星に願いを 2

 

ヴィゴは、不意に子供を膝の上から下ろすと立ち上がった。

「なぁ、オーリ。話、長くなるか?」

子ショーンが、睨むオーランドを避けるように、ヴィゴの背後に回り、服の裾を掴んだ。

ヴィゴの裾を掴んだ途端、気が大きくなったのか、子ショーンはイーと歯を剥く。

オーランドは顎を逸らし、ヴィゴの背中から目だけを覗かせている子供とにらみ合うと、ヴィゴに向かって大きく頷いた。

「長くなる。大きいショーンもたいがいわがままだったけど、小さいの、最悪。子供ってこんなに悪魔だったかと、俺、何回泣きそうになったことか!」

「なるほど。でもオーリ。子供ってのは、大抵悪魔なんだよ。だけど、天使の外見をしてるもんだから、大人はたぶらかされちまうんだ。暑かったろ。ショーン。なんか、飲むか?」

ヴィゴは、子ショーンの背中を軽く抱いて、見下ろすと首を傾げた。

ヴィゴが自分に注目してくれたことがうれしいのか、子ショーンは、小さな太陽のように笑った。

「飲む!」

小さく飛び跳ねた子ショーンに、ヴィゴは笑った。

確かに、この笑い方は、ショーンの小型版だった。

親戚と、いうよりは、親子。無茶を言えば、本人だと言い切りたくなるほど、明るい顔をして子供は笑う。

ヴィゴは、金髪をかき混ぜた。

「わかった。じゃぁ、お前は、ミルクな。オーリ。お前は何にする?」

「水……」

「いやだよ。ヴィゴ。俺、ジュースがいい! 絶対に、ジュース!」

子ショーンが、ヴィゴの服を引っ張り、身体を揺すった。

「ヴィゴ! 俺、ジュース!」

ヴィゴは、ショーンが呼ぶのと同じ発音で自分の名を呼ぶ子供に愕然とした。

思わず大声を上げた。

「ショーン!」

あまりの声の大きさに驚いて、子ショーンどころか、オーランドまで目を丸くした。

ヴィゴは、口元を押さえ、しばらく床に視線をさまよわせると、改めて、しげしげと、金髪の子供を見た。

肌が白すぎるせいか、薄くそばかすの浮かんだ丸い頬には見覚えはなかったが、子供にしては高すぎる鼻といい、意志の強そうな眉といい、つり上がった目の形といい、それは、全くのショーンだった。

