S2 1話 パスワード変更と、苺
「ええ、その事件は元々うちで捜査していた事件ですので、それで、こちらに寄られた際に、この電話を使われたのだと思います。はい、俺のIDの確認ですね、7813268 パスワードはk1nburuです」
ひどい顰め面で受話器を戻したチョウを、いつの間にか近づいていたジェーンが、にやにやと覗き込んだ。
「いいの、チョウ?」
100万ドルの横領事件の身代わり犯になった挙句、殺されてしまった女性の事件を解決した凶悪犯罪班のコンサルタントは、誠意などどこにもない甘くとろけるような笑みを顔に浮かべて、チョウの机に尻を乗せると、昼間残った苺を小さなカゴから摘まんだ。
チョウは、そんなジェーンを睨むように冷たく見上げる。
「ジェーン、重要機密へのログイン用のパスワードを変更する場合、IDと、旧パスワードが取れない場合の手順として、コールバックがあるのを知っていたか?」
「知らない」
ジェーンは笑う。
「さっきの人、僕に聞きもしなかったから。へぇ、その時、言わないと、コールバックして確認を取るんだ。さすが、お役所だね、面倒くさい決まりがいっぱいある」
ジェーンは、摘まんだ苺を一つチョウの口元に差し出した。
「でも、本人の確認がとれなくても、仮でなら、代理人のIDやパスワードで変更がきくって詰めの甘いところも、すごくお役所だね。……チョウ、君のIDで、ボスコのパスワードが変更になっちゃったけど、それで君は平気なの? 何かあったら、君のせいになるんじゃない?」
口元に差し出された苺を手で払うと、チョウは、席をたった。
苺のカゴを持ったままのジェーンの腕を掴み、有無を言わせず、時刻の遅い、人気のないフロアーの中を引き摺っていく。
男子トイレの狭い個室に連れ込まれたジェーンの目が、細かく泳ぐのに、チョウは、馬鹿めと思った。
確かにジェーンが呆れるほどに頭がよく、簡単に自分の思い通りに操ることのできる人間などというものを馬鹿にしたくなる気持ちはわからなくもないが、一対一になった時の肉体的な力の差の前にしてしまえば、どうしようもなくジェーンは無力だ。
やけに明るい照明に顔を照らされながら、金髪の目は、怒りを秘めたチョウの鍛えられた体の迫力に怯え、懸命に逃げ出す隙を探している。
手に持ったままの小さなプラスティックの苺のカゴが間抜けだ。
「ジェーン、ボスコのパスワードを変更するために、俺の机の電話を使ったのは、わざとか?」
チョウは、青い目に強い視線を当てる。
「違うよ。僕のソファーに一番近かったからだ」
予想どおりの返事を聞きながら、チョウは、ジェーンの身体を反転させ、トイレのタンクに手をつかせた。少し前かがみになった下半身に手を伸ばし、スラックスのボタンを外す。
「何、する……の、チョウ?」
全ては、無言で、抵抗する隙もない間に行われたことだったから、壁の冷たいタイルを見つめるジェーンの声には、不安と怒りが入り混じっていた。
「馬鹿のすることに腹が立ったんだ」
チョウは、ジェーンの大きな尻から、グレーの下着も毟り取る。
太腿の半ば辺りまで下着を擦り下ろされたコンサルタントは、上等なスラックスも足元に絡みつかせて、きれいに肉のついた身体を緊張に固くしている。いつもは柔らかく手触りのいい山を描いた二つの丸みに、力が入り、きゅっと尻たぶが寄っている。
「……その、君を巻き込むことになって、悪かったと思ってる。ごめん、……チョウ」
「本気じゃない、謝罪の言葉は聞きたくない」
チョウは、ジェーンの背中から手を伸ばし、トイレタンクの上に置かれた苺のカゴから一つ苺を摘みあげた。
ジェーンは、チョウが動いたことだけで怯え、全身をぎゅっと縮こまらせている。
チョウは、一つ摘まんだ赤い苺をジェーンの口元に近付けた。
だが、怖がってジェーンは口を開かない。
「お前が買った奴だろう。甘いんじゃなかったのか?」
「甘いよ……だけど、いらない」
確かに、冷たい空気に下半身を剥き出しにされたままの頼りない状態で、トイレタンクに手を付かされていては、食欲が湧くとは思えない。しかし、チョウは、怯え、何度も後ろの様子を窺おうと振り向きたがるジェーンの唇へと執拗に苺を押しつけつづけた。
とうとうジェーンは、諦めたのか口を開いて、苺を食べる。
くちゃりと、苺の噛みつぶされる音がし、ジェーンの顎が緩やかに動く。
「美味いか?」
「……おいしくない」
