶えもあります。

ですが、ベッドで目が覚めました。

夢かもしれません。

ショーンが、わくわくと心を弾ませている横で、イライジャが、ディヴィッドのすべてのポケットを検めました。

イライジャは、前回の反省を含め、糸くず一つ、余分なものをディヴィッドに仕込むことを許しませんでした。

ディヴィッドに対する警戒を深めたイライジャは、前と同じコースを取ることもありません。

残念なことですが、ディヴィッドにとって、兄であるショーンは、当てにはなりませんでした。

浮かれた足取りで歩いているショーンは、今日も持ってきたワインにばかり心奪われています。

このかわいい兄を頼りにする事無く、ディヴィッドは、自分で危機をなんとかするしかありませんでした。

それしか、2人が生き延びる方法はないのです。

注意深くディヴィッドを監視するイライジャの目をかいくぐって、ディヴィッドは、持たされたバックから、小さくパンを千切っては、道へとばら撒いていきました。

それしか、道しるべになりそうなものがありませんでした。

 

深い森の中で、足を止めた両親は、そこで、ピクニックバックを開きました。

4分の1ほどなくなっているパンに、イライジャは、目を吊り上げます。

「どうして、そう、いやしいんだ!」

「しょうがないだろ。母さん。デイジーだって腹はすく」

ショーンが、ディヴィッドの前に立ち、弟を庇います。

ショーンは、捨てられるという危機は理解しておらず、全くディヴィッドの助けとはなりませんでした。

ですが、ディヴィッドを母の怒りからは、守ろうとしてくれていました。

見当はずれですが、愛は感じます。

あくまで子捨てがメインの目的であるイライジャは、怒りの矛先を納め、残りのパンを皆で分けて食べました。

ショーンは、おいしそうにワインを空けています。

酔っ払うことに躊躇いがありません。

ディヴィッドは、今晩もまた、ショーンを担いで帰ることを考え、しっかりとパンを腹に納めました。

何度捨てられても、必ず、家にたどり着く。

粘り強く、それを繰り返していれば、さすがのイライジャでも、諦めるだろうとディヴィッドは思っていました。

 

やはり、捨てられました。

夜の、けれどもまだ早いうちに目を覚ましたディヴィッドは、落胆などしませんでした。

それよりも、荷物になるショーンを置いて、まず、目印を探しにでかけました。

目印さえ、みつければ、家に帰ることが出来ます。

パン屑を探しました。

が、見つかりません。

月の光程度では、見えないのだろうかと、ディヴィッドは、目を皿のようにしました。

それでも、見つかりません。

鳥が、食べてしまったのかもしれません。

どんなにディヴィッドが探しても、パン屑は、ひとかけらだって落ちていません。

ディヴィッドはパニックになりました。

準備さえしておけば、大抵のことは乗り切るディヴィッドでしたが、こういう突発的条件には弱かったのです。

「ショーン!兄さん!!ショーン!!」

ディヴィッドは叫びました。

声は金切り声になっています。

 

必死に名を呼ぶディヴィッドにショーンは、目を開けました。

あまりの衝撃に、無表情になっているディヴィッドが、声だけは必死に、ショーンに訴えます。

「ショーン。どうしたらいい?俺たち、森に置き去りにされた!」

真顔で絶叫する弟に、それは、この間見た夢だと、ショーンは思いました。

徐々に目が覚めたショーンは、ディヴィッドがパニックを起しているのに気づきました。

頼りになる弟は、顔の表情と、行動がバラバラです。

すっかりこの状況に壊れています。

どうしよう、どうしようと叫んでいますが、しかし、ここから帰る手立てなど、ショーンにはありはしませんでした。

あったら、さっさと帰っています。

平然としたいつもの顔をしたまま、おろおろとしている弟などという不気味な存在と、一緒になって途方にくれているわけもないのです。

「きっと大丈夫」

確信など何もありませんが、ショーンは、ディヴィッドを励ましました。

ショーンは、お兄ちゃんなのです。

ここで泣いてしまうわけには行きません。

この態度を立派だと、いう向きもあるでしょうが、もともとのショーンの性格が楽天家だということを説明しておきます。

「とにかく、ここにいても仕方がないから、家を探して歩くぞ」

ついでに言うならば、この事態を深く捕らえきれていないせいだと、言うこともできるでしょう。

 

