友人について
近頃ハウスの頭を頻繁によぎる想像……いや、妄想がある。
「だから、ハウス……」
この間、きまぐれにハウスが少しばかり口出しした患者の容態について語りながら、うまいこと医療用トレーを避け、ウィルソンは笑いながらハウスの横を歩いている。
このウィルソンのペニスをひざまづいて舐めているところを、酷い時には、ハウスは、日に三度も妄想する。
ウィルソンは、大抵、とても驚いた顔をして、必死の素振りでハウスの決意を止めようとするが、肩に手をかけて振り払おうとし、ハウスが悪い足でひざまづいていることに気づいて、はっと、抵抗はなりを潜める。
だが、まだこのかわいらしい顔をした友人は、口をすっぱくして説得を試みようとする。
けれど、ハウスはもとよりそんな偽善的な抵抗になど興味を示しはしないから、はかない抵抗を試みるウィルソンは、ハウスに負け、なし崩しだ。
おきれいな顔をした腫瘍学部門部長の白衣を捲り上げ、下着の中へと手を突っ込んで掴みだし、口の中に含めば、ウィルソンは、喉からかすれたような音を漏らす。
「……ハウス、君、なんで……」
「黙って、楽しんでろよ」
だが、別段、ハウスは、ウィルソンのものを舐めてみたいわけでも、腫瘍学部門部長の下着の中に興味があるわけでもない。サイズだけなら、トイレで何度も見ているから知っている。
おまけに、頭の中でフェラしたところで、実際に誰かのモノを舐めた経験があるわけでもないから、口の中に感じる感覚も無機物的な間抜けなあいまいさだ。
たぶん、味だってするよなと思うのだが(まず、汗の味がするはずだ。塩辛いのか?)わざわざ、突きつめて想像してみたいとは思わない。
ただ、ハウスは居心地が悪いのだ。
「で、薬の効果はどうだったんだ?」
どうしてこいつは、いつも会うたび、こんなにも嬉しそうな笑顔なのかと、むっつりと顔を顰めてウィルソンの隣を歩きながらハウスは思うのだ。その上、ウィルソンは、時折、こちらが呆気にとられるようなタイミングで恥ずかしそうに目をそらす。
平均寿命の折り返し地点も過ぎた年にもなれば、好意でキラキラ輝く目をして見つめられて、その感情に気づかずにいられるほど、ハウスだって厚顔ではない。
ハウスの歩く速度に合わせ、時折振り返るウィルソンの好意は、あまりにあからさまだ。
だから、ハウスは、頭の中で、ウィルソンに軽く好意の返礼をする。
「いきそうだ。ハウスっ!……そんな風に舐められたら、いく、出そうだ!」
頭の中のウィルソンは、スペシャルな舌技のせいで、内腿の筋肉をピクピクさせているというのに、目の前のお医者さまは、誠意に溢れた好感のもてる笑顔だ。
すれ違うナースへの挨拶も忘れない。
「君が期待したほどじゃないけど、血圧が少し上昇した。おかげで、奥さんも、娘さんも、息子さんも、ついでに、3人のお孫さんも、病室にかけ込むことができたよ。おまけに、なんとか、持ち直したから、あと、2日かな……長すぎるといえる時間じゃないけど、時々意識ははっきりするんだ。肺に溜まった水も抜いたから、少しなら話もできる。お別れするための時間ができた」
どうせ、この男が言うだろうありがとうをハウスは邪魔した。
「娘は、男と逃げたんじゃなかったのか?」
ウィルソンはすっぱいものでも口に入れたかのように、顔を顰める。なのに、すぐ表情が緩んだ。
「……結婚は失敗だったみたいだ。泣いてたよ」
「へぇ、そりゃぁ、あのじじい、娘の行く末が心配でおちおち死ねないな」
じっと見つめてくる茶色の目は、怒ったり、呆れ果てたり、心配していたり、その時々で浮かべる表情は違うが、それでも、いつだって好意の感情が根底にあった。だから、じっと見つめられると、ハウスは面映ゆくて、やっていられなくなる。それで、ウィルソンを置き去りにし、先に歩き出すのだ。
