おはようの時間

 

「おい、ジェーン」

「おはよう、チョウ」

眠っている肩を揺り動かすと、開けたカーテンから差し込んだ朝日でまぶしく照らされているベッドの上で、枕に半分顔を埋めたまま、ぱちりと青い目を開けたジェーンが、途端ににこりと甘く笑ってみせた。

この男は、普段からそれほど目覚めの悪い方ではないが、起こした途端にこれほど機嫌がいいのも珍しい。

休日とはいえ、習慣で、いつもと同じ時間に目が覚めてしまったチョウは、もうランニングを済ませ、シャワーを浴びた後だ。

ベッドの中のジェーンは、すっかり目の覚めた顔をしていたが、シーツを捲りあげながら、ベッドの端にいざり、チョウにここへ来てと、自分の隣に場所を開けた。

確かに、まだ、何をするにも早い時間だ。

何度も、ねぇ、ここに来てよと、ねだるジェーンの声は、猫が喉を鳴らしている時の雰囲気にも似て、リラックスしきり、ずいぶんと上機嫌だ。

洗濯機はもう回っていて、ジェーンさえ腹が空いていないのであれば、しばらくチョウにもすることはない。

声に誘われて、ぎしりとベッドを軋ませ、隣に横になれば、ふわりとジェーンの頭が肩に乗った。チョウの腹の上へと腕を回してぴたりと身体を寄せてくると、軽く足も絡ませてくる。そして満足そうに大きく息を吸いながら、一番ぴったりする位置を見つけ出そうと、もぞもぞと動く。

位置が決まると、チョウの顎に鼻を摺り寄せてきた。

「トーストを食べたね?」

目を瞑ったままジェーンが言う。

「少し焦がした? こないだ僕が持ってきたバターはどうだった?」

しゃべりながらも、少しだけ、顔の角度を上げて、唇が、顎に押し当てられる。それは、何度も繰り返される。

起きたばかりのはずなのに、相変わらず、よく回る口だと思いながら、チョウが黙っていると、ジェーンはそのまま唇を滑らせ、せっかくベストの位置へと落ち着いていた頭を動かし、首筋へもキスしだそうとして、それは慌てて、チョウが遮った。

「ジェーン、首はやめろ。隠れないから困る」

チョウの肩や胸には、ジェーンが付けた跡がいくつも残っている。ジェーンが跡まで残すのがいつもというわけでないが、昨日のように勃ってないジェーンと、抱きあった翌朝など、大抵、チョウは鏡を見るなり、げんなりさせられる破目になる。今朝もさせられたばかりだ。

ジム仲間になど、おかげで、チョウの彼女は激しいと、ありがたい誤解を受けて、羨ましがられている。

最近わかってきたことだが、ジェーンは、出して、さっさとすっきりするセックスより、互いに触りあって長く愛撫しあうような面倒なのが、好きなのだ。

それが、ジェーンの性器の勃起の不具合と関係があるのかどうか、前のことをジェーンはなかなか口にしないせいで、チョウにはわからないが、ベッドに入った最初はしおらしくチョウにリードを任せてくるが、自分のペニスが思うように勃起しないことがはっきりすれば、途端に、ジェーンは積極的になった。

チョウの身体に、唇を使って好きなようにキスしだし、そうするのを、結構、楽しげにしている。その上、射精という終わりがないせいで、興奮を引き摺るのか、機嫌の良さは、翌朝まで続く。

多少強引に、チョウがジェーンを頷かせ、アナルを攻めて、勃起させ射精で終わるセックスをした時よりも、遥に、翌日の機嫌がいい。接触が多いのだ。言い方は悪いが、べたべたといつまでも、チョウと離れたがらなかった。

今も、頭を押さえつけて、チョウが首へのキスを拒んでいるというのに、酷いなぁと文句を言いながらも、決して機嫌は悪くならず、代わりに、チョウの腕へと唇を寄せてくる。

腕の内側を手首から順に上へと上腕の辺りまでキスで辿られ、金髪のするその行為の甘ったるさに、チョウはため息がでそうだ。

だが、ため息をつくにも、ジェーンの顔がやわらかすぎて、ただ、チョウの目尻は困ったように下がるだけだ。

「跡、つけないなら、いいんだね?」

朝っぱらから、どうして、そういう気分になれるのか、チョウの手を捕まえたままのジェーンは、指を一本一本口に含みだす。

同じことを、前に、抱きあっている最中のジェーンにしてやったら、それだけで、ジェーンは全身の肌を真っ赤にして身悶えていたが、残念ながら、チョウは、擽ったいだけだった。