世間の流行などというものに、疎いショーンは、この森が子捨てのメッカだということもしりませんでした。

勿論、人食いの噂も知りません。

無表情な弟と手を繋ぎ、ショーンは歩き出しました。

選んだ方向は、思い付きです。

分かれ道では、また、勘で先へと進みます。

「大丈夫ですか?ショーン…」

月の光さえも遮る深さになった森に、ディヴィッドは心細い声を出しました。

顔は、いつもの、平然とした無表情です。

森は、どんどん深くなっていきます。

ショーンの足取りは確かですが、ディヴィッドには、迷っているような気がして仕方がありません。

「大丈夫!」

そう言いながら、ショーンは、また、道を選んでいきます。

もう、月の光さえ、2人を照らそうとはしませんでした。

頭の上は、大きな木が空を遮っています。

次の分かれ道も、ショーンは、迷いなく方向を決めていきます。

大丈夫だと言う、ショーンの言葉には、何の保証もありません。

道は暗く、闇は深い。

ですが、ショーンの言葉は、ディヴィッドの心を落ち着かせました。

ショーンの声でそう言われるたびに、そんな気がしてくるのです。

やっと、ディヴィッドの顔に、心配そうな表情が浮かびました。

辺りを見回す余裕も出来ました。

「…ショーン、この道は、さっきも通りました」

ですが、先行きは暗いようです。

 

なんとか、獣にも襲われず、一夜を明かした兄弟は、朝日の中に、一軒の家を見つけました。

自分の家とは違います。

それよりも、ずっとファンシーで、なんといいますか、少しばかり家主の趣味を疑いたくなるような外観でした。

全体のフレームが丸く、メルヘンチックと言えばいいのか、周りには、チューリップや、パンジーが咲いています。

今の季節には、咲きません。

季節感は無視のようです。

端的にいって、変でした。

それでも、家は、家です。

屋根がピンクだろうが、壁が黄色だろうが、ディヴィッドは、助けを求めることを考えました。

その隣りでは、ショーンが鼻をくんくんとさせています。

辺りには、甘い匂いがしていました。

「おい。あれ、きっと食べられるぞ」

ショーンの目が輝いています。

「デイジーあれは、お菓子の家だ」

ディヴィッドは、ショーンを止めようとしました。

いくらなんでも、人の家を齧るというのは、常識に違反します。

助けてくれと言おうとしているディヴィッドとしては、そんな無茶な真似をして、家主に機嫌を損ねられるなんて真っ平でした。

おまけに、アレは家です。

家がお菓子で出来ているなど、強度の問題から言って、普通ではありえませんでした。

そう見せかけた木材に違いなく、こだわり派の家主が、独特のセンスで立てた家なのでしょう。

ディヴィッドには理解できない趣味ですが、屋根に置かれた大きなキャンディーなど、確かに、楽しげな雰囲気をかもし出してはいます。

ショーンは、ディヴィッドの手をすり抜けて、駆け出していきました。

「美味いぞ。デイジー!」

止める暇もなく、ショーンは、齧り付きました。

そんなものを思い切り口にして、腹を壊しても知らないと、心配するディヴィッドの前で、ショーンは、壁のウエハースをばりばりと食べています。

壁をリアルに見せている木の模様は、なんと、スルメのようです。

すざまじい趣味です。

でも、辛口も、甘口もいけるショーンは、嬉しそうです。

「この窓は、飴細工だ」

ペロペロと窓を舐めます。

飴細工の窓は、ピーナッツで、木枠をデコレーションしています。

「デイジー。これ、このドア、チョコレート!」

ひやっほう!あと、酒があれば、最高なのに!と、叫び出しそうなショーンは、手を真っ黒にして、ドアのチョコレートを食べていました。

左斜め上の一部が、ショーンによって齧られ、ドアは、家の入口をきちんと塞ぐという役割を放棄しました。

ショーンの目は、どこかに酒のでる蛇口でもないものかと探しています。

 

