Dr.メリック 1

 

*そう、この人悪い人じゃないんです。

 

ドクターメリックにも若く経験不足な時代があった。

その日のメリックは、及ぶ限りの努力を尽くしたが、彼の患者に忍び寄った死神を玄関払いにすることが出来なかった。

メリックは、その夜、検死医に呼び出された。

「メリック。君が若くとも、とても真面目で正直な医者だということはよくわかっている。しかし、率直に言って、この検視結果を受け取るわけにはいかないんだよ」

わかってくれるね。と、老検死医は、とてもきれいな顔を神経質そう眼鏡で武装した若い医者に声をかけた。

「なぁ、メリック。この死亡証明書の死因という項に君のサインだけしかない。これだけでは受け取るわけにはいかんのだ。わかるね。そう。どれほど君が正直者だったとしてもだ」

 

 

*天使の近親者

 

若いメリックは、その外見から、大層女性患者に受けがよかった。

「あの先生の金髪素敵よね。ほんと、天使様みたい。あのきれいな緑の目で見つめられると、看てもらうのが恥ずかしくなっちゃうわ」

そのせいで、ずいぶんとご高齢の患者まで、メリックの前では、服の前を広げるのに時間がかかる。

しかし、メリックが診察時間をいたずらに長引かせ、男性患者に嫌われはしないのだった。

診察室の前にこういう張り紙がある。

我、天使の近親者なり。御用があるようでしたら、いつでも、連絡をつけさせていただきますので、遠慮なくおっしゃってください。ドクター。

 

 

*若いっていいな。

 

メリックが診る患者の中には、さまざまなタイプがいた。

「オーランド・ブルーム? ああ、そうだ。この間より、ずいぶん、調子がよさそうですね。顔色も悪くない。この間、処方した薬の約束をちゃんと守ってくれているようですね」

メリックは、かわいらしい顔をした若者に笑いかけた。

「ええ、先生」

若者は、はにかんだような、かわいい笑みを浮かべた。

「俺、先生が処方してくださったあの薬の注意書きをちゃんと守っているんです。壜の栓をしっかり閉めたまま、まだ空けてないんです」

 

 

*こういう患者もいる

 

その日、メリックは、初めて取り扱う種類の手術を受け持つことになっていた。

術前の診察に出向いたメリックに、元コメディアンであるエリック・バナは、とびきりの笑顔をみせた。

「先生のことを信頼している」

そして、エリックは、陽気にこれまで自分が持ちネタにしていた最高のジョークを披露した。

珍しく本気で楽しげな笑いを浮かべていたメリックがエリックのネタに聞き入っていると、エリックは、オチの直前で、ぱたりと口を閉じた。

「先生。続きは、手術後をしよう。俺も、先生にオチが聞かせられるのを楽しみにしている」

さすが、エリックは、俳優としても成功を収めているだけの男だった。手、全体が嫌な汗をかいているというのに、信頼に満ちた目で笑いかけると、メリックの手を握り、力強い握手をした。

 

 

*小さなプレゼント

 

メリックが医大を卒業する際、大学の教授が医者としての成功の秘訣を耳打ちした。

「メリック、君は、優秀だったから、間違いなく偉大な医者になるだろう。しかし、一つだけ、私から、いいことを教えてあげよう」

教授は、まじめなばかりのメリックにささやかな人生の楽しみを与えたつもりだった。

「いいかね。実に、簡単なことなんだ」

メリックは、うなずいている。

「処方箋は、威厳を持って誰も読めない字で書きなぐり、請求書は、はっきりと誰でも読める字で書くことだ。わかったね」

メリックの字が解読不能といわれるほど汚いわけと、病院の請求書がタイプの打ち出しである理由は、もしかしたらここにあるのかもしれない。