ワトスン君

 

セットの中では、照明助手がライトの光量をチェックしている。

「あ、俺にも取って」

次のテイク準備が整うまで待ちの俳優たちは、それぞれの椅子に腰かけていた。飲み物を飲もうと主役のロバートが座ったまま台まで手を伸ばそうとしていて、ジュードは、その主役を使って自分の飲み物を手に入れようと思ったのだ。伸びた形のまま、ロバートが振りかえる。

「取って……?」

大げさ顔を顰めた顔をジュードへと向けたまま、ロバートは手探りで水を探している。

「え? 取って下さい?」

お願いが疑問形に語尾を上げた年下へと投げられた水は、ラベルがロバートの愛飲するものだった。どうしてこっちを?と不思議な顔になったジュードを、上から下までじろじろと眺めていたロバートが、意地悪く笑う。

「ジュード、ワトスン君風に、もう一度、頼んでみろ」

わけのわからないままに、ジュードは、自然に椅子へと姿勢よく座りなおし、ロバートを僅かに見下すよう目を眇めた。礼儀として言葉選びは丁寧だが、頼むという気持ちはあまり込めず。

「僕にも水をくれ。ホームズ」

手を打って、ロバートが笑いだした。

「すごく、ワトスンらしい! 最高だ。ジュード!」

「まぁ……ね、だって、俺がワトスンだし」

ひぃひぃ笑いながら、ジュードの手から、自分の水を取り返し、代わりにジュード好みの銘柄を押しつけて行った年上は、要するにこの待ち時間を楽しく過ごしたかったということのようだ。ジュードがしてみせたことは、暇で退屈していた彼をいたく満足させたようで、瓶に口をつけながら、今の良かったよなと、スタッフにまで声をかけ、まだ笑っている。ジュードも笑って貰った水を飲みながら、面白がり屋の年上の様子を眺めていると、ロバートが、意味ありげに視線を投げかけてくる。

「ジュード、お礼の言葉は?」

望みはわかっていたから、軽くうなずくだけで、感謝の表情はほとんど浮かべなかった。ジャケットの裾を正す。

もうそれだけで、年上は肩を震わせ、周りにもくすくすと笑い声が広がる。

ジュードは期待一杯に見つめているロバートにひたりと目を当てた。

「サンキュー・ミスター・ホームズ」

 

 

ジュードの腰には、足が絡んでいる。体温を上げ、汗に濡れた身体を擦りつけて、あられもなく続きをせがむ、この年上が、ジュードは大好きだった。

昼間には、休憩になってもジュードにワトスンとしての演技を求め、そのたびに、周りをどっと賑わかせていた年上の、今、欲しいものは、ジュードのアレだけだ。

口を開けて、齧り付くようにして口づけてきたロバートの股の間には、ジュードの腕が潜り、たっぷりとついた尻の肉の谷間の小さな穴を、解している。ジュードの指が、中で、動くたびに、振られる腰がなまめかしい。

「ロバート、好き、すごくきれいだ」

「なぁ、っ、……なぁ」

柔らかい舌をジュードに絡めて、ジュードを我慢できないところまで興奮させ、煽ろうと、ロバートは懸命なキスをくれる。キスに応えれば、ロバートは目を閉じて、口の中を好きにしていいと、ジュードに主導権を渡す。そして、足は、はしたなくも、ぐいっと腰を引き寄せる。

彼が、もうそればかりを求めていることは、酷くわかりやすかった。

硬くなり、涎のようなものを先端から垂らしているものは、さっきから、ジュードの腹に何度も押しつけられ、彼がそれを擦りつける度、ジュードの腹はぬとりと汚されている。

まるで駄々をこねるように、せっつく腰は、たっぷりと肉のついた太股の間に挟んだジュードの腕をきつい程挟んで、円を描くようにゆらゆらと揺れていた。

濡れた中の肉壁を掻くように指を動かすたび、色気のある皺を眉間に刻んだ彼の唇が、はぁっと、湿った息を吐き出すために、開かれる。

「……ジュード、……っなぁ、もう……っ」

せめて入れられている指で挿入の快感を味わおうとするように、大きな尻を振り立てる。ジュードは、年上の腰を捕まえた。嫌だと濡れた目で、ロバートが見つめてきて、そのままキスだ。