「誰だい?私の家を食べるのは?」

急に、ドアが中から開きました。

ドアへとしがみついていたショーンは、ころりと後ろへひっくり返りました。

ドアを開けたヴィゴは、目の前に転がるビックリ目のショーンと、ご対面です。

ヴィゴは、お菓子の家に連れられてきた餌の捕獲に出てきたつもりでしたが、稲妻にでも打ち抜かれたようなショックを受けました。

まさか、こんなところに、こんな好みのタイプが落ちていようとは思ってみませんでした。

ショーンに一目惚れです。

金髪のかわいこちゃんは、顔中をチョコレートで汚していました。

ヴィゴは、あんな感じに別のもので汚してみたいものだと、つい考えます。

「お前は、誰だい?いきなり、人の家を食べちゃいけないだろう?」

ヴィゴは、その為に用意した家であるというのに、口元に笑いを載せ、柔らかいまなざしで、ショーンを叱りました。

「…悪い。その、腹が減っていて」

ぽかんとした顔で、ヴィゴを見上げるショーンは、それでも謝罪を口にしました。

ヴィゴ好みに、素直です。

いえ、ちゃんと言葉を選びなおします。

ヴィゴ好みに、多少頭が緩そうです。

この状況は、ヴィゴに謝っている場合ではありません。

森の中に、お菓子の家。

そして、中からは、どう見ても胡散臭い格好のヴィゴが登場なのです。

逃げ出すのが正解です。

「可愛い子。名前は?」

「ショーン」

「お腹がすいているのかい?」

「うん」

「中に入って、他のものも食べる?」

「いいのか?」

目を輝かせるショーンに、ヴィゴは手を伸ばし、助け起しました。

多少、痩せっぽっちではありましたが、ショーンは、体つきもヴィゴの好みでした。

これで、もっと太らせれば、最高に好みに仕上がりそうです。

「ちょっと、待って!あの…兄の手を離してください。家を食べてしまったことは謝ります。ですが、俺たちは自分の家に早く帰らなくてはいけないんです」

慌てたのは、ディヴィッドです。

このままでは、ショーンは、ヴィゴに連れ去れそうです。

ヴィゴは、突然、割り込んだディヴィッドに舌打ちしました。

ディヴィッドは、何も悪いことなどしていませんでしたが、これで、計2人に、心底忌々しげに舌打ちをされた経験をもちました。

 

ディヴィッドは、必死になってショーンを引きとめようとしましたが、ショーンは、また、大丈夫を繰り返しました。

ショーンは、ヴィゴに手を引かれたまま、笑顔を見せています。

あれほど、夜の闇では、頼りにしたショーンの大丈夫でしたが、今のディヴィッドには、心配以外の何者でもありませんでした。

ヴィゴは、どう見ても、信用がなりません。

趣味の良くわからないポップな家に住んでいながら、真っ黒な装束です。

似ているのは、魔女。

そう、あの衣装なのです。

「大丈夫だよ。デイジー。それにさ、俺、腹が減った」

ショーンは、あっさりと言いました。

腹が減っているのは、ディヴィッドも一緒です。

ですが、こんな家にお邪魔するなんて、正気の沙汰とは思えません。

確かに、ヴィゴは、ただの親切な人かもしれません。

親切な人を疑うのは、間違いかもしれません。

ですが、ヴィゴの目は、いやらしくショーンを見ていました。

自分も同じ目をしている自覚のあるディヴィッドは、こんな犯罪者の家になど、お邪魔するわけにはいかなかったのです。

「でも、ショーン。母さんが心配するし」

「デイジー。俺たちは、捨てられたんだろう?」

こんな時だけ、ショーンは、現状をきちんと把握しています。

「ほら、突然、お邪魔しちゃ、迷惑だし」

「迷惑だなんて、こんなかわいらしいお客様を迎えられて、私は嬉しいよ。ショーン」

ショーンにだけ、ヴィゴは笑いかけます。

もう、繋ぐ必要のない手も、まだ、握ったままです。

「親に捨てられたというのなら、好きなだけ、うちにいればいい。私はショーンを歓迎するよ」

ついでに、弟もね。と、ヴィゴは、本当に、ついでに付け足しました。

 

