星に願いを 5
ミルクを差し出したオーランドを子ショーンはじろりと睨んだ。
コップを受け取ることは勿論、一歩も前に出ようとしない。
ヴィゴは、子ショーンの背中を押して、オーランドの前に立たせた。
「ほら、ショーン。オーリは仲直りしようって言ってる」
お気に入りだという緑のボーダーTシャツを着た子ショーンは、口をとがらせた。
「……オーリ嫌い」
だが、嫌いだというオーランドに、買って貰ったTシャツを着て、幸福な子供は膨れていた。
子ショーンは、とことんオーランドに甘えていた。
いや、舐めているというのが適切な表現かもしれない。
「ごめん。ごめんね。ショーン」
しかし、甘やかすばかりのオーランドは、かがみ込むと、子ショーンに視線を合わせた。
緑の目をのぞき込み、ふくれている頬を優しく撫でる。
子ショーンはぷいっと目を逸らした。
「触ったら、嫌!」
「ショーン。機嫌を直してよ。ごめん。俺が悪かったから」
オーランドがおろおろと機嫌を取る。
ヴィゴは、かたくなに顔を逸らしたままの子ショーンの頭を軽く撫でると、そのまま頭を下げさせた。
「ショーン。一番最初に嘘を付いたのは、ショーンだ。お前も悪いぞ。オーリは謝ってるんだから、お前も謝っておけ」
「えー!!」
子ショーンが大きく抗議の声を上げた。
ヴィゴの力に抵抗し、顔を上げた子ショーンの見上げた緑の目を見下ろしながら、ヴィゴは、まっすぐな子ショーンの目をのぞき込んだ。
「オーリに嫌われたくないだろう?」
「オーリ、ショーンのこと、嫌いになんかならないもん!」
「そうか? でも、俺は、そんな優しくないショーンのこと嫌いになるな」
ヴィゴは眉を寄せて悲しそうに子ショーンの顔を見下ろした。
拗ねた子供は、しばらくの沈黙を必要とした。
だが。
「……。ごめん、なさい」
未だ頬を膨らませたままの子ショーンだったが、きちんと謝罪の言葉を口にした。
オーランドは、きつく子ショーンを抱きしめた。
「いいよ! ショーン。これで仲直り! ねっ」
オーランドは、ショーンの頬にキスを繰り返した。
しかし、子ショーンは、その腕から逃げ出し、ヴィゴの手を引っ張った。
「外に行こう!」
嫌な用事は済んだとばかりに目を輝かせている子供に、ヴィゴは肩をすくめた。
「残念だが、俺は、オーリの話を聞かなくちゃならない」
「えー!!」
絶対に自分の望みが叶えられるものだと思っていたらしい子ショーンは、地団駄を踏んだ。
「ショーン、オーリに謝った!」
「ショーンは、俺がオーリの話を聞くと話していたのを聞いていただろう?」
「でも、ショーン、外に行きたい!!」
子ショーンは、ヴィゴの手を引っ張って、ドアの外へと引きずろうとした。
勿論、ヴィゴはびくともしない。
それでも頑張る子供に、ヴィゴは、ショーンの金色に光っている頭を撫でた。
「ショーン。順番だ。分かるだろう?」
「ショーンの方が先!」
「やっぱり、ショーンは、わがままな赤ちゃんなんだな」
ヴィゴは、ショーンをひょいっと抱き上げた。
「ショーン。そろそろ、うちで自分のこと、ショーンって呼んでるって認めろ。すぐ、自分のこと、ショーンって言うからバレバレだぞ」
ヴィゴは、ふくれている吊り目にキスをした。
「ん? ショーン?」
「嫌!」
とうとう自分のことを名前で呼ぶ癖を否定することも出来なくなった子ショーンは、ふっくらとした頬をさらに膨らませ、ヴィゴの口を叩いた。
ヴィゴは、その小さな手にキスをした。
「俺は、お前に虐められてる可哀相なオーリの話を聞いてやらなくちゃならないんだ。あっちも、お前と変わんない位子供だからな。話を聞いてやらないと泣いちまう」
ヴィゴは、ふくれっ面をぎゅっと抱きしめたまま歩くと、ダイニングの椅子を引いて、そこへと座った。
子ショーンは膝の上だ。
「オーリ。そこのカレンダーをめくってくれ」
ヴィゴは、こちらも、子ショーンと同じように子供だと言われて、ふくれっ面のオーランドに声を掛けた。
