魔法中年ショーン
セクシー魔法中年の誕生。
その日、ショーンは、テレビドラマの撮影のため、スタジオの廊下を歩いていた。
ショーンの頭の大半は、今週末行われる地元チームのファン感謝イベントのことで占められており、注意力は散漫だった。
手には、台本を持っていたが、広げたページの間に挟みこまれているのは、そこで、理事として読み上げるスピーチの草稿だ。
ショーンは、足元のゴミ箱などを無意識で避けながら、収録スタジオに向かっていた。
掛けられる声に、手を上げるなどの行為は、反射で行われていた。
鳴り出した携帯に出たのも、完全に思考外のことだった。
「元気か?」
「・・・当たり前」
電話の相手は、名前を聞かなくてもわかった。
それは、ショーンが、もうずっと前から片思いしている、かつての共演者ヴィゴだった。
ヴィゴは、こうやって、時々電話をくれたが、それはいつも突然で、ショーンは、どうしてもぶっきら棒にしか返答することができなかった。
しかし、ショーンの意識は、全て電話に集中している。
「何してるとこ?」
ヴィゴは、のんびりとした口調で、ショーンに聞いた。
ショーンは、どう話を長引かせたらいいのか考えていたはずなのに、口から出たのは、ありのままの現実だった。
「これから、収録」
ショーンは、不器用な自分が恨めしかった。
「そりゃぁ、忙しいときに、悪かったな。ちょっと声が聞きたくなっただけなんだ」
「まだ、平気だ。いや、ほんと、平気なんだ。今も、来週のスピーチ内容を考えていたくらいで」
電話を切りそうなヴィゴの声に、ショーンは、慌てて言い訳を言い募った。
あまり慌てたせいで、前を歩いてくる人物に気付かず、思い切りぶつかってしまった。
「あっ、申し訳ない」
ショーンは、とっさに手を伸ばし、相手の人物を掴んだ。
電話口のヴィゴが、声にも反応した。
「大丈夫か?ショーン」
「ああ、平気。いや、ああ、申し訳ない。大丈夫ですか?怪我はない?」
携帯を耳に押し当てたまま、膝をついてしまった人物を助け起こしたショーンは、その顔に驚いた。
「もしかして・・?」
「何?何なんだ?ショーン。そっちは、どうなってるんだ?」
声しか聞こえていないヴィゴは、事情がわからずと惑っている。
ショーンの手を握って立ち上がった人物は、人にぶつかっておきながら、携帯を離そうともしない不調法な人間にむっとした顔をしていたが、ショーンの顔を認めると、顔の表情を緩めた。
「無作法者がいるもんだと思ったら、君だったのか。久しぶりだね。ショーン」
「・・・やはり・・・、お怪我はありませんでしたか?」
ショーンの手を借りて、体を起こした人物、その人は、懐かしい仲間であるクリストファー・リーだった。
リーは、いかめしい顔に、笑いを浮かべ、粗忽者の仲間の隣に並び立った。
「お怪我は・・・」
「無いよ。大丈夫だ。そっちは、ドラマかね?」
「ええ。・・・リーは・・・」
「ああ、コメンテーターとして呼ばれてね」
リーは、ショーンの携帯を指差し、どうぞ。と、しぐさで示した。
ショーンは、相手がリーだとわかった途端、携帯を耳から離していた。
事情のわからないヴィゴは、携帯越しに、一生懸命ショーンに呼びかけている。
「ああ、すみません。いえ、あの、この電話、ヴィゴからなんです。あの、ちょうどかかってきてまして、あの、ヴィゴのこと、覚えていらっしゃいますよね」
リーは、この場でヴィゴの名が出る偶然に、すこし驚いた顔をしたが、その驚きは、多少だった。
この老人を大いに脅かそうとすると、携帯からヴィゴが飛び出すくらいのことは必要なのかもしれない。
ショーンは、リーに断り、大きな声で呼びかけているヴィゴとの会話に戻った。
「すまない。ヴィゴ。あの、俺、クリストファー・リーと、ぶつかってしまって」
「へぇ、あの魔法使い。どう?変わった様子はない?どうせ、相変わらず、本物の魔法使いみたいな顔して、背中に魔法の杖でもしまってるんじゃないかってくらいに、背筋を伸ばしてるんだろ?」