一晩中歩きつづけ、くたびれていたショーンは、ヴィゴが用意した料理を躊躇う事無く口にし、用意された酒を飲み干すと、すっかり寝入ってしまいました。

やはり、この家は、外観の使用材料同様、辛口も、甘口も歓待できるよう、準備がされています。

ショーンの好みを知り尽くしたように、酒も、料理も、デザートも用意され、そのどれもが、ショーンを満足させたようでした。

ショーンのように、お気楽に過ごしているわけにもいかないディヴィッドは、スープ一口、口にせず、じっとヴィゴの様子を伺っていました。

ショーンが行儀悪くテーブルにうつぶせ、眠ってしまうと、ヴィゴはショーンの髪を撫でます。

愛しそうな仕草です。

ついでに、耳もそっと触れていきます。

下心が見え見えです

「あの…親切を感謝します。兄が、これ以上、迷惑をかけないうちに、失礼します」

ヴィゴの指が、これ以上、ショーンに触れる前に、ディヴィッドは席を立ちました。

眠っているショーンを肩に担ぎます。

ヴィゴが呼び止めました。

「あー。弟」

ヴィゴは、食事の最中だけでも、ショーンの名を30回以上連発していましたが、生憎、ディヴィッドの名は知りもしませんでした。

弟という名称を使って呼びかけます。

「弟。お前は、わかっているんだろう?このままお前達を帰わけがないことを。この辺りに住む人食いの噂を聞いたことがある?」

ヴィゴはにやりと、歯並びの悪い口元で笑いかけました。

ショーンが眠ってしまったので、ヴィゴは、もう、外面のいい仮面を脱いでいました。

ディヴィッドの腕を掴んだヴィゴの手の力は、爪が食い込むほど強く、ディヴィッドには振り払うことも出来ません。

「お前達を太らせ、弟、お前は、骨だけを残して食ってやろう。ショーンは…そうだな。…別の食い方がおいしそうだ」

目を細め笑うヴィゴの顔は、邪悪な色気を纏っていました。

キシキシキシと、聞こえるホラーな笑い声を立てて笑います。

ヴィゴは、強引に、ディヴィッドと、ショーンを切り離し、ショーンを姫君のようにベッドへ運びました。

そして、ディヴィッドを、別の建物へと連れていきます。

ディヴィッドは、狭く、僅かな隙間しか持たない小さな部屋に押し込められました。

床には、前の居住者と思しき、骨が転がっていました。

居心地が悪そうです。

「食べ物だけは運んでやろう。おいしく太ってくれ。私は、結構グルメなんでね」

ヴィゴが扉を閉めました。

もう、光も差し込みません。

閉じ込められたディヴィッドは、いろんな覚悟をしました。

ショーンの助けなど当てにならないこと。

自力でなんとか逃げ出さなくてはならないこと。

ヴィゴは、ショーンの前では、恐ろしく紳士的に振舞っていました。

間違いなく、ショーンは、騙されることでしょう。

 

そして、騙されると言えば、あのヴィゴの目です。

ショーンが、ディヴィッドとは、違う方法で食べられてしまうことを思い、ディヴィッドは、自分の命の心配よりもそちらの心配をしました。

兄が、慎み深いとは言い難い性格をしていることも、ディヴィッドは知っていました。

親切で、優しいヴィゴに、ショーンがよろめくことなど、想像に難くありません。

「食べすぎで、太らないでくれ…ショーン」

うっとりと食べるショーンを見つめていたヴィゴの気持ちをディヴィッドは見抜いていました。

空しいとわかりつつ、ディヴィッドは、神様にお祈りをしました。

 

 

ショーンは、ディヴィッドには、別の家で仕事をして貰っているんだというヴィゴの言葉をすっかり信じていました。

まぁ、嘘では、ありません。

ディヴィッドは、ヴィゴの餌になるため、殆ど動くことの出来ない部屋で、じっとしつつ食事を取り、せっせと太るという作業を実践中です。

ヴィゴは、とても親切で、ショーンにとても優しく、いろいろと面白い話をしてくれました。

ショーンは、すっかり心を許しています。

ここにいれば、好きなだけ、食べたり、飲んだりも許されました。

ヴィゴはそれをとても喜びます。

ショーンにとっては、夢のようです。

ショーンは、最初より、随分、ぽっちゃりしてきていました。

柔らかくなった頬の感じなど、ヴィゴは、毎日キスしたくなるほど、大好きです。

2人は次第にスキンシップも多くなり、いちゃいちゃしながら暮らしていました。

魔法なんて使わなくとも、ショーンが、ヴィゴのものになる日はカウントダウン状態です。

「ヴィゴ、ヴィゴ」

鳥の雛のように、ショーンは、ヴィゴの後をついて歩きます。

手を繋ぎ、たまに、キスをして、二人は、膝を寄せ合って座りました。

 

