Keep Cool,Fool.
その日、砂浜には客があった。
衣装を身に付け、脚が焼けるじりじりとした感触にうんざりしながら浜に向って
いたショーンをその場に釘づけたのは一つの影だ。
プリアモス王がそこにいた。
ピーター・オトゥールの青い衣と白い髪を風が揺らす。
両腕を脇に添えて佇む姿は優美で、背中には威厳が漂う。
ただいるだけで、その場を物語の一幕に変えてしまう存在感。
(俺は一生、こんな風にはなれないだろう)
胸に沸き上がる感動に比べれば些細な、しかし確かな劣等感を感じながら、ショーンは
半ば放心して幸運のもたらした風景を見つめて呟く。
「・・・・.ロレンスの影が、足元に延びている」
「ピーターの事?」
陶酔を破る声でショーンは我に返った。
ロケ入りした頃はハグしながら話し掛けてきたオーランドが1メートル程後で腕組みを
して立っている。層間の皺は眩しさのせいだけではない。
「本当に可愛いおじいちゃんだよ。ほら、テディ・ベアで白いのあるよね?あれの眼が
青いのみたいで、すごくキュートだ」
「なんだと?」
不遜な恋人に凄んでみせるが慣れているオーランドは怯まない。
二人の間で続いている喧嘩も生意気さに拍車をかけていた。
「それとさ、ロレンスもプリアモス王もエメラノレドグリーンの靴下は履かないよ」
行動パターンも見抜いているオーランドはショーンの腕の先で走りだす。
砂の上を軽々と、王子の姿で。
ピーターと並んだオーランドは笑って何か言い、此方を指差す。
唇の端を持ち上げて意地悪く笑う姿をショーンは睨み付けた。
今、一番聞きたくない名は?
そう聞かれたらエリックだとショーンは答えるだろう。
その名が連呼されていた。
「エリック!」
流れる音楽に合わせてオーランドはダイアンと出鱈目に踊っている。
何度も笑顔でエリックを呼ぶ。
その視線は伏せたり逸れたりしてショーンを避け続けていた。
「エーリック!踊ろうよ!」
呼ばれた男はおどけた仕草で断るだけで腰を上げない。
ショーンはターンしたオーランドからエリックヘと視線を移した。
弾くと音のしそうな黒い眼がそれを受け止める。
顰め面と見分けのつかない笑顔でショーンは軽く顎を引く。
それをどう取ったのか、エリックが席を立ち隣に来た。
「あいつの相手を一日中するのは大変じゃないか?」
ショーンがグラスから口を離して尋ねるとエリックは眼を見開いた。
「オーリは弟みたいだ。とんでもない事をやりそうで眼が離せないから丁度いい。
あなたとの仕事の時も色々やらかしたと聞いたし」
「・・・・あいつはクレイジーだからな」
「でも可愛い。オーリに誘われたら、スカイダイビングだろうが付き合うね」
嫌な予感がショーンの背筋を駆け昇った。
「あなたは高い所が駄目なんだって?」
(あの野郎・・・・!!)
