かたくなる、ところ

 

短い髪をタオルでごしごしと擦りながら、シャワーから戻ったチョウを、ベッドの上で、ジェーンが待っていた。きっと疲れ果てた彼は寝ているものだと思い、金の巻き毛を持つ彼が、金の睫毛を閉じている寝顔を見てやろうと思っていたチョウは、意外な思いをさせられた。

「寝てなかったのか?」

「うん」

口元から、ジェーンの笑顔が広がっていく。

「僕も、シャワーが浴びたかったし、それに、ちょっと試したいことがあって」

シーツの中で身を起こしているジェーンは、チョウに向かって手を伸ばした。チョウは身を屈めた。

キスを求められているのかと、チョウは思ったのだ。そういった後戯に時間を費やすことは、甘い雰囲気を纏ったジェーンのやりそうなことで、チョウは、終わるなりベッドを降りて、さっさとシャワーを浴びに行った自分のことを言外に責めているのかとも思った。近付いたチョウの唇に、ジェーンが唇を合わせてくる。サービスのつもりで、チョウは、精一杯、甘いキスをした。ちゅっと音を立てて唇は重なる。だが、これで、気がすんだかどうか、確かめようと顔を見れば、少し不思議そうにしながら、ジェーンは笑っている。

「チョウって、こういうことするタイプなのかい? 意外だね」

にやつかれて、チョウは、思わずむっとした。

「お前がしたがってるのかと思ったんだ」

「なるほど」

含み笑いで、ジェーンは肩を竦める。

「でも、違うんだ。僕がしたかったのは、これ。自分に、これができるかな?って思って」

シーツに手を付き、ベッドの端まで動くと、すぐ側まで近づいていたチョウの太い腰から、ジェーンはたった一枚巻かれていただけのタオルをするりと剥ぎ取ってしまう。一人暮らしの部屋の中では、シャワーの前後に全裸でいることもままあることで、部屋の明かりに股間を煌々と照らされようと、いまさら、恥ずかしいとは、チョウも思いはしないが、人の股間をまじまじと見つめているジェーンは、一体、何がしたいんだとは思う。今日も勃たなくて、チョウの勃起を受け入れる方法を選んだジェーンは、慣れないアナルセックスに、やはり苦しみ、よくなれるまでに、かなりの時間を必要として、最後にチョウが抜いた時、ほっとして息を吐いていたはずだ。

俯いているペニスを掴み、ジェーンは、ベッドの上からチョウを見上げる。

「舐めていい?」

チョウは、眉をひそめた。

「できるのか?」

「……うーん、できるといいなぁって思ってるんだよ」

ジェーンがチョウの股間に顔を寄せ、怖々といった感じで、くんくんと鼻を蠢かす。

「失礼だな。洗ってきたばかりだぞ」

見上げてきた目は、意外にもかなりかわいらしく見えて、むっと顰めようとしていたチョウの口元は苦笑の形になってしまった。

「うん。石鹸の匂いだ」

ジェーンはもっと顔を近づけ、おっかなびっくりといった態で、柔らかいペニスに頬を摺り寄せる。自分の覚悟を計っているのか、大事にモノは扱っているものの、ジェーンの態度には、まるで色気はなく、頬擦りされながら、チョウは、どんな顔をしているのが適当なのか、全くわからない。覚悟が決まったのか、ジェーンは、目を瞑ると、ペニスのまるい先端に顔を近づけ、唇を押し当てた。

「キスしたよ」

青い目がチョウを見上げる。

「だな」

どうして、ジェーンが、そんなことを思い立ってしたくなったのかわからなかったが、褒めて欲しそうな金髪の顔を見ていると、チョウの手は頬へと伸びた。手の平で包み込むように、肌質のやわらかな頬を撫で、そのまま、顎の下も擽ってやる。チョウのペニスを握ったまま、目を細めて、目尻に皺を寄せながら、愛撫を心地よさそうにしていたジェーンは、ゆっくりと目を開け、微笑むと、薄い唇を開けて、チョウのものへと口を近づけていった。

尖端に息がかかり、濡れてあたたかな口内に、チョウのペニスは迎え入れられる。

初めて味わったジェーンの口内は、熱く濡れそぼち、やわらかな肉の塊である舌がチョウのペニスの下で、落ちつかなげに動いていた。頬を窄め、ジェーンが顔を前後させ始める。

