CBI いいパンツの日便り

 

別チームの交代応援のためにリグスビーとチョウが残っていた。交代の時間まで、仮眠室にでも行くのかと思えば、二人は、人気がなくなり広いオフィスの中、ここぞとばかりに溜めこんだ書類の整理に励んでいる。仕事を互いに押し付け合ったり、最早記憶が曖昧になってしまっている日にちの確認のためにカレンダーとにらめっこをしたり、資料の山を積みかえたり、時には飽きて、邪魔をしあって足を引っ張りあい、そうかと思うと、同じ書類を見入って仲睦まじく残業に励む二人を、ジェーンは大人しく眺めていた。

仕事で残った二人と違い、ジェーンはただの宿泊客だ。ただし、オフィスに居残る回数は、職務で泊まりもある二人よりもずっと多い。だから、残業者の気に触らないよう、振る舞うことにも慣れていて、ジェーンはふらふらとオフィスの中をうろつき、警備のカークと無駄話もしながら、まるで二人の邪魔にならないよう過ごしていた。

 

とうとう目を擦るのを諦め、少しだけと、先に言い出したのはリグスビーだった。

机に伏せたリグスビーに、チョウは、「仮眠室に行け」と顔を顰めて言っていたが、結局リグスビーはもう立ち上がらなかった。そうこうするうちに、一人静かなオフィスでパソコンのキーを叩いていたチョウの指も止まっていた。

3泊4日の出張帰りのリズボンのチームは、疲労困憊だったが、チームが作っていた借りを返さなければならず、せめて女性に帰るよう言った二人は、なかなか大したもんだとジェーンも思っていたのだ。

眠ってしまった二人のために、灯りを消して回ったジェーンは、非常灯のほのかな明かりの下、僕も眠れるといいけどと、毛布をひきあげたのだ。

 

「うおぉぉぉ!」

緊急連絡のベルが鳴り、ここに泊るとこれがうるさいんだよなと、瞑っていただけの目を開けたのと同時に、ものすごいチョウの叫び声が聞こえて、驚きのあまり、ジェーンは慌てて身を起こした。

チョウはと言えば、ここはどこだと言いたげな顔で一瞬周りを見回すと、反射的に大きな音を立てている受話器を取り上げる。

「はい」

いきなりリグスビーが伏せていた顔をがばりと上げた。

「なに!? なんだ! 俺が寝てるのに、なんでそんなことするんだ。お前は、お前は!」

逃げようとでも焦っているのか、リグスビーは、懸命に机を引っ掻いている。寝ぼけているのは明白だった。電話はとったものの、チョウもまだ頭がはっきりしていないらしく、懸命に頭を振りながら、は? 何だ?と大きな声でしきりに聞き返している。あまりに面白過ぎる二人に、しばらく茫然としてしまったが、笑いながらジェーンはソファーから立ちあがった。

「……あのさ、もし良かったら、僕が電話に出ようか?」

「だから、何だ? もう一回言ってくれ」

からかうように顔を覗き込んでも黒い目が全く動かなくて、電話に返事を返しているもののチョウもまだ寝ぼけているのを、ジェーンは確信した。とりあえず、チョウの書くメモを見れば、やはり、のたくった文字は全く読めそうにない。勝手にペンを取り上げ、電話口で反射的に彼が復唱する言葉をそのままに書きとる。リグスビーは、また机と仲良くなっている。電話がうるさいのか、むにゃむにゃと寝言で文句まで言っている。

 

電話が切れる頃には、やっとチョウも頭がはっきりしたらしく、メモを渡すジェーンをひどく気詰まりな顔で見ていた。

「すごい声だったね。寝ぼけて叫んだの、内緒にしておいてほしい?」

 

だが、約束してみたものの、派手に寝ぼけていたリグスビーとチョウがおかしくて、つい、何度もジェーンは思い出し笑いをしていた。協力要請の連絡が入った事件は、そのまま凶悪犯罪班の受け持ちになり、死体を覗き込みながらも、あの時のチョウの大声と、それに続く、眠ったまま慌てふためていたリグスビーをつい思い出し、不謹慎にもジェーンはまた笑い声が抑えられない。