うっかり開けてしまった口を擦りながらショーンがエリックを見る。
知ってしまった男とばらした恋人のどちらを恨むべきか。
大人の余裕を演出しながら、ショーンはグラスを握り締める。
「ずいぶん色々と聞いたもんだ」
なんとか返事を返した瞬間、オーランドの身体が傾いだ。
エリックが飛び出す。
「オーリ!気を付けろ」
背後から抱き止められたオーランドはエリックの腕の中で笑った。
首を延ばして男を見上げる。
細くなった眼が、じっとエリックを見ている。
よくオーランドはこんな顔をした。
ヴィゴの背中でも、ショーンの隣でも。
幸せそうな甘えた笑顔。
長い撮影を共に過ごした仲間だから見せるのだと思っていた顔。
(オーリ・・・・)
待ち焦がれていた笑顔をこんな形で見せられたショーンは、グラスを割って
しまわない様、そっとテーブルに置くのが精一杯だった。
この島は砂浜を離れても暑い。真昼はなおさらだ。
ベランダで壜ビールを空けたショーンは湿った顎髭を擦り、眼を細める。
今日の撮影は夜からでオーランドは午前中だけだ。
さり気ない風を装った無視と、口を開けば飛び出す皮肉は明日も続くだろう。
(振り回されるよりは謝る方がマシだ)
心当たりは全く無いが、大人の鷹揚さで対応するしかない。
(俺はあいつに甘すぎるな)
ため息をついてこめかみを掻く。
長い指で小さな紅茶の缶を包む様にして持つ、少し曲った背中が廊下を進んでいく。
大股で歩きながら横目でルームナンバーを確認している。
探していた数字を見付けた時も、ショーンの身体はさらに前進しようとしているかの
ように前を向いていた。
顔だけをドアに向けて番号を何度か確かめる。
ショーンは共演者の部屋を気軽に訪れた、とは見えない慎重さでドアに近付き
缶を持った手でノックをした。
空いている左手はポケットの中だ。
コッコッコッコッ、と間接で軽く打つ。
「オーランド」
四回ワンセットのノックを二回してから呼ぶ。
昼下がりなのに、深夜の様な顰めた声で。
反応は無い。
ショーンは同じ事を五回繰り返し、沈黙し続けるドアの前で重く息を吐いた。
(畜生)
苦り切った顔で左右を見てから頭を振り、繰り返す。
「オーランド、俺だ。開けてくれ」
少しだけ声を大きくした。
「・・・・・・俺って誰?」
何時の間に来たのか、近い所で返事があった。
普段より低い声は寝起きのせいかもしれない。
「ショーンだ。寝てたか?」
悪かった、という続きを胸にしまって声をかける。
黙ってチェーンを外したオーランドは衣装の腰布だけを纏っていた。
焼けた肌と黒髪の組合せはエキゾチックで、本当に異国の王子に見える。
ショーンは膝丈のチノパンツに色褪せたTシャツとサンダルで、何処から見ても中年の
観光客にしか見えない自分に意味の無い引け目を感じた。
「寝てたよ・・・・まだ眠い」
言いながらオーランドはベッドに腰掛ける。
その流し目の冷たさ、底意地の悪さは何処で身に付けたのか。
(相当、機嫌が悪いな)
ショーンは犬を吊る様に明確な笑顔を浮かべ、缶を振りながら近付く。
オーランドが腕を曲げて爪を噛みそうな動きをした。
(・・・・やばい)
直したはずの癖は、撮影がうまくいかない時や行き詰まった時に出る。
簡単に言ってしまえばイライラしている時だ。
ショーンの気分は銃を誇示する立て籠もり犯に近付く、といった感じになってきた。
筋肉を総動員させた笑顔で眼を捉えたまま足元に寄る。
妨害も牽制もしずにオーランドは腕を下ろす。
(顔付が変わったな)
正面に屈み込んだショーンは間近で見て思った。
(少し男臭くなった、そろそろ王子役は終了か)
初めて会った頃のひょろっとした小僧を思い出し、ショーンは無意識に笑う。
両端を、すうっと持ち上げた唇に白い歯を添えた縛麗な笑顔だ。
オーランドの唇が尖る。
「・・・・だらしない笑顔。警戒無しで心を開いてる感じがする」
身を乗り出してショーンの額を指で弾く。
「その顔でピーターと呑みに行った話ばかりした」
「ああ?」
「とっくに聞き飽きた話をデレデレしながら繰り返されて頭にきた」
(・・・・それが原因か?)
つい、と眼を逸らしたショーンは首を擦って上唇を舐めた。
ショーンは意識しないでオーランドを妬かせたらしい。
以前は構ってほしければ疎ましい位くっついてきたのに、無視や皮肉で気持ちを表す
など、こいつにしては遠回しだとショーンは思う。
或いはそれだけ大人になったのか。
肩を竦めて怒った顔を見上げる口元は、まだ笑っていた。
「嫌だったのなら謝る」
「なあ、オーランド」
「許してくれよ」
「駄目か?」
武骨で飾りの無い言葉を重ね、ショーンは持っていた缶を置いて跪いた。
不貞腐れた頭を両手で掴み、乱れた巻き毛にキスをする。
オーランドの眼が笑った。
「恋人との仲直りのキスじゃないなあ」
恋人の肩に顔を擦りつけながらオーランドはショーンの右手を取った。
「その大きな手で触ってよ」
睫と唇がショーンの首を擽る。
濃厚なキスを受けながらショーンは腰布の下でペニスを探った。
オーランドは下着を付けていない。
(おいおい!)
