初めての朝

 

「うわ。……やっぱり、やっちゃったよ」

目が覚めて、かすかな期待を込めつつ、寝がえりをうち薄め目で隣を見たジェーンは、自分の軽率な行いをたっぷりと悔やんだ。

妻と子供を亡くしたあの事件以来、性欲がかなり薄れたとはいえ、全くなくなったというわけではなく、同じ年頃の男に比べてしまえば微々たるものだろうが、それでも欲求は、日にちがたてばジェーンの中で溜まっていった。ジェーンは、それを、自覚すれば、自分で処理していたが、つい今回は、忙しさと、煩わしさで、なんとなく放置してしまったのだ。そして、その日の朝は、ああ、今日帰ったら、必ずオナニーしようと心の中で決めるほど、自分が欲求不満に陥っていると自覚した。

危ないなと思っていたのだ。

 

「リグスビーってさ、意外と頼りになるよね」

「意外ってなんだよ」

早く帰りたいと思っている日に限って、飲むというチームに付き合ううちに、自分が飲み過ぎている気はしていた。いや、やくたいもない理性の衣など早く脱ぎすてようと、自分から飲みに行っていた。自覚はあった。だが、欲求の方が強かった。

そして、アルコールが入ってもよく回る頭は、一番簡単に手玉に取れそうなリグスビーを、着々と罠に嵌めていた。

みんなの前での、大胆な賛辞。

「今日の逮捕の時なんて、相手は銃を持ってたのに、すごく勇敢だったよ。ね、みんなもそう思うよね?」

「やめろよ。恥ずかしい」

褒められるのが嫌いじゃないリグスビーは、正体を掴みかねているものの、チームの成績を抜群に引きあげたコンサルタントの褒め言葉に、しかも、チームの面々を前にしての褒め言葉に照れ臭そうに頭をかいていた。

そうして、ガードを緩めさせておいて、偶然を装った席がえでの接近と、接触。

「あ、ここ詰めるね。へぇ、やぁ、隣で飲むのは、初めてかな、リグスビー」

「おい、ジェーン、お前、酔ってるだろ。ちゃんと座れよ。それじゃ、椅子から落ちるぞ」

「あれ? そう?」

「もう、ほら、しっかり座れって、面倒な奴だなぁ」

興味を持たせたら、最後は定番攻撃だ。

「みんな、帰っちゃったね」

「お前が、みんなを先に車に乗せるからだろ」

「だって、レディーファースト」

「ほら、転ぶ!」

定番中の定番をやってみせるだけ面の皮さえ厚ければ、恋愛はスリルが楽しいなんて言うことができるような恵まれた男でもない、普通の男は、わかりやすくチャンスの合図を送る相手に安心して手を伸ばすものなのだ。

足が縺れたふりで、胸の中に飛び込み、抱きしめてくる腕の力の強さを確認しながら、嬉しそうに顔を上げて笑み崩れ、ありがとうと告げた。さらに、ジェーンは、甘えるようにリグスビーの首へと頬を擦りつけてみた。勿論、リグスビーの鼓動が速くなったのにはにんまりした。

そして、相乗りしたタクシーの中では、人目を気にするリグスビーに恥をかかせず、そっけないほど、きちんと距離を置いて座り、だが、彼のアパートメントの前で、気分が悪いから、水を一杯だけ飲ませて欲しいと一瞬だけはっきりと上目づかいで彼に頼んだ。

