ハウたんと、GO! 11
通りに立つイアンハウの姿を見つけ、マクレガーが車を寄せた。
しかし、車はわざと少しだけ、イアンを通りすぎた。
FBIがもう追いついてきているとは考えにくいが、過ぎる用心に越したことはない。
なんと言っても、この通りの中で、イアンが一番目立っていた。
黒の革ジャンに金髪がとても映えていた。
ちらちら振り返ってみている通り縋りが何人かいた。
車から降り、さりげなく車の周りで警護を固めた部下たちのほうへと、イアンが軽い足取りで駆け寄った。
「大丈夫だったか?ベン。骨を折ったんじゃないか?すごい飛込みだったな」
イアンは、ベンに向かってからかいの言葉を発した。
実は、車の中は、ベンが必死の形相でパイロットへとしがみつきながらヘリの乗っていたイアンの状況をしゃべり続け、ショーがベンを撃ち殺す寸前までいっていた。
イアンはかわいい顔をして泣くんだな。と、までベンから言われていた部下は、決して見ている余裕などなかっただろう飛び込みのシーンをからかうイアンの口を塞いでやりたかった。
ショーなど、自分がイアンへとベンをからかってやれと言っただけに、に背を向けている身の置き所がない程だった。
からかわれたベンは余裕の顔で、イアンに頷いた。
「いかすだろう?あんたもやったらどうだ?」
ベンは、イアンにかすかな含みを持たせ、返した。
しかし、自分の秘密が知られていることにまるで気付いていないイアンは、にこやかな笑顔を返した。
そのままイアンは、独立宣言書とパイプを車の上に置いた。
イアンの笑顔の華やかさに目を奪われてしまったベンは、手に入れたイアンへのカードを切る前に、イアンに先手を取られてしまった。
「独立宣言書と、シャーロットにあったパイプだ。お返しするよ」
機嫌のいい笑みを連発するイアンに、ベンは押され気味になった。
独立宣言書を奪われ煮え湯を飲まされたベンは、イアンを高所恐怖症のことでからかってやり、屈辱に目を染めるだろう姿を見たかった。
だが、そんなことを口にするのが惜しいほど、綺麗な顔をしてイアンはベンに笑いかけた。
近づきつつある宝の存在に自然とイアンの顔に笑みが浮かんでいるのだということはベンにもわかっていた。
それでも、惜しみなく与えられる笑顔に、目が吸い寄せられてしまう。
イアンは、緑の目をきらめかせた。
「それで、俺の宝はどこだ?」
ベンが、もう、完全に謎を解いてしまっただろうと思っているらしいイアンは、ベンの目を覗き込むようにして目を緩ませた。
誘っているとしか思えない表情だった。
いつもこんな顔をして部下を手なずけているのかと思うと、ベンは、腹立たしさを感じた。
道具なしには、宝に近づけないとわかっているのに、イアンが置いた宝の地図を取り上げ、現在、わかっていることだけを口にした。
「宝は、ここだよ。イアン。ここが、地図の示す宝の在り処だ」
ベンは、現在いる通りを指し示した。
それから、ベンは、この場所がどうして宝の在り処となりえるのか理由を並べ立てた。
だが、イアンは、理解することを拒否するような目をして、ベンを見つめた。
しゃべり終えたベンは、イアンの目に、ほだされそうになる気持ちを振り切り背中を向けた。
イアンの声が、ベンを呼び止めた。
「待ってくれ。ベン」
ベンは、イアンの声の魔力を振り切るために、北極でこの美人に殺されかけたことを思い出す必要があった。
「FBIがすぐそこまで追ってきてるんだぞ。イアン」
そう。あの時、イアンは、全くベンの夢の達成を尊重しようとしなかった。
そう思ったのに、ベンはイアンに振り向いてしまった。
イアンは、目の上を軽く指で押さえ、すこし考えこむような顔をしていた。
