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腫瘍外科部長という仕事、家庭、そして看護婦との浮気、手のかかる友人の面倒を見ること。
これだけ多くの事柄にかかわっているならば、時間がないことはすぐわかる。
そうだとしても、やっと夜遅くにハウスの自宅へと訪れたウィルソンが、泊めてくれ、寝ようと言ったとしたら、彼以外に友人のいない身体障害者が多少の期待を抱いたとして、それは、決して罰あたりではないとハウスは思うのだ。
けれど、もう乾いたハウスの髪の匂いを嗅ぎ、軽く頷いたウィルソンは、さっさとシャワーを浴びにいき、戻った途端にベッドへとダイブして、手招きをするとぎゅっとハウスの手を握り締め、照れくさい真似をと、少しの苛立ちながらもハウスがベッドに上がると同時に、枕に顔をうずめて寝息を立て始めた。
「……ウィルソン」
自分の方へと向くようにと、半ば強制された姿勢でベッドの半分に寝転ぶハウスが苦しい体勢に手を引っ込めようとすると、年下の男は、一瞬目を開ける。しかし、ウィルソンはまるで彼の浮気相手にでもするように、甘い舌うちを何度かして、指を絡める形に手を握り直し引き寄せると、そのまま目をつむってしまった。その仕草は、優しい男だと評判の親友には、とても似合っている。
「……ウィルソン!」
「ん……」
けれど、ハウスは、はっきりとセックスを待っていたのだ。
「ウィルソン、お前っ!」
「……寝よう。眠い。ハウス……」
なし崩しにするためだけに、伸ばされた手に髪を撫でられるのが、ハウスは嫌いだ。
その手から、次第に力が抜けて行き、規則正しい寝息を立てることの方が優先させるとならば、なおのこと。
おまけに、手をつないだまま眠るというのは、想像以上に寝苦しかった。
できれば、ハウスは上を向いて寝たい。そして、それで寝つけなければ、幾度かはウィルソンに背を向ける形にもなってみたい。握られた手が置かれた場所は、ウィルソンにとっては全く問題のない位置なのだろうが、ハウスにとっては、すこし腕が引っ張られる。
シャワーを浴びたばかりのウィルソンの匂いがするのだ。
繋げられている手は、眠っているにしては、力強くハウスを離さない。
それでも、同じ姿勢を強いられ続けることでの足への負担に耐えながら、ハウスはウィルソンの寝息を聞いていた。
薄暗い部屋の片隅へと消えていく呼吸は、いろいろな不満を騒ぎ立てるハウスの心臓の音しか乱すもののない部屋の闇の中で、静かに拡散し消えていく。
自分勝手な男は、心地よく寝ている。
しかし、ハウスは眠れない。
とりあえず、何とか姿勢をずらし、上を向いてみた。
ウィルソンに枕を取られてしまったせいで、低すぎる頭の位置に、何度も後頭部をシーツに擦りつけてみても、もちろん眠れない。
口の中で、ウィルソンを罵り、知らず緊張し、力が入っているのか痺れてきた足の位置を何度か動かしてみても同じだった。
手の位置を変えてみようと、引き抜こうとすれば、それだけは、眠ったままでもウィルソンが許さなかった。
『仕事が片付いたら寄るから』
昼間、廊下ですれ違いざまにとんっと肩を叩いていった友人の言葉を聞いて以来、どのくらいハウスがこの友人の来訪を待ちわびていたのか、ウィルソンはよく知るべきなのだ。
絶対に、ハウスが待っていたのは、こんな時間じゃなかった。
-それまでにも、何度か、ハウスは、セックスがしたいのだとウィルソンに伝えていた。
『そういうあからさまな誘い方は好みじゃないなぁ……』
利き手を握られたまま、するオナニーがこれほど手間のかかるものだとはハウスは初めて知った。