「ヴィゴ。・・・なんて言う・・・いや、とても、お元気そうだけれど」
ショーンの目が、困ったようにリーに向けられた。
リーは、楽しげに笑った。
「ヴィゴは、なんて?」
クリストファー・リーに促され、ショーンは、困惑顔で頭を掻いた。
「いえ、ヴィゴが、魔法使いは、元気かと」
「ああ、元気だと伝えてくれ。今日も、世界の平和を守るため、頑張ってるよ」
いかめしい顔をしたリーの軽口に、ショーンは驚きながら、どこまで正確に言葉を伝えるべきか悩んだ。
「ヴィゴ。聞いたか?リーは、お元気だよ」
「世界平和に貢献してるって?相変わらず、面白いな。なぁ、俺にお手伝いできることはありませんかって、聞いてくれないか?ショーン」
集音状態の良い携帯は、リーの言葉をヴィゴへと伝えた。
ショーンは、冗談のきついヴィゴに、眉間に皺を寄せながら、リーに向かって口を開いた。
「ヴィゴが、俺達にもお手伝いできることがありませんか。と」
「ああ、ショーン、ヴィゴと、君は、魔法について興味があるのかね」
リーに聞かれて、ショーンは、あいまいな笑顔を返すしかできなかった。
ショーンは、かなり現実的な方だった。
勿論、魔法なんて信じていない。
しかし、リーは、小さくうなずくと、悪戯な笑いを浮かべた。
「ショーン。それじゃぁ、君にいいものをプレゼントしよう」
リーは、胸ポケットから銀のネックレスを取り出した。
「いえ、そんなもの頂くわけには・・・」
ショーンは、突然のプレゼントに困惑しながら、慌てて手を振った。
しかし、リーは、ショーンの背後に回り、勝手にネックレスをつけてしまう。
ネックレスには、小さな杖のようなトップがついていた。
「よく、似合う。ショーンにぴったりだ」
「何?何を貰ったんだ?ショーン?」
ヴィゴは、電話口で成り行きを見守っていたが、好奇心を押さえることが出来なかったらしく、ショーンに聞いた。
「ああ、リーから、銀のネックレスを・・・」
「これは、ただのネックレスではない。そのトップを取りはずせば、マジックアイテムになる。これで、君たちも、世界の平和を守ってくれたまえ」
リーは、大真面目な顔で、ショーンに説明した。
ショーンは、穴が開くほど、リーの顔を見つめた。
「・・・リー?」
「ああ、ショーン。ヴィゴには、別の物を送っておくよ。ちょっと電話を代わってくれるかね?」
「はい・・・あの・・ええ」
笑顔を崩さないリーの迫力に負けて、ショーンは、携帯をリーへと手渡した。
「久しぶりだね。ヴィゴ。君は、魔法で世界平和に貢献することに興味があるんだそうだね。住所は変わりないかい?近頃の流行は、ふくろう便なんだが、それで送っておけばいいかね?」
リーの様子から、ヴィゴが、なにか楽しい返答を返したことは間違いなかった。
ショーンは、この人は、こんなに冗談好きだっただろうかと、不思議に思いながら、貰ってしまったネックレスを弄った。
トップがぽろりと外れる。
するとそれは、ショーンの目の前で、ぐんぐんと大きくなった。
驚いたショーンは、思わず、放り出してしまった。
1センチ程度だったはずの銀のペンダントトップは、床の上で、どんどんと伸びていった。
最終的には、指揮棒ほどの大きさになったものは、握りの下に、きらきらと光る水晶をつけ、全体に、繊細な彫り物が施されていた。
「ちょっ!これ、なんだ!!」
「ショーン、大切に扱ってくれないと」
ショーンが、呆然と足元に転がるステッキを見下ろしていると、リーが携帯を差し出しながら、ショーンの耳元に口を寄せた。
「ショーン。このグッズを手にしてしまった以上、君の前には、魔物が多く現れるだろうけれど、がんばって世界の平和を守ってくれたまえ。今日から、君は、魔法・・・・中年だからね」
魔法の後で、珍しくすこし戸惑いを見せたリーは、中年の言葉を選び、品のいい笑顔をショーンに見せた。