見つめてくるジェーンの青い目は、劇的な何かを求めていたようだが、期待には添えず、仕方がないので、チョウは、代わりに、口に含まれた指で、ジェーンの舌を押え付けるようにしながら、ざらりとした舌の表面を奥へと辿ってやった。

好きなように口内でしゃぶっていた指から、不意に強引な愛撫をされたジェーンの舌は、驚いて逃げたそうにしたが、ゆっくりと撫で返した指で、もう一度奥までを辿り直すと、その刺激が心地よかったようで、もっとしてというように、ジェーン本人が、口を明け渡し、差し出してきた。

チョウの爪の先に吸いつきながら、青い目が期待に潤んでねだる。

ちろちろと動く舌の感触が、チョウを刺激した。

ジェーンが、さっきのを、またして欲しがっているのを承知で、だが、チョウは、その口から、濡らされた指を引き抜いてしまうと、ジェーンの口が閉じてしまうより先に、口付けで、唇を覆ってしまう。

濡れたジェーンの口内に舌を差し込み、ジェーンの舌を捕えると、からめ合った。

唇が、ほんの僅かに離れた隙に、ジェーンが笑う。

「朝に、こんなキスを、チョウがするのは珍しいね」

笑い声の音は、やはり、猫が喉元で音を鳴らすような機嫌のよさだ。笑みのカーブを描いている唇を、また捕えて塞ぎ、逃げないように舌も絡め、キスをやめないチョウは、ジェーンに笑みで目尻に皺を刻ませる。

ジェーンの指がチョウの短い髪を優しく梳く。

「今日が休みで、機嫌がいいんだね、チョウ」

それもあったが、それだけじゃないのにも、少しだけ、チョウは気付いている。

ジェーンが寛いだ顔で、幸せそうに笑っていると、自分も気分がいいのだ。

だから、こんな朝には、何度も、何度も、唇だけを触れ合わせるジェーン好みの甘くて、じれったいキスにだって付きあってやっていてもいい気になる。

 

しかし、せっかくチョウが付きあってもいいと思っているのに、ジェーンの腹は、現状に不服だと訴えた。

キスする金髪の腹が、大きく、ぐうっと音が鳴る。

だが、そのムードのない音を無視して、チョウは、まだキスを続けようとした。

しかし、その手の中から逃れ、ジェーンが歯を見せて笑う。

まさに笑み崩れると言った顔で目尻に深く皺を刻んで笑うと、照れ臭いのか両手でチョウの顔をぎゅっと挟み、ちゅっと音のするキスを短くしてきた。

そして、がばりと起き上がってしまう。

「朝ごはんにしようか!」

チョウは、さっきのジェーンのように、シーツを捲り、ベッドの場所を開けると、指先でジェーンを呼んだ。

「なぁ、ここに戻って来い。ジェーン」

たが、ジェーンは珍しいものを見たと言わんばかりの目付きで、チョウを見下ろしてきた。

そして、にこりと笑うと、とんでもない断り文句を言ってきた。

「今すぐ、トイレに行きたいから、ダメ」

 

切羽詰まった生理的な欲求に抗えない気持ちはわかる。

だが、欠片も夢のない断り文句を口にしながら、トイレから戻れば、起き出したチョウに、また纏わりつく。

一人で食べるのは嫌だと、チョウも食卓に付かせ、金髪は、食べさせろとほざいている。

「ほら、チョウ、アーン」

大きく口を開けたまま、『早く』と、『アーン』とをしつこく繰り返し続けるジェーンに、チョウはとうとう根負けした。

ハムを口元まで持って行ってやれば、パクンと齧りついたジェーンは、また、喉もとでごろごろと喉を鳴らす猫のように、目を細め、機嫌良く笑った。

 

 

END

 

誰得、私得的な、ただの休日風景です(笑)