ハウたんと、GO! 10

 

電話をかけるイアンの背後に、部下達がかたまっていた。

イアンは、気前のいいことを言っている。

「独立宣言書を持っていく。シャルロットで手にいれたパイプも一緒にお返ししよう」

聞き耳を立てていたマクレガーが、ぼそりと言った。

「俺、知ってるんだ。ボス、面白がって、あのパイプ吹かす真似してたんだぜ・・・」

その言葉に、ヴィクターが目を剥いた。

「なんだって?絶対そんなの返すべきじゃない。あの禿げがどんな使い方するか、わかったもんじゃない!」

「おい、ボス、本当に咥えてたのか?」

「それより、あのパイプには、ゲイツの血がついてるんだぞ。ボス、素手で分解してたりしなかったろうな?ああ、くそっ!預かっておくべきだった。・・・病院に連れて行くべきか?」

慌てふためき、心配そうな顔で見つめるショーを他所に、イアンは、クールに決めたていた。

ベンを捕らえているFBIにまで、メッセージを送った。

「そこで聞いているFBIの諸君、賢い君達ならおわかりだろう?独立宣言書が返して欲しかったら、ついてくるなんて真似をするなよ。これは、俺と、ゲイツのデートなんだ」

イアンの言葉に、部下は思い切り顔を引きつらせ、ボスを振り返った。

イアンを守るため、さりげなくここに居るという目的も忘れ、全員の目が、面白がっているイアンの背中を凝視していた。

電話の向こうのベンは沈黙していた。

イアンは、返事を待たず、電話を切った。

実は、手錠をかけられたまま、FBIの机に座らされていたベンは、突然のデートの誘いが、公衆の面前だということに、すこしばかり照れていた。

 

「おい、ベン!」

ショーは、自由の女神を見上げることのできる船上に立ち、観光客を装って、手にハンディーカメラを構え、目当ての禿げに近づいた。

無線マイクが仕込まれているに違いないベンをみやげ物売り場の影から、パウエルが、妨害電波で狙っている。

ハンドガン型のそれを手にしたパウエルは、本物の銃弾が打ち出されることを夢見るように、すごい形相で、ベンを狙っていた。

近づく、観光用ヘリの風圧に、ショーは大きな声を出して、ベンに怒鳴る。

「ベン、エジソンが作った電球の話を覚えているか?」

視線の先を悟られないように、サングラスをかけたショーの視線は、観光用ヘリに向けられていた。

なぜならば、そこにイアンが乗っているからだ。

後ろ座席に乗ったイアンは、目を凝らしてみないと姿を確認できないが、必死に座席に掴まっている様子だった。

完全に目を瞑っている。

多分、冷や汗もかいているだろう。

だが、ヘリに乗るというのは、イアンが言い出したのだった。

イアンは、最初、この場所に行きたがった。

だが、部下達は、絶対にFBIが取り囲んでいるに違いないベンへの接触を、目立つイアンにやらせる訳にはいかなかった。

別に、ベンにデートだといったイアンの言葉への嫉妬だけが理由ではない。

だが、それでも参加したがったイアンは、引くに引けなくなって、高所恐怖症のくせに、それなら、自ら、ヘリに乗り込むと言い出した。

ショーのカメラは、震えるイアンの姿を狙っている。

どうせフェイク用のカメラだからと、イアンは、テープの用意もしなかったが、ショーは自分で購入した。

勿論、誰にも見せる気はない。

「ああっ、操縦士にしがみついてっ!」

「何だってっ?」

ヘリのハウリング音がすごい。

ベンが大声で聞き返した。

ショーは怒鳴り返した。

「なんでもない!16番の見張甲板だ。そこに来い!」

本当は、ヘリの起こす風に煽られ、まっすぐに立っていることも難しかった。

しかし、ショーは、ヘリから目を離したりはしなかった。

強がりを通したせいで、最高級恐怖を味わっているイアンは、とうとう一人で座っていられなくなって、座席越しに操縦士にしがみついた。

背中から抱きしめられる格好の操縦士の口元が緩んだ。

「殺す・・・」

幸運を独り占めにしている操縦士に、銃を向けたくなったショーに、また、ベンが聞き返した。

「なんだってっ!?まだ、なにか、あるのか!?」

ベン・ゲイツという人間は、しつこい。

目端が利いて、どんな小さなことにでも喰らいついて来る。

「何もない!とにかく待ってるからな!!」

ショーは怒鳴り、イアンが早くヘリから降りるためにも、足早にそこから立ち去った。

 