スリルに胸が落ち着かなかったのも、もぞもぞと布団の中で芋虫のように動いて、不自由な片足になんとか負担をかけずに、片手で下着をずらす苦難を成し遂げるまでだ。
やっと、晒した素肌に布団のカバーが触れ、尻がベッドの上に落ちる。
スエットのゴムが太腿に食い込んだままで、少し痛かった。しかし、それは、舌打ちしたくなるほどではなく、それよりも、重苦しい下腹部を獰猛に食い荒らすセクシャルな欲求を解決する方が重要だった。
ウィルソンの寝顔を窺いつつ、ペニスを掴んだ頃には、セックスする関係にある親友が隣に眠るというのに、自分の手で扱かなければならない馬鹿げた自分の現状に苦い笑いがこみあげてきていた。
握った手さえ動かさなければ、ウィルソンの寝息は同じままで、ハウスは、ウィルソンの瞼の皺を見つめながらペニスを握った手を何度か上下させる。
馬鹿げているのは、ハウスだけでなく、ウィルソンが隣で寝ているというただそれだけで、股間で頭をもたげ硬くなり、快感の出口を求めているものも同じだった。
しかし、利き手の快楽の手順をよく知った動きとは違うもどかしい感触は、なかなかそれに、満足感を与えず、しかし、ウィルソンは、しっかりとハウスの手を握ったままだ。
隣からは、ウィルソンの寝息が聞こえる。
眠る彼が本気になった時にするセックスを思いだしながら扱くハウスは、ウィルソンが起きないよう注意深く体を動かさないようにして、手の動きだけを速めていた。
片手でしているせいで、布団を体から持ち上げ隙間を作ることができず、先端のぬるつきが掛け布団のカバーを汚していた。
大分よくなってきて、ハウスは低く声を漏らした。
「うー」
じっとハウスはウィルソンを窺ったが、瞼がかすかに痙攣しただけだ。しつこく舐めたり、噛んだりする口は、健全で健康な寝息を繰り返している。
ハウスに指に絡み放さない長い指は、恥ずかしい姿勢をとらせて、接合部になる穴を、時間をかけ広げていくのが好きなのに、今は少しも動かない。
指だけでいきそうになるぎりぎりまで追い詰められることがよくあるが、それよりもハウスは、ウィルソンの硬く長いもので、腫れたように熱をもつアソコを穿たれ、擦り上げられる方が好きだ。
好きなのだ。
「あっ、あ」
快感の波を捕まえることができそうな気がして、ハウスは先端に特に刺激を与えるようにペニスを扱きながらウィルソンの顔を見つめた。
本当にいけそうな感じがしてきて、一瞬だけ、ペニスから手を離し、射精に備え自分の着ているTシャツの裾を引き延ばす。そして、その下に隠れたペニスを慌ただしく掴むと、ハウスはせわしなく手を上下させた。
びくびくと腰が揺れて、むき出しになっている尻が敷布団のカバーと擦れる。
「っ、は」
ぬるぬると溢れてだしているものが、くちゃくちゃと音を立てているが、布団に篭っているせいでそれほど恥ずかしいボリュームではない。
下腹部に力が入り、口が大きく開いていく。
「っ、っ!!」
腹の上に、ぼたぼたと精液が落ちた。
いけた満足感に、はぁーっと、息を吐き出しながらも、気持ちが悪かった。
ハウスは布団を蹴り飛ばしながら舌打ちし、手のぬるぬるをTシャツに擦りつける。ついでに、ペニスと、腹の汚れもふき取る。
そして、そのあと、ハウスは、ウィルソンと手をつないだまま、もう片手で汚れたTシャツの裾が自分の腹に触らないよう引っ張ったまま、身を起こすという至難の業を達成した。
それで何をしたかと言えば、ベッドの隣で、親友がこんなエロティックなことをしていたというのに、ぐっすりと眠っているウィルソンの髪にそっと口付けたのだ。
「おはよう。ハウス」
「ああ」
不機嫌そうな朝の親友の姿に、コーヒー片手のウィルソンは小さく笑っている。
「今晩は、セックスをしようか」
END