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プレインズボロ病院にいくつかあるミステリーのなかで、チェイスが理由を突き止めているものが、3つある。
一つは、満床だと入院を断っていても、一つだけ開いている病室の謎。ホラーな理由が囁かれているが、なんのことはない、カディが特別に金持ちな患者のために、キープしているだけのただの病室だ。次々、医師が引っかかる産婦人科のカミーラは、魔性ではなく、フェラが最高なだけ。最後の一つは、とっておきだが、ここでは伏せておく。
そのかわり、場所柄からかホラーチックな噂が絶えないプレインズボロ病院のミステリィーの中で、チェイスがそのわけを知りたいと思っているものを一つ打ち明けよう。
プレインズボロの名物医師であるグレゴリー・ハウスの姿を探すとき、高名な上、誠実だとも噂のジェームズ・ウィルソン腫瘍学部門部長が、あの忙しさの中、それでもまず間違いなく、親友の居場所を知る理由が、チェイスは知りたい。
ハウスの部下として、診察嫌いの彼の姿を探し求めることが日常の一部となっている現状ではなおさらだ。
「よし、手わけして探すぞ」
仕切りたがりのフォアマンを、キャメロンが苛立たしげに見つめている。
「退院した患者に対する診察へのアプローチを再検討するなんてこと、絶対にハウスはしたがらないわ」
「それでも、カディの命令だ」
チェイスは、一番楽な方法を取りたかったから、自分から提案した。
「じゃぁ、俺、ウィルソン先生のところを見てくるよ」
ハウスのオフィスから繋がる広いテラスの仕切りをのり越えれば、ウィルソンの領土への近道となる。
「ハウスの他に、もし誰かがそこから現れるとしたら君だと思ってたよ」
ただし、ウィルソンほどの尊敬が払われる医師を訪ねるのに、ハウス以外、このルートを使う者は一人もいなかった。
「君と、ハウスは面倒を嫌うという点で、とてもよく似てる」
そう言って、レンガの仕切りの側でしゃがんでいた腫瘍学部門部長は、穏やかに若い医師の不作法をたしなめた。
けれど、そう言う彼から殆ど離れていない場所に、服を乱すハウスが仕切りの壁に凭れて足を投げ出しているのだ。むっと顔を顰めてチェイスを睨むハウスは、全てのボタンが外れていた。ズボンのボタンに至るまで全部だ。
「……そうですか? グリーンの管理会社のスタッフなんかは、ここを使うんじゃありません?」
まさか、仕切りを跨いだ途端、その影に潜み、破廉恥なことをしている部長たちに出くわそうとは思ってもいなかったチェイスは、できるだけさりげなく、乱れたハウスの様子から目をそらそうとした。
「ほら、ハウス。君のところのひよ子が呼びにきたぞ。タイムアウトだ」
しかし、二人は、そんなチェイスの気遣いに感心している様子などどこにもなかった。
さほど乱れていない自分の白衣を、それでも襟を引っ張るようにして直し、ウィルソンが立ち上がる。
足の悪いハウスのために、自然と伸ばされた手に、ハウスは嫌そうに首を振った。
「何が、タイムアウトだ、ウィルソン。清々したと思っているくせに」
「だって、ハウス、君、薬のせいで、勃ちが悪いんだ。おもしろくないじゃないか」
「いいじゃないか。俺がお前に突っ込むわけじゃない!」
このテラスからは、近隣の住宅がよく見渡せるのだ。と、いうことは、向こうからも見えるということだ。そんな遠いところでなくとも、病院内の窓から、ここを見下ろすこともできる。
そんな場所で、勤務時間中にいちゃつく二人の肝の太さに、チェイスは呆れる。
「足、今日はかなり調子が悪いんだろ? 無理は良くないよ。ハウス」
ウィルソンの声には親友への労わりさえ感じられた。
「だから、したいんだろ!」
怒鳴り声をあげ、投げつけるつもりなのか、杖を引き寄せようとハウスがもがくと、ウィルソンが不意に振り向いた。
楽しようとしたばかりに痴話喧嘩の傍観者と成りはてたチェイスを当たり前のように受け入れ、話しかける。
