犬を飼う 1

「で、ショーン。どっちを選ぶ?」

ショーンの前には、二種類のチケットが用意された。

人の男がそれぞれのチケットを手に立っていた。

チケットは、明後日の日付が入ったサッカーの試合のものだ。

ショーンは、すこし困った顔で、人を見比べた。  

ショーン、ブラッド、エリックの人しかいないだだっぴろいミーティングルームは、決断を迫るブラッドの言葉に、緊張感をはらんだ空気満たされていた。

ショーンの目は、チケットすら見ず、人の間を落ち着きなくさ迷っていた。

ブラッドが持っていたチケットは、特別ゲスト用だった。

いわゆる招待席という奴で、金を払った人間よりも、更にいい席で見られる、正し、金で買えないチケットだった。

しかも、ブラッドが持つのは、ゲスト席の中でも最もいい場所のチケットだ。

ブラッドは、そのチケットをあらゆるコネを使って手に入れた。

このチケットを手に入れるために、一度も電話をかけたことのない相手に、直に電話した。

ショーンを満足させる自信があるブラッドは、青い目に楽しげな笑いを浮かべて、隣りに立つエリックを見た。

エリックは、あまりに自信たっぷりなブラッドの表情に苦笑を浮かべた。

エリックが、持っていたのも、勿論、いい場所のチケットだった

しかし、場所は、ブラッドが用意したものよりずっと悪かった。

エリックの持っているのは、招待席でもなんでもない、一般売りのチケットだった。

しかし、エリックは、ブラッドより胸を張った気持ちでここに立っていた。

「はくしょん!」

エリックは、大きなくしゃみをして、ブラッドとショーンに謝った。

エリックの鼻の頭は赤くなっており、目は潤みがちだった。

「どうした?エリック」

明後日の試合に、どちらと行くとも答えを出せずにいたショーンは、これ幸いとエリックの体を心配した。

エリックは、ハンカチで鼻を押さえながら、近づくショーンを手で制した。

「いや、たいしたことはない。それより、感染るといけないから、あまり側によらないでくれ」

「もしかして、熱あるのか?」

ショーンは、潤んでいるエリックの目を見上げ、今、始めて気付いたらしく驚いた顔をした。

エリックは、頬をぼんやりと赤くしていた。

「平気なのか?エリックは、今日、アクションがあるんだろう?」

ブラッドは眉を寄せた。

ショーンを巡るライバルとは言え、ブラッドはこの映画の主役だった。

「たいしたことはない…と、言いたいんだが、すまない。ショーン。結論を早く出してくれるか、それとも、今は、保留にするという決断だけでもいい、それだけでもいいから、教えてくれると嬉しい。すこしばかり、やばそうだから、撮影が始まる前に、医者にかかっておきたい」

「…エリック」

ショーンは、遠慮するように後ろに下がったエリックを見つめた。

エリックは、柔らかく笑った。

ショーンは困ったように、エリックと、ブラッド、二人の顔を見比べた。

「…なぁ、このチケットを選ぶってのは、ブラッドと、エリック、お前達のどちらかを選ぶってことだよな?」

ブラッドは、逡巡するショーンの表情に苦笑を浮かべ、エリックは、熱のある額を手で撫でた。

「…ショーン。そろそろ決めてもいいだろう?随分、俺たちは、あんたにまごころって奴を差し出したつもりだぞ。まだ、ショーンは、俺たちの気持ちを試したいのか?」

ブラッドは、迷う年上の俳優を前に、うっとおしく伸びた自分の前髪をかきあげながら、笑顔を作った。

「なぁ、ショーン。このまま、俺たちを試めし続けたら、ハネムーン時期を、こうやって、毎日顔をつき合わせていられるこの現場では味わえないことになっちまうんだぞ」

ブラッドの言い分を聞いていたエリックが頷いた。

「ショーン。俺たちは、別段待てないわけじゃないけどな。でも、こういう微妙なバランスでやっていると、ショーンも消耗するだろう?そろそろ決めないか?」

エリックは、また、大きなくしゃみをした。

ついでに咳き込み、狭い会議室の中で、咳の音が反響した。

咳が収まると、エリックは、口を押さえたまま、片手を上げた。

「…悪い。本当に感染しそうだから、そろそろ失礼することにする。ブラッド、ショーンがどうするか聞いといてくれ。どっちになっても恨まないから、俺の携帯に連絡をくれるか?」