視界ゼロの湾にベンを飛び込ませ、FBIの追跡を巻いたショーたちは、イアンと落ち合うはずの場所に向かっていた。

携帯で、アビゲイルと連絡を取ったベンは、何を考えているのか、ショーと、パウエルの二人に挟まれ、座らされているというのに、怯えもみせなかった。

「禿げ、ボスはやめとけ、お前には、きゃんきゃんうるさい金髪女がいるんだろう?」

「本当は、あのチビともいい仲なんだろ?だが、あいつと、ボスを同列に考えるのもやめて貰いたいもんだ。ありゃ、どっか螺子が一本飛んでる」

マクレガーと、パルエルは、くそみそにベンのことを貶していた。

「おい、返事をしろよ。禿げ!」

マクレガーが怒鳴った。

「俺は、そんな名前じゃない」

この状況だというのに、ベンは、ひるんだ様子も見せなかった。

この自信の元がどこあるのか、ショーは常々不思議だった。

パウエルの手が、銃に伸びている。

一応、この場所では一番立場が上のショーは、二人を止めた。

「やめとけ。ボスが待ってるんだ」

「そうだとも。イアンが、会いたがってるのは、お前達じゃない。俺なんだ」

ベンの台詞に、本当は一番気の短いショーは銃を抜きそうになった。

ベンは、かき上げる必要があるとも思えない前髪をかき上げながら、にやりと笑った。

「ショー。フィルムと眼鏡を交換するか?」

ベンは、あの状況のなかで、ヘリに乗り込んでいたイアンの姿を確認したようだ。

こういう抜け目のなさが、ベンにはあった。

ショーは、頭を冷やすためにも、車を止めさせた。

携帯はあったが、わざわざ、店の電話から、イアンへと連絡をつける。

「ボス、今、そっちに向かっています」

「ああ、わかってる。首尾よく、ベンは確保していたな」

ヘリの中で、目を瞑ってしまっていたくせに、電話の向こうのイアンは、全てを見ていたかのようなことを言った。

気遣いの男、ショーは、その言葉にけちなどつけなかった。

それどころか、反対に、イアンのためその時の様子を説明した。

「ええ、あのベンの飛び込みったら、間抜けでしょうがありませんでしたよ。あんなんじゃ、骨を折ります。恐かったんですよ。あんなみっともない格好になるなんて、ほんと意気地のない奴です」

「ああ、あれは、格好悪かったな。思わず笑ってしまったよ」

ベンが飛び込みをしていた時、実際のイアンは笑うどころか泣いていた。

あまりに恐がるイアンの様子に、操縦士は、おろおろとしながら慌てて着陸した。

勿論、陸に降り立ったイアンは、操縦士のポケットに金をねじ込み、そのことを口外しないようにと口止めし、立ち去ろうとした。

だが、青ざめたイアン様子に、どこまでも操縦士は面倒をみようし、ひと悶着あったのだ。

イアンが、楽しげな声を出した。

「ベンに会ったら、そのことでからかってやるか」

「それがいいです。ボス。あいつ、自分を追ってすぐFBIが現れると思っているのか、すごく強気です。鼻っ柱を折ってやってください」

「なるほど、それは、いいな」

イアンは、くすくすと笑った。

機嫌のいいボスの声は、ショーを幸せにした。

 

車の中では、下等な口げんかが続いていた。

「禿げ!てめーは口が過ぎるんだよ!」

「君は、屋根の上から無事に降りられだんだな。マクレガー」

マクレガーの銃がベンの頭を狙っているというのに、ベンに動揺はない。

パウエルも、銃へと手を掛けながら、ベンを睨みつけた。

「ゲイツ、お前が今無事にいられるのは、ひとえに宝の在り処を知ってるからだけなんだからな」

「パウエル、鼻が折れなくて良かった。ちょっと心配だったんだよ。君の顔面は強靭なんだな」

殺伐とした空気が詰め込まれた車のドアをショーが開いた。

「何をやっている?ボスが、お待ちだ。行くぞ」

ショーは、ベンに足を退かさせ、車に乗り込んだ。

調子に乗ったベンが、ショーに口を利いた。

「このチームで、高いところがダメなのは、イアンだけなのかい?ショー?」

ショーは、すざまじい速さで、ベンの光っているデコへと銃口を押し付けた。

「黙ってろ。禿げ・・・」

勿論、銃の安全装置は解除されている。

 

イアン・ハウの部下。

別名「ハウたん親衛隊」

ベンにイアンの秘密を知られてしまった模様。

もしかしたら、ちょっと危機かもしれません。

 

 

END

 

 

ハウたんと、GO!も、とうとう二桁になりました。(なぜだか、ちょっと遠い目・・・)