ジョークとか、罰とか、チョコバーとか

 

頭のいい人間にありがちな態度だが、人受けのする笑顔で、地元警察の連中にだって好感を持たせることだって得意なくせに、ジェーンは、一度で説明の意味が飲み込めない人間に対して、かなりの頻度で、苛立つきを隠そうともしなかった。

今も、人垣の中で、これからの方針について、ホワイトボードを前に、わかりやすく話したというのに、その説明がわからなかったのか、わかりたくなかったのか、地元の警官たちが、顔に不満を浮かべ、ざわめき出すと、目元の形は変わらないというのに、ジェーンの口元の笑みが深くした。これは何か言い出すなと、地元に配慮し、一歩下がった位置にいたチョウは、面白がって腕を組み直した。

やはりだ。

「全く! これは、お得意のペットの救出とは違うんだよ。バラバラにされた死体が出てきてるんだ。ここの警察の半分は、どうにもならない馬鹿だね」

「ジェーン!」

ペンをボードへと投げ捨てたコンサルタントに対し、途端に、前列からリズボンのするどい叱責が飛ぶ。女性の声だというのに、大きな声のその威厳は、蜂の巣をつついたように文句を口々に文句を言いたて出した地元警察の警官たちの声さえ、一瞬小さくした。

リズボンは、ジェーンの立つボードの前にずかずかと近づき、周りを囲む男たちの目など物ともせず、ジェーンを叱責する。

「ジェーン、何て事を言うの。今の言葉を取り消しなさい。私たちの捜査は、ここの方達の協力なしには解決なんてできないわ」

上手い具合に相手を立てつつ、自分たちに捜査の主導権があることもはっきりと匂わせるリズボンのバランス感覚の良さは、チョウに、このボスの下へと付けた幸運を感謝させたくなる一瞬だ。

そうでなくても、気の強いリズボンは、一度掴んだ手綱を、絶対に離しはしない。

そのためだったら、皆の見ている前であろうと、仲間である犯罪コンサルタントを、頭ごなしに叱りつけることも厭いはしない。

男の体面にまるで容赦しないリズボンの注意に対し、ジェーンが不服そうな表情を浮かべたのは、一瞬だった。しかし、不服そうな態度を取り続け、金髪は、後ろで腕を組むと、空々しく口を開く。

「失言でした。さっきの言葉を取り消します。ここの警察の半分は、どうにもならない馬鹿なんかじゃありません」

だったら、残りの半分は、やっぱり、どうにもならない馬鹿ってことじゃないかと、思わずチョウが、吹いてしまったのは、直後だった。勿論、地元警察の連中なんかがピンとくるよりも、早い時点だ。

せっかく収まるかと思われた場所で、堪えきれず笑ったことでコンサルタントの発言の内容を地元警察にも理解させたチョウの腹をドンっとリグスビーに肘で突く。咄嗟に、すみませんと、顔を顰めたが、リズボンの視線が冷たく突き刺さっている。

地元の警官たちが、また、声高に不満を言いたてる。

パンパンっと、大きくリズボンが手を打ち鳴らした。

「申し訳ありません。うちの者たちには、後でしっかりと反省させます。けれども、今は面子よりも事件の捜査の方が重要なはずです。礼儀は知りませんが、このコンサルタントの関わった事件解決率は、州で一番です。彼の方針に従って捜査を進めます。各自、割り当てられた任務の遂行にただちに努めてください。報告は適時、必ず直属の上司まで。情報の集約は、うちのヴァンペルト捜査官がし、展開がありましたら、新たな指示は私から出します。では、解散。各自、すぐに行動に移って下さい」

ざわめきは収まらなかったが、田舎町では滅多にない殺人事件という重大な犯罪が起きている以上、地元のためにも果たさなければならない責務が目の前に示されれば、警官なら動き出す。

チョウも、リグスビーと一緒に、さっそく聞き込みに出ようとしたが、リズボンに指を突きつけられ、足を止めた。

ジェーンだけでも手を焼いているというのに、ボスは、チョウのミスに、相当お怒りだ。

「わかってるわね。これ以上のミスは、決して許さないわよ。それから、ジェーンと一緒に後で、罰も受けてもらうから」

 

その日の昼間にあった進展といえば、まだ見つかっていなかった左足部分が、警察犬の活躍により、脇道のゴミ袋の中から見つかったことだけだった。誰がなぜ、ごく普通の家庭の老婦人を殺害したのか、糸口すら、まだ掴めず、現場は、重苦しい雰囲気に包まれている。

リズボンたちは、婦人が属していた教区のボランティアたちの集まりに顔を出し、情報の収集はもとより、そこで、提供される夕食を一緒に食べて地元との繋がりを強くしてくるということだったが、地元からの反感を買っているチョウと、ジェーンは、ホテルへの居残りを命じられていた。