目の色など、間違いようがない。

「……ショーンだ」

座り込んだヴィゴは、子ショーンの細い腕を握り、大きく目を見開いて、それどころか、口まで開けて、緑の目の子供に見入った。

オーランドが、カウチにどさりと腰を下ろした。

「さっきから、そう言ってるじゃん」

やれやれと、オーランドは肩をすくめる。

ヴィゴは、初めてここにいるのが本物のショーンだと認め、開いた口もそのままに、呆然とオーランドを見やった。

「だって、お前……。やっぱり、担がれてるんじゃないかと、どこか疑ってるだろう?」

腕を掴まれたままの子供は焦れて叫んだ。

「ヴィゴ! ジュース!!」

ヴィゴは、はっとしたように、子ショーンに向き直った。

「もう一回名前を呼んでくれ」

「ヴィゴ! ヴィゴ! ヴィゴ! ジュース!!」

ヴィゴは、子ショーンを抱き上げると、何度も頬に、髪にとキスをした。

「一体、どうしちまったんだ!ショーン、こんな風になっちまって!」

「だからね。ショーンがお星様にお願いしたから……」

「ヴィゴ! ジュース!!」

「ショーン! こんなに小さい。身体なんか抱きしめたら、折れちまいそうだ! このすべすべのほっぺ! ほら、歯を見せてみろ! ああ! まだ、子供の歯じゃないか!」

子ショーンを抱き上げたまま、わめくヴィゴに、オーランドどころか、子ショーンまでうるさそうな顔をした。

「一体、これはどういうことなんだ!」

「ヴィゴ! ジュース!」

要求のうるさい子供は、ヴィゴの腕の中で、じたばたと暴れた。

ヴィゴは、きつく身体を抱きしめ、嫌がる金髪に頬ずりすると、不意に子供を下ろした。

ヴィゴにとって、ショーンが子供になったということは未だ受け入れがたいことだったが、目の前にいるのが、子供であるということはヴィゴに現実的な選択をさせた。

子供は汗をかいている。

「ちょっと待ってろ。ショーン。いま、ミルクを入れてきてやる」

「ジュース!」

子ショーンは、ヴィゴの背中にぶつかっていった。

タイミングを計っていたように、振り向いたヴィゴは、子供をきゅっと抱きしめると、頬を両手で挟んだ。

アヒルのように唇を突きだした格好の子ショーンに軽いキスをすると、にやりと笑う。

「ショーン。どれだけ甘やかされて育った? 虫歯だらけじゃないか。ここじゃ、うまいミルクを毎日運んで貰ってるんだ。ジュースなんか飲んでないで、こっちを飲んどけ」

唇へとキスされたことにぱちくりと目を見ひらいた子ショーンだったが、あきらめが悪かった。

「オーリはジュースを飲ませてくれた」

「オーリは、オーリ。ここは俺の家だから、俺のルールに従って貰う。子供は、ミルク。ジュースは特別な時だけだ」

ヴィゴは毅然と線を引いた。

子供が上目遣いに甘えた目を見せた。

「特別な時は、飲ませてくれるの?」

「勿論。約束は、守る」

子ショーンが、こくりと頷いた。

見ていたオーランドが大きなため息をついた。

「信じられない! 俺には、泣きわめいたり、噛み付いたり、蹴ったり、座り込んだり、絶対に自分の意見を曲げなかったのに!」

オーランドは、ばんばんとカウチを叩いた。

「ショーン、絶対にジュースしか飲まなかったし、ヴィゴのとこ行くって、わめいた時なんか、床に自分から頭打ち付けて泣き叫んだもんだから、流血沙汰になったんだよ?」

「すごいな」

ヴィゴは、ショーンの額を見るために、前髪をかき上げた。

「俺、信じられなかったよ。子供って、どうしてあんなに凶暴なの? こっちは、ショーンが子供になっちゃったってことだけで、めちゃくちゃパニクッテルってのに、ジュースだ! ヴィゴだ! もう、両方同列。しかも、全部自分の思い通りじゃないとダメ! ショーンじゃなかったら、俺、頭、張り飛ばしてたね」

「オーリ、叩いたくせに!」

ヴィゴに額を撫でられている子供は密告した。

オーランドが赤くなる。

「アレは、店の前で、座り込むから!!」

「大して切れなかったんだな。でも、頭の傷は、たくさん血が出るから、びっくりしたろ」

「びっくりしたよ〜。近くにいたおばあさんが助けてくれたから、助かったけど、こっぴどく説教されるし」

「甘やかすな。だろ」

「ヴィゴも同じ事いうの? でも、ショーン、服や、靴の替えを買いそろえてる時に、急に、ヴィゴに会いに行くって言いだしたんだよ」

その時の事を思い出したのか、ほとほと疲れた表情のオーランドは、カウチの肘掛けにへたりこんだ。

ヴィゴは眉を寄せた。

「なぁ、あまり聞きたくないんだが、どうやって飛行機に乗ったんだ?」

オーランドが、肘掛けに顔を載せたまま、初めてうれしそうに、だが、人悪くにやりと笑った。

「知りたい? 知りたくなった? ヴィゴ?」

「いや、いい、知りたくない。行こうか。ショーン。一緒にミルクを取りに行こう」

ヴィゴの背中をオーランドの声が追った。

「偽造パスポート! ねぇ、ヴィゴ。俺の分の水も忘れないでよ!」

事態は最悪のようだったが、繋いだ手の小ささに、ヴィゴは、寄せていた眉が、ふわりと開くのを感じだ。

 

続けられますように……。3)

 

 

やはり、ホームドラマがやりたいのか?ヴィゴがママで、オーリが若パパなのか?(それは違う!ママは、子豆だ!笑)

続けられるのかどうか、不安だ……。