閑話休題

 

ウィルソンが診察を終えたばかり患者のカルテに記入していると、カチャリと遠慮がちにドアが開いた。

「すみません。まだ、お呼びする準備ができていませんので、名前をお呼びするまでお待ちいただけますか?」

顔をあげながら、ウィルソンは不届き者の進入をやんわりと止めようとしたが、侵入者が目に入った途端、浮かんでいた優しげな表情は、すっかり顰められた。開いたドアから顔だけを出し、しきりに中をうかがうのはハウスだ。

「入るか、出るか、どっちかにしてくれ。僕はできれば、出て行って欲しいんだけど」

何を確認していたのか、ひとしきり診察室の中を見回して、やっとドアを開けて入ってきたハウスをウィルソンは睨んだ。

「……冷たい男だな、お前は」

「何の用だ、ハウス? 患者がたくさん待っているんだ。今話す必要のない話なら後にしてくれ。今話さなければならない話だったら、手短に話してくれ」

「……本当に冷たい奴だな。ウィルソン」

 

悩ましいほど人を見つめ続けるのがこの変人である友人の癖の一つだとしたら、その癖が、顔を出すのは、何か言いたいことがある時だ。うらみがましい目付きをしていたハウスは、ウィルソンがカルテへの記入を続行しはじめると急に軟化し、もし気さくで親切な誰かがしているのであれば、言い出せず、もじもじとしているとでもいうべきであろう、ただし、ハウスの場合には、なぜ俺に関心を払わないんだ、俺はお前と話がしたいんだというごり押しの圧力を目だけでウィルソンにかけてきた。

目を合わせず、カルテに記入していてすら、ハウスの感情の変化がわかる自分がウィルソンは嫌だ。

 

「……少しだけだぞ、ハウス」

「相談があるんだ……」

 

長身でしかも、座っているウィルソンを立って見下ろしていながら、上目づかいで人の気持ちに揺さぶりをかける技をなぜ神はハウスに与えたのだと、いつもウィルソンは思うのだ。

毎日5回はハウスが嫌いだと思うような目にあわされているというのに、この顔をするせいで、つい、ハウスの話を聞く気にさせられてしまう。

しかし本物の患者の進入を拒むようにドアの前に立ちふさがるハウスがその「相談」というものをし始めれば、それは、聞く気も失せるような代物だった。

曰く。

「こんなことを俺を振ったお前に相談するなんてのは、変だってことは、勿論、俺もわかってる。だが、俺には相談できる相手なんてのは、お前しかいないんだ。ウィルソン。……チェイスの奴が、毎日、毎日飽きもせずにやりたがるんだ。俺がセクシー過ぎるからいけないんだって言いやがる。……この俺がだぞ? 馬鹿じゃないのかって言ってやったんだが、奴は、本気であなたほどセクシーな人はいない。俺をこんなに興奮させたのはあなたが初めてだ。こんなに夢中にさせるから、俺はあなたにセックスを求めずにはいられないって言いやがって……」

ハウスがチェイスと付き合い始めたのは、ウィルソンも知っている。いや、無神経なチェイスが、お気楽な顔をして、こんなにもエロいハウスの話という奴をウィルソンにわざわざしにきてくれているから、知りたくもないことまで知っている。

しかし、

「奴は、本当に隙さえあればやりたがるんだ。俺が嫌だって拒んでも、ダメだって言うんだ。俺だってしたいはずだと。……その、俺がしたいから、奴をその気にさせるため、病院の中でだってセクシーなそぶりをしてみせてるくせにって。こんなにベッドのなかで色っぽいのも拒む気がないからだって」

眉間に深い皺を刻む、ウィルソンは気力を振り絞ってペンを握り締めている。

「チェイスは、奴にして貰いたいから、俺が誘惑するんだって頭の沸いたことを言う。エッチな身体をして……もし、俺がもうあなたなんかとしたくないって言ったら、あなた、どうするの? 一人でやるの? なんて、やらしい顔して笑いやがったり」

話している最中の、穿った見方をすれば恥じらうようにチラチラと向けられる視線の絡みついてくる感じが、ウィルソンには気重く、不快だ。

治療に際しての諦めの悪さは、ハウスの数少ない良い部分の一つだが、時にはそれは粘着型の気質と変わりない。

ハウスは、この「相談」から何かをウィルソンに感じ取らせようとしていた。

それは、多分、「例えようもなくベッドでセクシーなハウス」だ。

この押しつけがましさだ。勿論、ウィルソンは、ハウスがそれに興味を抱かせようとしているのはわかっている。

「そんなつもりはないんだが、その……奴に言わせると、……すごく俺は『いい』らしいんだ。だから、毎日だってやりたくなると……」

だが、ウィルソンはこんな幼稚な手に乗るつもりはなかった。

第一、確かに、ウィルソンはハウスの親友だが、だからと言って、ハウスと、チェイスの二人からセクハラを受け続けなければならない謂われはない。(たとえ、ウィルソンが告白してきたハウスを振ったことが事の発端だったとしてもだ!)

ウィルソンは立ち上がり、ハウスの脇を通り抜けると壁の電話を取った。

内線のコール音は短かった。

「ああ、キャメロン。そこにチェイスはいるかい? えっ? ハウス? ああ、ここにいるよ。なるほど、患者の容態が急変。何度、呼んでもハウスが返事を入れない。ああ、ハウスはすぐ帰るから大丈夫。ちょっとだけ、チェイス、いいかな?」

『はい、チェイスです』

「チェイス、ハウスは年だから、回数を減らせと要求してる」

『はっ?』

「聞こえなかったのか? ハウスがセックスを拒むのは、年だからだ。できないんだ。ハウスが嫌だと言った時は、やめてやれ」

ガチャリと電話を切ったウィルソンは、ハウスを振り返った。

愕然と見開かれたハウスの目は、青だ。

当てが外れた恨めしさで、じっとりと睨んでくる目から目を離さず見つめ返していると、ハウスはちっと、小さく舌打ちを響かせた。

ウィルソンは、にっこりとほほ笑んだ。

「さぁ、問題は解決した。ハウス。いつでも僕を頼ってくれ。なんたって僕らは親友じゃないか。というわけで、外に出たら次の患者に入るように言ってくれないか?」

 

END