食べ頃のショーンに比べて、弟が太らないのが、ヴィゴには気がかりでした。

せっせと食料を運んでいるというのに、いつ行っても、ディヴィッドの指は、細いままでした。

夢中になるものがあると、つい他がおろそかになるのが、ヴィゴの悪いところでした。

愛するショーンに比べれば、順調に太っているかどうかだけが、気になるディヴィッドのことを、ヴィゴは、ちゃんと見て確かめてはいませんでした。

壁の隙間から、指を出させ、その太さだけを、おざなりに確かめていたのです。

ディヴィッドは、先住者の遺品を、ヴィゴに握らせていました。

つまりは、骨です。

太るはずがありません。

 

「ショーン…かわいい、ショーン。今晩から、一緒に寝てもいい?」

ヴィゴは、すっかり身体の線が柔らかくなったショーンを抱きしめ、耳元で囁きました。

もう、ヴィゴは、ショーンにデレデレです。

もっと太らせて…と、考えていなかったわけではなかったのですが、愛しくて、我慢など出来ませんでした。

ショーンも甘い2人きりの生活に慣れてしまっていたので、ヴィゴの腰を抱き返しています。

ショーンは、うっとりとした顔をして、ヴィゴの肩に頭を預けます。

食後に飲んだ上等なウイスキーの効果もあったでしょう。

つまみは、家の外からはがしてくれば、困ることなどありません。

「ヴィゴ…キスする?」

ショーンは、甘えた声を出しています。

「キス?勿論。キスだけじゃなくて、もっといろんなことをする」

「いろんなことって…なに?」

緑の目は、すっかり期待に潤んで、ヴィゴを見つめます。

弟を餌だとせっせと太らせている悪人に見せる顔ではありません。

「…ショーン。かわいい。食べたいくらいかわいい」

「食べるのか?…どこから?…どうやって?」

ピンクの唇を動かすショーンの言っていることは、もう、誘い文句と変わりがありません。

ヴィゴは、まずは、素敵なことばかりを言う、唇をぱくりと食べました。

ショーンが、くすくすと口の中で笑います。

ヴィゴは、その笑いさえも、腹の中に取り込みます。

それから、ショーンの首を指で撫で、少し、余分に肉がつきはじめた顎の下を擽りました。

擽ったがるのを、追いかけ、顎のラインにキスを繰り返します。

ショーンは、ヴィゴの腕の中から、するりと逃げ出し、ベッドへと走りました。

何度も、何度も振り返り、追って来るヴィゴのことを笑います。

「捕まえた」

ヴィゴは、ショーンの両手をベッドに押し付けました。

ショーンは、目を瞑ってキスを待っています。

「ショーン。食べちゃってもいい?」

「味わってくれるなら…」

ヴィゴは、自分の好みに太らせたショーンの柔らかな肉をゆっくり食べ始めました。

 

最初に現れたときに比べれば、すっかり丸くなったショーンの体をヴィゴの唇が辿りました。

盛り上がった胸をあちこち吸い上げ、ふっくらとした腹をヴィゴの手が撫でます。

ショーンが、恥かしそうに身を捩ります。

すっかり身体を晒しているというのに、手で顔を覆い、照れているのが、かわいらしいです。

ヴィゴは、ショーンの感触にすっかり満足していました。

手の中に余るぽったりとした尻など、これ以上の一品などあるまいという柔らかさです。

肌も、滑らかで、ショーンの体は、文句のつけようなどありません。

感嘆のあまり、ヴィゴは、ショーンの尻を掴んだまま、ほうっと鑑賞してしまいました。

指の間から、ショーンの緑の目が覗きました。

「ヴィゴ…?」

行為を先に進めないヴィゴのことを急かしています。

「あんまりご馳走なんで、どこから、食べようか迷うんだ」

「…ヴィゴ」

ショーンが、手を伸ばして、ヴィゴを抱きしめました。

立ち上がっているペニスをヴィゴの腰へと擦り付けます。

硬い2人のモノが擦れあいます。

その行為は、ダイレクトに、ヴィゴを煽りました。

ショーンが、ヴィゴの耳元で囁きました。

「…俺にも、ヴィゴのこと、食べさせてくれ」

ヴィゴに否はありません。

ヴィゴは、ショーンの足を抱き上げ、おいしく食事をしていただくための準備を始めました。

 