そんなこだわりより、もっといろいろ説明の欲しいショーンは、ぱくぱくと口を動かした。
とにかく、このステッキが大きくなる手品の仕掛けが話して欲しかった。
「ちょっと、これ、どういう!?」
ショーンは、両手を広げ、必死になって、この異変についてアピールした。
しかし、リーは、あいわからず、落ち着いた品のよさで、ショーンの前で背筋を伸ばしていた。
「心配しなくても、いい、ショーン。君の気持ちは、わかっている。ヴィゴのことが好きなんだろう?二人の間が進展するように、ヴィゴには、君が危機に陥った時、すぐに召還されるマジックアイテムを送っておくことにするよ」
「えっ!一体何を!!」
自分の気持ちが、リーに知られているというとんでもないハプニングに、ショーンはさらに動転した。
すまし顔のリーは、ショーンの耳に携帯を押し付けた。
電話口からは、ショーンの今のパニックなど、まるで気付いていない楽しげなヴィゴの声だ。
「ショーン。聞いたか?リーときたら、ふくろう便で、マジックアイテムを送るって言うんだぜ?俺、遠くて、ふくろうが気の毒だから、航空便にしてくれって頼んじまったよ。一体どんな魔法のグッズが届くか、楽しみだな」
「ヴィゴ、そういう悠長なことを言ってる場合じゃ・・・!」
ショーンの肩をリーが叩いた。
「特に、魔法の呪文というのは、決まっていないのだが・・・」
「はぁ?何?魔法の呪文?」
リーの声が聞こえたらしく、ヴィゴが話しに割り込んだ。
「ヴィゴ、ちょっと黙っていてくれ」
「なんでだよ。魔法の呪文だろ。そりゃぁ、何か決めとかなきゃ、簡単で、しかも、ショーンらしくて、決めゼリフっぽいのがいいだろ?ああ、そうだ。世界の恋人、セクシーショーンとかで、どうだ?」
「だから、ヴィゴ、黙って!」
ショーンは、足元に転がる銀のステッキの存在や、優しげに笑っているリーの真意がわからず、思わず大きな声を出した。
リーはもう一度、ショーンの肩を優しく叩いた。
「じゃぁ、ショーン。変身の呪文は、セクシーショーンにしておこう。その他の場合は、お願い○○をして!と、お願いすれば、魔法がかなうよう設定しておく。ただし、なんでも叶うわけじゃない。その辺りは、使いながら覚えていってくれたまえ。じゃぁ、このことは、くれぐれも内密に。魔物相手に、負けるんじゃないぞ。ショーン。君に期待しているからな」
リーは、ショーンの足元にあった魔法の杖を拾い上げると、ショーンに手渡した。
それは、ショーンの手の中で、もとの大きさに縮んでいく。
ショーンは、目の前で起こる超常現象が信じられなかった。
30センチはあったはずのものが、1センチ程度に縮んでいた。
勿論、ゴム製ではない。
くるりと背を向けたリーに、ショーンは追いすがろうとした。
だが、廊下に現れたスタッフが、無常にも、ショーンの名を呼んだ。
「ミスター。申し訳ないですが、全員スタジオに揃ってますので・・・」
今日のドラマは、ショーンより格上の俳優が、2人いた。
その二人を待たせたままにしておくことなど、許されることではない。
ショーンは、伸ばしたままの手で、リーの名前を呼んだ。
「リー・・・」
「なに、心配することは何もない。君が危機に陥ったら、ヴィゴが必ず召還される。どこにいようと何をしていようとね。幸運を期待しているよ。ショーン」
リーは、優しくつぶやくと、背中を向けたまま、立ち去った。
ショーンは、スタッフにすぐ行くと、目配せしながら、携帯へと毒づいた。
「ヴィゴ、どうしてくれるんだ。なんだか、君のせいで、酷いことに巻き込まれてしまったみたいじゃないか」
「え?なんでだ?リーは、もっと俺とショーンが仲良くなれるための、素敵なアイテムをプレゼントするって」
「ヴィゴ、信じられないかも知れないが、リーのくれるアイテムってのは・・・」
ショーンは、手の中にある小さなペンダントトップを見つめた。
ごく普通のトップにしか見えなかった。
