カンカンカンと、切迫した間隔でいきなり窓を叩かれ、新しく届いた医学雑誌に目を通していたウィルソンは、何事かと驚いた。ハウスのテラスと繋がるそこから、傍若無人な友人が入ってくることはままあることなのだが、大抵はノックなどなしにいきなり窓が開く。

ハウスは、むっと口元を歪めた顔で、窓の外に立っている。

なぜ入ってこないのかと思って、ウィルソンは、そこに鍵をかけたままだったことを思い出した。朝から何人かの患者の容態に変化があり、立て続けにコールの入ったウィルソンが、このオフィスに戻ったのは、ついさっきだ。

「悪かったよ。ハウス」

立ち上がったウィルソンは、まるで閉め出された子供のような状態で、テラスに立っている友人の姿がおかしくて、苦笑しながら施錠を解いた。手をかけて窓を開ければ、ハウスはずかずかと入り込んでくる。ありがとうの一言がないのは当然としても、閉めだされたことを不当だと言いたげな不満を浮かべた顔は本物のふてくされた子供のようだ。

「なんで鍵なんかかけるんだ」

「さっきまで部屋を空けていたんだ」

「俺が入れないだろう」

ウィルソンの部屋にあるソファー目がけて歩いていったハウスは、我がもの顔でふん反り返って腰を下ろす。

「ドアは鍵なんかかけてないよ。あっちから、ノックして入ってきてくれれば、何の問題もないのに」

「俺は、入りたい場所から入る」

堂々と自分勝手な意見を口にしたハウスに、ウィルソンはもっともらしく頷いた。

「ああ、君は君の好きにすればいいよ、ハウス。どうせ、僕が何を言ったところで、聞きいれはしないんだから。だけど、僕も、僕のやり方を変えない。部屋を開ける時は、窓は施錠するから」

ウィルソンは肩をすくめた。

「こないだ部屋に帰ってきたら、君を探しにきてたキャメロンとはち合わせしてびっくりしたんだ。ここを君の休憩室代わりにしてもらうのは構わないけど、鍵をかけて出た自分のオフィスに戻って、君の部下のせいで泥棒だって声を上げるような破目になるのはごめんだ」

「……ちっ、キャメロンの奴め……」

 

本来入口ではない場所から入ってきた年上の友人は、イラついていた。

所定の位置であるソファーに座って、杖の握りに顎を載せるようにして落ち着きなく辺りを見回すハウスをウィルソンは楽しい気分で眺める。

ハウスのやってきたタイミングは、最高だった。

患者の容態に急変でもない限り、これからしばらくウィルソンには多少の時間の余裕がある。

前回、セックスしてから、1週間と5日。

ウィルソンにはハウスの用件が分かっている。

最低、週一では欲求の解放を切望する恋人が、なんと言ってねだりだすのか、ウィルソンは口を開かず、楽しみに待っている。

ポケットを探りながら薬を取り出さないハウスは、まだ一度も目を合わせようとしていない。

 

「……ウィルソン、お前、探してた資料は見つかったのか?」

長い間、イラついた落ち着かない態度を見せるばかりで口を開かなかったハウスがやっと口火を切った。

「ああ、おかげさまで。この分なら、なんとか締切に間に合いそうだ。今回は、共同論文だしね、リタのためにも、いいものにしてあげたいし」

「あんな貧乳相手でも、手を抜かないところがお前らしいな」

憎まれ口を叩くハウスの目が、ウィルソンを見た。ケっと、嫌そうにハウスは吐き捨てる。

ウィルソンは、ハウスの毒舌に、内心くすくすと笑っていた。

「彼女、かなりの美脚だよ」

「指導教授が、セクハラか!」

ハウスは苛立ちのままにウィルソンの攻撃を開始しようとしていた。実際、勢い込んで大きく口まで開けさえしたのに、会話をこのままいつものルーティンにはまり込ませてしまうわけにはいかないハウスは、女性の好みに対して懐の広すぎる恋人の性質の悪さに苛立つ気持ちを押さえ込む努力をしてみせた。

口を閉じると、座り直し、できるだけの冷静さを装う。勿論、欲求不満に陥っている恋人が苛立っていることなど、ウィルソンにはお見通しだから、ハウスの澄まし顔に笑わずにいることが難しい。

 

「それで、いつ暇になるんだ」

とうとう核心に触れてきたハウスの目は、無関心さを装いながらも、答えに対する期待が見え隠れしていた。

この色気のある目付は、ウィルソンのひそかなお気に入りだ。

「うーん。最短で4日後かな?」

プライドの高いハウスの場合、落胆はすぐさま怒りにすり替わる。傷ついた青い目に哀しげな色が浮かんだのは一瞬で、いきなりハウスは立ち上がった。

「邪魔して悪かったな!」

こんにちわの挨拶は苦手だが、捨て台詞がハウスは得意だ。入ってきた時と同じくらい急ぎ足で帰ろうとするハウスの左腕をウィルソンは掴んだ。

「待てって、ハウス」

 