「これで撮影は・・・・いいのか?」
ショーンが確かめる様に触れながら聞く。
そっと握ったペニスを柔らかく扱く。
「撮影の時は履いてる!窮屈だから脱いだんだ」
愛撫に膝を揺らしてオーランドが答える。
右手を動かしつつ、ショーンは左手を延ばした。
白かったはずの肌は褐色に焼けている。
引き締まった身体の手触りは固い。
目尻を赤くしたオーランドがショーンを見下ろした。
「手だけでいい。ゆっくりやって、ショーン」
このまま押し倒そうとしていたショーンは首を傾げる。
(何だって?)
疑問に思いつつ、鎖骨から胸にかけてキスを繰り返す。
「どうしてだ?」
乳首を含んだまま尋ねると、オーランドは身体を捻った。
熱い息を漏らす唇は右端が釣り上がっている。
「ショーンはこれから仕事だろ?余計な体力を使わせたくないよ」
アイラインの残った眼で妖艶に笑う顔は他人の様だ。
それがショーンの中で溶け損ねていた嫉妬を煽った。
(・・・・まだ怒ってるのか)
眉を寄せてショーンは乳首に歯を立てた。
「痛っ!」
身体を屈めた隙に胸を突くとオーランドは簡単にベッドヘ倒れる。
ショーンは腰布を払い除け、露出したペニスの先端を舐めた。
押さえ付けた太股が手の下で震える。
「本当は満足してるからじゃないのか?」
長い指を絡ませたペニスは扱く度に熱くなる。
そうではないのを確信しながらショーンは続けた。
「エリック・・・・」
男の名を唇に乗せると下腹部にチリチリと痛みが走った。
「あいつとはしてないのか?」
オーランドが呆れた様にため息を付く。
「してないよ。エリックが僕と寝ると思う?」
「怪しいもんだ。一日中べったりなんだろう?お前の事、可愛いと言ってたぞ」
「・・・・妬いてるの?」
(くそつ!)
胸中を言い当てられショーンの頬が染まる。
ショーンは顰め面のまま顔を伏せて口を使った。
ペニスを深く銜え裏側に舌を這わせる。
「う・・・・」
呻いたオーランドの背が反った。ショーンが吸い上げる度に肩が震える。
「本当の事を言え」
先走りと唾液に塗れたペニスを口から離して尋ねると、オーランドは肘で支え
ながら少しだけ上半身を起こして頷いた。
眉間に深い皺を刻み、眼を伏せている。
長い瞳を閃かせて無防備に開いた唇で忙しない息をする様は懐かしいくらい変わって
いないとショーンは思う。
(悪戯はしても意地の悪い事をするやつじゃなかった)
濡れたペニスに指を絡ませて扱きながら先端を親指の腹で擦る。
「ショーンの事を考えながら自分でしたよ、何度もした・・・・でも誰とも寝てない」
くぐもった声でオーランドが言う。
主導権を放棄したのが分っていながら、ショーンは燻る嫉妬に後押しされて震える
脚を開かせた。
片脚を抱え込み、濡れた右手で後を探る。
「本当か?」
指を押し込むと酷く抵抗があった。
痺れそうな程の締め付けに逆らいながら抜き差しを繰り返す。
「誰、とも・・・・寝てない!」
ショーンの長い指に突かれる度に腰を揺すってオーランドは泣いた。
閉じた眼から涙が零れる。
(しまった。やリ過ぎたか)
指を引き抜いたショーンは伸び上がって苦しそうな息をする唇にキスをした。
オーランドに滲んだ眼でぼんやりと見られて呟く。
「俺が悪かった。許してくれ」
(結局、謝るはめになる)
鼻に皺を寄せたオーランドはショーンの耳を引っ張った。
その手で愛しそうに髭を撫でる。
「僕はショーンとしか寝ないんだよ。分かった?」
「ああ」
「だったら早く脱ぎなよ」
「え?」
満足そうな甘い笑顔でオーランドは困惑するショーンを見上げた。
綻んだ唇で顰め面に音高くキスをする。
(そして何時も勝てないんだ)
ショーンは頭を軽く振った。
友人に言われた言葉が甦る。
『年下の恋人は甘くて可愛い。だが、振り回される覚悟が必要だ』
(全く!全くもってそうだ!)
歯を覗かせて笑いながらショーンは服を脱ぐためにベッドを下りた。
END
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