*仕返し

 

予定されていたビジネスディナーのせいだったとはいえ、夕食をおごらせようと誘ってきたハウスを袖にしたのは、ウィルソンだ。

だから、この腫瘍学部門部長は、今朝、ハウスからの報復を受ける心構えだけはしっかりと出来ていた。

しかし、5分遅れで外来診療に現れた親友は、にこやかに朝の挨拶をした。おまけに、リュックから白衣を取り出し、驚きの目で見つめる病院スタッフの前で袖を通してみせた。

「……ハウス、白衣を着るのか?」

「この方が医師としての信頼性が増すだろう?」

「……へぇ……」

 

隣同士の診察室に入って、30分後、診療を続けるウィルソンは、回避したかに思えたハウスの仕返しを受けていた。

 

「へぇ。喉が痛い。声が出にくい。どれ、少し口を開けてくれ。うーん。ちょっと腫れているかな? でも、これじゃぁ、どの程度、あんたの声が出にくいのか、今一つ、よくわからない。これを大きな声で読んでくれ」

50代半ばの男性患者は、医師から手渡された紙をみて、首をかしげた。

「……これを、読むんで?」

「そうだ。なんだ? 俺は医者だぞ。ほら、この白衣を見てみろ。こんなの医者しかきないだろ? さぁ、お医者様がしろって言ってるんだ。はりきって、大きな声で読んでみろ」

 

「……ウィルソンのクソ野郎!」

 

「は? あんた、そんな声しかでないのか? そりゃ、喉に悪性の腫瘍ができてるな。すぐ手術が必要だ」

「え? 本当に?」

怯える患者にハウスは、紙を指差す。

「手術は痛いし、高価いぞ。ほら、俺が診断を下す前に、頑張ってもう一度大声をだしてみろ」

「何がビジネスディナーだ、出世欲の塊め!」

「まだ、声が小さい」

「ウィルソン、お前が看護婦と浮気してるのは知ってるぞ! 医者としての恥を知れ!」

 

「……あの、もしかして、ウィルソン先生とおっしゃるのは……」 

ウィルソンの前に座る外来患者は、白衣の胸ポケットについたネームプレートをちらちらと見ている。

「ええ、まぁ……」

 

薄い壁の向こうではまだ頑張っている。
「ウィルソンのインポ野郎!」

「ほら、もっと頑張れ、もっと大きな声が出るはずだ、お前、そんなんじゃ、癌だぞ!」

「ウィルソンのクソったれ!」

「もっと大きな声で!」

「藪医者ウィルソン! ウィルソンの裏切り者!」