昼間のミスの罰で、皆が夕食を持ち帰ってくれるまで、食事は抜きの刑だ。

捜査上の用がない限り、自室に籠って反省していることも課せられていたが、リズボンたちが出掛けて、30分もしないうちに、チョウの部屋のドアは開けられた。

テレビで地元のニュースを聞き流しながら、持ちかえった捜査資料を地図とともにベッドの上へと広げていたチョウは、ノックだけで、返事も聞かずに入って来た人物の顔を見上げて、やはりなと思う。

「お腹すいたよ、チョウ。もう、こうなったのは、君があの時笑ったせいだからね」

人の部屋にずかずかと入り込むなり文句を言ったジェーンは、何か食べるものがないか、部屋に備え付けられている冷蔵庫を開けている。

だが、入っているのはどこの部屋も同じ、酒のミニボトルだけだ。

盛大にがっかりしてみせる背中に、チョウは声をかけた。

「あれは、俺が笑ったせいというよりも、お前があんなことを言ったせいだ」

「違うね、チョウ。君が笑わなきゃ、なんか変だと思いながらも、きっとあのまま捜査が再開されてたよ。そしたら、今頃、僕らも夕食だったのに」

ベッドに広げた資料の脇には、チョウが封を切ったガムの包みが置いてあり、目ざとくそれを見つけたジェーンは、ベッドの上に乗ってきた。勝手に捜査資料を積み重ね、自分の場所を作ると、りんご味のそれを口の中に放り込みながら、こんなんじゃ、お腹が膨れないと、文句を言っている。

「でも、このガム、おいしいね。で、誰のお勧め?」

「……ヴァンペルト」

チョウのチョイスではないと、見破ったコンサルタントは、しばらくガムをくちゃくちゃと噛んでいたが、チョウが広げた資料に目をやると、その中から地図だけを手にとって、また自分の好きな位置へと移動する。ジェーンは、チョウの背中に凭れかかるようにして、両手を伸ばすと大きく地図を広げだ。

「お腹、空いたなぁ……僕ね、この事件の犯人って、女性だと思うんだ」

つぶやくジェーンは何か気になることがあって、地図に見入っているようだが、遠慮なく背中へと掛けられた体重が重くて、抗議のために、チョウは大きく身体を揺さぶった。

しかし、ジェーンは退こうとしない。

「チョウ、やめようよ。いい感じに凭れられないだろ」

ますます体重をかけ、抵抗してくる。

おかげで、いつのまにかチョウは軽く前屈させられている状態だ。

邪魔だと、押し返して、ジェーンにも前屈させてやると、うぇっと呻いたくせに、金髪はすぐ笑いながら、押し返してきた。押し返すと、調子に乗って押し戻してくる。そして、更にもう一度押し戻されることを期待して、背中に力を入れているジェーンにチョウは呆れ、もう押し返すのをやめ、背中の体温を諦めて受け入れた。

「チョウ、もう、しないの?」

「しないが、退け。……なぁ、なんで女性なんだ? 死体をバラバラにしたからか?」

だが、勿論、ジェーンは退こうとしない。

「それもあるけど、死体の遺棄場所がさ、どれも、車から降りて、沢山歩いたりしないところなんだよ。だけど、車から投げ捨てたって場所でもないところ。そういう中途半端さがさ、非力な女性の精一杯さみたいな感じを感じさせて」

「被害者の周りにいる女性っていうと……」

資料を取るために、急にチョウが前へと身体を傾けると、安心しきって凭れていたジェーンは、ころりと背中から転げ落ちた。

「酷いなぁ」

酷いもなにも、人の背中に勝手に持たれているお前の方が悪いんだろうがと、チョウは無視し、資料を捲ったが、その無視をまた逆手にとって、しつこくジェーンは、チョウの背中へと凭れ直し、また地図に見入る。

「重い」

「ダイエットして欲しいの?」

「ただ退いて欲しいだけだ」

「だと、思った。チョウ、僕のボディライン、気に入ってるはずだし」

厚顔なジェーンの物言いは、関係者の資料を捲っていたチョウに顔を顰めさせる。ジェーンから見えていない鼻の上に皺を寄せたら、すかさず、でも、僕の腰のあたりが好きでやたらと触るのはチョウだよね?と、やられた。

お腹も撫でまわすし、その上、舐めるし、あれ、擽ったいんだけどと、ジェーンは続ける。

「お前の腹周りは、たくさん肉が付いてるから、触ると気持ちいいんだ」

「そうなんだ……あ、ねぇ、チョウ、この遺棄現場、ここに入る道、一方通行じゃなかった? だとしたら、先に、こっちで腕を捨ててから、ここに回って捨ててこっちに抜けた? 少なくとも、一回はこのルートを使って捨てたんじゃないかな?」