「まだ、どうするともショーンが言っていないのにいいのか?エリック」

ブラッドは、鼻を啜り上げるエリックを心配そうに見た。

しかし、口調は、自分の勝ちを予感した強気なままだ。

「このままじゃ、本当に、お前達に風邪を感染しそうだ。そんな最悪なことになる前に、この場は引いとく。でも、ショーン、言っとくけど、リタイアしたわけじゃないぞ。そっちは、全くリタイアしないからな

潤んだ目のまま、エリックはショーンに向かって、唇を上げた

ブラッドがエリックへと意地悪く声をかけた。

「間違いなく、選ばれるのは、俺だと思う、それでも、連絡した方がいいのか?エリック」

「連絡してくれ。聞いたからって、高熱を出すほど初心じゃない」

「俺の携帯に、悪戯メールも送らないか?」

ブラッドは、楽しげに目を細めた。

「悪い。ブラッド。そんなことしていられるほど、元気ないんだ。俺の撮影は夕方からだから、その頃また、こっちに顔を出す。もし、それまでに結論が出たら、連絡をくれ。ショーン。あんたを恨んだりはしないから、あんたの思うままに決めてくれればいいから」

エリックは、また、大きなくしゃみをした。

心配そうに見つめるショーンに、手を振って会議室を後にした。

ブラッドが、ドアまでエリックを見送った。

「エリック、お前本当に大丈夫か?

ブラッドの目は、友を気遣う優しい目だ。

「体にだけは自信があったから、ちょっと過信したかもな。ここんとこ、深夜の撮影が多かったし、判断ミスをしたみたいだな

エリックは、ブラッドを見下ろしながら、潤んだ目で小さく笑った。

くしゃみをしかけ、慌てて、ブラッドから顔を背ける。

ブラッドは、エリックの背中を叩いた。

「じゃぁ、もっと調子が悪くなるような電話をしてやるから、ちゃんとベッドに潜り込んでおけ。もし、ショックのあまり今日の撮影に出られなくなったら、俺が言い訳を考えてやるから心配するな」

エリックは、鼻をすすり上げながら、ブラッドに手を振った。

ブラッドは、ドアを閉め、ショーンに向き直った。

「さて、ショーン、どうする?」

ブラッドは、選ばれることに慣れた余裕のある態度で、ショーンへの距離を縮めた。

ショーンは、窓際に立ち、煙草に火をつけようとしていた。

「エリックには、俺がちゃんと断ってやる。あんただって十分知ってるだろう、あいつは、ショーンが断ったからといって態度を変えるような奴じゃない」

ブラッドは、ショーンの隣りに立ち、にやりと笑った。

そして、折角間を持たせるために火をつけた、ショーンの煙草を奪ってしまう。

ショーンは、灰皿でもみ消される煙草に、眉間へと皺を寄せながら、ブラッドを見た。

「…ブラッドが断られたらどうするつもりなんだ?」

「そんなのわかっているだろう?俺だって、あんたに対して態度を変える気なんて無い」

ブラッドは、椅子を引いて腰掛けた。

「なぁ、ショーン。俺たち、食事も、酒も、何度か一緒に行ったよな。撮影の合間だって、大抵、一緒だ。俺は、自分がそれほど嫌な奴じゃないと、あんたにアピールできたと思っているんだが、まだ、俺のことが恐いと思っているのか?」

「…いや、別に、そういうわけじゃ…ブラッドは、決して嫌な奴なんかじゃない。面倒見はいいし、作品には真摯に取り組む。性格だって、思っていたよりずっと穏やかだった」

「俺は、ショーンのことをもう少し、いい奴だと思ってたよ。オーリが言うには、随分、人のいい奴に聞こえていたんだが」

ブラッドの目の前で、ショーンが、また、煙草を取り出した。

ブラッドが首を振っても、やめようとしない。

「ほら、こうやって、ショーンは、随分頑固だ。普通、俺が煙草を吸うなと言ったら、大抵はやめる。それに、俺が欲しいといえば、多少のことには、目を瞑って、みんな自分を差し出そうとする。ショーン、あんたくらいだぜ?俺とエリックを両天秤にかけようとするだなんて」

二人を比べたかったわけじゃない。そうじゃなくて…」

ショーンは、深く煙を吸い込み、ブラッドから、目をそらした。

「…信じられないだろう?俺が、二人から好かれるなんて、そんなこと、夢にも思ってみなかった」

「そうかな?その割に、随分と楽しそうに、俺たちのことテストしてたじゃないか。ショーン。あんたは、人から愛されることにすっかり慣れている。その中から、自分好み愛情を選び出すのなんて、当然の権利だ。位のことは思っている。そうだろう?」

