ハウたんと、GO! 7
ベンジャミン・フランクリン記念館からの移動中の車の中で、仮眠を取っているイアンの邪魔をしないよう、部下達は小声で話をしていた。
「なぁ、本当に、独立記念館で正解だと思うか?」
ハンドルを握るヴィクターは、これからのドライブ距離を思っていた。
宝の隠し場所としては、行く先があまりにも有名所であることも気に掛かる。
ヴィクターのために、地図を開いていたマクレガーがにやりと笑った。
「気にするな。ヴィクター。いきなり、北極に連れて行かれたことを思えば、近い。近い」
ヴィクターは、ボスの眠りを妨げぬよう、そっとカーブを曲がった。
「まぁ、確かにそうなんだが。お前、ボスの考えていることがわかってるか?俺、実は、公文書会館過ぎくらいから、さっぱりなんだよ」
「気が合うな。ヴィクター。俺も、独立宣言書を手に入れ損ねたあたりで、もう全く、自分がどうして次の行動に移っているのかわかってない」
「いや、マクレガー。それは、わかるんだよ。俺は、ボスが行くといったら、どこにでも着いていく。それは、いい。そうじゃじゃなくて、ボスがとうしてそこに行こうとしているのか、わからないということが問題なんだ」
真剣な顔をして前方を見つめ運転するヴィクターに、ぷっとマクレガーは吹き出した。
「ヴィクター。あんた、ボスの頭ん中のこと本当にわかると思ってる?ボスと俺達じゃ、出来が違いすぎるだろ」
「なんだよ。お前、わかりたくないのかよ」
ヴィクターは、不機嫌に頬を膨らませた。
「静かにしろ。ボスが寝てるんだぞ」
後ろに乗っていた男が、不意に顔を出した。
男は、後ろを指差した。
最後尾のシートでは、長い足を投げ出したイアンが、車のソファーにもたれかかるようにして、目を閉じていた。
金色の髪が、額に落ちている。
イアンの整った顔に疲れの影が落ちていた。
イアンは、公文書会館に侵入する前から、ずっと作戦を練ってきて、そして、ベン・ゲイツに先を越されてからは、昼夜を忘れるような熱の入れ方で、謎に挑んでいた。
「畜生!あの、禿げ!学者なら、学者らしく机の前に座ってろって言うんだ。ボスにこんな顔させやがって!」
マクレガーは、どんっと車のガラスを叩いた。
イアンは、寝苦しそうに別方向へと首を動かした。
ショーがマクレガーを睨みつける。
しかし、バックミラー越しにイアンしか見ていなかったヴィクターは、ショーの動向に気付かず、まだ話を続けていた。
「しかし、あのベンって野郎、いかれてるな。偉い学者の先生だっていうのに、独立宣言書を盗みだすなんて。北極に船があると言い出した時も、狂ったのか?と、思ったが、あの天才様の思いつくことが理解できるのは、ボスだけだ」
ヴィクターの声に、また、イアンが寝苦しそうに首を動かした。
ショーの銃が、シート越しにヴィクターを狙った。
ショーが銃を手に持ったままだということを知っていた隣の男はため息を付いた。
「だから、静かにしろって言ったのに・・・」
「ヴィクター。この感触がわかるか?その口を閉じるか。二度と口が利けないようになるか、どっちを選ぶ?」
押し付けられた硬い感触に、ヴィクターは、そっとショーを振り返った。
「・・・ショー。冗談はやめようや」
「いや、冗談なんかじゃない・・・」
かちゃりと安全装置の外れる音がする。
「待て!それより、前!前!!」
マクレガーが叫んだ。
危うくヴィクターは、追突をするところだった。
「・・・なぁ、ボス、あんなガキに100ドル札をやるなんて、ちょっと気前が良すぎないか?」
長いドライブを、無言で過ごすのは辛い。
随分長い間、車内は沈黙に支配されていたが、とうとう若いマクレガーが口を開いた。
ヴィクターは、返事をしようかどうしようかと迷いバックミラーで後ろを伺った。
背中に、また硬い感触だ。
ヴィクターは、ごくりとつばを飲み込んだ。
しかし、人の悪い笑みを浮かべたショーが、シートにめり込ませた拳をヴィクターに見せた。
ヴィクターは、ほっと肩を落とす。
「畜生。ショー。緊張したぞ。ああ、あれから、もう二時間だ。そろそろ、ボスを起こしたらどうだ?」
「まだ、早い。どうせ、もっと掛かるんだ。眠れるなら、眠っといてもらったほうがいい」
「なぁ、ショー。ガキ。100ドルを何に使ったかな?」
マクレガーは、ベンジャミン・フランクリン記念館の前でであった子供の話をショーにふった。
話題に巻き込んでしまえば、ショーだって、沈黙ばかりを求めはしない。
それも、イアン・ハウの話題だ。
「ボスは、払うべきところで、けちらない」
「でも、やりすぎだと思わないか?ショー。あんなガキに100ドルだぞ。それも単語一言にだ」
「ボス、子供好きだからな」
ショーは、苦笑を浮かべた。
「あの笑顔みたか?ボス、あんなガキに優しそうな顔して笑いやがって!」
子供に見せたイアンの笑顔は、偽りとわかるものだったが、必要以上に甘やかだった。
「マクレガー。お前が笑ってやったら、ガギが逃げ出すからだろう?」
「あれ、絶対に、ガキがかわいかったから、余分にくれてやったんだ。ガキ、絶対に味を占めたぞ」
「お前、子供相手に嫉妬してるだけだろ?」
「違う!ガキの将来を考えたら、あの場面で、100ドルは多すぎだって言ってるんだ!」
イアンがあくびをした。
仮眠から覚め、薄く目を開いたイアンは、まだ、眠そうな声が、ボーイズ。と、部下に向かって甘くささやいた。
「そう思うんなら、俺の札入れに、一ドル札を入れておけ。あんなガキ相手に、カード払いでもしろって言うのか。お前らは?」
うん?っと、尋ねた緑の目は、あくびの余波で濡れていた。
それだけでなく、イアンは、見せ付けるように足を組み替え、小さな伸びをした。
バックミラーでそれをみていたヴィクターは、ハンドル捌きを誤まり、赤信号で、交差点に進入した。
マクレガーは、必死になって、クラクションを鳴らす。
イアンはにやにやと笑って、事態を面白がっていた。
イアンの札入れに現金を用意した張本人であるショーは、慌てたように自分の札入れから一ドル札を引き出し、イアンの財布にねじ込んでいた。
イアンは、見ず知らずの子供にまで焼くほど愛情を欲しがっている部下たちをねぎらうように優しい声で最後の男に尋ねた。
「この車は天国行き?俺は、独立記念館に行きたいんだが」
「・・・ボス。安全に独立記念館に着きたかったら、もうちょっと寝ててください。俺、あんたと行くところなら、どこだって喜んでお供しますけど、最後の場所にはご一緒できそうにもないから、もうちょっと長く一緒にいたいです」
ショーや、ヴィクターたちも、うんうんと、頷いていた。
イアンは、つまらなそうに唇を尖らせた。
「・・・お前ら、俺だけ仲間はずれにする気か?」
部下は、必死になって、首を横に振る。
イアン・ハウの部下、別名「ハウたん親衛隊」
イアンの命令なら、悪事に手を染めることを厭わない男達。
しかし彼らは、イアンだけは天国にいけると信じていた。
・・・いや、ただ単に、イアンの天使コスプレに憧れを抱いている集団なのかもしれないが・・・。