喜劇王 ─5─
ショーンは、すっかりエリックのペニスを納めると、激しく腰を上下し始めた。
自分を蹂躙する刺激に、満足そうなため息を落とす。
「うん…っ、エリック…」
ショーンの肉に包み込まれる感覚は、エリックをも大きくうめかせた。
ショーンの様子に、ただ、抱きしめるしか出来なかったエリックは、歯を食いしばり、その感覚に耐えた。
ショーンは、額に汗を滲ませ、しきりに腰を振っている。
ただ、刺激が欲しいだけとは思えないひたむきさがあった。
その夢中になり方は、まるで、人とセックスする感触を味わっているようだ。
エリックの胸に耳を寄せ、鼓動を確かめていたように、熱く息づくペニスを味わい尽くそうと、ショーンは、激しくエリックを貪っていた。
エリックの肩に手を置いて、そこを支えに、身体を上下させていた。
エリックの腰を挟んだ太腿は、逃がさないとでも言いたげに、きつくエリックを締め付けていた。
必死さの滲むショーンに、エリックは抱きしめていただけの手で、ショーンの背中を撫でた。
「…ショーン、そんなにしなくても」
ショーンの内部は、ぐっしょりと濡れ、柔らかい肉は、過不足なく、エリックを締め付けた。
だが、エリックはそれに、溺れてしまうわけにはいかなかった。
エリックは、昇り詰めるより先に、バテてしまうのではないかという激しさのショーンを抱きとめ、膝の上で停止させた。
ショーンが、しきりと腰を動かした。
だが、エリックはショーンを止めた。
「ショーン、俺のやり方じゃ、満足できなかった?」
前回のことを、滲ませながら、エリックは弾む息をしたショーンの目をのぞきこんだ。
餓えたような目をしたショーンが、エリックを睨んだ。
エリックは、あえて笑った。
「満足してもらえるだけの働きが出来るって、証明したほうがいいかな?」
エリックは、驚愕をやり過ごすと、自分に求められていたことを思い出した。
ショーンは、奪いたいのではない。
注いで欲しいのだ。
…多分、肌のぬくもりを。
出来うるなら、愛情を。
傷ついているショーンに、淋しい思いをさせるつもりなど、エリックは無かった。
エリックは、十分すぎるほど長く、ショーンに笑いかけた。
「ショーン」
ショーンは、急に、ぺたりとエリックに凭れかかった。
「…ごめん」
ショーンは小さな声を出した。
エリックの肩に頭を預けるようにして、エリックに頬を寄せた。
「ショーンは、全然、悪くない。だけど、俺がショーンを満足させてやれること、思い出してくれた?」
エリックは、ショーンの体を起こし、伏せてしまっている睫の先にキスをした。
睫が小さく震えている。
「もう、沢山って、悲鳴をあげさせてやるから、覚悟しろよ。ショーン」
エリックは、ショーンを掬い上げるように、ベッドへと押し倒した。
軽々とだ。
繋がったまま、エリックに伸し掛かられてショーンが、上ずった声を上げた。
エリックは、ショーンの足を胸に付くほど押し付け、ショーンを突き上げた。
続けて、腰を打ち付けると、ショーンの唇から、甘い声が漏れた。
エリックは、ショーンの腰を持ち上げるほど、角度をつけて、深々とペニスをショーンへと突き刺した。
膝裏をエリックに押さえつけられ、ショーンの足が、エリックの胸を打つ。
体温を感じられるよう、わざと体重をかけて、ショーンを抱き込んだら、ショーンの瞼が閉じられた。
代わりに開いた唇が、しきりに、快感をエリックへと伝える。
「…ああ…いいっ、…もっと…もっと」
ショーンは、瞼を閉じたまま、甘い声を上げた。
エリックは、ショーンの顔にキスを降らせた。
だが、瞼は開けられない。
「…うんっ…いい…いい…」
エリックは、ショーンを抱きしめた。
「…キス…キスして…くれ」
焦ったような声で、ショーンが言った。
ショーンの体には酷く力が入り、ペニスは、小さく震え出していた。
もう、あと、何度も突上げてやらなくても、ショーンはいくだろう。
エリックは、キスをして、動きが鈍くなるリスクを、ちらりと考えたが、ショーンの希望を叶えることにした。
恋人のような甘いセックスをしているのだ。
深い満足は、二人の一体感にこそある。
舌を覗かせて待っている薄い唇をエリックは塞いだ。
口内への愛撫は、多分、いらない。