「それは、残念だな、ジェーン」
チョウは、もうひとつ、カゴから苺を取った。
「もう、いらない。チョウ」
一つ目の苺すらまだ口の中に残すジェーンが横に強く首を振る。
「だろうな」
だが、チョウは、振り向こうともがくジェーンの背中を強く押さえつけると、苺のヘタを口で噛み切り、それを、剥き出しの無防備で大きな尻へと近付け、捻じ込んだ。
昨夜、たっぷりと使ったそこは、まだ緩やかに口を窄ませているだけで、いつものきつさはない。
いきなり、尻の穴を指でぐりぐりと開かれ、異物を押し込まれることに、ジェーンは、声を上げることさえできないほど怯え、大きく目を開けたまま、身を竦ませた。
それから、必死に身体へと力を入れ、もがきだす。
だが、構わず、チョウは、大きな尻を押え付けたまま、柔らかな肉襞の奥へと苺を押し込んでいく。
「何をっ! ……い、やだっ!」
「締めるなよ。潰れるぞ」
しかし、忠告も空しく、体内に押し込まれた異物を、きつく締めつけたジェーンの肉襞は、フレッシュなジュースを絞り出した。
きつく口を閉じた穴の縁からじわりと溢れた赤い汁は、ゆっくりと太腿を半ばまで伝っていく。
だが、わずかなそれは、一筋の跡を、やわらかな腿に残しだだけだ。
「いやだっ! ねえっ、チョウ! 嫌だ!」
「あんたは、俺に、嫌かどうか、聞かなかっただろう? なんで俺だけ、あんたの意見を聞き入れる必要がある?」
チョウは、暴れるジェーンをトイレタンクにうつ伏せるように押しつけたまま、もう一つカゴから苺を取るとヘタを取り、きつく窄まるアヌスの中へと捻じ込んでいく。
抵抗するそこへと、指でぐいぐい苺を押すと、ジェーンが大きく呻き、先のあった苺を押す形で入れられたものは、締めつけなくても、ぐちゃりと潰れた。
苺と指とで開かれたままの尻穴からは汁が伝い、とうとうそれは、腿に絡みついていたグレーの下着の端を赤く染める。
「チョウっ! チョウっ!」
「もう一つくらいは、いけるな」
チョウは、嫌がるジェーンに配慮することなく、もう一つ苺を捻じ込んでいく。タンクの陶器に、抵抗するジェーンのシャツのボタンが当たり、カチャカチャとせわしなく音を立てる。
「嫌だっ! チョウ、嫌だってば!」
「だろうな」
だが、チョウは手を緩めず、ジェーンの中に、3つ目の苺を押し込んだ。
しかし、チョウは、三つの苺を含んで、入り口を盛り上げた窄まりを目にすれば、きつく押さえ込んでいたジェーンの背から、あっけないほど簡単に手を離す。
尻の穴に感じる酷い違和感に、睨むように振り返ったジェーンは、泣き出しそうに目を潤ませていた。
「僕をなんだと思ってるんだ。君は!」
「お前は、俺を何だと思ってる? 俺ならば、お前の好きに使っていいとでも?」
見下ろしてくるチョウの目の前だったが、ジェーンは、いまにも尻穴から零れ落ちそうな苺を気になり、後ろへと手を回す。
ほんの少しの動きにも、いますぐ、苺は、尻穴から落ちてきそうだ。
「ジェーン、ボスコから、嫌味たっぷりの確認の電話が入ったら、一度だけ、俺は、てっきりそうされたのかと思ったのでとでも、とぼけてやってもいい。だが、二度とするな」
冷たい目をして見下ろしてくるチョウを、ジェーンは睨み上げた。
「二度目もやったら、君にどんな変態行為をされるのか、ぞっとするよ」
だが、チョウは、嫌味を気にした様子もみせない。腕を組んで、少し意地悪くジェーンを眺めてくる。
「ジェーン、入れたまま帰る気がないんだったら、今のうちに出しとけよ。そのままズボンを履けば、尻に大きな染みができて恥ずかしいぞ」
「チョウ、君がしたんだろ!」
「下着はもう脱いだ方がいいぞ。赤くなってるのが、ズボンに付く」
屈んだチョウは、嫌がるジェーンの足から、絡みついていたズボンを強引に抜き取り、腿の半ば当たりにあった下着も下ろしてしまった。
手の中にあるグレーのそれで、チョウはジェーンの苺の汁で濡れた腿を拭きとり、親切めかして、尻の谷間まで拭っていく。
「ほら、ジェーン、真っ赤だ。もう、こんなの履けないだろう」
赤い汁のついた下着をチョウは見せる。
手の中に、隠していた尻の窄まりは口を開け、赤い苺の先端を露出していたというのに、それもついでに奥へと押しやられ、ジェーンは、入り口に感じている違和感に呻いている。
そんなジェーンにチョウは、ズボンを差し出す。
「どうする? 俺は、どっちでも構わない」