ブラッドは、すらりと伸びたショーンの手を取り、その爪の先に口付けた。

「この程度のキスは許すけれども、唇へのキスは許さない。自分でするキスは、許容範囲だが、俺からされるキスは、決して許す気がない

ブラッドは、ショーンの手の甲に恭しくキスをした。

ショーンは、煙草の煙が染みるとばかりに、目を眇め、ブラッドを見下ろしている。

「なぁ、ショーン。俺はいつまで、お預けを食らっていればいいんだ?あんたが、笑顔で俺のど肝を抜いた日から、俺は、とても行儀のいい態度で、許可が出るのを待っているんだ。餌が与えられないというのなら、最初から、そうやって言ってもらったほうが、ずっといい。残念だが、いつまでも、水ばかりじゃ、犬も腹が膨れない」

ショーンは、ブラッドから、自分の手を取り返そうとはしなかった。

「…ブラッド」

煙草を手に挟み、ショーンが、ブラッドへと体を屈めた。

ブラッドは、ショーンの肩を抱き寄せ、耳を擽った。

「ショーン。俺は、努力しただろう?急にあんたが観戦したいと言ったチケットだって、出来る限りのことをして、最高のものを手に入れた。勿論、これからだって、あんたに対して、こういう努力を惜しむつもりは全くない」

ショーンは、目を瞑り、ブラッドへと顔を近づけた。

笑うときには、びっくりするほど大きく開く、小さなピンクの唇が、そっとブラッドの唇に触れた。

ブラッドは、ショーンの唇を、柔らかく挟み込んだ。

ブラッドの唇が、角度を変えながら、何度も、ショーンへと合図を送った。

「…口を開けて。ショーン」

ブラッドは、ショーンの唇を擽るように、甘い声で囁きかけた。

ショーンは、小さく口を開いた。

ブラッドの舌が、ショーンの口の中へと潜り込む。

煙草の味がする口内を、ブラッドの舌が、舐め回していった。

ブラッドは、キスを続けながら、短くなっているショーンの煙草を取り上げた。

「俺を選ぶってことで、いいのか?ショーン」

ブラッドは、目を閉じているショーンの頬を撫でながら聞いた。

宝物でも触るような、とても、愛しげな手つきだった。

金色の睫を伏せていたショーンが、ゆっくりと目を開いた。

美しい緑の目が、まっすぐにブラッドを見た。

「…悪い。ブラッド。俺は、エリックを選ぶよ」

ショーンは、ブラッドにもう一度、口付けた。

ブラッドは、青い目に、怒りの感情を乗せるより早く、表情を切り替えた。

キスが終ると、ブラッドは、ショーンを見上げた。

ブラッドは、情けないような笑いを浮かべて、ショーンを見た。

「俺の方が、ずっとショーンにいい思いをさせてやれると思うんだがな」

「…多分、そうだろうな」

ショーンは、ブラッドの頬に手を添えたままだった。

「俺は、何を間違えた?あんたは、俺に利用価値があるということまで、計算入れるような、そういう人間だと思っていたんだが、それは、俺の読み間違いか?」

「…違う。ブラッドの言うとおりで、っている」

ショーンは、自分が傷付けた大物俳優の頬を優しく撫でつづけた。

「俺の外見が、好みじゃなかった?」

「そんなはずないだろう?」

「じゃぁ、何故?」

ブラッドは、ショーンを見上げ、しかし、ふうーっと、息を吐き出すと、いきなり、椅子から立ち上がった。

「すまない。みっともない真似をした。ショーンは、ちゃんと選んだのに、俺は、全く潔くなかった」

ブラッドは、ショーンの肩を抱き、頬へと柔らかなキスをした。

だが、ショーンの腕が、ブラッドの肩に回されるより早く、体を離す。

「エリックに連絡しておいてやるよ。あいつの病気もこれで治るだろう」

ブラッドは、髪をかき上げながら、ショーンとの間に、友人というよりは、すこしだけ近い距離で立った。

「俺は、先に、現場に戻る。ショーン。言っておくが、お前は、遠慮勝ちな態度をとるな。もし、そういう態度をとったら、俺は、お前に振られたことを公表する。そうされたくなかったら、いつも通りでいろ」

