とても正直な彼ら
書類を検察へと届ける車に、ジェーンが僕も乗せてと乗り込んできたのに、特に不審は覚えなかった。暇だから出掛けるのについて行きたいだとか何だとか、きっとその程度の理由だろうと思っていたのに、用事が済むと、後部座席から、せっつくようにジェーンがチョウに声をかける。
「ねぇ、」
「ああ、わかってる」
「リグスビー、東地区の図書館に寄ってくれ」
「ジェーン、それが目的で付いてきたのか?」
リグスビーは、バックミラーでちらりと後ろの金髪に視線をやった。希望通り車が角を曲がったのに、満足したのか、ジェーンはゆったりと背もたれに凭れ、通りの緑に目を細めている。
「そう。ここからそんなに遠くないし、ついでに。いいだろ?」
「別に、全然いいけど。図書館に何の用事があるんだ?」
ミラーの中のジェーンがリグスビーに視線を合わせ、すまし顔でにこりと笑う。
「そんなの秘密に決まってる」
図書館の前で車が止まると、ジェーンは、軽い足取りで降りて行った。
「あいつ、何を調べてるんだ?」
石畳をのんびりと歩く細身の背中は楽しげだ。リグスビーが窓の外を覗き込むのにつられたように、外へと目をやったチョウは、特に面白いものも見つからない風景にすぐ視線を戻す。
「15年前の白骨体の事件があったろ? 昔の地図を見に行くらしい」
「へぇ……。なぁ、でも、あれって」
「しーっ。ボスには、内緒だぞ。もし、ジェーンが解決したら、ダンカルが俺たち凶悪犯罪班のメンバーに夕食を奢る約束をしたんだ。あいつが、うまいことやったら、豪勢なただ飯にありつける」
真顔で言うチョウに、ハンドルに顎を乗せた姿勢のまま、思わずリグスビーはにやついた。
「……ジェーンの手柄で俺たちが夕飯にありつくのか?」
「どうせ、あいつは今、暇なんだ。ふらふらとして、悪いことを思いつくより、俺たちの役に立ってた方がずっとマシだろ」
建物のドアを開けながら、ジェーンが振り返って、大きく手を振った。
リグスビーは手を振り返しながら、ますます、大きく笑う。
「おお。ジェーンが、俺たちのために、一生懸命、働きに行こうとしてるぞ」
だが、にやつきながらも、不思議な気持ちがもやもやとリグスビーの中には渦巻いている。
「なぁ、チョウ。……お前、昨日は、一日、出っぱなしだったよな? それで、今日の午前中は、俺と一緒に証人の家を訪ねてた。一体、どこで、ジェーンとそんな話をしたんだ?」
近頃、リグスビーの相棒には、そんなことが多いのだ。目的語のないジェーンの曖昧な発言を、チョウは、阿吽の呼吸で受け止める。今だって、ジェーンが言ったのは、『ねぇ』だけだった。ぴんときた。
「もしかして……お前ら付き合ってる?」
リグスビーが、図書館の扉と、チョウとの間で指を何度も動かしながら、その問題ありの発言をしたのは、本気じゃない。実のところ、自分の相棒のはずのチョウが、やたらとジェーンとツーカーなのに、少し焼き持ちを妬いただけだ。
「だったら、どうした?」
だから、チョウが、真顔でそう返してきたのには、飛び上がりそうなほど驚いた。
「は!? マジ? マジかよ!?」
あまりの驚愕に、思考が追い付かず、思わず、まじまじとチョウの顔を見つめる。見慣れたチョウの顔を、穴が開くほど見つめたが、アジア系の表情のなさは、鉄壁だ。冗談なのかどうか、顔からは読みとれず、だからと言って、本気だとしたら、それは怖い。
「……なぁ、付きあってるって、それ、……その、セックスとか、するような関係なのか? ……たとえば、どういう?」
「ベッドで裸になってアレを擦り付けあったり、後は、大抵、オーラルだな」
動じた風もなく、しれっと、答えを返してきた相棒に、リグスビーは、強く動揺した。狭くはないSUVの車内なのに、急に空気が足りず呼吸が苦しい気分だ。出来れば気付かれたくないが、きっと気付かれている。ハンドルを握りこんでいる指先は蒼白だ。
「……それは、すげぇ。……っていうか、ごめん。お前らは、すごくいいカップルだよ。ああ、すごく……いい」
「だろ。で、お前は、ヴァンペルトとどんなセックスをするんだ?」
精一杯で口にした社交辞令にチョウが平然と切り返してくるのに、また、飛び上がる。
「はっ!?」
付きあっているのがばれているのは知っているが、それは、あまりな質問だ。そんなことは人に言うことじゃない。だが、じっと見つめてくるチョウの目は、硬い。
「俺は答えた。お前は、どうなんだ?」
「……それは、……その」