「……君の前で、出せって?」
ジェーンは、きつくチョウを睨んだ。
「僕が、やったことは、そんなことまでさせられるようなことだった?」
入り口付近に感じる違和感は、排泄欲を刺激し、ジェーンは、背筋を冷たくぞくぞくと震えさせている。
今すぐにでも、息んでしまいたくなるのを耐えるために、何度も浅く息を吐く。
だが、
「そんなことをしろなんて、一言も言ってない」
げんなりしたように顔を顰めたチョウは、唇を震えさせるジェーンを見下ろすと、ズボンをジェーンへと投げ捨て、簡単に背を向けてしまった。個室の扉を開けて、あっけなく出て行ってしまう。
一人残されたジェーンは、茫然とした。
取り残されるとは、全く思っていなかったのだ。
苺を尻から取り出すという恥ずかしくて、腹立たしい真似を、絶対にチョウの前でして見せなければならないと思っていたのに、そんなことには、チョウは興味がないという。
これでは、まるで、ただ、罰せられただけのようで、チョウの中での自分の価値の低さに腹が冷えるような思いをすると同時に、こんなに馬鹿にされる謂われはないと、ジェーンの中では怒りが込み上げた。
どこまで通用するのか、わからないものの、とりあえず、ボスコに一手を打っただけだ。
チョウの視線のない個室の中で、腸内へと押し込められた苺を息み、産み落としたジェーンは、下着をつけないままズボンに足を通すと、荒々しくフロアーに戻った。
帰り支度を終えたチョウは、席を立とうとしているところだった。
「……チョウ!」
チョウは、怒りを隠さないジェーンに一瞥をくれただけだった。一応足は止めたものの、何か用なのかと、ただ、待つだけだ。
その、そっけなくも、簡単に自分を切り捨てた態度が、ジェーンには衝撃だった。
怒りの濃度は自分の方が高いはずだと思っていたのに、距離を置いたチョウの態度に、気持ちがみるみる萎え、背筋が冷えるのを感じた。
見つめ返してくるチョウの目を見ていれば、例え、ジェーンがそれほど察しのいい人間でなかったとしても、このままでは、見捨てられるとわかった。
そして、人よりも、ずっと察しのいいジェーンは、その理由さえも、想像がついた。
チョウは、ジェーンを大事に扱ってくれているのだ。
だが、そうして扱われる人間として最低限相応しい振る舞いを、チョウはジェーンに求めている。
そして、そう振る舞わなければ、チョウは、ジェーンを切り捨てる気だ。
それは、チョウにとって当然のことであり、妥協や、交渉の余地はない。
ジェーンは、息を飲んだ。
決断は、いますぐ求められていた。
開きたがらない口を、ジェーンは無理矢理開く。
「……チョウ、ごめん……。今度から、君を巻き込むときは、前もって相談する」
やっと、他人を見るようにジェーンを見ていたチョウの目が少し緩まった。
帰ると言っていた身体が、ジェーンへと向き直る。
だが、まだ黒い目の視線はきつい。
「お前がやりたいようにやる人間だっていうことはわかっている。だが、お前は勝手すぎる」
告げられたそれは、叱責だった。
「……そうだね……悪かったよ、……でもさ」
RJが他人の手にゆだねられるというのは、自分の驕りのために妻子を失ったジェーンにとって我慢のできることではなかった。だが、ジェーンが反論を始める前に、チョウが声を被せる。
「ジェーン、納得できるように説得しろ。腹に収まったら、なんでも手を貸してやる」
チョウの目がじっとジェーンを見つめていて、言い募りたくなるような苛立ちは、まだ腹に渦巻いていたが、ジェーンは、思わず、力なく笑っていた。
「……僕だったら、君のことなんて、なんなく言いくるめられるよ。……いいの?」
チョウは、ふんっと鼻を鳴らした。
「今日のような真似は、二度とするな」
その意味は、馬鹿にするな。
求められているのは、言いわけではなく、謝罪だ。
チョウの目に、さっきまでの険はもうない。
「うん……ごめん。……チョウ」
チョウのする要求は窮屈な束縛にも似て、ジェーンに息苦しさを感じさせたが、その一方で、確かに守られているという安堵を感じさせた。
こういう安心感は、ジェーンにとって初めてのことだ。
チョウは、無人のフロアーの電気を消していく。
ジェーンは、肩を並べたチョウに言った。
「……あのさ、僕、食べ物を使うのは、嫌いだよ」
チョウは軽く笑ったようだ。
「俺は、嫌いじゃない」
「趣味悪いね、チョウ」
END