だが、ウィルソンから目をそらすと、つい、いつもの想像がいわれのないかすかな苛立ちと共に、頭をよぎる。
今にも射精しそうな緊迫感で、腰に力を入れるウィルソンを、もう少し楽しませてやるか、それとも、もういかせてしまうか決断できる立場にいるのはハウスだ。
「……ぁ、ハウス」
ウィルソンの指が、ハウスの髪を強く掴んでいる。
「もう少し、楽しませてほしいのか?」
妄想の中では、口いっぱいにペニスを咥え込んだまましゃべれるのだから、便利だ。
「……ぁ、……できれば、もう、少し、君の口の中に」
お願いするウィルソンの眉を寄せた顔は、切羽詰まった現状をありありと伝え、なかなか可愛らしかった。
肩にきゅっと力が入ってしまって窄まっているところも、情けなくて、ハウスを満足させる。
ウィルソンの喘ぐ胸があまりにセクシーだったから、ハウスは、さっさといかせることにした。
潤んだ茶色の目を見上げ、にんまりと笑う。
「残念だったな。また、今度な」
二度吸いついてやっただけで、いってしまうのだから、ウィルソンは早漏だ。
あああー!と大きな声を出して悔しそうに歯を食いしばりながら、いったくせに、ハウスに追いついてきたウィルソンときたら、患者の家族の話ばかりしている。
「きれいな子なんだよ。まだ若いし、やり直しはいくらでもきくさ」
「ここにいる悪いドクターに、ひっかからなきゃだけどな」
ハウスにも、頭の中の妄想が、見舞客や、車椅子でナースに押される患者たちとすれ違う廊下を歩きながら無駄話をするような状況には全く相応しくないものだという自覚はあった。
第一、ウィルソン自身が、そんなことを友人に望んでいるのかどうか、口に出して聞き、確かめたことはない。
もしかしたら、ウィルソンは、友情で世界が平和になるというなクレージーな妄想の信者なのかもしれない。信者かどうか確かめたこともないが、こっちの方がまだ、女好きのウィルソンがバイだというより信じられる。
だが、好意できらめくウィルソンの目に見つめられながら、居心地の悪い困惑の中にいたある日、不意にハウスの頭に、ウィルソンのものをフェラしてやる自分のイメージが浮かんだのだ。
そして、それを頭の中で成し遂げれば、少し、ハウスは、気持が落ち着くことに気づいた。
外来診察を忙しい腫瘍学部門部長に押し付けて逃げた午後のオフィスに、すぐ終わる小言を言いにウィルソンが現れても平気だ。
足の調子が悪かった日の夕暮、遠慮がちに家のドアをノックする友人のために、ドアを開けてやったとしても、落ち着いていられる。
女好きのドクターは、胡散臭げに友人を見るハウスを見つめながら、よせよと、照れくさげに頭を掻いている。
そして、廊下の角にくれば、手を上げて、じゃぁ、またと、別の道を選ぶのだ。
「おいっ! ハウス!」
鼻の前でいきなりパチンと手を打ち鳴らされ、ハウスは驚きのあまり、身ぶるいした。
「目を開けて、寝てたのか……」
ウィルソンがやれやれと肩をすくめていた。
フォアマンが質問した病例について、ウィルソンが答えていたのだ。
それを聞いていたはずだったが、いつの間にか、ただウィルソンの顔を見ているだけになっていた。
しかも途中からは、ベビーフェイスを見つめながら、いつもの妄想に入り込んでいた。
手料理を作ってくれた礼にと、太腿へと手を掛けると、ウィルソンは困惑の表情を浮かべた。
いつも通り、「君にそんなことをさせるわけにはいかないよ。そんなことしなくてもいいんだよ、ハウス」妄想の中のウィルソンは毎回、毎回、同じようにハウスの行為に対し、埒もない抵抗をみせる。だから、ハウスは、自分の嗜好に気づかされ、少し鼻白む思いだ。
返礼だけのつもりだったが、御清潔な友人を汚すことに、確かに、ハウスは興奮を覚えている。
