ラブタイム
日中、辛そうだった足の具合に、ゆっくりと風呂に浸かって来いと言ったのは確かに、ウィルソンだった。だが、しつこいまでにハウスが、覗きに来るなよと、繰り返すので、テーブルの上へと放りっぱなしになっている皿を積み重ねている、いつの間にか、ハウスの家の家事係となり果てた男は、もういい加減、黙って入れと、背中を向けたまま唸っていた。
しかし、まだ、ハウスは、バスルームのドアを開けて言う。
「俺の裸が見たいだろうが、ウィルソン、絶対に覗くなよ。そんなことしたら、この家から追い出すぞ」
「わかった。わかったから、もう大人しく風呂に入れ」
「本当だぞ。ちょっとでも、覗いたら、お前に接近禁止令を取ってやる」
「あー、もう! 君って奴は!」
ハウスと言い合っていたら、いつまでたっても皿はきれいにならない。
「君の足の具合が良くないのに気付いて悪かった! 僕は、どうしょうもなく君が好きだから、どうしても君の調子が気になって仕方ないんだ。だから、君が人に気づかれたくないと思ってる足の状態にも気づいてしまう。悪かった。……これでいいか?」
「ふん」
鼻を鳴らしたハウスはやっとバスルームのドアを閉めた。
だが、ウィルソンがほっと肩の力を抜く間もなく、またドアが開く。
「ここは、鍵がかからないんだ。お前が転がり込んでくるなんてことは想定してなかったんでな。わかってるな。ウィルソン、もし、覗いたりしたら」
「覗かない!」
「絶対に?」
「絶対だ!」
「ウィルソン、知ってるか? 嘘をつくと、口が曲がるって」
「わかった! わかったから、さっさと風呂に入って足を温めろ!」
むっと顔をしかめたハウスが、バタンと閉めたドアは、やっと開かなくなった。
ウィルソンは、手早く皿を洗う。
もともと、たった二人分だ。平日のディナーに過ぎないそれは、皿数が多くなるような凝った料理でもなく、すぐ洗い終わる。
だから、
「ハウス。入るぞ」
「ぎゃぁぁぁ!」
「わざとらしい大声を上げるのはやめろ……」
ぎゃぁという女の子みたいな声を上げた上、大きく湯を跳ね上げ、ウィルソンを水浸しにする真似までしてみせたが、ハウスはにやにやしている。
顔にかかった湯を、犬のようにぶるぶると頭を振って水滴を切ったウィルソンは、濡れた前髪をかき上げ、我儘な王様の側へと近づいた。ふざけるハウスのおかげで、ウィルソンのスエットとTシャツは水浸しだ。体に張り付いた布に顔を顰めるウィルソンをバスタブに頭を載せたハウスは、さも嬉しげに見ている。
「なんで、水をかけるんだ。来るな、来るなってのは、来いって合図だろ」
「やっぱり、長い付き合いってのは違うな」
すばらしい!と、ハウスはずぶぬれのウィルソンをいかにもわざとらしく称える。
そして、友情の大切さについても、大げさに口にしたハウスは、決して自分の行動を謝ろうとはしなかった。
温めに入れられた湯に、満足げな溜息を吐き出しながら、ハウスは長い手足を伸ばす。
「もう、水はかけないぞ。もっと入って来いよ」
顔を顰めるウィルソンは、湯の中で無防備に伸ばされたハウスの体を見下ろしながら、彼の頭の側に回った。
タイルに膝をつく。
「全く、君は。……さて、日中辛い思いをしながらも仕事に励んだハウス先生は、どこから洗って差しあげればお気が済むんですか?」
「知ってて、そっちに回ったんだろ? 頭からだ。丁寧に洗えよ。ヘアースタイルが決まってないと、キャメロンがうるさい」
シャンプーを手の平に溜めながら、ウィルソンは苦笑した。
「さぁ、もうそれは、どうかな? もう、キャメロンは君の髪型なんかに興味はないんじゃないか?」