ただ、ショーンを抱きしめ、ショーンの息を奪えばいい。
きつくショーンを抱きしめたため、動きの鈍くなった腰は、緩い速度でショーンの奥を何度も突いた。
ショーンは、しきりに鼻声を上げて、エリックにすがり付いている。
緑の目は、瞼が落ちていた。
その裏に思い浮かべている人物を、エリックは知らない。
ショーンは、唇が離れることを嫌って、エリックの首に強くしがみついていた。
「…ショーン」
ショーンの口の中へ、名前を落としながら、エリックは、ショーンを突き上げた。
絶対にショーンは目を開かない。
「んんっ…あ」
目を閉じてからは、エリックの名前も呼ばない。
ショーンの体に、強く力が入った。
「あっ…あっ…あああ…」
声を押し出す、強張った舌が、エリックの歯に触れた。
エリックは、息苦しくなるキスを続けながら、ショーンの締め付けを味わった。
「ああっ…ああ…あ」
ショーンの体が震える。
ぐったりと、ショーンが弛緩した。
唇が離れた。
エリックは唾液で汚れたショーンの口元を拭い、汗に濡れた髪を梳いた。
「ショーン」
エリックが名を呼ぶと、ようやく緑の目が、エリックを見た。
とろりと力が抜けていた。
ショーンは、満足そうなため息を落とした。
ここにはいない恋人にしっかりと愛してもらったのだ。
「エリック、いいよ。エリックは、まだだろう?」
ショーンはにこりと微笑む。
「ごめん…」
「全然」
ショーンは、尻へと力を入れた。
エリックは、笑顔を作った。
ショーンが手を伸ばして、エリックを抱きしめた。
ショーンが、エリックを見ていた。
「悪いな。あと、すこしだけ…付き合ってもらっていい?ショーン?」
ようやくエリックは、ショーンに抱きしめられた。
ショーンは、こくんと頷いた。
エリックは、後始末を終え、だるそうに横になっていたショーンを腕のなかに抱きしめた。
ベッドが、二人分の重みに沈む。
「…ショーン、やっぱり打ち明ける気にならない?」
エリックは、ショーンの耳を噛むように囁きかけた。
ショーンは、エリックに抱きしめられ、身体を預けかけていた。
だが、エリックの言葉に、腕の中から抜け出してしまった。
くるりと向きを変え、エリックと向き合う。
信頼はしてくれているのだろう。
鼻先が、エリックと触れ合った。
ショーンの目がにこりと笑った。
「エリック、ありがとう。とても、感謝している」
これは、拒絶だ。
エリックは、至近距離の緑を見つめた。
「でも、いいんだ。エリックのお陰で、最悪なところからは、もう、抜け出せた」
ショーンの瞳は揺るがない。
「誰にも言わない。ショーンが嫌なら、解決するための努力もしない。…でも、話すだけでも、ショーンの心が軽くなると思うんだ」
エリックは、ショーンの髪を撫でた。
「優しいな。エリック。だから、俺につけこまれるんだ」
ショーンは、髪を撫でていたエリックの手を取り、掌に口付けた。
「つけ込めばいい。恋人…なかなか、会えないんだろう?だから、俺のこと、誘ったんだろう?」
エリックは、ショーンの心の中が覗き込めないかと、じっと緑の瞳を見つめた。
「そうだよ」
にこやかに、ショーンが笑う。
否定しない。
そのことで、エリックが傷つくことも知っている。
知っていてそういう態度を取るのだ。
「エリック…口に出さずに済ませた方が…きっとその方がいいことってのは、あるんだ」
ショーンは、顔を僅かに傾けて、エリックの唇を塞いだ。
これが、終わりの合図だと、エリックにもわかった。
「唇の感触が似ている。…エリック、本当にありがとう」
恩知らずなショーンは、最後まで、エリックに付け入る隙を与えず、感謝だけをエリックに与えた。
艶やかな笑顔だ。
もう、あの頼りなさはどこにも無い。
ショーンはベッドから立ち上がった。
エリックは、何も言う事が出来なかった。
ブラッドは、呼び出したショーンの落ち着いた目を見て、何かがあったことを確信した。
昨日、ブラッドは、ショーンを酷くいたぶった。
ショーンは、縺れるような足取りで、トレーラーから出て行った。
思いつめるような目をしていて、優しくさえしてやれば、ブラッドにだって縋りつきそうだった。
ブラッドは、先に追い出したショーンを十分な時間放っておいたら、親切めかして拾い上げてやるつもりだった。