今晩時間を取ることはできないが、今ここでならば、しばらく余裕があるんだ。

掴んだ腕を引き寄せて耳元で囁くと、ハウスは今すぐにでも帰りそうにしていた勢いを急になくした。

疑うような悲しい目をして見つめてくる年上の頼りなげな顔かわいらしくて、ウィルソンの唇は自然に緩む。

「ハウス、今、ここで少しだけってのは、許してくれないのかい?」

 

規格を外れた医師であるウィルソンの恋人は、意外にもきちんとした常識も持ち合わせている。

昼間のオフィスで手軽な情事というのを、彼は嫌がるのだ。

ウィルソンを困らせるために自分からするキスならば、昼のオフィスだろうと、人目のある廊下だろうと、全く平気でしてみせるが、腰に力が入らなくなるようなキスを、人目につくかもしれない職場で自分がされるのは苦手だ。

だが、ウィルソンはそんなハウスに無理強いするのが好きだった。

ちょっと気を抜けば、放っておいても仕事はウィルソンの時間を侵食してゆき、ハウスが欲求を我慢できなくなるまで彼に触ることができなくなることなどざらのことだ。

それを上手に利用しさえすれば、内心どれだけこの友人が嫌だと思っていようとも、昼間のオフィスでハウスの衣服を乱すことは可能だった。

「少しだけだよ。君が気持ち良くなれて、僕は君のその顔を見せてもらうだけでいいんだ」

自分の清潔な容貌が、発言を正当化しやすいことをウィルソンは知っている。

 

もう、ハウスはキスを許した。

 

ウィルソンは、強面の顔に似合わぬ驚くほど柔らかいハウスの舌に舌を絡ませる。

杖を預かる振りをして、長い指に指を絡ませた。

薄い色をした唇は、ウィルソンの蹂躙に解け、開かれた口角の柔らかな粘膜には、キスであふれた唾液が薄く溜まっている。

苦手な時間のオフィスでのキスに、積極的になりきれず、ウィルソンにされるがままのハウスの顔は、まるで諦めでもするように力なく瞼を閉じているくせに、頬がうっすらと赤くなり始めている。

ウィルソンはそんな友人の顔をじっと見つめながら、キスを続ける。

視線を感じたのか、ハウスの瞼が震えて開いた。

こんな時でも青い目は力強い。じっと見つめる無粋なウィルソンの視線を咎めている。

ウィルソンはハウスの薄い唇に唇で触れたまま、にこりと笑った。

「ハウス、ここじゃ危ないから」

気の短いハウスが帰ろうとしたところを捕まえたままだから、二人がいるのは、窓の近くの物のない空間だ。

足の悪いハウスにとって、悪戯をされながら、何にも捕まらずバランスよく立ち続けていることは難しい。

「お前、何をする気なんだ?」

自分からもうソファーの方へと動こうとしながら、ウィルソンの魂胆の見えないハウスはイラついた声を出す。

「あっ、そっちじゃなくて、あの壁のあたりに行こう。そのソファーは、結構外から見えるんだ」

立ち止まったハウスは、嫌そうな顔で振り向いた。

立ったまましようと言われたのだ。

手軽にと言われたとしても、シンプルにもほどがある。

「ごめん、ハウス。今度、必ずちゃんと時間を作るから、今日だけは僕の言うことを聞いてくれないかい?」

翻訳すれば、そのやり方でないと、しばらくはできそうにないんだけど?

ハウスがしたくて焦れているのを十分承知で、ウィルソンは言葉を選んだ。

 

ただのセックスと、ハウスを自分の思いどおりにすることのできるセックス。

どちらも、ハウスにとっては溜まったものを吐き出すためだけのものかもしれない。けれど、ウィルソンにとって、それは違うものだった。

やたらと独占欲が強く、何度でもウィルソンの愛情を試そうとするくせに、自分の感情は出し惜しみするハウスの思いを確かめるため、ウィルソンは、ハウスを自分のルールに従わせるのだ。

目の前にぶら下がったセックスに目がくらんで判断力を無くしていただけだと、ハウスは言うかもしれないが、その言い訳が成立する条件を残しておいてやるのは、プライドの高い年上の友人に対するウィルソンの気遣いだった。

ハウスは壁に背をもたれた格好で、下着の上から勃ったペニスを揉みこまれている。

ベルトの緩められた綿パンは太腿まで下ろされ、右足の傷跡が痛々しい。

無精ひげに覆われた首筋をウィルソンが何度も軽く噛むようにするせいで、ハウスの口は薄く開けられ、はっと、湿り気の多い息を吐き出していた。

「……ジミー」

しつこくキスを繰り返すくせに、下着の上からしか触らないウィルソンのやり方にハウスは焦れている。

まだ、壁について体を支える手を動かし、ウィルソンの手を下着の中まえ持って行きはしないが、グレーのショーツをいやらしい形に変えている熱い部分を繰り返しウィルソンの掌へと押しつける。