「して欲しいんだろ。俺に咥えてもらえるかと思うと、お前、興奮するんだろ?」
頭のなかのウィルソンは、ハウスがフェラしてやると言っただけで興奮し、咥えれば、マックスの快感の表情を浮かべるのだ。
ちなみに、ウィルソンの勃起時の大きさについては、友情でプラスアルファーしておいてやっている。
「そんな、君に、そんなことさせるわけには……!」
また、ウィルソンは、抵抗した。
だが、ハウスは、鼻先へと剥き出しにしてしまったものを口の中に咥えた。
「あ、あっ、ハウス、……もう、いいよ。いきそうなんだ。……ハウス。もう、いきそう」
だが、ハウスは、ウィルソンの下腹にきゅっと力が入ると、前後に動かしていた頭の動きを止め、ちゅぱちゅぱと吸い上げていた唇からも力を抜いた。
簡単でいいと思いつつ、時々ハウスは、その簡単さに飽きてしまい、自分から顎が痺れるほどの苦行に挑むのだ。
大抵は、今日のように、業務上でウィルソンに無理難題を押し付けたときだ。
ウィルソンが、フォアマンの質問に答える義務はない。だが、ハウスは答える気にもなれなかった。だから、親友を呼んだ。
医者にしては気の長い方だが、ウィルソンも優しいばかりの人間ではない。ハードな職業を長く続けてこられただけ、気が強い。
ハウスが、問題を押し付ければ、癇癪を起しそうな顔をし爆発しそうになり、そして、病院の白い壁にむかって力なく溜息を吐きだし、諦める。
ハウスは、ウィルソンをいく直前まで追い詰めて、口から硬いペニスを吐き出す。ウィルソンは切なげな溜息を吐いている。
ハウスは、舌の上に乗せたものが落ち着くまで待って、また、粘つく唾液を絡めて、吸い上げ始める。
「……すごく、気持いい……どうして? ハウス」
ガラスの敷居の向こうを、患者のベッドを囲む一群が通り抜けて行った。
オフィスの中では、フォアマンが片眉をあげ、シニカルな笑みを浮かべている。
「ウィルソン先生、どうせ、ハウスは俺の質問になんか興味がないんです」
「本当に、君は、もう!」
腰に手を当てて眉間に皺を寄せているウィルソンの胸ポケットには、大量のペンが几帳面に並んでいた。
いつも思うことだが、こんなに差していれば、重みで肩が凝るに違いない。
「いいや、興味はあるさ!」
ハウスは、立ち上がると、杖の音をさせながら、ウィルソンに近づいた。いきいなり近くなった距離に、ウィルソンは腰が引け気味だ。
「ジミー、さっき、廊下ですれ違った時、お前が話しかけたナースがいたろ。彼女はフェラがうまいのか?」
「はぁ?」
「なんだ、お優しい腫瘍学部門部長は、フォアマンの質問には、なんでも答えてくれてただろう?」
なっと、フォアマンに同意を求めて視線を送れば、ハウスの部下は、溜息とともに、視線をそらしてしまった。
妻との別居後、ホテルに住まいを移したウィルソンは、時々ハウスの部屋に泊まりにくるようになった。
面倒だとぶつぶつ言いながらも、二人分の夕食を作る。
気が乗れば、ハウスはウィルソンのリクエストに応え、ピアノを弾く。
けれど、ウィルソンの寝床は、いつもソファーで、当然とそこで寝る彼が、ハウスの寝室に興味を示したことはない。
「先生は、ウィルソン先生が、自分のこと構ってくれないものだから、妬いてるんですよ」
「そんなんじゃない」
部下とじゃれあう友人の姿に、苦笑するウィルソンが、ハウスをみつめる目には、絶対に、ただならぬ好意が秘められていた。
あんな熱い目なのだ。ハウスにだってその位のことはわかる。
しかし、決して、ウィルソンは、その感情について口にしない。
ハウスも、決して、ウィルソンの下着の中身になど興味はないのだ。
サイズも色も、もう知っている。
だが、困惑し、混乱している。
END