白痴豆が話題だった時
もう、二人は、長いこと旅をしていた。
あてどない旅である。
ただ、ショーンが愛する海の側をずっと二人は歩いてきた。
ショーンの手首には、天鵞絨のリボンが結ばれ、その先をヴィゴは握りながらゆっくり歩いた。
靴裏に、乾いた砂がシャクリ・シャクリと音を立てた。
その音が面白いらしく、ショーンは跳ねるように、足を進めた。
「ほら、ショーン。そんな風におどけていては、転んでしまうだろう?」
波が岸壁で、白い花を咲かせた。
ショーンは、幼子のままの笑顔で、嬉しそうに足を止めた。
ヴィゴは、緩く持ったリボンの力に曳かれるまま、同じように足を止めた。
「なぁ、ヴィゴ。この粒の中に、沢山の魚の赤ん坊が入っているのを知っているか?」
波が、岸壁にぶつかるたびに、出来上がる泡を見つめていたショーンは、自慢げに口角を引き上げ、ヴィゴを見上げた。
ヴィゴは、ショーンの隣に立ち、曖昧な笑みを返した。
途端に、ショーンの顔が、天辺ほどの輝きを見せた。
「あんたは、俺に物知らずだと良く言うが、ヴィゴもあまりものを知らないじゃないか。いいか?魚の卵は丸いんだ。この海一杯に魚を泳がそうとしたら、どのくらい沢山の卵がいると思う?お母さんから生まれる魚もいるけど、こうやって、波から生まれる魚も一杯いるんだ。ほら、あそこに小さいのがかたまって泳いでるだろう?こうやって生まれた奴が、泳いでるんだよ」
もう、ショーンの興味は、さまざまに形を変える稚魚の群れに吸い寄せられている。
きらきらと眼球を光らせて、海面を覗き込むショーンの影に、魚は、花火でも爆ぜたかのように、四方へと散っていった。
ヴィゴは、ふらふらと岸壁を歩くショーンの後を追った。
擦り切れている天鵞絨のリボンが、二人の間で柔らかく揺れる。
先を急ぐショーンは、緩やかに歩くヴィゴを振り返り、少し困った顔をした。
「・・・おい、君、もう少し、早く歩いてくれ」
調子のいい時でなければ、ヴィゴの名前すら思い出せない金髪と、ヴィゴと繋ぐものは、この柔らな感触だけである。
END