「なぁ、……もう、っ入れろよ」

「うん。もう、……ちょっと。だって、指で、悶えてるロバート見てるのも、けっこうくるし」

キスは、ジュードの唇を噛むものに変わった。

年上は、ジュードの頬にも噛みついてくる。だが、苛立ちが込められているとはいえ、十分加減して、じゃれかかるように噛まれるのは、悪くない。

「ロバートがそうやってするの、結構好き」

「俺は、嫌いだ」

 

そして、焦れた年上がどうしたかといえば、長い睫毛を伏せ、眉の間に切なく皺を寄せて、んんっと、色ぽい鼻声を聞かせながら、ジュードの腕を掴んで、尻の中へと入れられている指をずるりと引き抜いたのだ。

ジュードは、抜いている最中にぶるりと震えた腰と、抜けてからの物足りないと言いたげに開いた口が、どれだけ色っぽかったかについて、ロバートの耳の中へと注ぎこむように囁やいてやろうかと思ったが、そうする前に、もう、年上に圧し掛かられていた。

年下の腰の幅に足を開いて跨いだロバートは、解された穴が具合よく受け入れることが可能なのか、調べるために、指を2本、自分で尻の谷間の窄みに押し当てる。

指はずぶずぶと具合よく解れた穴の中におさまっていき、唇を舐めるロバートは、まるで後ろを使って自慰する時のように、ぐちゅぐちゅと、指を動かした。

そんなのを見上げるようにして眺めさせられるジュードの目付きは、見下ろしている年上をかすかに笑わせたようだ。

「相変わらず、色っぽい顔をしてるじゃないか。坊や。すごく俺が欲しいんだろ? さっきは散々焦らしてみせたくせに」

焦らされたことを当て擦ったが、ロバートは焦らさなかった。未練もなく指を穴から抜くと、中のゼリーでたっぷりと濡れた手でそそり立っているジュードのものを掴み、その上へと腰を落とし始める。

最初、張り出した先端の部分を咥え込む時には、特に、ジュードのものがそこの張り出しが大きいこともあって、さすがにきつくて、辛そうに顔を顰めていたが、そこを抜けてずぼりと中へと飲み込めば、満足そうな吐息を吐いて、ゆっくりと、ジュードの下腹の陰毛を擦るところまで尻は沈められた。

胸へと手をついて、ジュードを見つめるロバートは、僅かに首をかしげる。

もう腰は動き始めている。

「ん、っ……どうする?っ、ジュード、お前が動く?」

 

蕩けるように熱い肉はきゅうきゅうとジュードを締めあげ、もっと、もっとと欲しがってくれていた。

不意を突いて、湿って重い肉襞をかき分け開きながら、ぐっと奥を突き上げれば、ロバートが声を上げる。

「……んっ、あ!」

そのまま小刻みに腰を突き上げれば、頭を後ろへと倒してのけ反るロバートの胸が突き出された。ジュードは、手を伸ばし、尖っている乳首に触れた。感じている時には、乳輪が大きめに広がるロバートの乳首は、普段よりさらに色気が増す。尖っている先を、指の中で軽くつぶすようにしながら、腰を突きあげていると、胸を摺り寄せるようにして倒れ込んでくる。

「っ、……ん、……」

はっ、はっと、吐く息が、ジュードの耳を撫でた。

互いの乳首を擦り合わせるようにして、身体を動かすロバートのせいで、ジュードは、咥え込まれているアソコを、揉みこむような動きで攻め立てられるだけでなく、胸からの快感でも喘がされた。

たまなくて、伏せられていたロバートの顔を両手で掴んで、引き寄せると、きつく唇を合わせた。

「んっ」

自由に動けなくて、ロバートは顔を掴む両手から逃れようともがいた。その顔は、

「……ロバート、真っ赤だ」

「うるさいっ」

「すごく、かわいい……ねぇ、自分で動くより、こうやって突き上げられる方がいい?」

がっちりと掴んだ腰を激しく突きあげられ、腹の上で、ロバートの身体が跳ねる。

「でも、ロバート、この格好より、正面から抱き合ってされる方が本当は好きだよね?」

年上の足首を掴んで、ジュードは強引に持ち上げた。

「あ、あ!」

そのまま圧し掛かっていっても、ストレッチを欠かさない勤勉な俳優の身体は、柔軟だった。大きく足を開く形に足首を掴まれたまま、ロバートは、背中からベッドに落ちる。いきなりの動きに、腹を打ち、先端に溜まっていたいやらしい液体をまき散らす年上の高ぶったペニスも、繋がった穴の濡れ具合も、全て見えた。

