コンサルタントの出勤簿 5
*だって、これは、プロの仕事だし。
被害者の家族と、夕食をともにするのは、本来、避けたい事態だ。それが、身内のしかも幹部となれば、しがらみは色々とやっかいで、事件に関わること以外には深入りしたくはない。
だが、何か、気にかかることがあるのか、金髪のコンサルタントは、話を弾ませ続け、チョウに暇乞いのタイミングを掴ませなかった。
警察幹部一家の夕食は豪華だった。それについては、チョウも嬉しかった。
「君は、面白い男だな。ジェーン。しかも、頭がよくて、頼りになる。どうだ。うちの娘と付きあってみないか? 君みたいな婿が欲しいと思っていたんだ」
俯いている娘は、美人だ。しかし、それよりも、その父親が問題だった。蛇のように執念深いと警察内で有名な彼は、自分のプライドを傷つけるような真似をした者を決して許さないという信念の元、凄まじい勢いで出世を果たしてきた男だ。
この事態に、ほらみろと、チョウは顔を顰める。
ジェーンはにこりと笑う。
「大変嬉しいお話なのですが、僕は、今、付きあっている人がいまして、僕から告白してつき合い出したんです。すばらしい人で、とても優しい。……こう言っちゃなんなのですが、僕、これでも、人を見る目があるんですよ。だって、こうして、あなたと夕食を共にしている」
完璧な断り文句を口にしたコンサルタントは、だが、そこで、また口を開いた。
「やっぱり、娘さんの彼氏が気に入らないのですね。でも、いくらあなたが警察官僚であったとしても、部下を使っての襲撃事件の偽装は、リスクが高すぎませんか?」
「……ジェーン!」
「あ、あなたが塀の向こうに行かれてしまわれる前に、紹介しておきますね。この彼が僕のお付き合いしている相手です。ほら、素敵でしょう?」
「……ジェーン!!!」
*嫌な男
事件現場では、情報が錯綜していた。被害者が、死んだのか、生きたまま誘拐されたのか、わからず、また、容疑者がすでに死んでいるという情報まで飛び交っていた。
地元警察や、統制のとれないボランティアが入り乱れ、現場は混乱を極めている。
未だ、男尊女卑の化石時代の思想を引き摺る保安官は、リズボンを決して受け入れようとしない。勿論、リズボンは主導権を決して手放しはしないが、古い地域では、人の考え方も古い。そんなイラついた空気の中、リズボンの指示で、ジェーンを探して共に聞き込みに出ようとしたリグスビーは一歩、歩いて、舌打ちした。靴ひもが切れたのだ。
「Oh my GOD!」
「僕のこと呼んだ?」
ジェーンがにこりと笑った。
*続、捜査権争い
「ねぇ、保安官、リズボンに、捜査権を譲りたくないのは、わかるんだけど、僕たちがあなたたちに従うべきかどうか決めるために、簡単な質問をさせてくれないかな?」
初老に差しかかっている保安官は、派手な容姿をした得体のしれないコンサルタントを胡散臭げにじろじろと眺めた。
「それとも、やっぱり、田舎の警察は、頭が固いから、簡単なクイズにも答えられないのかな?」
「……質問すればいいだろう」
「じゃぁ、あなたの両親から生まれた子供で、あなたの兄弟でも、姉妹でもないのは誰?」
捜査権に関する州法についてでも質問され、権限の譲渡が正当なことだと主張されるのかとでも思っていた保安官は、コンサルタントの奇妙な質問に答えられず、しどろもどろになった。ジェーンは隣のチョウににこりと笑いかける。
「ね、じゃぁ、チョウ、同じ質問をするよ。君の両親から生まれた子供で、君の兄弟でも、姉妹でもないのは誰?」
「俺だ」
「そうだ。この捜査官だ」
咄嗟に、保安官は追随していた。
地元ボランティアから、完全な捜査権の捜査権の譲渡を責められた保安官は、女がボスのチームへと識見を譲った自分をどう取り繕っていいのかわからず、咄嗟にコンサルタントのした質問をボランティアにして、彼らをけむに巻こうとした。
「この答えがわからなければ、捜査権は譲渡された方がましというものだ」