「チェイス、痛み止め代わりとは、ハウスは酷いと思わないか?」
「さぁ……どうでしょう?」
開かれたズボンの前から覗くハウスのものは、ウィルソンの言葉通り鎮痛剤の影響下にあるのだとしても、緩く勃起した状態だ。すべてのシャツのボタンを外すような激しいペディング最中だったとしたら、ここで放り出されるハウスの方がかわいそうだ。
しかし、ウィルソンは誠実そうな茶色い目をしてチェイスを見つめる。
「部屋で仕事をしていたら、杖で窓を叩かれたんだ」
「はい……」
「しょうがないから外に出たら、ギラギラしたオオカミみたいに飢えたハウスが噛みついてきた」
「……キスされたんですね」
「ところで、君は何の用事だったんだ?」
髪を整えた手を白衣のポケットに入れ、もうオフィスに帰る準備は万端のウィルソンが、チェイスに聞く。
チェイスは、いまさら言うのも間の抜けた理由を口にしなければならない間の悪い自分に嫌な気分になった。
「ウィルソン先生に、ハウス先生の居場所お聞きするつもりで……」
ウィルソンは、まだレンガの床に足を伸ばしたまま、睨み上げているハウスを顎で指し示しながらにこりと笑った。
「あそこにいるよ」
ハウスは、人すら燃やしそうなきつい視線でずっとチェイスとウィルソンを睨みつけている。
「あの、……俺、邪魔したのなら出直してきますので……」
ハウスが口を開こうと身構えている間に、ウィルソンは口を開いた。
「いいよ。僕も、もう時間がないんだ」
「ウィルソン!」
ハウスは、バンバンとレンガを杖で叩きながら、懸命に体を起していた。
「ハウス、あんまり薬を飲み過ぎるなよ。勃ちが悪くなるぞ」
「ウィルソン!」
ハウスの怒声を背に、ウィルソンは自分のオフィスに続く窓に近づく。
「ウィルソン! お前が処方したんだ!」
ウィルソンの手が窓にかかる。
「ウィルソン! ウィルソン!」
「愛してるよ、ハウス。でも、ひよこたちが、君のことを待ってるだろ」
「ウィルソン!!」
「で、用件は何なんだ?」
「昨日退院した患者も含め、直近3例の患者に対する処置についてのアプローチが最適だったかどうか検証しろとカディが」
きつい鎮静剤を飲まなければならないほど足が痛むというのに、ハウスはいつも早く歩く。
「アホらしい。俺はしない」
予想通りの答えに、チェイスは笑いに似た溜息を吐きだした。
いやらしい目的に使用も可能なテラスと仕事のためのオフィスを区切る窓までは、あと2歩だ。
不意にハウスは足を止める。ぶつかりそうになって慌ててチェイスも足を止めた。
「俺は、そんな無駄なことしない。つまり、俺にはこれから時間があるってことだ、チェイス。今は全くお前とする気分じゃないが、この際、お前でいい。ウィルソンの代打にお前を指名してやる」
なるほど、こういうギラついた顔で、ハウスは親友の腫瘍学部門部長に襲い掛かったのだ。
それにしても、こないだあんなに泣く破目になったのに懲りない人だと、ちょっとサドっ気のあるチェイスは肩をすくめた。
「だって、あなた、勃ちが悪いんでしょう?」
ハウスが歯を剥く。
「だから、それが、突っ込まれるわけでもないお前らに関係があるのか!」
「つまんないんですよ」
チェイスはハウスより先にオフィスへと一歩、足を踏み出す。
「柔らかいのから、たらたら漏らされてるだけじゃ、いまいち興奮しないんですよね」
「患者の血圧が下がった。心拍数も低い。呼吸困難だ。薬は出した。さぁ、こんなとき、どうする? チェイス、考えられる病名と、最善の処置を3秒以内で答えろ!」
「えっ? 俺? だって、次は、キャメロン」
「3、2、1、ブーブー。はい、チェイスの患者は死んだ。これで、二人目だ。フォアマン、悪いが墓穴を掘ってやってくれ。肉体労働ばかりで悪いが、俺は勃ちの悪い年寄りなんで、重労働には向いてないんだ」
フォアマンが顔を顰める。
「なんで、ハウス、あなたの勃ちが関係あるんですか?」
キャメロンも迷惑そうな顔だ。
「さぁな、チェイスに聞いてみろ」
END