今日のハウスは珍しくシャツも下着代わりのTシャツも清潔な印象を与える白を着ていて、その彼が少しづつ欲望のシミを広げるグレーの下着で腰を揺する姿は、やたらといやらしかった。

 

ウィルソンは、手でハウスのものを握る前に、彼の前にしゃがみこみ、膨れ盛り上がる下着をハウスの腰から剥ぎ取る。

先を濡らして揺れるペニスを舌先でちろりと舐める。

「ぁッ、」

盛り上がっていた一滴を舌で舐め取り、少し尖り気味の先端に唇を押し当てキスをした。

口を開いてゆっくりと飲み込んでいくと、急かすようにハウスの手が髪を掴む。

欲望を溜めて硬くなったものを口内で絞めつけるようにしながら、前後に顔を揺すって扱き始めると、ハウスのものは、さらに硬さを増した。

舌触りのいい先端を舌全体で何度も舐めながら、くびれに向かって動かしていく。下半身から膨れ上がる快感に夢中になるあまり、悪い足に体重をかけ過ぎたのかバランスを崩し、慌てたように、ハウスは体を起こして広げていた足幅を狭めた。

その狭くなった股の間に手を入れて、垂れ下がる二つの袋を手の中に握り込む。

柔らかな器官を二つ大切に包み込む手触りのいい袋を手の中で、ウィルソンはそっと動かした。

「んっ」

ペニスを深く咥え込み、前後する顔の中で、高い鼻に縮れたハウスの陰毛が擦れ、くすぐったい。

しかし、ウィルソンがその感触に、少し笑いそうになっているのも知らずに、どんどんと興奮の度合いを高めてゆき、自分でも小さく腰を前後に揺するハウスのために、ウィルソンは、できるだけ熱心に舌を使う。

くすぐったい感触がウィルソンを微笑ませる陰毛の生え際は、ハウスの感じる部分でもあるから、ウィルソンの舌は、ペニスの付け根の皮膚にも這ってゆく。

「あ、……っ、ウィルソン」

ただし、そこばかり舐めていれば、焦れるハウスが嫌だと首を振る。

「口の中に出したいかい?」

ウィルソンの問いに、ハウスはのけぞった喉で、小さく出したいとかすれた答えを返した。

ハウスの腰がじれったそうに揺れている。

もぞもぞと物足りなそうに尻が動いていた。

ウィルソンは、狭い股の間の道を指でたどり、そこに生えたまばらな毛を撫でるようにしてかき分けながら、ハウスが一番期待していたはずの後ろの部分にそっと指先を押し当てる。

ウィルソンの腕を挟み込むように、ハウスの尻には力が入る。

熱い息を吐き出すハウスの開いた口からは、期待するようにちらちらと赤い舌先が覗いている。

「ハウス、どう……?」

指先を少し押し入れただけで、ハウスの体は興奮を示し、ビクビクと揺れた。

クリームもなにもなしのかさついた指の挿入では、浅い部分までしか出来ないけれど、指でそこを広げるように軽く動かすだけで、ハウスはウィルソンの頭を抱え込むようにして体を曲げた。

掴まれた肩で白衣が皺になる。

「ん、…っ、」

ぎゅっと締めつけてくる肛口を、ウィルソンは掻くようにして内側から刺激する。

「いいかい、ハウス?」

口の中のハウスは、先端から滑りのある液体を漏らし、ヒクヒクともう射精の限界を教えている。

ウィルソンが啜りあげるようにしながら、強く締めつけた口内で、ペニスを擦ってやると、ハウスの腿はガタガタと震える。

ハウスの唇がウィルソンの耳に当たっている。

息が熱い。

「あっ、……いく、……いくっ、ジミー」

 

 

 

 

「ジィーミー、お前はいいのか?」

ズボンをずり上げるという後始末までウィルソンにされ、床に足を投げ出して座っているハウスは、白衣を清潔に着こなし、もう誠実で有能な医者の顔に戻っているウィルソンをだるそうに見上げていた。

自分だけいかされて終わりだということに、ハウスの顔は不満を浮かべている。

その顔がかわいらしくて、ウィルソンはすぐに不機嫌になる友人に笑い顔を見られないようにする必要があった。

「僕はいいよ。時間もないしね」

もう直した白衣の襟をもう一度引っ張りなおす。けれど、肩に寄った皺は直らない。

「後でトイレで抜くくらいなら、ほら、ここにおあつらえ向きの口があるぞ」

する方のフェラはそれほど好きでもないくせに、ハウスは大きく口をあけて、指差す。

それは、色気があるとは言い難い態度だ。

なのに、開いた口の中の赤がやたらと扇情的だ。

「それは、今度お願いすることにするよ」

「今度って、いつだ?」

 

出したばかりだというのに、ハウスが真剣に聞いてきて、ウィルソンは幸せな気持ちでくすくすと笑った。

 

END