ツイート(に書こうとして、自粛しました)のCJ 9
「期待は甘い毒だよね……」
ソファーで眠りこんでいるとばかり思っていたジェーンが不意に声を出すので、カバンを手に帰ろうとしていたチョウは、びくりと背をこわばらせた。
「驚いた?」
「……驚いた」
「電気も消えてるしね」
「静かに歩いて損をした」
にこりとジェーンが笑う。
「気を使ってくれてたんだ」
だが、口元に浮かんだ笑みの形は、影になっているせいなのか、いびつに見えた。
ジェーンが着ていたブランケットをめくり上げ、髪をかきあげる。
「チョウ、僕を食事に誘ってくれる約束は?」
暗い色を落とす青い目はじっとチョウを見つめている。
「は?……この時間に食うのか?アレは、早く残業が切り上がったらって言っただろう」
「君の残業は、いつになったら、早く切り上がるのさ、君、実は仕事ができないんじゃないのかい?もう、一週間以上、一人だけ毎日遅くまで仕事ばかりしてるじゃないか」
ジェーンはソファーの上にあげていた足を下ろし、ズボンについた皺を払った。長い足で大股に歩き、チョウに近付くと、わざわざ顔を近づけ、目を覗き込むようにする。
「君さ、遅くまで仕事をするのを良しとするなんて、君の将来に出世の望みは薄いんじゃないかな。……実は、君、頭が悪い?」
ストレスを感じるほど近い距離だ。
「……で、お前は、機嫌が悪いんだな?言えよ。何に腹を立ててるんだ?」
「もう言ったよ。それもわからないなんて、本当に君は頭が悪いんだ」
断言してくるジェーンに、チョウはため息を吐き出した。
「……飯が食いに行きたかったのか?」
「そうだよ。先週の木曜からだけどね」
確かに、先週の木曜には、そんな口約束をこの金髪とかわした。だが、あれは、残業用の出前が届くのが遅くて、それに文句を言う最中の無駄口だったはずだ。それにだ。この一週間、すぐそばのソファーにいながら、毎晩、チョウが、夜食の出前を頼むのにも、ジェーンは口出しをしなかった。
「寝てたじゃないか」
「そして、君は、黙ったまま、僕のソファーの側を通り抜けていった。6回もね」
「気を使ってやったんだ。仕事だ。仕方ない」
しかし、チョウは思案する。
「……今から行けばいいのか?」
ジェーンは、盛大に顔をしかめた。しかし、上着を取りにソファーに戻る。
「いいよ。今からも行くけど、僕は、6回、君に裏切られた。誠意を込めて、君は、定時に仕事を切り上げ、もう一度改めて、僕を食事に誘うべきだね」
翌日だ。
「ジェーン、飯に行くぞ」
チョウは、書きかけの報告書も明日朝早く来て書くと決めた。今日はチョウが、一番の早帰りだ。陽もまだ明るい。
ジェーンは、すぐに上着を掴んできた。だが、そのくせ、
「行くけど。……やっぱり、責め立てて誘わせると、嬉しさも半減だね」
しかし、どこの店に行くのか、金髪は煩くさえずっている。
「……お前は、文句が多い奴だな」
end
ストレス解消小話。