コンサルタントの出勤簿 1
*ジェーンのやり方
やっと捕まえた犯人に、腕の立つ弁護士がついたと聞けば、警官たちの顔には、苛立ちが浮かぶ。
「リズボン。どうしたの? 今日は裁判所で、専門家証言をするんじゃなかった?」
「そうよ。ああ、もう、本当に!」
イライラと、リズボンな髪を掻く。リグスビーは目をそらし、チョウは、リズボンの苛立ちを慮って、ジェーンに目配せをする。
「じゃぁ、判事にプレゼントを送ってみるとか?」
「ダメです。あの判事は、硬物で有名なんです。それに、そんなことしたら、贈賄罪です」
コンサルタントの軽口に、ボスが怒りだす前に、ヴァンベルトが慌てて口を挟んだ。
「へぇ、なるほど」
ジェーンは、一応納得したようだ。
「納得はいかないけど、まずまずの結果ね」
裁判官から、予想以上の重い量刑が言い渡されたその日の、CBIは、穏やかな空気が流れていた。
「ほら、やっぱり、プレゼントは有効だった」
にこりとジェーンは笑う。
「あなた、ちょっと!?」
「……ありえないだろ。相手は、ブルーノ判事だぞ……」
「うん。みんなが、そう言ってたから、いいキューバ葉巻をさ、向こうの弁護士の名刺付きで送ってみたんだよ」
*コンサルタントの勧め
警察内において、ジェーンは少し誤解された立場にいる。
「近頃眠れなくて……」
「なるほど」
催眠術が使えることや、被疑者の言動から、彼らの精神状態や、嘘を見抜くせいで、いつの間にか、カウンセラーの有資格者であるかのように、噂が広まっているのだ。
警察内にも、専属のカウンセラーはいたが、勤務記録に記述の残る彼らと、話したがる警官はあまり多くはいなかった。その点、コンサルタントという人間は外部の者でもあり、話していて気楽だ。
「眠れないって、どうしてです? 少しも眠れないんですか?」
「いや、……実は、その、おかしな話なんだが、自分がウサギになった夢を見るんだ」
「へぇ……」
「夢の中で、ずっと駆けまわっていて、寝ているのに、全く、寝た気がしない。本当に馬鹿げた話なんだが、ウサギなのに、夢の中でサッカーをしていて」
「うん、うん。それで?」
調度、チョウは、書類を持って、二人が話しこむソファーの側を通りかかった。
「実は、今晩は試合の日で」
ジェーンが男の手を握る。
「それは、勝てるといいですね!」
「医者のところに行けと勧めろ! このエセ霊能者め!」
*ダーリンはもてもて
どうしても、雷の多い時期になると、停電が起きやすい。
CBI内においても、それは、どうしようもないことだった。
「資料を探して来いって、言ってもさ、ねぇ、チョウ?」
データーベース化されていない膨大な資料の山を思うと、金髪のコンサルタントは、ため息を吐きだした。
「ボスも、あんたの目でなんとか、手掛かりを探しだしてほしいんだ」
二人は、地下へ向かう、混み合ったエレベーターの中だ。ちょうど勤務の交代時間だ。一階までは、この混み具合もどうしようもない。
大きな雷の音がし、途端に、エレベーターの電源が落ちた。照明も消え、狭い箱の中は、一瞬でまっ暗闇だ。
「落ち着いて下さい。すぐ、非常電源に切り替わります」
市民への説明が、ドア付近にいる職員からなされた。ぐつぐつの人に押され、壁際に追いやられているチョウと、ジェーンは、ため息だ。
「時間がかかったね」
やっと非常電源に切り替わり、一階で全ての客も降りた箱の中で、ジェーンは大きく伸びをしながらチョウに言った。
「せっかくだったし、チョウに悪戯すればよかった」
ジェーンは甘く微笑む。
チョウの顔は固まる。
「……あれ、お前じゃなかったのか……?」
*最強の動物
張り込みの時間つぶしだ。容疑者宅のドアからじっと目を離さないのがチョウで、野生動物の特集が組んであるアウトドア雑誌を眺めているのがリグスビーだ。そして、後ろの座席で、ジェーンがそんな二人を面白そうに眺めている。
「暇なら、やるか?」
チョウが、リグスビーとの交代時間がきたらやろうと用意していたクロスワードパズルを、前を向いたまま、ジェーンへと手渡す。
ジェーンは、解きかけのそれを、興味深そうに眺めた。
「どういう問題から解いたかで、性格分析するのははなしだぞ」
「いいや。そういうわけじゃなくて……世界で一番強い動物は?」
「ライオンだろ、がぉぉー!」
調度、そのライオンの写真が載るページを眺めていたリグスビーが口を挟む。
『容疑者はどう?』
いきなり、無線機が音を立てた。
「動きはありません。……もう、今晩は帰っても平気なんじゃないですか?」
珍しくチョウが不平を言った。リグスビーなど、無線だというのに、思わず、本を手放し、姿勢を正している。リズボンの声は厳しい。
『無駄口叩いてないで、そこに張り付いてなさい』
「僕はね、世界一強い動物は、雌ライオンだと思うんだけど、……どうかな?」
*ナイス・ファイト、チョウ
犯人を追いかけているうちに、家畜用の柵を乗り越え損ね、飼われていたカモがわらわらと逃げ出してしまった。チョウは、申し訳なさそうに、リズボンの前に立っている。
「申し訳ありません、ボス。11羽しか捕まえることができませんでした」
苦情を言って怒鳴っていた主人を思えば、事件中のこんな馬鹿げた用件だというのに、リズボンが頭を下げにいかずには済まず、部下は、忸怩たる思いだ。
立ったまま被害届の書類を捲っていたリズボンは、優しくチョウの肩を叩いた。
「逃げたのは、9羽だそうよ。ナイス・ファイトね、チョウ」