「すっげぇ、やらしい」

繋がりの浅くなった部分にぐっと突き入れると、ロバートのアソコが、きゅっと締まる。

「恥ずかしい?」

はぁはぁと、息を吐き、腹をへこませる年上は、両手で自分の目を覆う。

「ねぇ、恥ずかしいの?」

ジュードが、見えている口にキスしようと顔を近付けると、勢いよく手を伸ばしたロバートが、ジュードの首を抱え込んだ。

「好き、だ。……好き」

耳に囁かれる言葉は、頬へのキスと一緒に与えられる。柔らかな頬をロバートは摺り寄せる。

「なぁ、もう、俺、ダメだ。……いきそう」

 

「あっ!……っあ!……んっ、んんんっ!

叩きつけられるような力強い挿入に、ロバートの口からは、ひっきりなしに声が漏れていた。

年下は、時折、焦ったようなキスでロバートの口をふさいで、息苦しい思いをさせて、また、激しく腰を使いだす。

「ぅ、あっ……んっ、は、ん!……んっ!」

「……あっ、っ、あ!」

もう、ロバートには、我慢ができなくて、いきたいと、年下の耳元で訴えた。

「もう、いくっ……今の、それっ……もっと、もっと……っ!」

ジュードはロバートの望みをかなえ、更に激しさを増し、中を穿っていく。

ジュードに揺さぶられる、ロバートの身体に強く力が入る。

 

「い、くっ、出るっ!……出るっ……!!」

うっと、ジュードが呻き、その声に、更に、ロバートの身体が震えた。

 

「出るッ……んっ、出るっ、っ!」

 

 

断末魔の締めつけを、年上の深い部分にとどまったまま耐えた年下は、額に汗を浮かべたまま、喘ぐ人の息をまた奪った。

「ねぇ、ちょっと、ロバートが落ち着いたら、動いてもいい?」

 

 

 

 

セックスが終わって、身体もきれいに拭き終えたロバートが始めたのは、メッセージの整理だ。その中には、明日のスクリプトの差し替えに関する指示も入っていた。

眼鏡をかけて、それを読むロバートは、台詞部分に差し掛かったのか、無意識に口が動いている。ベッドに寝そべったまま、そんなロバートの口元を見ていたジュードは、急に、あっと声を上げた。

「どうした?」

「……いや、すごいくだらないことなんだけど、ちょっと思い出して」

ん?と、手に持っていた紙をベッドに置くと、ロバートの手は、年下の髪を撫でた。

「いや、本当に、すごくくだらない……」

「何?」

「んー、ロバートが、今日、ずっと俺にワトスンの振りさせてただろう? だから、あの最中のロバートに、ホームズ風に欲しいとか、言わせてみようと思ってたんだったって」

その思いつきは、ずっとジュードを楽しませていたが、いざ、こうやって口に出してみると、酷く馬鹿ばかしい。特に、すっかり冷静な顔をして、こうして仕事をベッドまで持ち込んでいるような年上に見降ろされていれば、余計に。

思い切り顔を顰めたジュードに、ロバートはくすりと笑う。年上は、ジュードの隣に、シーツをめくって潜り込んできた

「そんなの簡単なことだろ」

ぴたりと身体を寄せて、耳元へと唇を近付ける。

「ワトスン君。……今晩、僕はしたいと思ってるんだが……どうだろう?」

控え目に茶色の目が、じっとジュードを見つめてきて、思わず、ジュードは噴き出した。

「そんな風!?」

「……多分、そうじゃないか?」

照れ臭いのか、ロバートは笑うジュードの口を押えようと、手を伸ばしてくる。ジュードはその手を捕まえ、何度も、繰り返し指先に口づけた。ロバートの目が擽ったそうに瞑られる。

ジュードは、長い睫毛を閉じてしまった顔も見たくて、そっと顔を近づけた。

唇を何度も重ね合わせて、ジュードは、腕の中に抱きしめた大事な恋人におやすみを言う。

「うん。おやすみ、ジュード……」

目を瞑ったままの恋人は、もうそのまま眠りに落ちていくとばかり思ったのに、いきなりぱちりと目を開けた。そして、笑った。

「いいや、……ワトスン君」

 

 

END