唇を窄め、ペニスを締めつけることも思いつかない、巧みとは言い難いフェラチオだったが、長い睫毛を伏せたまま、大きく口を開けて、ペニスに吸いついているジェーンの顔にはちょっとそそられるものがあった。特徴的な目の形が、人がジェーンに魅了されてしまう原因だとしても、この年上の男は、酷く整った顔立ちをしていた。隙がなく、いっそ冷たいと言ってしまってもいい美しい出来栄えだ。

やっと、舌が動き出した。

亀頭を包み込むようにしながら、自分のペニスを舐める金髪のコンサルタントに、チョウは、ちょっとした感動を覚えた。

まだ、チョウのペニスは、ほとんど勃っていないが、口の中を締める重量が息苦しいのか、息を吸い込むジェーンの形のいい鼻が、はんっとまるで喘ぐような音を立てている。

「なかなか、思い切りがいいじゃないか、ジェーン」

チョウが見下ろすと、下腹部の陰毛の中に鼻を埋めて舌を動かしていたジェーンが、金色の睫毛の間からチョウを見上げた。ペニスを口から出してしまう。

「少し大きくなったよね。気持ちいい、チョウ?」

「そりゃ、咥えられればいいだろ」

「どうするのが、いいのかな?」

ペニスに絡めた指でゆっくりと扱きながら、ジェーンは困惑するように、眉を寄せた。

「思ってたよりは、全然、抵抗感はないんだけどさ……」

「どうって、適当に舐めればいいんじゃないか?」

「適当って、どういう風に?……こう、とか?」

手でペニスを握ったまま、ジェーンの舌が、べろりとソフトクリームでも舐め取るように、チョウのペニスの先端を舐めていく。

「まぁ、悪くない」

言ってから、ベッドに横に突っ立って、自分は何の感想を真剣に口にしているのだと、チョウの眉間にはむっと皺が寄った。それを見たジェーンが吹き出す。

「本当だよね。いい年して、僕ら、何をしてるんだろう」

「やりたいって言ったのは、あんただろ」

「うん。やりたいんだけど、そうだよね、チョウ、君がここに座りなよ。僕、どうしたって、下手だから、せめて視覚的効果を狙うことにする」

何かの企みを匂わせる顔で笑いながら、ジェーンは、チョウにベッドの端へと腰掛けさせると、自分は床へと膝をついた。

色気たっぷりに見上げた後、チョウの足の甲へと額づき口づける。薄い唇は、足首に触れ、そのまま上を目指してくる。

曲げた膝には、沢山のキスが降った。

柔らかな両手は、力を入れずに何度もチョウの足を撫で上げ、チョウはまるで強くジェーンに求められ、承諾を請われているかのような、落ち着かない気分だ。

腿へとさしかかったキスは、膝下にしていた時より、もっと時間が掛けられる。

ごくたまに、こうして攻めてくる女もいたが、勿体ぶって事に至るのは性に合わず、チョウは、単純にアレを舐めてくれていた方が、ずっとよかった。

だが、ジェーンも男なんだから、こんな時の自分のやり方にケチを付けられるのは腹が立つだろうと、チョウは口を噤んでいる。元々、セックスの最中だって、ジェーンは、口を遣って、チョウの身体を愛撫するのが好きだ。チョウの肩や胸には時々、跡が残ることもあるほどだ。

