CBI 春の嵐便り

 

「チョウ、リズボンは?」

「向こうだ」

「ねぇ、チョウ、明日ってさ」

「監査が入る」

「ねぇ、知ってる、明日の天気は、晴れなんだよ」

「そうか」

何を話しかけようと、一向に書類を眺め、書きこむチョウの顔が上がらず、ジェーンの笑顔は次第に空虚なものになり始めていた。

「あのさ、チョウ」

「悪いが、今晩は、警察仲間で飲む約束があるんだ」

やっと、チョウが顔を上げる。ジェーンは、苦笑した。

「僕より、チョウの方がサイキックなんじゃないかな? 君さ、僕が誘うってわかってたから、ずっと無視してたよね?」

「夕方になってから、やたらとあんたが話しかけてきたら、注意なんだ」

ジェーンは少し寂しげに肩を竦める。

「なんだか、酷いね」

 

翌日の昼、やっと会議室から解放されたチョウに、ジェーンが近づいてきた。

「チョウ、君がサイキックだっていう証拠を集めておいた」

「は?」

同じようにやっと午前中の長い監査から解放されたリズボンは、手を振って、外へ通じるドアへと向かい、上機嫌のコンサルタントには近づこうともしない。

ジェーンは笑顔だ。

「君が落とした容疑者は、証言を翻さないって噂なんだって? 更生する確率も高いらしいし、君が参加する集まりには、雨が降らないんだって?」

やたらとにこにこしている。書類を机に置きながら、チョウは眉を寄せていた。

「それのどこが、サイキックなんだ?」

「いや、皆、君の能力を不思議がってたよ。でも、ここからが、本題。R捜査官からの証言によると、飲み会なんかで、君の周りには、とにかく女の子が群れるらしいね。R捜査官は、昨日も、狙ってた子が、君の隣にいっちゃって、ものすごく残念だったって」

「……ジェーン」

「銀行員が好み? 固い職業に就いてる女の子って、エッチが上手そうな気がするよね」

にっこりとするジェーンから、視線を反らし、チョウは、裏切り者のリグスビーを心の中で恨んだ。いや、リグスビーは悪気もなく、ジェーンの口車に乗せられて、昨夜の愚痴をぽろりと零してしまっただけだろうが、だが、おかげで、チョウは、今、大ピンチだ。

「嘘が上手いね。チョウ」

後先も考えず、逃げるが勝ちかと、チョウは車のキーを手に取ろうとしたが、先にジェーンに取り上げられる。

「……男は全員、警官だった」

「うん。それで、女の子はみんな、若くてかわいい銀行員だったんだよね」

 

ジェーンは、どんっと、サンドイッチの入った紙袋をチョウの机の上に置く。

「一緒に食べようか、チョウ。これで、外に行かなくてもいいよね?」

 

「……嫉妬か?」

「どうかな?」

尋問室でランチを食べるのは、本来許されない行為だが、コンサルタントの笑顔が怖すぎて、人に会話を聞かれるわけにはいかない。チョウは、砂を噛むような気持ちで、サンドイッチを咀嚼中だ。

「お前、俺に感情的になるなって言ってなかったか?」

「言ったね。でも、チョウが感情的にならないことと、僕が感情的な行動を取ることは別の問題だと思わないかい?」

傲岸にも、紅茶を啜りながら、しれっと言い切るジェーンに、チョウはむかつきを飲み込む。

「つまり、お前は、何してもいいと?」

まるでこれでは、チョウが罪の告白をさせられている容疑者だ。

「勿論。だって、君、僕に何の約束もさせなかっただろう?」

得意げな顔で、挑発的にジェーンはチョウをじっと見つめる。

しかし、『機嫌を取る』は、チョウにとって得意な行為じゃない。チョウは、新しいサンドイッチを手に取ると、ジェーンの口元に近付けた。

「食え」

「なんで?」

「腹が減っていると、人間、怒りっぽくなる」

 

長かった昼休みが終わり、そして、もっと長いだろう監査のためにチョウが会議室に入ると、しかし、1時間もせず、監査のためにやってきていた州の職員がそそくさと帰り支度を始める。

特に、チョウとは決して目を合わせない。

「どうしたのかしら?」

「さぁ?」

リズボンは不思議そうに首をかしげている。そして、部屋の中を見回すと、大声でジェーンを呼んだ。

「ジェーン。あなた、何かしたでしょう!」

「え?」

ソファーで寝ていたコンサルタントは、きょとんと顔を上げると、華やかな笑顔を顔中に浮かべた。

「ちょっと、罪滅ぼし」

上司の前で、ウィンクされて、チョウは、ドキマギした。

「パトリック・ジェーンが霊能者だってことは、まだ、有名なんだ」

 

わかったようなわからないような説明だったが、面倒な監査がすんだことに、ほっとしたリズボンはもうそれ以上追及するつもりはないようだ。

だが、

2時間後。

「なぁ……チョウ、お前、開眼したんだって? 見えても、絶対に俺に教えないでくれよ」

「は?」

怯えたながら近づいてきたリグスビーは、チョウが書類から顔を上げると、ひゃぁ!と叫んで逃げ出した。

ヴァンペルトは逃げずに机についているが、さっきから、ちらちらとチョウを見つめるくせに、絶対に視線を合わせようとはしていなかった。

「……理由を教えてくれるか? ヴァンペルト?」

「……チョウ先輩は、ジェーンと一緒に仕事を始めたせいで、霊が見えるようになったって……」

「くそっ、あの似非サイキックめ!」

 

 

 

だってさと、ソファーの上で、寝転んだまま指先を遊ばせながら、ジェーンは、チョウを見上げている。

チョウの太い腕は、血管が浮くほど強く組まれている。

「僕が思うには、君が女の子たちに、家族の相談をよくされる原因は、君がご先祖たちの霊を近く感じてるせいじゃないかって。やっぱり、君、サイキックなんじゃないの?」

「お前、昨夜の娘と何にもなかったことまで掴んでるなら、ここまでする必要がどこにある!」

チョウの怒鳴り声にも、ジェーンは、笑顔を崩さない。

「今度は僕も連れてってよ。僕、身の上相談は得意だよ」

がっくりと、チョウは肩を落とす。

「……二度と行くか……!」

 

 

END