「ちょっと、ジェーン、あなた、何を笑ってるのよ!」

日が昇るまえに起こされ遠出を余儀なくされたリズボンの機嫌は良くなかった。

「リグスビー、あなたもよ。何なの? ジェーンの真似? やめてよ。こんなお荷物は、一人いれば十分。どうして、そんなにお腹がかゆいのよ?」

「……ええっと、」

リグスビーは口籠る。

「僕の方は内緒。約束したんだ。ねぇ、チョウ」

笑った口元を押さえながら、ジェーンはチョウに共犯者の親しみ深い視線を送った。だが、勿論、チョウは、顔を顰めてそっぽを向く。一人だけ格好悪いところを見せないのがずるいよねと、ジェーンは口を開く。

「いいのかなぁ……? あのね、リズボン」

「ジェーン!」

「ふふ。リグスビーはね、さっき署でシャワーを浴びた後、新しいパンツを下ろしたんだよ。ゴムが合わないみたいだね」

死体へと屈みこみながら、腹を掻いていたリグスビーが目を剥いた。

「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。ジェーン!」

「いいパンツ買わなきゃ。僕のでよかったら、戻れば、新しいのあるよ?」

「っ……、ごほん」

保安官の咳払いに、メンバーたちは慌てて口を噤む。リズボンが俯く。

「……保安官。申し訳ありません。けれど、うちのチームの解決率は州一で、結果は出します」

「そう信じさせていただきたいものです」

 

だが、保安官が離れていけば、周りを見回すため立ち上がりながら、まだ、ひそひそ、リグスビーと、ジェーンはやっている。

「ジェーン、お前の下着は、ぴちっとしてるタイプだから嫌だ」

「えー、どうして? 収まりがよくて気持ちがいいのに。あ、そういえば、昨夜の夜中のことなんだけどね、君、寝言を」

たったそれだけで、どこが、琴線に触れたのか、リグビーが堪えきれない発作のように大きな身体を揺すって笑いだした。

「……やめてくれ。ジェーン。その話題は、ものすごくやばい気配がする」

そして、ばりばりと腹を掻く。

「君、俺が寝てるのにって、すごい慌て方でね」

「ダメだ。ジェーン! ああくそっ。笑いがっ……アレは夢じゃなかったのか。なんか、チョウが叫んで、虫が、デカイ虫が俺に向かってくるのかと、だから、俺は必死に逃げ出そうと、……かすかに記憶にある、それを寝言で」

「何を遊んでるの、あたなたたち! チョウ、リグスビーと、ジェーンをこの現場から摘まみだして!」

顔を顰めたチョウに黄色いテープの外まで摘まみだされながら、ジェーンは気にせずリズボンを振り返る。

「あ、リズボン。被害者の靴を脱がして、靴下のこと調べといて。多分、ここのじゃない土がついてると思うんだ」

仕方なく靴を脱がしてみれば、本当に、靴下の裏は泥まみれで、リズボンと、ヴァンペルトは嫌そうに顔を見合わせた。

黄色いテープを潜らされているジェーンはチョウをにこにこと見つめている。

「ねぇ、チョウ、君のパンツは、トランクスだよね? 一枚余分に持ってる? リグスビーに貸してあげなよ」

「お断りだ」

「けち。今度、君が困った時には、僕が貸してあげるのに。あのね、チョウ、ついでに、被害者の身体あった下のとこ、見といて。僕はここから入れて貰えないから」

「……お前、わざとか? 俺たちが寝ぼけたのをばらすタイミングを計ってるんだろう?」

「え? 君が寝ぼけて大声で叫んだこと? ああ、あれ、びっくりしたよねぇ。ね、チョウ、リグスビー、かわいそうだよ。パンツを貸してあげなよ」

チョウは、思い切り顔を顰め、踵を返すと振り向きもせず現場に戻って行く。

「あの、ボス! ボス! 俺に一度だけチャンスを!」

悲壮な顔のリグスビーは、ゴムでかぶれて痒い腹がばりばりと掻きながら、懸命にリズボンに許しを請うている。

ジェーンはポケットに手を突っこんだまま、じっと遠ざかるチョウの尻を見つめる。

「あんなに頑なってさ、……チョウって、実は、替えがなくて、今、ノーパンかな?」

そして、呆れたようにリグスビーを見上げた。

「ボスっ! ボスっ!」

「リグスビー、君は、もう諦めたら? そのパンツを履き換えない限り、君に捜査なんて無理だって」

「くそうっ、ジェーン、黙ってろ!」

 

END

 

すみません。118.2が、いいパンツの日だって聞いたのに、結局、チョウ先輩のあなこんだは、放し飼い……。