ブラッドは、とても潔い態度で、ミーティングルームを後にした。

ショーンは、また、煙草に火を付け、しばらく一人でいた。

夜間の撮影に顔を出したエリックは、待ち構えていたショーンに掴まった。

エリックは、メイクを済ませ、現場までの道のりを歩きながら、スタッフと今日の打ち合わせをしているところだった。

「エリック!」

ショーンの声に、エリックは振り返った。

スタッフは、普段着のまま追いかけてくるショーンに目を丸くした。

「ショーンは、随分、前に、上がったと思ってたんだけど」

「ああ、ちょっと話があるって言ってたんだ」

スタッフは、要点だけをエリックに述べると、遅れないよう言い残し、先に歩いていった。

待っていたショーンは、エリックを見上げ、責めるような目の色をした。

「エリック、お前、夕べどこにいた。体の調子はどうなった。一体、何を考えているんだ。熱は下がったのか?」

ショーンは、エリックの額へと手を伸ばした。

エリックは、身を引いて、ショーンの手を避けた。

「…ショーン」

エリックの低い声には、嗜める響きがあった。

ショーンは、エリックへと伸ばしていた手を引っ込めた。

確かに、周りには、数多くのスタッフが仕事をしていた。

しかし、ショーンは、その程度の行動は、友人の調子を心配する範囲内にあると思った。

ショーンの目が、エリックを睨んだ。

「ショーン。医者に行って、注射してもらった。薬も飲んでいるし、全く体調は心配して貰う必要が無い。…つまり、誰にも知られたくない。全くの個人的事情で、風邪を引いたなんて、恥かしいから、ばれたくないんだ」

エリックは、頭を掻いた。

ショーンの表情がすこし緩んだ。

「寒くはないか?」

「寒いはずないだろう?甲冑のせいで熱いくらいだ。もう、熱は全くないんだ。心配してくれなくていいよ。ショーン」

ショーンは、エリックの首筋へと手を伸ばした。

エリックが、身を引くよりも早く、体温を測る。

「ああ、本当に、大丈夫みたいだな」

ショーンは、安心したように笑った。

エリックの顔に照れ笑いが浮かんだ。

「ショーン。ブラッドに勝ち抜くと、こんなに大切に扱ってもらえるようになるんだ

「…そんなはずないだろう?今回は、さすがに、俺のせいだから心配しているだけだ。おまけに、エリックがとんでもない大馬鹿だから、仕方なく…」

ショーンは、ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。

自分の行動を恥かしがるように、顔をそらした。

「…歩こうぜ」

先に立って歩く、ショーンの横へと、エリックは並んだ。

「エリック。お前、あのチケットどうしたんだ?」

ショーンは、煙草の煙が、エリックへとかからないよう、必ずエリックとは反対側の手に持ちながら、話し掛けた。

「どうしたって、あんたが、欲しいって言ったから、買ったんじゃないか」

「だから、どうやって買った?あれは、一般売りのチケットだろう?」

ショーンは、顔を顰めていた。

エリックは、ごく自然な笑顔で、ショーンに笑いかけた。

「…並んだに決まってる。ショーンが、アレを手に入れたら、一緒に行ってもいいって言うんだから、張り切るしかないだろう?」

ショーンは、思い切り眉を寄せた。

「エリック。お前、こっちにコネがないとか言うなよ。ブラッドが手に入れたチケットは、無理にしても、お前だって、十分電話をかけるって程度の手間で、招待席を手に入れられたはずだ」

「でも、楽しかったぜ?ちょうど両隣に並んだ奴が、すごいフリークで、あんたに少しの迷惑もかけずに、試合が観戦できるようになった自信があるな」

「いつから、並んだ?」

「本当は、一番のりになりたかったんだけどな。さすがに、夜間撮影が終ってからだったから、二十番目くらいにしかなれなかった」

ショーンは、エリックの腕を引いて、立ち止まらせた。

「何で、そんなことをしたんだ、エリック。お前は、ここのところ、撮りのスケジュールが昼夜ごちゃまぜで、ただでさえ、疲れていたはずだ。それなのに、一晩、外で並んでなんかいたら、体調を悪くすることなんか、目に見えていたはずだ」