部屋のドアが開いた後は、あと一歩の勇気のでないリグスビーの背中を押した。

自分から背の高い彼の首に腕を回してキスを仕掛けた。

「俺は、あんたになんか興味は……!」

触れ合った唇の柔らかさに、リグスビーが慄いていた。

「ああ、そうだよ、リグスビーは、僕になんて興味なんてないさ。たまたま、今日は魔が差しただけ。緊張しなくていいよ。リグスビーは、なんにも悪くないんだから」

「ジェーン……」

体格差もあり、鍛えてもいないコンサルタントを付き飛ばしでもしたら大変なことになるんじゃないかと、戸惑う顔でキスを受け入れるリグスビーがかわいらしく思えた。

そうなのだ。酔っていて記憶がないとしらばくれたいが、今だって、二日酔いで、多少頭が痛いだけで、残念ながら、ジェーンは全部覚えている。

酒の力を借りて箍を緩めたのも自分なら、途中、何度も怖気づいたリグスビーを優しく励まし、何度もキスしてその気にさせ、勃ったペニスを触り合い、擦りつけ合った。

「ジェーン、あんたが、こんなに色っぽいなんて……俺」

「そう? うれしいな」

リグスビーに、100回も自分からキスした。

「俺、今まで、あんたのこと、どっか得体がしれないと思ってて、なのに、こんなに、きれいな顔してたんだ。あんたって」

大事なものにでも触るように、そっと触れてくるリグスビーの大きな手は気持ちがよくて、ジェーンは頬擦りした。

「この顔が好きなの?」

「顔も好きだけど、あんた、やわらかくって触り心地もすごい」

リグスビーの男らしい肩に縋りつくようにして腕を回しもしたし、彼の早い息に、自分も興奮して、腰を動かした。

硬くなったペニスを擦り合わせる動きが、はしたな過ぎて、リグスビーは顔を赤くしながら、ジェーンの腰を押さえつけてきた。

その慎み深さをかなぐり捨てさせようと、耳元で煽る言葉を囁いた記憶もある。

興奮していて、とにかく、気持ちいいことがしたかった。

ジェーンは、自分の性欲を淡白だと甘くみていたことを、後悔している。

よりによって、リグスビーだ。

この単純で、気のいい男は、確かに一番、簡単に落とせそうで、その後の扱いも一番楽だ。酔っていてさえ、計算高い自分が嫌になる。

 

「あ……、おはよう、ジェーン」

目を覚ましたリグスビーが、照れ臭そうに瞬きした。

「……おはよう」

した朝の満ち足り、おだやかなリグスビーの顔と違い、ジェーンは俯きっぱなしだ。

「あのさ……」

口を開いたリグスビーから、酔っぱらった翌日の、全て無かったことにしようというずるい男の台詞を、ジェーンはかすかに期待したが、リグスビーは、まったくもっていい奴だった。

「俺、今まで、あんたのこと誤解してたみたいだ。ごめん。……ジェーン、その、昨夜は、……すごく、よかった」

キスと、ペティングだけだったが、激しく乱れていたジェーンにリグスビーは深く満足したようだ。

クッションを背にベッドに座り込んでいるジェーンの腰に腕をまわし引き寄せると、腿へと口付けてくる。

「……リグスビー、あのさ」

その甘ったるい空気に、ジェーンは頭を抱えながら、リグスビーを説得しようとした。ちょっと溜まった性欲の自己処理が間に合わなくってを、もっと上品な言葉を使ってだ。だが、

「わかってる。職場じゃ内緒に、だろう?」

見上げてくるリグスビーの自信と、愛情の溢れるきらきらした目に、一瞬気迫負けして口を噤んだ。

すると、その隙を見事に捕えたリグスビーが伸びあがり、キスしてきた。

愛情たっぷりのキスは、あれはオナニー代わりのセックスだったいう身も蓋もない言い分を、ジェーンに言わせないだけ、ロマンチックで、繊細ささえ持ち合わせていた。

ジェーンの表情を伺うリグスビーを、傷つけるには、昨夜のセックスはホットだった。

「……リグスビー、あのさ、早く用意をしないと遅れるよ」

その時、はっきり引導を渡さなかったのを、大きな間違いだったと、ジェーンは5分後には思い知る。

 

 

「……あのさ、僕、着替えをすませたいんだけど」

ジェーンの手は、Yシャツの第一ボタンさえ、留められていない。

「だけどさ、ジェーン、お前のこの尻から、腰。すげぇ、触り心地がいい」

「僕、早くズボンも履きたいんだけど、……ねぇ、胸、揉まないでくれないかな?」

だが、リグスビーは、甘えるようにジェーンを抱き寄せ、その大きな身体で包み込んだ。

「……なぁ、ジェーン、お前、誰にも触らせるなよ。俺、こんなにおまえがきれいで、すげぇ、心配だよ。ああ、くそぅ、どうしよう……!」

 

END

多分、リグは、この後、じぇんに手も繋がせて貰えない……vでも、こんな二人が恋愛したらいいのになって思ってますv