それでも、オーランドはやはり大人だ。
「えっ? いいの?」
オーランドは、まだ日にちの残るカレンダーに手を伸ばし損ねた。
「あと、2日だろう? 構やしない。ついでに、そこのペン立てから、ペンを何本か出してくれないか?」
ヴィゴは、重ねてオーランドに頼んだ。
オーランドは、まだ残り日数のあるカレンダーを壁からめくり取り、ペン立てごと、ペンを差し出した。
どこでも絵を描くヴィゴの習慣に合わせて、キッチンに置いてあるものもかなりな量がある。
オーランドが取り出した色とりどりのペンに、早速、子ショーンが手を伸ばした。
いいの?と、目で聞くオーランドに、ヴィゴは頷いた。
「俺は、オーリの話を聞く。その間、ショーンは、絵でも描いててくれないか?」
オーランドが広げたカレンダーの裏の白紙に子ショーンの目が輝いた。
それでも、子ショーンは、下からヴィゴを見上げた。
「ヴィゴも描いてくれる?」
「ああ、ショーンが上手に描けたらな」
ヴィゴは、オーランドに座るように促した。
オーランドは椅子を引いて座ると、ヴィゴの足を蹴った。
「俺、確かに話は聞いて欲しいけど、ショーンみたいにわがままじゃないよ」
「俺にとっては、どっちもどっち」
ヴィゴは、手元の紙に、勢いよく線を引き始めた子ショーンを膝の上で揺ってやり、子供を笑わせた。
子ショーンは、声を上げて笑うが、曲がった線にペンを振り回した。
「酷い! ヴィゴ! 曲がった!」
「平気。平気。ショーン、上手じゃないか」
まだ、何とも分からないものの上を、ヴィゴは指でなぞり、子ショーンに続きを促した。
子ショーンは、ペンを握りなおした。
「ヴィゴ、何か当てれる?」
奇怪な線を何本も書いている自信満々な笑顔は、ヴィゴを振り返った。
ヴィゴは、片目を瞑ってウインクした。
「俺に分かるもんならな」
「絶対、ヴィゴ、わかる」
だが、豪快な線で描かれるものは、きっと神様か、子ショーンにしか分からないものだった。
熱心に描いている子ショーンを優しく見つめながら、ヴィゴはオーランドに話を促した。
オーランドは、これまでの苦労話より先に、子ショーンの絵に呆然とため息をついた。
「なるほど、これが、ショーンの絵の原型……」
ヴィゴにもオーランドがイメージしているものが思い浮かんだ。
オーランドがイメージしているのは、多分、あの赤い線で描かれた小動物だ。
ヴィゴはわざわざ赤いペンを取って、紙の角にリスを描いた。
多分、ショーンの絵よりは100倍はうまく描けたが、つい、口元に笑いが浮かんだ。
オーランドもくすくすと笑う。
うれしくなったヴィゴは、真剣に絵をかいている子供の頬にキスをした。
子ショーンはうるさがって、ヴィゴのキスを払いのけた。
オーランドがにやにやとうれしげに笑う。
「ヴィゴ、ショーン、キス、嫌だってさ」
「画伯は、今、真剣だからな」
「画伯? それ、ショーンこと?」
オーランドは吹き出した。
「オーリ。何言ってる。ショーンの絵はすばらしいじゃないか。子供らしい素直ないい線を描いてる」
「ねぇ、確か、大人のショーンも同じような線で描いてたと思わない?」
オーランドは、紙の端に描かれた、似ているというにはうますぎるヴィゴの赤リスを指でとんとんと叩いた。
ヴィゴは、どうやら大きな動物を描いているらしい子ショーンの手元をのぞきこんだ。
「いや、多分、……この子の方がうまいな」
だが、何故か、子ショーンの動物には、顔らしきものが、四つある。
子ショーンの手が止まった。
ヴィゴの描いた絵に気付いたようだ。
真剣にペン先を見つめていた顔に、ぱあっと、歓喜が広がった。
「すごい! ヴィゴ! もっと描いて!!」
自分のペンを押しつけ、ねだる子供に、ヴィゴはペンを握りなおさせた。
「ショーンが一杯描いてくれたら、もっと描くよ」
ヴィゴは、ねだる子供をなだめながら、オーランドに話を聞いた。
オーランドは、ため息とともに、これまでの苦労話を始めた。
続く。
殆ど書いてあったので、上げてみる。