保安官は、質問をする。
「お前の両親から生まれた子供で、お前の兄弟でも、姉妹でもないのは誰だ?」
何を言いだしたんだと思いながらも、ボランティアのリーダーは口を開いた。
「俺、だろ……?」
だが、腹の出た保安官は、得意顔だ。
「……ほらみろ、お前たちは頭が悪くて、だから、いつだって、行動に統制がとれず、現場を混乱させるんだ。捜査は、CBIの連中に任せた方が賢明だ。答えは、あのチョウっていうアジア系の捜査官だ」
地元ボランディアも納得の上、捜査権は、地元警察からCBIに完全に譲渡され、事件は、2日後に失踪中だった女性を無事保護して解決を得た。
*地方病院
逮捕の際に、チョウの腕を犯人が撃った弾が掠めた。
傷は軽かったが、勿論病院で手当てを受けなければならない。
しかし、病院にいったはずのチョウが、もう捜査本部に戻ってきていて、リズボンは顔を顰めた。
チョウは、腕の上に自分でしたと思しき、止血布を巻いているだけだ。
「ちゃんと、手当してきて頂戴! そうじゃなきゃ、現場に戻らないで」
「そうですよ。チョウ先輩。私たちなら大丈夫ですから」
答えられず、チョウは、目を落とした。
運転手として病院まで付き添ったリグスビーが、なぐさめるようにその肩を叩く。
「すみません、ボス。チョウを許してやってください。……俺でも、針を刺されるのは嫌です」
「馬鹿言ってないでよ。あなたたち刑事なのよ!」
「確かに、縫合なんて簡単だって、看護婦長も言ってました。……でも、「大丈夫、縫合なんてとっても簡単なんだから」って、いかにも新米の若い医者に向かって言ってたんです」
*お願い
特番の報道番組用のクルーたちのあいだで、事件が起こった。
現場につくなり、陣頭指揮を取り始めたリズボンたちは、忙しそうだ。事件の雰囲気を掴むため、あえて、少し離れたところから、今度の犯罪に首を突っ込みたがっている警察関係者、そして、事件に巻き込まれた面々の様子を眺めていたジェーンは、あることに気付いた。
「あの、すみません。この荷物みててくれますか?」
まだ、ホテルにも寄っていない皆の荷物が、いつの間にかジェーンの足元を取り囲んでいる。
「……僕は、この番組のキャスターなんだよ」
「そうなんですか。それは、知らなかった」
ジェーンは慌ててリズボンに近づこうとしていた。
「でも、あなたは、信用できそうな顔をしている。すぐ戻ってきますから。じゃ、荷物をお願いしますね」
*これは、怖い。
自室にいる時まで片時もセキュリティーを手離さない、いろいろと恐ろしい噂のある政治家に聞き込みをしていた時の話だ。
「お忙しい時に、お時間をいただきまして、申し訳ありません。3つだけ質問させてください」
チョウは、きつく相手を見据えながらも、慎重に話を切り出した。
「一つは、昨夜、午後11時前後のあなたのアリバイについてです。二つ目は、あなたの選挙スタッフがあなたの子供を身ごもっていたという噂についての真偽です。そして、三つ目は、中絶反対を掲げていらっしゃるあなたが、彼女をどうにかしたのではないかという疑問に対する答えです」
目をそらさず、まっすぐに見つめてくる捜査官に対し、政治家は重々しく口を開こうとした。
そこに電話が入った。
「すまない。緊急の用件で、電話が入る予定だったんだ。しばらく、寛いでいてくれ」
5分後、もうもう一度、政治家は席についた。
「さぁ、質問はなんだったかな?」
ソファーにかけるジェーンは口を開いた。
「僕は、5つ質問があります。一つ目は、昨夜、午後11時前後のあなたのアリバイ。二つ目は、あなたの選挙スタッフがあなたの子供を身ごもっていたという噂についての真偽について。三つ目は、中絶反対を掲げていらっしゃるあなたが、彼女をどうにかしたのではないかという疑問に対する答え。四つ目は、どうして、あんなにタイミングよく電話がなったのかということ。そして、五つ目は、チョウは、どこにいったんです?」