「…まぁ、実際、風邪を引いたわけだし、言い訳にもならないが、これでも、体力には自信があったんだ。あの程度のことで、風邪引くなんて思ってもなかった」

エリックは、すこし恥かしそうな顔をした。

「夜だって言うのに、ちゃんとサングラスと、帽子は用意して行ったんだなのに、肝心のタオルケットや、敷物なんかを用意しなくちゃいけないことを忘れていたのが敗因だな。親切な奴らに、ダンボールと新聞紙を分けてもらったんだが」

エリックは、十分有名な俳優だと言ってよかった。

ショーンは、額を押さえて、屈み込んだ。

「……エリック」

ショーンの声が震えていた。

「笑っているのか?ショーン」

エリックは、震えるショーンの背中を緩く撫でた。

「違う。怒っているんだ。どうして、そういう方法を取ったんだ!」

ショーンは、顔を上げ、エリックを睨みつけた。

「……ショーンが、こうして欲しいと思っていると思って」

「誰がそんなことを言った!」

立ち上がったショーンは、エリックを怒鳴った。

エリックは、慌ててショーンの口を塞いだ。

驚いて振り返った周りにいたスタッフに、エリックは愛想笑いを浮かべた。

エリックは、ショーンの腕を引き、引きずるように歩きだした。

「ほら、ショーン。歩こう。そんなに怒るなよ。俺が、勝手にそう思っていただけだ。確かに、今度の試合は、地元じゃ盛り上がっているようだが、あんたの好きなチームってわけじゃないし、あんたの目的が、いい場所で試合を見たいじゃなくて、自分のために、どれだけ努力してくれるかっていうレベルチェックだと思ったんだよ」

エリックは、しきりに頭を掻いた。

ショーンは、短くなった煙草を大きく吸い込んだ。

「それに、したって、エリック。お前よりブラッドの方が、いい結果を出した。あいつは、それほどサッカーに興味があるわけじゃないから、関係者に直で繋がるコネなんか持っているはずがないんだ。誰に電話をしたのかしらないが、普段自分からは、電話したこともないような奴にお願いの電話をしたに決まっている。俺は、そういう努力の仕方も評価する。あいつのやり方は、頭がいい」

ショーンは、エリックに軽蔑するような目を向けた。

「…認めるよ。認める。ショーン。俺は、確かに、そのやり方じゃ、ブラッドに負けるだろうという思いもあった。でも、ショーン。ショーンは、同じくらい夢中になってサッカーを見に行く相手が欲しかったんだろう?…いや、ちゃんと言ったほうがいいな。怒らないで聞いてくれると嬉しいんだ、ショーン。あんた、本当は、自分の言うことをきちんときく相手かどうか、確かめたくて、急にあの試合が見たいって言い出したんだろう?」

ショーンは、機嫌悪く、煙草のフィルターを噛んだ。

エリックは、とても短くなっている煙草に、現場近くの休憩所までの距離を測った。

案の定、ショーンは、煙草を投げ捨てた。

「拾って来い。エリック」

ショーンは、まるで犬に命令でもするような口調だ。

「…さすがに、そこまではしないぞ。ショーン」

立ち止まったショーンを置いて、エリックは、先に歩いた。

「命令に対して、俺達がどういう行動で応えるのか、ショーン、あんたは、それをチェックしたかったんだ」

エリックは、緩い歩調で、ショーンが追いつくのを待った。

「ショーン。あんた、言い方は悪いかもしれないが、犬みたいに、忠実で、愛情深い相手の愛にしか、安心できないタイプだろう?」

「……エリックに、性格判断をされるとは思わなかった」

ショーンは、憮然とした顔で、エリックの隣りに並んだ。

エリックは、額に寄ったショーンの皺を撫でた。

「ショーンに、アピールするためには、一晩チケット売り場に並ぶのが一番だと思ったんだ。打算があったんだ。そのせいで、風邪を引いた。でも、ショーンのためなら、そうやって特権を利用しない地道な努力だってする意思があるっていう俺の気持ちをわかってもらうのに、一番わかりやすいかと思って」

「頭の悪いやり方だな」

ショーンは、エリックを切り捨てた。

しかし、エリックは、平気で笑った。

「そうか?でも、犬は、頭が悪いくらいに、主人に忠実なのが、一番かわいいだろう?」

現場までは、あと、歩も歩けば、たどり着いた。

ショーンは、エリックに手を上げた。

「終ったら、俺の部屋に来い。熱が出てようが、絶対だ。わかったな。エリック」

ショーンは、エリックの顔も見ずに、背中を向けた。

エリックは、苦笑を浮かべて、主人の背中を見送った。

                           →続く