D.メリック 2 (産科に研修中)

 

*先生もそうでしょ?

 

メリックが診ているのは、きれいな夫人だった。

「マダム。どうやら、マダムは、妊娠してらっしゃるようです。おめでとうございます。」

しかし、夫人は浮かない顔だ。

「あら、そうなの。困ったわ」

夫人は、憂い顔すら色っぽい。

「もう何人か、お子さんがいらっしゃるんですか?」

「ええ、二人、息子がおりますの」

「そうですか。ご主人と結婚して、何年になるんです?」

「ええっと、ちょうど、十年かしら」

夫人は、思わず手を貸したくなるような可憐なため息を落とした。

「でも、実は、主人、二年前に亡くなりましてね……」

「……それは、困りましたね」

実のところ、困っていても、全く表情の変わらない美貌の医者は、それでも内心あせっていた。

「でも、先生。先生だってわかるでしょう? しょうがありませんよね。死んだのは主人であって、私は、生きているんですもの」

美人というものは、結構しぶとい。

 

 

*子供の言うこと

 

冷たいほど整った顔に、さらに眼鏡をかけ、孤高を保つメリックドクターが、子供の目線に合わせ、しゃがみこんでいた。

「君のママは、しばらくここにお泊りしなくちゃいけない。君は、お兄ちゃんになるんだから、ママのために我慢できるだろう?」

大きなお腹の母親のスカートにもたれ掛るようにして、子供は憮然とした顔で口を尖らせていた。

メリックは、真摯に少年に話しかける。

「きっと君に似ているぞ。青い目にくるくると巻いた金色の髪。もし女の子だったら、お人形さんみたいにかわいいだろうな。男の子だったら、弟だ。君の後をついて歩くぞ。君は、弟に、ベースボールや、サッカーを教えてやらないとな。とても、素敵だな。私もそんな楽しみを味わってみたいよ」

少年は、しょうがないなぁというように大人びたしぐさで肩をすくめた。

「先生、そんなに赤ちゃんが欲しいんだったら、夜、うちにくればいいんだよ。そしたら、すぐ赤ちゃんができるさ」

メリックはまじめに返答を返した。

「悪いな。先生には無理なんだ」

「先生、本当にすみません!!」

子供のママは真っ赤になった。

 

 

*ライトは下からお願いします。

 

あまり笑わないメリックは、それほど子供受けがいいというわけではない。

それでも、第二子の誕生に付き添う子供に、メリックは、説明を怠らなかった。

「メリー。もしかしたら、もう、わかっているかもしれないけれども、コウノトリがね、そう、君のうちにもうすいぶん近づいてきていてね。ああ、もう、今頃は、屋根の上を飛んでいる頃かもしれない。君にも聞こえるかい?大きな羽音がするだろう? ばさ、ばさって、ほら、その……」

「先生」

おしゃまでかわいらしい顔をしたメリーは、こわい顔でメリックに指を突きつけた。

「ママは、妊婦なのよ。そういうホラーなジョークはやめて。先生」

 

 

*赤子の誕生はちょっと楽しい。

 

気の短い男というのはいるものだ。

メリックが取り上げた赤子と一緒に廊下のパパに喜びの報告を伝えようとすると、隣の分娩室の前に座っていたパパになる瀬戸際にいる男がつかつかと近づいた。

「おい、先生。うちのベイビーはまだなのか。俺の女房のほうが先に分娩室に入ったんだぞ。順番は守ってくれよ!」

生真面目な顔のままメリックは自分が抱いている赤ん坊と、後ろに続く看護婦が抱いていた赤ん坊の二人を見せて、聞いた。

「仕方ないですね。じゃぁ、どっちにします?」

「先生。先生が言うと、冗談に聞こえないからやめてください!」

実は、普段よりほんの少し唇の端が上がっているメリックに、看護婦と、赤ん坊の本当のパパが、一緒になって叫んだ。

 

 

*この先生、まじめなんです。

 

「お産って大変なんですよね?」

初めての出産だという若い母親が、メリックに聞いた。

メリックはできるだけ柔らかな笑いを浮かべ、不安に震える母親を安心させようとした。

「大丈夫です。奥さん。赤ちゃんを作る時と、それほど違いはありません。それより、ほんの少し頑張っていただくだけですよ」

「えっ、先生。やだ。そんなは恥ずかしいこと、そのきれいな顔で言わないで。いや、なんで、先生が知ってるの?え〜。うそ。じゃぁ、私の出産は、立ちっぱなしで、3時間?」

「いえ、当病院では、ベッドの用意はさせていただきますので、横になっていただいて構いません」