ショーンは、ヴィゴとの相性が随分いいようでした。

繋がった場所から、ずるりとヴィゴがペニスを引き抜くと、ショーンは、いい声をだして、強く締め付けようとします。

ぷるりとした白い尻は、たっぷりと肉をつけて、優しくヴィゴの腹を押し返します。

ヴィゴは、その尻を掴んで、大きく割り裂き、ぐりぐりと奥までペニスをねじ込みました。

ショーンの喉が、ひくひくと震えます。

だらりと垂れ下がっていたショーンの足が、ヴィゴの腰に巻き付きました。

ヴィゴは、ショーンの髪を撫で上げ、晒した額に口付けを繰り返します。

汗が、噴き出しています。

ヴィゴは、潤んでいるショーンの目に、確かな確信を持ちながら、尋ねました。

「おいしい?」

小さくペニスを動かします。

ショーンの尻がきゅっと締まります。

「…ヴィゴは…?」

ショーンは、キスを求めます。

「勿論、最高においしい」

2人は、お互いに満足しあいながら、貪りあいました。

 

「なぁ、ヴィゴ…」

どこに切れ目があるのかわからない、いちゃいちゃタイムを過ごしていた2人でした。

ふいに、ショーンが、ヴィゴの目を見つめて、キス以外の口の使い道を示しました。

「どうかした?」

「なぁ、ヴィゴ。デイジーにさせている仕事って、どうしても、別の家でじゃないと出来ないことなのか?」

ショーン、色ボケていたわけではないようです。

ちゃんと自分に弟がいたことを憶えていました。

ヴィゴは、自分がふっくらとさせたショーンの頬を撫でながら尋ねました。

「淋しい?」

「…だって、俺ばっかり幸せで、あいつは、一人なんだと思うとかわいそうじゃないか」

色ボケは、ヴィゴの方でした。

ちろりとヴィゴと見上げるショーンの目つきに、餌として飼育していたディヴィッドだったのに、すっかり食べることを諦めてしまいました。

ショーンが淋しいというのなら、小舅と暮らす生活も、踏み切れないわけがありません。

ヴィゴは、簡単に自分の意志を翻しました。

「わかった。じゃぁ、明日から、こっちで暮らしてもらうことにしょう」

「本当に?ヴィゴ?」

幸せそうなショーンの顔は、ヴィゴを幸せにしました。

こういうのも、棚からぼたもちと、言っていいのでしょうか?

ショーンは、お兄ちゃんらしく、ディヴィッドの危機を救いました。

計画的だとは、思えないところが、ショーンらしいです。

 

ショーンのおかげで、ディヴィッドは、久しぶりに、太陽の下に出ることが出来ました。

おかげさまで、体型は、多少ふっくらとしたくらいです。

もともとが、栄養失調気味でしたので、正常な状態に戻ったといったくらいでしょうか?

ディヴィッドは、狭い小屋の中でも、鍛錬を欠かさず、食事にも節制を課していました。

まさか、ショーンのお陰で、この窮地から救われる日がくる等とは考えたこともありませんでした。

その為、太って食われるわけにはいかないと、鍛錬と、節制を欠かさなかったのです。

 

ディヴィッドが久しぶりに見たショーンは、すっかりふっくらとし、なんだか、色気のある顔をしていました。

ヴィゴとは、手を繋いでいます。

ディヴィッドはがっかりしました。

自分は助かったようでしたが、ショーンが食われてしまったのだということは明白でした。

ショーンは艶めいています。

ディヴィッドは、ショーンを狙っていました。

期間で言えば、ヴィゴなんかより全然ディヴィッドの方が長くショーンを思ってきました。

ディヴィッドが暇に任せて立てた計画では、ディヴィッドが、ショーンを救い出し、手に手を取って、家に帰って末永く幸せに暮らすつもりはずでした。

まぁ、イライジャ母等、いろいろ問題もありましたが、それも、ディヴィッドが何とかするつもりでした。

何も、子捨てだけが、流行じゃありません。

親捨てだって、流行ったって問題ないはずです。

ディヴィッドの目の前だというのに、ヴィゴは、下がった目尻を上げようとはしませんでした。

デレデレと締まりのない顔をしています。

ディヴィッドは、物語どおり、これからでも、ヴィゴをかまどに蹴り込もうかと、決心しかけました。

ヴィゴの油断っぷりなら、できそうでした。

しかし、諦めました。

あまりに、ショーンが幸せそうな顔をしていたせいです。

変わりに、ディヴィッドは、小舅として、お菓子の家に君臨することで、復讐を果たすことに決めました。

 

三人は末長く幸せに暮らしました。

 

 

END

 

 

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多分、笑えるんじゃないかなぁ…と。(苦笑)