長い指が綺麗だった。
ベンは、気持ちを切り替えるために、強く言い切った。
「今度こそ、お前達は掴まる」
イアンは、疑り深い顔で、ベンを見つめた。
「まだ、何かあるんだろう?」
イアンは、ベンの話などまるで聞いていなかった。
ただ、自分の中にある答えと向き合い、探るような目でベンの表情を伺った。
その目は、ベンの心を強く揺さぶった。
知りたいと望まれることに、学者であるベンは弱かった。
ベンは、口にするつもりのなかったことを口にした。
「もしかしたら・・・」
「全部言えよ。どうせ、最後には全部話すことになるんだ」
イアンは、冷たい顔で、顎をしゃくった。
ベンは、つられたように顔を向けた。
気付かなかったが、反対車線の路肩で、こちらを見ていたヴィクターが動いた。
その事実にベンは、合計4つの銃が自分を狙っているのだということを自覚した。
ヴィクターがドアを開けた。
ドアの中には、ベンの父親が人質として乗せられていた。
「他にも何かいいたくなったろ」
イアンが、満足そうに笑った。
まったくもって現実的な美人だった。
ベンは、イアンが高所恐怖症であるというカードをどこで切るべきか考えた。
だが、ここで、口にしたところで、ずっと睨みつけているショーの銃が火を噴くだけだということはベンにもわかった。
ベンは、イアンに折れた振りをした。
「トリニティー教会の中に行こう・・・」
イアンの唇が機嫌よく上げられた。
「いい子だ。ベン。じゃぁ、一緒に行こう」
イアンが一瞬ベンの腰を抱くようにしてすれ違い、教会に向かって歩きだした。
ベンの真後ろにショーが張り付いていた。
「ボスに何か言ってみろ。てめーじゃなくて、親父の頭をぶち抜くぞ、禿げ」
イアンの部下は、全く持って、野蛮だった。
人の名前を覚えることもしなければ、すぐ、銃で脅そうとするところも、気に食わなかった。
イアンに知られるのが嫌なのか、耳元で囁くショーをうるさそうにベンは払いのけた。
ショーの銃がぐりぐりとベンの背中に押し付けられた。
「いい気になってるなよ・・・」
後ろの諍いなど気付いていないイアンが、機嫌よく弾むような足取りで歩いていた足を止め振り返った。
「宝探しをしようぜ。ベン」
イアンは、教会の中に入った時から、楽しそうに何度も振り返り、多分、その笑顔を部下に見せていた。
ベンは、その笑顔に浮かれているに違いないイアンの部下達に思い知らせるためにも、口を開いた。
「親父を解放しろ。イアン。全てをお前にやる。宝の謎は自分で解け」
ベンは、イアンへと独立宣言書と眼鏡を押し付けようとした。
イアンの顔が曇った。
「ベン、お前、今更、何を言っている?」
「全てはここにある。自分で解けばいい」
ベンが強固に態度を変えないでいると、イアンは、冷たい顔をした。
こういう顔をしたイアンが嫌なカードを切ってくることをベンは学習していた。
イアンが、ベンに近づいた。
「ベン、お前は自分の立場というものがわかっていないようだな」
見上げた緑の目には酷薄な笑みが浮かんでいた。
本物の美人というのは、こういう顔をした時が、一番綺麗だ。
一瞬呑まれかけたベンの背後では、不穏な空気が流れた。
ショーと、マクレガーが、ベンの父親に銃で脅しをかけたまま、教会の椅子に座った。
そちらに気を取られていると、ドアが音を立てて開いた。
「・・・・」
今日、初めてベンは、口ごもった。
ドアのところでは、上手く立ち回っているはずのライリーと、アビゲイルが、パウエルと、ヴィクターに拘束され、教会の中へと引きずり込まれるところだった。
イアン・ハウの部下。
別名「ハウたん親衛隊」
ちゃんと仕事してます。
END