小話をいくつか

 

*覚悟しやがれ。

「なぁ、知ってるか? ヴィゴ」
 ショーンは、電話口でヴィゴに言った。
「近頃の離婚率の高さときたら、一分に一組は確実に別れてるらしいぞ」
 ホテルの連絡先を伝えてあったとはいえ、ヴィゴはカンヌまで電話を掛けてきたショーンに驚いていた。
「どうしたんだ。ショーン?」
「いや、どうだろう。挨拶も含めると、もう、俺からの電話は一分くらいたったか? さぁ、どうする? ヴィゴ」

*高くついたね。

「へぇ。この夏のバカンスは、南仏に決めたんだ。いいなぁ」
 オーランドは、頻繁に連絡を入れることなら、許されているショーン相手電話をしていた。
 ショーンから、頻繁に連絡が入ることはないが、オーランドが電話する分には、ショーンは、受け入れてくれる。
「いいだろ。キス一回分だ」
「は?」
「費用は全部、ヴィゴ持ち」
「なんで? 一体いつ会ったの? 嫌だなぁ。結局のろけなのかよ」
「なんだよ。俺がしたなんて一言も言ってないだろ。お前も観ただろ? あいつがしてたんだよ]

 

*ハム豆

 

とても有名な料理店だった。
つんとすましたディレクトールが、料理をテーブルにサーブし、恭しく頭を下げた。
「赤インゲン豆の煮込み、生ハム添えでございます」
ショーンは、眉を上げた。
「確かに、俺が頼んだのは、赤インゲン豆の煮込み、生ハム添えだが?」
皿の上には、3粒の赤インゲン豆にたっぷりのソースが掛けられていた。
どこにもハムの姿がない。
ナイフで上品に豆をどかしたディヴィットが、苦笑を浮かべた。
そこにも、ハムはなかった。
ますますショーンの眉の角度が上がった。
皿の上でナイフとフォークを動かしていたデイヴィッドがとうとうハムを見つけた。
「こんな小さな豆の間に綺麗に挟み込んである。すごく繊細な仕事だね」
それは、小さな小さなハムだった。
繊細だというよりも、みみっちい。
ショーンの目は、軽蔑するように、値段の乗っていたメニュー票とディレクトールの顔の間を行き来した。
しかし、慇懃に頭を下げたディレクトールは、店の格式誇示する角度で顎を上げ、テーブルを後にした。
「当店のシェフを褒めていただき、感謝致します」

 

*ハム豆2

 

 格式も高いが値段も高い店で、ショーンは、オーダーをしてから、もう、一時間も待たされているのに、いらいらとしていた。
 確かに店は混んでいた。
「おい、君」
 店の雰囲気を壊さぬよう努力していたショーンが、とうとうディレクトールに声を掛けた。
 腹が減り、眉がつり上がっていた。
 この間食べて、味だけはおいしかったこの店へと、ついショーンを誘ってしまったディヴィッドは困った。
 自国の風習をよく理解しているデイヴィッドは、愛するショーンの祖国のようなサービスがこの国では望むべくもないことを知っていた。
 この国の風土がのびやかなように、この国の人間は、とてものんびりだ。
 だが、短気なショーンに、それは通用しなかった。
 時計を指さし、ショーンは言い募った。
「俺は、撮影が待ってるんだ。もう一時間も待っている。さっさと料理を運んでくれ。時間がないんだ」
 ディレクトールは、慇懃に頭を下げた。
 デイヴィッドは、どうやら、プライドの高いらしいディレクトールの返事にはらはらした。
「残念ですが、お客様、私どもの仕事は、お客様にお食事をサービスすることであって、お客様の労働条件について議論は別でお願い致します」
 デイヴィッドは、今度から、サンドイッチでも用意し、公園へショーンを誘おうと決めた。