かけられるプレッシャーに、リグスビーの頭の中には、ベッドでのとてもセクシーなヴァンペルトの肢体が過ったが、幾ら、チョウとは気安い相棒の関係でも、彼女の体面を考えれば、そんなことは、まさか言えなかった。それから、やっと、気付いてリグスビーは頭をがりがりと掻いた。
「……悪かった。俺が、考えなしだった。本来、聞くべきじゃない、プライベート過ぎる質問をした……」
だが、謝罪の言葉を、遮りもせず、あまりにチョウが平然と聞きいれていて、今度こそ、本当にピンと来た。
「って、チョウ、お前、冗談か!? 冗談だろう。……お前、その真面目腐った顔で、平気で嘘をつくなよ! ああ、もう。お前と、ジェーンが付きあってるなんて、……くそっ。騙された!」
「ねぇ、君たち、僕を下ろした車の中で、何、しゃべってたの? ……っ、なんだか、すごく楽しそうだった、ぁ、っ……けど?」
言葉の端に、熱い息を混ぜながら、ジェーンが、チョウの頭を撫でていた。
「ぁ……だめ、だって、チョウ。それは、なし。気持ち良すぎる。……ねっ、今日は、ゆっくりしてくれるって、言ってただろ……?」
吸いあげつつ、雁首の裏を舐め上げる舌に、柔らかで湿った腿は、素直に、チョウの身体を挟み込み、引き寄せる動きまでしているというのに、髪にキスしてくる唇は、制止の言葉を吐いている。
「うん。……ぁ、ん、そう。そうやって、そっと舐めて。ぁ、……きもちいい。……チョウ。うん。上手っ」
ジェーンの柔らかい手が、チョウの髪を撫で回す。
射精が近付いても、できるだけ長くその快感を楽しみたがるジェーンは、ペニスばかりを攻められるより、下腹や、腿にも口で触れられるのが好きで、チョウは、ぴくぴくと先を震わせ、腫れあがっているものを口の中から吐き出すと、金色の陰毛が繁り緩く盛り上がっている下腹の上に、下から上へとむかってゆっくりと唇を這わせていく。
「んっ。チョウ、それ、好きっ。……あ、は、くすぐったいよ。……でも、気持ちいい。……チョウ」
「ただ飯にありつけるかもって話をしてたんだ」
ジェーンの唇がチョウの耳の後ろに何度もキスしてきて、くすぐったい。
「……っは、っ、ありつけたでしょ、っ?」
喘いでいるくせに、声がひどく自慢げなのに、思わずチョウはにやついた。もう一度、ペニスを咥え、ずるりと舐め上げてやる。
「あの店が、ダンカンにだけ、特別に出前するとは思わなかった」
「違うよ。僕のおかげ……あ、ぁっ、……ダメだってっ」
「お前のおかげ?」
「……っ、んっ、僕が、事件を解決したから……んっ、それ、ダメ。……ぁ、だめ、」
「出すか?」
「いやだ。もっと」
「我慢できるのか?」
ジェーンのペニスの先も、太腿もぷるぷると震え始めている。ジェーンは、快感に頬を火照らせ、潤ませた目で、今日、一日分の無精ひげが伸びたチョウの頬へとキスをした。柔らかい頬を擦りつけてくる。
「チョウが、もっと、そっと、してくれたら……っ」
ねだるのが、この金髪はとても上手だ。だが、チョウは、それを無下にするのが結構好きだ。
「さっさと、いけよ」
濡れたペニスを咥え直し、強引に唇で扱きあげる。
「っ、ぁ、っは! もう、っぁ、意地悪、ぁ……」
「ねぇ、リグスビー、僕と、チョウは付きあってるよ?」
朝一番に、にこにことコンサルタントに顔を覗きこまれて、書類から目を上げたリグスビーは、バツが悪そうに顔を顰めた。
「チョウか?」
コンサルタントのブルーの目が楽しげにきらきら輝いている。
「昨日もね、チョウにオーラルでしてもらったよ?」
開いていた計算書をパタンと閉じ、リグスビーはがりがりと頭をかく。
「だから、それは、俺が悪かったって。ほんとに、近頃、あんたとチョウは仲がいいな……頼むから、あんたまで、俺とヴァンペルトのことに興味を示さないでくれ」
「そうなの? まぁ、大体のところは、想像がつくけど。……うん、でも、黙っておいた方がいいよね。こういうのは」
「何に想像がつくんだよ。ジェーン、あんただけは、想像するな」
まるで透視でもしたかのように言い当てられそうなジェーンには、少しだって想像させたくなくて、リグスビーは、慌てて腰を浮かしジェーンの腕を掴む。
「そうだね、……でも、……ヴァンペルトはもう少し君に積極的になって欲しがってるかも」
にやつくジェーンの金髪が、朝日を浴びながら、リグスビーの手をかいくぐって逃げて行った。
どさりと、チョウが、リグスビーの隣の席に、荷物を置く。
「おはよう。リグスビー」
「くそっ、チョウ、お前、何でも、ジェーンにしゃべるなよ!」
END