頭皮を軽くマッサージするように、少し指に力を入れて髪を洗い始めれば、気持よさそうにハウスの目は閉じられる。だが、口は閉じられない。
「いや、どっかの病院の腫瘍学部門部長みたいにふわっとさせて、髪が少なくなってきているのを俺もうまいこと誤魔化さないといけないだろ」
「君は、本当にそうしなきゃいけないだろうけど、僕はまだ、そこまで深刻じゃない」
むっとウィルソンは口を尖らせた。
「そうか?」
「そうだ」
「じゃぁ、ジミー、いいことを教えてやろう。俺の背はお前より高い。ということは、つまり、俺の視界からは、お前の頭頂部までよく見える。そうすると……おっと、これ以上は、怖すぎて俺には話せない。だが、ジミー、本当のことを教えてくれる友達ってのは、何よりも大切にしなきゃならないんだぞ、そうじゃないと……」
人の手で頭を洗われる気持ち良さに、顔をすっかり蕩かしているというのに、ハウスは、一人でホラーばりのぎゃぁーという悲鳴を上げて、人をからかうことに夢中になっている。
「ちょっとは黙ってろ。ほら、ハウス、かゆいところは、ないか?」
ウィルソンは、一旦立ち上がり、コックをひねると、手についた泡をシャワーで流した。
そして、ハウスの元に戻ると、顔に飛沫がかからないよう注意深く髪を流しながら、泡のついた耳も丁寧に擦ってやる。
「なんだ、もう終わりか?」
青い目が不満げに見上げてきた。
「髪が短いからね。なんだったら、もう一回、洗うかい?」
返事はもういい、だった。代わりにハウスは、湯の中から手を引き上げて、とんとんっと肩を叩く。
「はいはい。肩のマッサージね」
まだ、シャンプーが完全には髪から落とせてはいなかったが、マッサージクリーム代わりにちょうどいいと、ウィルソンはハウスの頭を胸に凭れさせるようにして肩を揉み始めた。ウィルソンのTシャツはこれでさらに泡まみれだ。
凝っている首を解すついでに、親切な男は、もう少しやって欲しそうだった髪も軽くもう一度洗い直す。耳の後ろの辺りを、指先で丁寧に撫でていくと、ハウスはふにゃりと体から力を抜いた。
ぽっかりと口が開いている。
「この間抜け顔を君の部下たちに見せてやりたい」
その声に、びくりと体を強張らせたハウスの体に、急にしゃきりと力が入る。
「馬鹿が。こんな顔みられたら、俺の威厳がなくなる」
ウィルソンは笑った。
「そんなのあったか? 君の部下たちが、どうしようもなくなった君の機嫌を取るための最終兵器として、いつも白衣のポケットにロリポップを常備してることは、知ってるか?」
「マジか?……あいつら!」
勿論、病院内でも、比較的優秀な部類に入るハウスの部下たちが、そんな奥の手を用意しているはずもなく、思わずハウスの反応に吹き出したウィルソンは、機嫌を損ねたハウスにお湯をかけられた。
「酷いな、君は」
お湯は、ぽとぽととウィルソンの顎を伝い、ハウスの胸にも落ちて行った。お湯に暖められ、ピンクに色づいた乳首が薄い胸毛のなかで、小さく勃っている。
髪についていたシャンプーの泡を洗い流し、ウィルソンはハウスの肩へのマッサージを続けながら、濡れた顔を恋人の頬に擦りつけた。
無精ひげで覆われたハウスの頬はざらざらとする。
うーんと、ハウスは嫌そうな唸り声を上げた。けれども気にせず、ウィルソンは、凝った肩を揉みほぐしながら、唇を頬へと押し当てる。
「どう、気持いいか?」
「お前が鬱陶しいそのキスしてこなきゃ、もっと気持ちいいだろうよ」
「そう? 肩よりも、こっちに触った方が、気持いいってことかな?」
泡で滑る指で、小さく勃っている乳首をつまむと、むっとハウスは鼻に皺を寄せた。
「ウィルソン」
だが、指先に力を入れずに、くちゅくちゅと弄り回すと、はっと湿った息を吐き出しそうになり、きゅっと力を入れて奥歯を噛む。
