ロシアより愛をこめて

 

 

新しいMことイアン・マッケランの秘書、オーランド・ブルームは訪問者にうんざりし

た眼をちらりと向けた。

敷居の上でジェームズが毛皮の帽子を左手に持ち、右手で顎を支えて笑っている。

「笑いを誘うくらい決まってるよ、ジェームズ。あんたの横に『君もMI6に入らないか

?』ってキャンプションを付けたくなる」

「君が来て2週間。朝の挨拶が長くなって嬉しいよ、スウィーティ」

眼を細めたジェームズは手にした毛皮の帽子をくるくると回しつつ、オーランドを見つめ

たまま近付き彼のデスクにひょい、と腰掛けた。

オーランドは椅子の上で仰け反る。

「止めてくれないかなぁ。前任者がどうだったか知らないけど、僕はこんな事されても邪

魔なだけ」

ジェームズは組んだ脚に手を乗せ、苦情を聞き流す。

「顰め面も可愛いオーランド、僕の愛は届いたかな?」

「キャビア?!」

驚いたオーランドに指差されたジェームズがたらしの笑顔で頷く。

「本当はパリのメゾン・ド・キャヴィアールで売ってるイランの極上品が一番なんだが、

愛の証に何かしたくてつい」

「凄くおいしいんだってね」

デスクに頬杖を付いたオーランドはにっこりと笑った。

「初めてならそんな物は放っておいてパリヘ食べに行こう。レストラン・プリュニェかダ

リュ通りのラ・マレーに予約を入れる。週末の予定は?」

「予約を入れる前に教えて上げるよ、ジェームズ」

オーランドの笑顔がますます鮮やかになる。

「僕、ベジタリアンなんだ。キャビアはMにあげた」

黙って眉を上げたが、そんな言葉で怯むジェームズではない。

微笑んだまま膝の帽子をうやうやしく取り上げ、「此方は如何でしょう?」という仕草で

掲げて首を傾げる。

「兎の毛皮は柔かくて最高の手触り。君の巻毛みたいだ、オーランド」

「そんなの被ってたら、あんたみたいに脳が煮えちゃうね」

オーランドは差し伸べられた手から帽子を叩き落とした。

「君の言葉はロシアの風より鋭く僕の身を切る」

言葉とは裏腹な、にやけた顔でジェームズは素早くデスクから下りた。

肩を疎めMの部屋に入っていくかと思いきや、ドアの前で指鉄砲を構え素早く振り返る。

「避けても恋はやって来る。君の眼は何時しかハート型」

オーランドが冷たい目で架空の弾を弾き返す。

しかしジェームズは「Bang!」と呟き、余裕の笑みで硝煙を吹く仕草までした。

手強い相手ほど燃える百戦錬磨の男、ジェームズ・ボンド。ただ今絶好調である。

 

       END

 

 

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