「ねぇ、気持ちいい?」

内腿に唇を這わせたまま、ジェーンが聞く。正直にいえば、擽ったい。

「まぁ……」

「チョウは、表情が出にくいから、何がいいのか、わかりにくくて難しいな……」

「じゃぁ、言うが、咥えろ」

それが一番いいと言うと、ジェーンは、顔をにやつかせた。

「ちょっと、わかってきたんだけど、やってる最中のチョウって、命令口調が多いんだよ」

だからさ、床にいる僕を見降ろしてるこの態勢なんて、結構、興奮するはずだよ。

ジェーンは言うと、チョウの命令通り、素直にペニスを口の中へと咥え込んだ。

鼻を鳴らしながら、様々に舌を這わせ始める。

足を愛撫しながら、いいフェラの方法を考えていたのか、無理をすることをやめて、ペニスの先端のみをしつこく口の中で遊ばせる。

ねとりと口の中に溜めた唾液で、亀頭を包み込み、鈴口の下のくびれを舌先が這う。

代わりにやわらかな両手が、竿の根元にきゅっと絡みつき、口に咥えたものまでの間を隙間なく埋めた。

根元の裏側を指先で軽く押すようにしながら、左手は幹を扱いている。

急激に硬くなったもの先端を、舐める舌は、肉厚で、貪欲に頬張ったものから離れようとしなかった。

「チョウのいいやり方なんて、わからないし、僕の好きなやり方でしていいよね?」

鈴口に舌先が張り込み、ぐりぐりと中を抉ろうとする。シーツの上から、重く精液を溜めたボールが持ち上げられ、やわやわと手の中で揉み込まれた。

大きなものを含んだジェーンの口から零れ出す唾液が、扱かれる硬い幹を濡らして、動きを滑らかにし、扱く手の感触を更に気持ち良くする。

「……今度、そっくりそのまま、やり返せって、ことか?」

ジェーンの好みが、そのまま、チョウの好きなやり方というわけではなかったが、この年上の男が形ばかりじゃなくいい頭を使うと、事態には劇的な変化が起こるというのは、よくある事象だ。チョウのペニスは、すっかり硬い。

「チョウ、僕の、舐めてくれるの?」

とても意外そうに、ジェーンが目を上げる。

「しなくていいなら、しない」

チョウは、積極的には歓迎していないという態度ははっきりみせた。口の周りを汚したまま、ジェーンは破顔する。

「……して欲しい、気は、するんだけど」

唾液だけではなさそうなトロミで先端を濡らすペニスを、ぺろりと舐めながら、ジェーンは、自分の股間に手を伸ばした。

「実は、これが勃たない時でも、チョウとセックスできる方法を考えている最中で」

一度出した後だからという理由もあるだろうが、裸で人の性器を舐めているという行為の最中であるのに、ジェーンのものには、興奮の兆しはない。

「アナルセックスも、悪くないんだけど、そればっかりだと結構身体がきついから、チョウを興奮させて、うまく操って、僕の身体を触らせる方法をみつけたくてね」

なるほど、それが、このいきなりなフェラチオなわけかと、チョウは納得した。損得抜きの感情が、世の中にあるとは思いもしないジェーンの感覚に、いっそ感心しながら、借り貸しのない状態でないと、安心できないコンサルタントのために、チョウはジェーンの金髪を見降ろした。

「じゃぁ、とりあえず、勃ってなくても、それを扱け。俺のを舐めながら、あんたが自分のを弄ってオナってるのは、悪くない」

チョウは低い声を出した。

ジェーンは、驚いたというように、顔全体で笑った。

「エッチなんだ。チョウは」

ジェーンは、雰囲気を和らげようとしている。だが、チョウは表情を変えなかった。

「さっさと、やれ」

「そういうのが好きなの?」

チョウが再び命じると、不思議そうにしながらも、股間にあったジェーンの手が、芯もなく、やわらかなペニスを、ゆるゆると扱きだす。

「ほら、口もだ。さっさと、もう一度、咥えろよ」

やはり、ためらいをみせ、見上げてきたが、腹につくほど勃っているものも、金の睫毛を伏せたジェーンの口の中に飲み込まれた。男の硬いペニスをフェラチオしながら、命じられたままに、ジェーンは、自分の柔らかいものを弄り、オナニーする。

ジェーンの肌が、屈辱になのか、興奮になのか、赤い色に染まっていく。

さらに、チョウは、追い打ちをかけた。

「俺のが舐められて嬉しいって言えるな、ジェーン?」

チョウは、太いものに吸いつくジェーンの薄い唇から目を離さなかった。

「……チョウのが、舐められて嬉しいよ」

さすがに平坦な口調だったが、最低なことを言うために、形のいい唇が動く。時々、舌がそこから顔を出し、口の中で膨れ上がった亀頭の先端だけでなく、幹の方へも伸ばされる。

手は、下生えのなかで項垂れているやわらかなペニスを、揉み込んでいる。

チョウは、両手をジェーンの方へと伸ばした。耳を覆うようにして頭を捕まえる。

「唇に力をいれてろ」

ジェーンは、喉の奥につかえる亀頭の先端に、吐きそうになった。

チョウが頭を掴んだまま、腰を振っている。

えずくような衝動は、何度も起こり、ジェーンの背中は震えた。傍若無人に口の中を荒らしていくものは、ただでさえ大きくて、持て余していたというのに、今では、ただの凶器だ。

肉塊に刻まれた深い段差が、上顎を擽るのが気持ちいいかもしれないなんていう、ささやかな感想も、この暴虐で一気にふっとんだ。チョウのペニスが持っている巨大な張り出しは、ジェーンが吐き出すことを封じるための、大きすぎるストッパーに過ぎない。