「……ウィルソン」
「なんだい、ハウス先生?」
青い目をうっすらと開いてウィルソンを見上げてきたハウスは、うっすらと口を開いて、キスをねだる態度だった。
ウィルソンは、恋人の唇に口付けた。
二度、三度と甘く口付けていると、浸かっているお湯のせいで、頬を色づかせているハウスが緩やかに首を振って、キスの終わりを告げる。
青い目はきらめいていた。
「……ウィルソン、お前には、まだ、他にもマッサージしなきゃならないところがあるだろう?」
「え?」
甘く蕩けかけている顔の中で、瞳はきらきらと意地悪く輝いている。ハウスは、湯の滴る手で、バスタブの中で投げ出されている長い足を指差す。
そこに目をやれば、湯の中で、勃起しているハウスのペニスだってはっきり見える。
なのに、ハウスはその存在については、おくびにも出さない。
さぁ、マッサージしに行けと、ハウスはウィルソンに顎をしゃくる。
「足だよ。足。お前は、そこをマッサージするために、ここへ来たんだろう?」
実に大人らしい、不平や不満を飲み込んだ態度でハウスの足の側へと回ったウィルソンは、湯の中の恋人の足へと手を伸ばした。
湯の中へと腕を入れるために袖はまくり上げてあるが、もう、ウィルソンの服は、脱いだ方がずっとマシな状態だった。ハウスの髪を洗っている最中にたくさん泡も付いている。
ハウスの足は、右足は勿論のこと、辛い右足をかばう左も負担に筋肉が強張ってしまっていた。
その足に触ってしまえば、欲望の矛先を交わされたウィルソンの鬱憤は、すぐさま解けた。
腿を掴まれた一瞬、顔を顰めたハウスの表情も、優しくマッサージを続けるウィルソンに、穏やかなものへと変わっていく。
「ずいぶん、今日、痛かったんだろ」
「かもな」
「薬はどのくらい飲んだ?」
「適量だ」
「いつから我慢してたんだ?」
質問攻めは、あたたまり、汗までかき始めたハウスの額に皺を寄らせた。
仕方なく、ウィルソンは、口を瞑ったまま、撫でるような力の入れ具合で、恋人の足を丁寧にマッサージしつづけた。
だが、強張りは、足全体に広がっていて、下から順に筋肉をほぐしてきたウィルソンの手は、今、緩やかに開かれた足の付け根へと伸びている。
「なぁ、ここもマッサージして欲しいか?」
恋人の足の調子の悪さに、ウィルソンがぐっと自分の欲望からは視線を遠ざけ、献身的に尽くしているというのに、ハウスのそこは、さっきからずっとねだりがましく勃っているのだ。
意地悪く聞いたウィルソンの質問に、ハウスは、片目だけ薄く開けた。年上の恋人は、それが了承のウィンクだとでもいうつもりのようだ。
その傲慢な態度は、ウィルソンに苦笑させた。もう、大分ハウスの足は解れている。
恋人の要求に従い、ペニスを握ったウィルソンは、それを扱きながら、青い目にねだった。
「じゃぁ、僕のも勃ってるんだけど、服も濡れちゃってることだし、僕もそろそろこのバスタブの中にいれてくれるか?」
だが、ウィルソンにペニスを扱かせながら、ハウスは嫌だと首を振った。
「狭いから、お前は入ってくるな」
ハウスは、困惑顔のウィルソンを眺めながら、意地の悪い猫のように目を細め笑う。
「なんだ。その顔は、ウィルソン?」
「だってさ、ハウス」
「マッサージのご褒美をくれとでも言う気か?」
ペニスを扱くウィルソンの手付きに、うっとりと瞳を緩ませているくせに、ハウスは、全くバスタブの中のスペースを空けようとはせず、代わりにおいでと手招きする。
強引に引き寄せられたウィルソンは、そのぞんざいなキスに、甘く応えた。
「ウィルソン、お前の好きな男は、こういう男なんだ。しょうがないだろ?」
キス×キス×キス
End