オタ的偏愛。
思いついてライリーのパソコンを立ち上げたベンは、思わず声を上げた。
ライリーのパソコンの壁紙は、笑顔のイアン・ハウだった。
イアンは、極自然に目元を緩ませ、口元から、白い歯を覗かせていた。
「お・お前、これ・・・」
ベンは、マウスを握ったまま、零れ落ちそうな笑顔のイアンから目が離せなかった。
ベンは、イアンにあってから、もう、1年以上たっていたが、今までに見たことのない顔だった。
ピザを片手に、コーヒーのカップを持ち、振り返ったライリーはすこし自慢げな笑顔だ。
「いいでしょ。この間向こうのオフィスへ着いて行ったときに隠し撮りしたんだ。あの人さぁ、俺達の前だとそんな顔してくれないけど、あの、部下?たちの前だと、そういう顔するんだよ。ずるいよね」
「いや、ずるいとか、そういう問題じゃなく・・・」
「なに?ベンも分けて欲しいの?」
「・・・わけて欲しくないわけじゃないが・・・」
イアンは、とても楽しそうに笑っていた。
今まで、ベンに見せていた顔が全て作り物だったと、一目でわかる顔だった。
しかし、ライリーが、イアンに会うのは、はじめてのはずだった。
訪問の後、しつこくベンにイアンについての情報を聞き出し、その後、随分熱心に何かをしている。とは、思っていたが。
ベンは、画面上にイアンと、書かれたアイコンがあるのに気付いた。
クリックすると、まるでベンの知らなかったイアンのバイオグラフィーが現れた。
推測に満ちたものではあるが、一度も尻尾を出さないまでも裏街道まっしぐらなイアンの人生がそこには綴られている。
「・・・おい・・・・。お前、こういうことを知っていながら、何故、俺に教えないんだ」
「なんで?ベン。あんた、どこかうさんくさそうだって、イアンのこと言ってたじゃん」
「やばそうだ。と思っているのと、マフィアのダミー会社から、入金の事実があるということを知っているのでは、まるで違う!」
「そう?どっちにしても、イアンしか金を出してくれないんだから、別にどうでもいいじゃん。とにかくあの人美人だし」
ライリーは、ピザを箱に戻し、手を自分のジーンズにこすりつけるとベンに近づいた。
顰め面のベンをよそに、いくつもの隠し撮りしたイアンの写真を嬉しげに見せる。
どの顔も、とても自然な表情だった。
「いいでしょ。これ。で、これも、俺のお勧めなんだけど」
イアンは、誰か、(多分、いつもドアを開けるスキンヘッドだろう。)に向かって、何かを話しているらしかった。
ぺろりと、舌が上唇を舐めていた。
この癖は、ベンがいる時でもたまに見せるが、こんな強烈な上目遣いではやらない。
「どうやって、撮ったんだ?」
「どうって、携帯のムービー。俺、忘れ物を取りに戻っただろ?」
「その携帯を貸せ!」
ベンが取り上げたライリーの携帯は、音も鮮明に拾い上げていた。
『なぁ、ショー。熱心な先生で、ありがたいと思わないか?』
『ボス。でも、あのライリーって小僧。情報戦に強いんでしょ?俺達のこと、何か掴むんじゃないでしょうかね?』
『平気だろ。俺に、犯罪歴があるわけじゃない』
『でも、俺達、ボスに拾われるまでは、結構ケチなことでパクられたりしてましたから・・・』
『大丈夫。俺を信じ・・・』
長くは撮影できない携帯のムービーは、舌でぺろりと上唇を舐め、しゃべりだしたイアンの言葉の途中で切れた。
それでも、イアン自らが、自分が黒だと告白しているのと変わりない。
「それさぁ、部下がしゃべりすぎだと思わない?そのせいで、殆どイアンの声が入ってないじゃんね。俺、あのスキンヘッド嫌い」
同じ画面をパソコン上で再生させていたライリーは、椅子を前後に揺すっていた。
「イアンの前で、俺のことを小僧なんて言いやがって、酷いだろ」
「ライリー!こんな情報を手に入れてたんなら、なんで、俺に教えない!」
ベンは、携帯を強く握り締め、ライリーに向かって大きな声をだした。
「だって、あんた、俺にシャーロットについての情報は求めてたけど、イアンのことなんて聞かなかったジャン。それよりさ。ベン」
ライリーは、すこし拗ねたような顔で、ムービーを最後まで再生させ終わると、また画面を切り替え、ベンを呼んだ。
「イアンのことがそんなに好きなら、仕方ないから、これ分けてやろうか」
多分、ライリーは、怒っているベンの機嫌をとっているつもりだ。
画面は、さまざまな服装で笑っているイアンの写真で一杯だった。
俳優のように姿形のよいイアンは、確かに素材として拾ってくるものに、困ることがないのだろう。
時代がかった騎士のような格好。クラシカルな軍服姿、ギリシャかどこかの民族衣装。スーツ姿も数がそろっていた。
アイコラだ。
ここの所熱心にパソコンの前に座っていたライリーが、何をしていたのかがよくわかった。
「そして、これが、結構幸せになっちゃう一枚なんだけどね」
照れくさげにライリーは、画面をクリックする。
すこし視線を下げ気味に、とても楽しげに笑うイアンの視線の先に、ライリーがいた。
二人の距離は、息のかかる距離だ。
「この、あとちょっとでキスするって、雰囲気がいいだろ。結構苦労したんだ」
「・・・・ライリー・・・」
ベンの声は、暗かった。
ライリーに言ってやりたいことは山ほどあったが、最早、どれから言ったらいいのか、それすらわからなくなっていた。
「なんだよ。ベン。ベンのも作って欲しいわけ?・・・えー、どうしよっかなぁ。俺のひそかな楽しみなんだから、ベンに邪魔されたくないなぁ」
「・・・ライリー・・・」
「確かに俺は、ベンに雇われてるかもしれないけど、でも、この気持ちは譲らないからな。これからも、そっとイアンにアプローチをするんだ。実は、イアンのアドレスを発見しちゃってさぁ」
ライリーの顔は、とても嬉しげに輝いていた。
天才ハッカーの名に恥じぬ活躍で、ライリーは、連絡用にとベンが聞いていたイアンのアドレスとは別のメールホルダーを開いている。
ベンは、ビジネス上の問題もだが、イアンへのアプローチでどうやら差をつけられてしまった自分の立場に、焦りを感じた。
そして、自分が今、優先すべき感情はどちらなのか考え込んだ。
END