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*褒美? 奉仕?

 

車を降りる前に、足が痛むと言うと、玄関の前まで付いてきたウィルソンだったが、ハウスが、ドアに手をかけると、軽く笑って踵を返そうとした。彼のそういう気の使い方は、負担にならないと言えば、そうなのだが、玄関先に一人残される寂しさもあり、ハウスは軽い咳咳払いでその背中を止めた。振り返ったウィルソンの茶色い目は、何だ?と、尋ねている。だが、今日一日かけた迷惑の感謝を、口にするのは照れがありできなくて、ハウスは、ゆっくりと目を伏せた。軽く、顎を上げる。

「ウィルソン」

ウィルソンは、つかつかとハウスに近づいた。

「…………ハウス。今日、君が足の調子が悪いというから、僕は朝、君を迎えに寄った。君とランチしたが、その勘定は僕も持った。仕事帰りの送りも勿論、僕で、小腹がすいたといった君のためにダイナーに寄ったが、そこの勘定も僕が払った。急にやりたくなったって言いだしたボーリングにも付きあって、代金も僕が出した。つい、さっき、そこのスタンドで、コーヒーまで奢らしてもらって、玄関先まで送り届けまでした。なぁ、僕は、今日、十分君に尽くしたと思うんだが、……まだ、君は、僕にキスまでしろって言うのか!?」

 

 

*ウィルソン先生の離婚歴は3回。

 

サーティーンは聞いてしまった。

「早く決めろ。決めろ!と、うるさいが、それなら、お前なら、どこを見て、誰を選ぶか決めるんだ。言ってみろ、ウィルソン!」

「それは、僕と同じ見方で、君が部下を選ぶってことかい?」

苛立つハウスに責め立てられ、ウィルソンは、眉を顰めている。

「それは、不誠実だろう。ハウス?」

「うるさい、決めろってうるさいのは、お前じゃないか。さっさと、言え」

ガンガンと音を立てて、ハウスの杖が、見も知らぬ患者のいる病室の扉を打ち、まずいとウィルソンは、仕方なさそうに話し出した。

「……そうだね、じゃぁ、言うけど、……僕が部下の女性を選ぶときに、どこに目を付けるかは、2通りある。つまり、彼女が前を向いてるか、後ろを向いてるかに寄るんだけど……」

 

そして、ハウスの部下に選ばれたサーティーンは、誠実に励ましの声をかけてくれたウィルソンに、感謝の言葉を述べるべきかどうか、悩んでいる。

 

 

*ほら吹き

 

「けっ、ほら吹きじじいめ!」

久しぶりに、キャメロンの尻でもみてやろうかと、やってきたERで、しかし、ハウスが会えたのは、チェイスだけだ。しかも、チェイスは忙しそうだ。

「60で、もう一度」

「チャージ」

「クリア」

緊急搬送されてきた老人は、息を吹き返すなり、大声で笑い始めた。

「おい、チェイス、お前のせいで、患者の気が狂ったぞ」

老人の娘にしては、上出来過ぎる巨乳美女も今にも泣き出しそうになっている。

その白い手を、患者の皺だらけの手が握る。

「いや、ハニー、心配せんでいい。さすがに、この年でお前と毎日やりまくってたら、死にかけた」

だが、先生のおかげで、まだお前とやれるぞと、にやりと笑ってウィンクしてきた老人に、思わず、チェイスは口笛を吹いた。

 

「あの年で、毎日だって? けっ、できるわけがない」

激しいキスを始めた患者とその愛人に背を向けたハウスの後を、にやにや笑いながら、チェイスはついて行く。

「先生、おっぱいに嫉妬ですか? いいじゃ、ありませんか。言うだけなら、ただってもんです。……そんなに、気になるなら、先生も言ったらどうです? 言うだけなら、誰にでも言えますよ?」

 

3時間後、チェイスは、ガン病棟の廊下の隅に追い詰められていた。

「……チェイス、なぜだか、毎日、僕とハウスがやりまくってると、ハウスが言って回ってるようなんだが、理由を、知ってるかい?」

やさしげな腫瘍学部門部長の笑顔はおそろしく恐かった。

 

 

*始業時間

 

のんびりと病院のドアをくぐったハウスへと、足早にウィルソンが近づいた。

「ハウス、遅刻だぞ。20分の遅刻だ」

「お前は、俺の母親か?」

嫌そうに顔を顰める診断医に、腫瘍学部門部長も黙っていない。

「君のママになんてなりたいもんか。君の友達でさえなかったら、こんなところにもいない。カディが、君の遅刻分を、友達である僕に残業して埋めろと言ってる。君に、一度、聞いておく。君は、いつから仕事が始まるのか、知ってるか?」

「知ってるさ、ウィルソン。そんなの俺が病院に着いてからに決まってる」

開いたエレベーターに乗り込んだハウスは、バイバイと手を振った。

 

 

*日曜日の予定

 

今、忙しいと何度も言ったウィルソンのオフィスで、散々、どうでもいいことをしゃべりまくったハウスは、やっと席を立った。気が済むまで、友人の邪魔をしたハウスは、気分良くドアに手をかけて、ウィルソンからの呼びかけに立ち止った。

「ハウス……その」

ウィルソンは、なぜか、はにかむように目をそらした。

「その、……」

「……日曜なんだが、夜、予定があるか?」

やっと見上げてきたウィルソンの目は、子犬のようだ。

「……いいや、……ないが」

ほっと、ウィルソンが息を緩ますのに、ますますハウスは、胸が詰まる。

ウィルソンが笑顔を見せた。

「じゃぁ、ハウス、日曜の夜は早寝して、絶対に、月曜日は、遅刻するな。絶対だ!」