これが大きくなったなんて、信じられない。
「・・・いや、いい。多分、俺は、手品にでも引っかかったんだ」
ショーンは、手の中のものの小ささや、固さに、自分が夢でも見たのだと、結論を下すことにした。
いや、そう信じたかった。
最近仕事が忙しかったし、ストレスがたまっているのかもしれない。
ショーンは、大きなため息をついた。
「ショーン・・?」
ヴィゴは、不思議そうにショーンの名を呼んだ。
スタッフは、走り出したそうな様子で、ショーンを見つめていた。
「ミスター・・・」
「ああ、今、行く」
「おい、大丈夫なのか?ショーン」
「ああ、平気だ。申し訳ないが、もう、スタジオ入りの時間でね。また、ゆっくり話をしよう」
「わかった。いきなり悪かったな」
「いや、そんなことはない。嬉しかったよ。ヴィゴ」
電話は、切れた。
ショーンは、手の中のペンダントトップを弄りながらつぶやいた。
「ほんと、電話は嬉しかったけどな。ヴィゴ、セクシーショーンってのは、一体なんだよ」
ショーンは、先ほどまで、目の前で起こっていた不可思議な現象については、すべて蓋をすることにし、ヴィゴからの電話の余韻だけを噛み締め、小さな声でつぶやいた。
突然、ペンダントトップは輝き始めた。
その光は、撮影現場で使われる大型のライトと遜色ない強さで、ショーンは、思わず目の前を覆った。銀のステッキは、ショーンの手の中から、ふわりと宙に浮き、また、ぐんぐんと大きくなる。
それだけでも、ショーンはパニックを起こしかけていたというのに、いきなり、ショーンの体が宙に浮いた。
ショーンは、足が地に着かなくなる恐怖で、必死になってスタッフへと手を伸ばした。
スタッフも、特撮でもなきゃありえない現実に顔を恐怖でこわばらせながら、ショーンに向かって手を伸ばした。
「助けてくれ!!」
「ミスター!!」
ショーンの体が、ステッキと同じ、白銀の光に包まれた。
宙で回転を始める。
ショーンの服が、引き裂かれた。
その勢いは、何者かにむしりとられるようにすざましい勢いだった。
そんなことになると思っていないショーンは、勿論、大また開きだ。
止めるまもなくショーンは丸裸にされた。
誰が歩いてくるともしれないスタジオの廊下で尻の毛まで晒して、宙に浮かんでいるという現実に、ショーンは、心臓が飛び出そうになった。
慌てて、足をよせ、前を隠そうと手を伸ばしたが、時すでに遅く、間近でフルヌードを拝むことになったスタッフは、鼻血を出して昏倒した。
ショーンは、もう、ひたすらパンツを求めていた。
それから、高所であることの恐怖と、わけのわからない恐怖で、おどおどと目をさまよわせた。
口は、叫ぶことも忘れたまま開かれている。
ショーンを巻き込んだ回転が止まった。
光が落ち着く頃には、ショーンの体は、新しい衣装に包まれていた。
しかし、引き裂かれる前と同じものだ。
地に足が着き、ショーンは、呆然と立ちすくんだ。
すると、耳元で、リーの声が聞こえた。
「ショーン。むやみに変身しようとしても、敵がいなければ、そのままだよ。まぁ、試したい気持ちはわかるがね」
「ちょっ!これは、どういう!!」
いきなりフルヌードに剥かれる事態に陥ったショーンは、リーの姿を探してきょろきょろと辺りをうかがった。
しかし、リーの姿はない。
「せっかくヴィゴに決めてもらったことだし、もっと派手に呪文を叫びながら、変身したまえ。そのほうが、きっと素敵だ。しかし、人前では、気をつけた方がいいね。君のヌードはセクシーすぎるようだ。では、健闘を祈るよ」
リーの声は、突然消えた。
ショーンは、鼻血を出したまま気絶しているスタッフの足元に立ち、大きな声で絶叫した。
「一体、何だって言うんだ!勘弁してくれよ!!」
ショーンの胸元では、ステッキのペンダントトップが、きらきらと光っていた。
END
次回は、セクシー魔法中年、魔人と対決するです(笑)
ほんとかな・・・?(苦笑)17.1.1