背中越しに見せてくる地図を、振り返って見つめたチョウは、ジェーンの示す、一般道ルートを危ぶみながらも、犯人が読み通り女性であれば、危険の多い谷沢沿いの道を使ったりはしないかもしれないと、自分の意見は飲み込んだ。

「だとしたら、出発点は町の北側だ。殺害場所も、北側のエリアの可能性が高いな」

「そうだね、僕はそう思うけど」

行方が分からなくなる前日までの、わかっているだけの被害者の行動エリアで、町の北側に関することと言えば、訪ねた息子の家がそっちの方角にある。

「ご家族との関係は良好?」

「俺の家なら、良好だ」

息子に関する情報が載る調書のコピーを手早く捲るチョウは、くすりと、背中でジェーンが笑うのを感じた。

「知ってるよ。チョウって、ちょっとマザコンだし。そうじゃなくって、地元の警官が、家族に聞き込みにいったんだよね?」

笑ったくせに、早くと、急かすジェーンは、チョウがその情報が載ったページを探すのを待っている。

「俺は、マザコンなんかじゃない」

「そうなんだ? じゃぁ、おばあさんかな? とにかく、チョウには、影響を与えている偉大な女性がいるでしょ?」

ジェーンの推測は当たっていた。

「……ばあさんだ……。あの人には、誰だって一生勝てない」

「そうなんだ。今度、ゆっくりその話も聞かせて欲しいけど、でも、そんな素敵な人なら一回、会わせて欲しいな。君の恋人としてさ、僕を紹介してよ」

ジェーンの軽口を、やっと走り書きのメモを見つけたチョウは無視した。

「ジェーン。息子夫婦は仲が不仲で、妻は同じ市内の実家に帰ってる。警官は会ってない」

「それは、明日、リズボンに訪ねて貰うべきだね」

 

一応の結論が出ると、地図を放りだしたジェーンは、また腹が空いたと言い出した。

「リズボン、遅いよね。もう、食べにでない? ねぇ、チョウ、ガム以外に何か持ってないの?」

食い意地の張ったコンサルタントは、くるりと振り返ると、勝手にチョウのポケットを漁りだす。

「ちょっ、お前、やめろよ!」

抱きつくようにして胸ポケットを調べると、すぐさま尻ポケットを撫でて、何もないのにがっかりした手は、今度は、前ポケットを探り出す。

「硬いのがあるけど、これは、違うし」

勝手に手を突っ込んでポケットの中を探り、アレを握り込むなり馬鹿を言うジェーンに、チョウはむっと眉を顰める。

「お前こそ、隠し持ってるだろう。人のを探って無かった時のために、用意があるはずだ。お前はそういう奴だ」

言うなりチョウは、ジェーンに組みついて、大きな尻を撫でた。やはりだ。尻ポケットの中が固い。

「チョウが僕のお尻を揉むのも好きなの知ってるけど、今は駄目だよ。いつ、リズボンたちが戻ってくるかわからないのに!」

そんな雰囲気が微塵もないことを感じているくせに、被害者ぶって制止すると、ジェーンは腰を、よじり尻を掴む手から逃げようとしていたが、チョウは、逃走する犯人にタックルをかけて、組み伏せることもあるのだ。軟弱なコンサルタントの抵抗など目じゃない。

更に、きつく尻肉を掴んで、ジェーンに悲鳴を上げさせた。

「痛いって、チョウ!」

「ジェーン、チョコバーだ」

尻ポケットからするりとチョコバーを取り上げ、さらに、ベッドの上にうつ伏せに這いずって逃げようとしているジェーンの上に馬乗りになる。

「それは、僕のだよ! チョウ、重いよ! チョコバーは、僕に分けて下さいってお願いするなら、半分わけてあげてもいいけど」

「俺が持ってるんだから、もう、俺のものだ。お前が頼むのなら、半分、分けてやろうか?」

目の前でチョコバーをひらひらさせ、服をくしゃくしゃにしたジェーンをからかおうとすると、こんな時ばかり、すばやく金髪は動き、チョコバーのパッケージに齧りついた。そのままぐっと歯で引き寄せ、チョウの手から奪い取ると、すばやく手で掴んで、投げ飛ばす。

