CBI 怪文書便り

 

『チョウは俺の女だ。手を出すな』

壁に貼られた局内通知が目に入ったチョウは、思わず一瞬固まってしまった。遅れてその紙に気付いた同僚の一人はとめられないとばかりに、ぷっと吹き出し、もう一人は、怯えたように顔を顰めた。

「ヴァンペルト、何を思いついた?」

低いチョウの声に、笑っていたヴァンペルトは顔をこわばらせる。

「どうしても、言わなきゃいけませんか?」

「これから、一週間残業するか?」

「……ええっと、……チョウ捜査官のウエディング姿を……」

悪い想像ながらも、若い女性らしい夢のある思いつきに、チョウは舌打ちだけで、ヴァンペルトの処遇をすませた。

「リグスビー、お前は何を想像したんだ?」

睨み上げられたリグスビーは顔を顰める。

「聞くのかよ。……ふりふりのエプロン姿のお前が、夕食作ってるとこだ」

「……ったく、あいかわず、食い意地の張った!」

気味の悪い想像をした相棒に文句を言いつつ、チョウは壁の紙を破り取る。同時に、オフィスのドアが開くなり、大きなリズボンの声が聞こえた。

「ジェーン! これ、どういうこと!?」

捜査官たちがたむろうフロアーの中は、新着のイントラメールに、ひそひそと声を上げたり、笑ったりしている。どうやら、リズボンの手がぎりぎりと握りしめているものも同じものらしい。

だが、金髪のコンサルタントは、ゆったりとソファーから頭を起こして、カンカンのリズボンに、どうしたの?と不思議そうな顔だ。

「だめだった? 僕としては、要求がストレートに伝わっていいと思ったんだけど」

「こんな差別的な文面、女性保護団体から、必ずクレームが来るでしょうね。それから、マイノリティーグループからも、抗議されそうだわ。職場の倫理委員は、貴方の顔を見に来るだろうし、第一、私が許さないわ。一体これはどういうことなの!」

わざわざ打ちだしたらしい通知を手に、髪を振り乱してつかつかと近付く凶悪犯罪班のチーフの迫力に、さすがのジェーンも寝そべっていたソファーから足を下ろした。だが、まだ顔は余裕を浮かべ笑っている。

「ねぇ、リズボン、実は」

手招きに、リズボンは思い切り顔を顰めたままジェーンへと耳を寄せる。

「……なんですって!?」

酷く顰めていた顔を更に顰め、眦をきつくしたボスの様子と、それを見まもりながら、悪魔のように甘く微笑んだ金髪の笑顔に、チョウは、思わずあり得ない想像をした。

職場には秘密だが、チョウとジェーンは付き合っている。立場がまずくなるそれをばらすような真似を頭のいいジェーンがするとは思ってはいないが、楽しい悪戯のためなら、何をしでかすかわらかないところが、ジェーンにはある。

「それは、本当のことなの!?」

問いただすリズボンの迫力がただ事じゃない。いつかはバレることもあるかもしれないと覚悟はあったが、俺の女扱いで、ジェーンに関係をばらされるとは、チョウも顔を顰めるしかない。

しかし、重大なことをしでかしたにしては、ジェーンはただ楽しげなだけだ。

「信じてはないけど」と前置きして、ジェーンは右手を上げる。

「神にかけて真実だよ」

すると、屈みこんでいたソファーから身を起こした凶悪犯罪班のボスは小さいけれどもよく引き締まった身体の背筋をぴしりと見事に伸ばして、ざわつくフロアーをぎろりと威圧するように見渡した。注目が集まっていたこともあるが、女ボスの迫力に辺りは水を打ったように静かになる。

まず、リズボンはソファーのジェーンを指差す。

「ジェーン、チョウが、あんたの女じゃなくて、私の女だったとしても、そんな勝手は絶対に許さないわ。私の女に、手出しなんてさせない。……わかった? あんたたちのボスに伝えなさい。チョウは、うちの班の大事な捜査官なの。ただでさえ、人手が足りないのにホープのトレードはあり得ない。絶対に譲らないって!」

全くと毒づきながら、すたすたとリズボンは自分のオフィスに戻って行く。電話を取り上げ、出たばかりの相手に吠え始める姿が見えた。

事態をただ見守るしかなかった、凶悪犯罪班の面々は、思わず同時にほうっと息を吐き出し、やっと平常心を取り戻す。途端、リグスビーはチョウの肩に手をかける。

「お前、モテモテだな」

だが、チョウは顔を覗き込むようにしたリグスビーを置いて歩き出した。

「まぁな、優秀だからな」

そして、ソファーにまた寝転がろうとしている金髪のコンサルタントの側へと近付いた。腕組みで見下ろす。

「なんであんなことした?」

「僕の愛は伝わった?」

会話は噛みあってないが、苦虫をかみつぶしたような顔のチョウと、ジェーンはお互いの言いたい事なら正確に受け止めた。

「チョウが僕の女でも、僕がチョウの女でも、君が欲しいって意味は変わらないから、文面はどっちでもよかったんだけどさ、あの方が格好いいかなと思って」

ジェーンは甘く笑い、まぁまぁといなす振りで、チョウの腕を掠めるように指先で柔らかく触れていく。

「それとも、チョウ、誘拐対策班や重罪強盗班に移りたかった?」

「イントラを使って、全員に送信したんだな?」

「そう。……おかげで、もうチョウは僕のもの。あれだけ大々的に公表すれば、もう誰も手出しできない」

チョウの評判を落として他の班に引き抜かれるのを阻止するジェーンのやり方は自分勝手でまさに最悪だった。

その上、ついでに自分の願いも叶えてしまう欲の面の張った手法と取るジェーンは、だがなぜか、チョウの唇を笑みで緩ませた。

リグスビーたちが近付いてきた。

「チョウが俺の女でも、手放さないな。こんな動きやすい相手はなかなかいない」

「チョウ先輩が私の女でも、私も誰にも手出しさせません。無駄のないやり方にはいつも感動してるんです」

「ダメダメ。チョウは僕の女だから。僕がチョウの女でもいいけど」

「ジェーンみたいな女は勘弁!」

リグスビーが顔を顰める。

「……お金がかかりそう」

ヴァンペルトが肩を竦めて笑う。

「……そう?」

ゴージャスな金髪にそっと目配せされたチョウは、するりとジェーンの全身に目を走らせると口を開く。

「だが、セックスはよさそうだ」

「お前っ、チョウ!」

「そうそう! それ! 僕、自信あるよ!」

ガチャリと勢いよくリズボンのオフィスのドアが開いた。

「ジェーン! こそこそとトレードの相談を上に持ち込んでたのは、誘拐対策班と重罪強盗班と、あと、どこ!?」

「えーっとねぇ」

リグスビーが眉間に皺を寄せる。

「ホントに、お前、モテモテだな……」

「お前と違って優秀だからな」

クールな態度で自分の椅子を引いたチョウは、まだ周りの注目を集めたままだったが、そんなのにはまるで構わず、仕事のための電話をはじめた。

 

end

 

所有権の先に来る方がどっちでも、お互いにいっぱい大好きってのは、変わらないからいいじゃんねvというよくわかんない萌えが唐突に襲いかかってきました……v