多分、それで、何かが変わった。
いつもなら、トレーラーの外で、毒づいているはずだった。
だが、あれほど、仕事に対しては真面目なショーンが姿を消した。
そして、今日、ショーンはすっかり自分を取り戻していた。
昨日の打ち合わせには、エリックも姿を見せなかった。
「尻軽」
ブラッドは、侮蔑の言葉を投げつけた。
ショーンは、顔を上げたまま、傷ついた様子も見せない。
トレーラーの中に入ったショーンは、何も言われないうちから、衣装を脱ぎ出した。
脱ぎ終わった衣装を棚の上にあげると、自分から四つん這いになった。
「昨日の打ち合わせをさぼって、お楽しみだったということか」
ブラッドは、指でわっかを作り、そこに指を突き刺す卑猥な仕草で、ショーンをからかった。
ショーンは、怒らない。
顔を顰めることもしない。
ブラッドは、苛つき、ショーンを手招いた。
ショーンは、裸のままのろのろと床を這った。
「ショーン。お前の金髪に、悪いとは思わないのか?」
ブラッドは、痛ぶる笑いを浮かべて、ショーンの顎をつま先で持ち上げた。
「こんな尻軽で、お前の大事な金髪にどう言い訳するんだ?」
ブラッドは、ショーンが、自分を受け入れなかった訳を調べた。
彼と引き比べて、自分の方が、ずっとショーンに相応しいと確信した。
ショーンは、選び間違えている。
どれ程の信頼関係がその間にあるのかは知らないが、どう考えたって、ブラッドを選ぶ方が俳優として賢い選択だった。
緑の目が、しっかりとブラッドを見た。
「ブラッド、ここでは、ブラッドの言う通りにしている。これ以上、俺に何かを望まないでくれ。…悪いが、俺は、ブラッドにやれるものなんて何一つ持ってないんだ」
ショーンは、感情的ではなかった。
むしろ落ち着いていた。
ブラッドの足もとに全裸で四つん這いになり、顎をつま先で持ち上げられるような目にあっているというのに、ショーンは取り乱さなかった。
ブラッドの好きな緑の目を吊り上げることもしない。
屈辱に唇を噛まない。
ブラッドは、ショーンの肩を蹴り飛ばし、あお向けに転がした。
「ショーン。少しは賢くなったのか?身体に跡がついてないじゃないか。それとも、そこまで、可愛がってもらえなかったか?」
ブラッドは、ショーンを嘲るように笑った。
立ち上がり、思い通りにならない綺麗に整った顔を見下ろした。
ショーンは、転がされた格好のまま、足を閉じることもせず、ただ、ブラッドを見上げた。
「…ブラッド」
「うん?なんだ?ショーン?」
ブラッドは、にこやかな笑みを口元に刷いて、ショーンを見た。
ショーンは、ただ、ブラッドを見上げていた。
「…いや、いい…」
「何?何が言いたい?ショーン?」
ブラッドは足をショーンの腹の上に乗せた。
そのまま、ゆっくりと動かしていき、縮こまっているショーンのペニスをつま先で触った。
ショーンの体に力が入った。
さすがに、緑の目には、警戒の光が宿った。
「俺に触られたくないか?…自分でしてみせるか?」
ショーンは、静かに目を閉じた。
思い切るような息を一つ吐き出し、ペニスへと手を伸ばした。
「随分、賢くなったじゃないか。そうだよ。俺に意見なんてしようとするな。ショーンをどうするか決めるのは、俺なんだ。わかってるだろ?ショーン」
ショーンは、目を瞑ったまま、まだ小さなペニスを扱いていた。
「昨日はお楽しみだったんだろう?時間が掛かっても許してやるよ。見ててやるから、頑張って白いの、吐き出せよ」
「ああ、分かってる。ブラッド」
ショーンは、ブラッドの言葉に文句ひとつ言わず従った。
だが、昨日までのような、剥き出しの心に爪を立てさせるような、そんな気持ちのいい感触をブラッドに味あわせなかった。
ピーターは、目を細めて、現場に立つショーンを見ていた。
撮影現場に張られたターフの下だ。
隣には、エリックが座っていた。
その隣には、ブラッドだ。
ピーターは、穏やかな声で、エリックに話し掛けた。
「エリック、あまり上手くいかなかったようだね」
ピーターの視線は、ショーンに固定されたままだった。
エリックは、隣に座るブラッドを気にして言葉が返せなかった。
折角ピーターから頼まれたというのに、結局、エリックは、何もショーンから聞き出すことは出来なかった。