思ってもみなかった抵抗を受けたチョウはベッドから飛び降りて、チョコバーを取ろうとした。

しかし、チョウが退く度と同時に、咄嗟にベッドから跳ね起きたジェーンが、チョウのベルトを掴んで、その動きを阻む。

腹にベルトが食い込んで、思わず、ぐえっと情けない呻きを上げたチョウを、必死の顔をしてベルトを掴んでいるくせに、ジェーンが笑う。

「あれは、僕のだよ!」

「もう、俺のだ」

暴れる大人二人分の体重に、ベッドは大きな軋みを上げている。

ジェーンがチョコバーを取りにベッドから飛び降りようとするのは、勿論、チョウが阻んだ。

力では勝てないとわかっているから、抱き込まれそうになったとジェーンは、チョウの脇を擽る作戦にでている。

逃げ惑う両手を捕まえるのは、なかなか難しく、脇を擽られた上、また空手になったチョウを、残念でしたとからかうようジェーンが笑う。

とうとうチョウは、馬乗りになり暴れる金髪を仕留めた。

髪をくちゃくちゃにしたまま、はぁはぁ、息を荒げながら、ジェーンが挑発的に笑う。

「どうしたの、チョウ? チョコバーより僕の方が魅力的でおいしそう?」

チョウは、わずかに笑い返してやった。

「かもな。試してみるか」

言うなり、体重を掛け、押さえつけていた腰の上に屈み込み、シャツの上から、やわらかなジェーンの腰に噛みついた。勿論、噛み切るほどの酷いことはしないが、たっぷりとした腰肉に歯を立て、唾液がシャツにしみ込んでも、まだ、離してやらない。

「痛いって! チョウ!!」

痛がってバタバタと足をばたつかせる身体に軽く歯型が残す程度まで噛み、ジェーンを離す。そして、慌てて噛まれたところを手で覆い隠している潤んだ目のジェーンを見下ろし、悠々とベッドから降りると、床に落ちたチョコバーを拾った。

見せつけるようにパッケージを切り、口に咥える。

「ジェーン、これで、昼間の件は、帳消しにしてやる」

 

だが、そこで唐突に部屋のドアが開いた。

ノックの後、返事を待たずにドアを開けるのは、せっかちなところのあるリズボンの悪い癖だ。

「チョウ、どうせ、ジェーンもこの部屋にいるんでしょ? 食事貰って来たから」

紙箱のランチボックスを二つ差し出すリズボンの目が、チョウが咥えたチョコバーを認めるなり、温度を下げた。

ついでに、ジェーンを見て、縺れた金髪と、ベッドの上の激しく乱れた様子に、その目はもっと温度を下げる。

「あら、坊やたちは、楽しく運動会でもしてたのかしら? 私は、大人しくしてなさいって言わなかった?」

ランチボックスは、押しつけるように手渡されたが、資料の散らかるベッドの上を確認済みのリズボンの目が、謹慎中の成果を要求している。

「息子の妻を、聴取した方がいいと……ジェーンが……」

報告のために、チョウは、慌てて口を開いた。

「なるほど、ジェーンがね。で、チョウ、あなたは?」

チョウがしていたことと言えば、ジェーンを噛んで、チョコバーを取り上げたことくらいだ。

ジェーンが地図を指差し、合図をくれたが、殺害現場や、遺棄ルートの推測も、ジェーンの気付いたことだと、チョウは潔く頭を下げる。

「すみませんでした。ボス」

「……いいわよ。どうせ、そのチョコバーは、ジェーンのでしょ? あなたが好んで買うとは思えない」

リズボンは、明日の朝、聴取が必要な理由をじっくり聞かせて頂戴と言うと、くるりとドアへと振り返った。

「ボーイズ。今晩の消灯は9時。それ以降は、テレビも禁止。明日は、地元警察のみなさんに、礼儀正しくしなさい。わかったわね。さぁ、あと、30分で消灯時間よ。ジェーンは、さっさと部屋に戻りなさい」

「イエス、ボス」と、答えたチョウに、リズボンに急き立てられ、部屋を出ようとするジェーンが耳打ちする。

「君のさ、その女性の命令を素直にききわける態度から、ママのことよっぽど愛してるのかなって思ってたんだけど」

「9時までの間、私語も厳禁にするわよ、ジェーン!」

チョウの手から一つランチボックスを取り上げ、まだジェーンはにこりと笑う。

「後で来てもいい?」

チョウは、もう涙も乾いた様子のジェーンと一緒にドアまでついて行った。そして、ドアを閉めながら言う。

「ダメだ」

ドアの向こうに、青い目が言葉を失っていることを知りながら、がちゃりと鍵をかけて、やっとチョウはほっとした。

 

下手をしたら、自分が食べた残り半分のチョコバーを、ジェーンに食べさせてやっているところを、リズボンに見られていたのかもしれないと思うと、どれだけ、ジェーンに気を許してしまっているのか、自分の危うさに、チョウは顔を覆ったまま、ため息を吐き出した。

 

 

END

 

書いてみたかったシーンの詰め合わせ、第二弾です。メンタリストで日常風景的な部分を妄想するのがかなり好きですv