閉じられない口に無理矢理ペニスが突っ込まれ、だらだらと涎が口の端から伝っていく。苦しさのあまり、目の端からも今にも涙が伝いそうだ。

ジェーンは、舌を乱暴に擦っていくものから溢れだした、おいしくもない味のねばついた液体が、口内に広がっていく感触に耐える。

いきなり怒鳴られた。

「何してる。抵抗しろ。ジェーン!」

ジェーンは、驚きに目を見開いた。

恐い顔をしてチョウが見降ろしている。

「俺が知ってるあんたは、こんな自尊心のない男じゃないぞ」

いっそ、噛み切ってやろうかと思ったものを、ジェーンは口から吐き出した。無意識に強く手で掴む。

「僕は、これに……!」

言いかけた言葉は、ぎゅっと握ったものの先から、いきなり、勢いよく吹き出した白濁に遮られた。それは、ジェーンの顔、目がけて飛び出している。そして、勿論、ジェーンの顔をべっとりと汚した。

あっというように、チョウが自分の口元を押えた。

汚れた顔でジェーンは茫然と、チョウを見上げた。顔を伝い、ねとりとした精液が顎から床へと滴っていく。

取り返しのつかない失態に顔色を変えているチョウを見ていると、あれほど腹が立っていたのに、思わず、ジェーンは笑えてきた。堪えようと思っても、さざなみのように腹筋が震える。

「何に、そんなに興奮したの? チョウ、やっぱり、君は支配的なセックスが好きなんじゃないのかい?」

とりあえず、睫毛についた精液の粘つきを手で擦り取る。

「男なら、普通だろ」

チョウは憮然とした顔だ。

「普通かな? そうかな? 僕はそれほど、興味がないけど」

にやりと笑ってやると、チョウが大きく舌打ちをした。ベッドの上に投げ捨てられていたタオルで、余裕なくごしごしとジェーンの顔を拭いだす。

「痛い。痛いって、チョウ!」

ジェーンは顔を振って嫌がった。

「……悪かった。ジェーン」

チョウは、せっかくジェーンに自分を大事にしろと説教するつもりが、顔射してしまうなんて最悪過ぎて、消え入りたい気分だ。

「いいよ。僕がスペシャルテクニシャンってことだろ、ね、チョウ?」

にこやかなコンサルタントの笑顔がまた、腹立たしい。

「あんたはテクは全然だが、泣く寸前の顔がエロいんだ」

指を突きつけて、チョウは、ジェーンに自覚させた。

「テクは、全然だ。わかったか。テクは、全くない」

「だけど、……チョウは、僕の顔に」

「黙ってろ!」

ジェーンは不服そうにしながら、タオルで顔を拭きだした。耳の下に拭き残しがあって、チョウは指差した。

指先で拭って、べろりとジェーンはそれを舐める。

「……まずい……すごく、まずいね、これ」

げっそりと顔を顰めるジェーンに、もう、憮然とするしかないチョウだ。

 

「僕、シャワー浴びてくるね。貸りるね、チョウ」

チョウが頷く暇もなく、すたすたとジェーンは行ってしまう。

「ねぇ、タオル、向こうにあるんだよね?」

「ある」

「ふーん。あ、そうだ。僕がさっき、言いかけてたのは、僕に気持ちいい思いをさせてくれる君のペニスに恩返しがしたかったってことなんたよ。僕がフェラしようと思いついたのは、殆どは君を操る方法を手に入れたいって気持ちなんだけど、そのほかって言えば感謝の気持ちからであって、自己評価の低さから、卑屈になるあまり、せめて、君に奉仕しようって思いついたってわけじゃないんだよ」

浴室に繋がるドアから顔を出し、からかうようにジェーンは、チョウに手を振っている。

裸でべらべらしゃべり続けるなと思いながら、ついでに、チョウは、人のことを操ろうとする食えないコンサルタントを心配した自分を馬鹿だと深く反省し、それから、今の時代に恩返しだなんて、お前はどこの童話世界の動物だとチョウは、ジェーンに呆れた。

それにしても、今日のことなんて、チョウは早いと一生言われそうな気さえする。

まだ、にこにことジェーンは、ドアから覗いて笑っている。

「でも、心配してくれて、ありがとう、なんだけどさ、チョウ」

 

敵わないと、チョウは、思った。

 

END