だが、ショーンのあの状態を作り出しているのは、間違いなくブラッドに違いない確信していた。
ブラッドの表情は変わらない。
エリックは、にっこりと微笑むピータ−に視線を返しながら、取るべき態度を決めかねていた。
「残念だ」
ピーターは、言った。
「だが、もう、彼もあまり酷い目にあっているというわけでもなさそうだな。エリックが、無理やり暴き立てたりしないということは、彼が、一人で乗り越えられると判断したということでもあるんだろう?」
清んだピーターの目に見つめられ、エリックは、困惑した。
ショーンの口を割らせることができなかった。
彼の恋人に嫉妬した。
…加害者が主役であるブラッドだと口にされるのが怖かった。
エリックはショーンに必要とされなかった。
エリックが、ショーンを問い詰められなかった理由は、すぐにでも、いくつも浮かぶ。
エリックは黙ったままでいるしかなかった。
「あてこすりか?」
ブラッドが、口を開いた。
エリックは、空耳かと思った。
だが、確かにブラッドの声だった。
「そう聞こえたかい?ブラッド」
ピーターは、普段と変わらない穏やかな口調のままだった。
エリックは、二人の間に挟まれて、身の置き場もなかった。
ただ、ただ、リハーサルをしているショーンを見ていた。
ショーンは、エキストラに混じって、なにやら楽しげに話をしていた。
押し込められた抑圧の影などどこにもない。
縋る目を見せた、エリックが抱きしめることのできたショーンなどどこにもいない。
ターフの下には、風が抜けていた。
心地よいと感じるには生温かったが、だが、ないよりはずっといい。
ピーターが風に煽られた髪を押さえた。
「私は、あまり、彼を独り占めしないでくれると嬉しいという、私の希望を口にしたかっただけだよ」
ピーターは、意見するなどという態度は一切とらなかった。
ブラッドを見ることもしない。
ブラッドも、前を向いたままだった。
3人は、同じように、ショーンを見ていた。
「あの子は一生懸命でかわいい子だからね。最後まで一緒に撮影をしたいと思っているんだよ」
ショーンは、イタケの兵士だという役柄の男と、ひそひそと相談を始めた。
リハーサルの進む場所を指差し、なにかの打ち合わせをしている様子だ。
「…わかった」
ブラッドが、返事を返した。
「気を付けるようにする」
エリックは、耳を疑った。
ショーンへの干渉を止めるという確約ではなかったが、ブラッドは、少なくともショーンに危害を加えていることを人に知られているのだと認めた。
これは、弱みを晒したも同然だ。
エリックは、ちらりとブラッドを盗み見た。
ブラッドは、監視するように、ショーンから視線を外さなかった。
強い視線だ。
この強い執着心が、ショーンを痛めつけているのだ。
ブラッドは、エリックの気配に気付いたのだろう。
顔を真っ直ぐに向けたまま、エリックに話し掛けた。
「…あれは、手に入らないぞ」
低い声だった。
エリックはひやりとした。
ブラッドは、ショーンがセックスの相手として、エリックを選んだことを分かっていた。
隠れるところ全てに傷を残すほど、ショーンを独占しようとしているのだ。
ブラッドは、どれほど、エリックを疎ましく思っているだろう。
エリックは、返事を返さなかった。
しらをきった。
エリックは、ショーンとの関係を誰かに掴まれるのはごめんだった。
卑怯だが、手に入らないものと引き替えには、エリックは何も差し出せないのだ。
エリックにできるのは、精々、疲れたショーンを慰めるだけ。
周りには、気付かれないよう眺めるだけ。
「やはり、上手いな。ショーンは」
ピーターが目の上を覆いながら、嬉しそうな声を出した。
ショーンを交えてのリハーサルが始まっていた。
ショーンは、笑顔を見せながら、自国の兵に声を掛けた。
兵士が頷き、走り出す。
最初に見たときと、位置が変わっていた。
監督が満足そうに頷いていた。
ピーターの言葉に、エリックは、友を認める顔で頷いた。
END
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終わり〜。
当てが外れたと感じた皆様にはごめんなさい。