再会とかくれんぼ

 

 

「忙しい主役を差し置いて、薄情者が今頃、顔を出したぞ」

残念ながら、前の仕事が押してしまい、3日遅れで打ち合わせのための、会議室に顔を出したジュードを紹介したのは、皮肉と笑いが同量のガイの声だ。

「ジュード!」

「やぁ!」

「忙しそうだな」

見知った顔も、そうでない顔も、一様にジュードを見つめる。そして、手を振ったり、笑顔を見せたり。ヒット作となった映画の二作目の現場といえば、蓋を開けた時から、現場があったまっている。

「よろしくお願いします」

ジュードの殊勝な挨拶は、それだけで、皆からの笑いを買った。リラックスした笑いに包まれながら、ジュードは、目当ての人物を探す。奥の席に着いている彼も、勿論、笑っている。

目が合うと、ロバートは、口元をにんまりと引きあげた。

ジュードも同じように、口元を引き上げる。

これで挨拶は完璧だ。

ロバートが、前作の時と、同じ空気で自分を迎え入れたことに、ジュードは満足した。

衣装担当のデザイナーに少し太った?と、聞かれて、乱雑に散在する椅子を避けながら、彼女に近づき、何気ないふりで横目で、ロバートを観察する。真面目に台本を読んでるふりで、ちょうどロバートも、ジュードを窺っていて、目が合ったジュードは吹き出しそうになった。

だから、ウェストを手で測られながら、ジュードは、おもしろいことを思いついたのだ。

 

「なぁ、ジュードがいなかったか?」

「ん? さっきはいたけど」

久しぶりの現場は、しなければならない挨拶や、打ち合わせ、根回しもあって、なかなか自分の時間が取れないのも本当のことだ。だが、その間に出来るほんの僅かの自由時間を、ジュードはかくれんぼに費やしていた。

鬼は、ロバートだ。ただし、ジュードが勝手に決めた配役だが。

「だよな、後ろ姿が見えたんだ」

ロバートが現れる寸前まで、立ち話をしていた照明スタッフに、隠れる前に、しいーっと指を立てて、ジュードは柱の陰に逃げ込んだのだ。嘘だろと嫌そうに顔を顰めていても、長丁場の映画を一緒に撮った仲間は、いざとなればジュードの悪ふざけに一役買ってくれる。

だが、誤魔化す彼の声が、あまりにも棒読みで、ジュードは笑いそうだ。

そして、もうこれで、2度目のジュード捕獲失敗に、つまらなそうな顔をしているロバートが、まだ、タイミングの問題で、共演者を取り逃していると思っているらしい様子がおかしくて、柱の裏のジュードはにやにや笑いが止まらない。

ちぇっと、ロバートは肩をすくめる。

ぽんっと、スタッフの肩を叩いて、来た道をロバートは戻っていく。

その背中を見送る嘘つきの片棒を担がされた男の眉は寄っている。

「何やってるんだ、お前たち?」

「ん? ロバートが鬼のかくれんぼ。どうせなら、再開は感動的なほうが素敵だろ?」

柱の陰から姿を現したジュードは、にんまりと笑いすぎだったようで、スタッフに不気味がられた。

「ロバートは、お前が来るの、楽しみにしてたんだぞ、かわいそうなことしてやるなよ」

 

だが、ジュードだって、かわいそうな目にあっていた。

3度目、ジュードが、挨拶のために(これは、本当に仕事だった)役員室に姿を消すと、ロバートは、いきなりジュードを探す熱意を失ったのだ。それは、あまりにも、呆気ない幕切れで、諦めが良すぎるんじゃないかロバート?と、ジュードが恨みたい気持ちになるほどだった。それでも、ジュードは飽きもせず、あちこち出没し、痕跡を残し、ロバートが追ってくるのを待ったというのに、ロバートは、その情報に見向きもせず、それどころか、絵コンテを見せられながら、ジュードが廊下を歩いても、暇そうに談笑しながら、台本に目を通していて、ジュードに気付きさえしない

仕方なく、ジュードは、大声で、主役を呼んだ。

「ロバート!」

とびっきりの笑顔で、手を振る。でも、忙しいから、今は声をかけただけという態度で、足早に通り過ぎた。

名前を呼ばれた瞬間に、輝いたロバートの顔が、印象的だった。

はっと顔をあげたロバートは、にやりと笑い、手を振り返してきた。だが、仲のいい友人に送るには、視線が熱っぽすぎる。

あんな目をして自分を見る人が、しばらくの間、自分のものだと思うと、ジュードはその考えにワクワクしてしょうがない。

 

「ロバート!」

「え!?」

トイレに行こうと、廊下を曲がったロバートは、そのトイレから伸びた手で拉致されて、目を見開いた。

そして、自分を抱き込んだ腕の持ち主の得意げな笑顔に、苦笑するしかない。

「……ジュード」

驚きのあまり思わず詰めた息は、共演者の名を呼ぶ声と一緒に吐き出された。悪戯が成功したと、満面の笑みで笑う年下の顔を見ていると、どうしてもロバートも笑ってしまう。

「何するんだ。びっくりするだろう」

文句を言っても、ジュードの顔に浮かぶのは、ぴかぴかの笑みだ。

「ちびった?」

「ちびった。ちびった」

頷いてやれば、本当?と、いきなりジュードが股間を握ってきて、ロバートは、身をよじった。

「お前は、全く!」

だが、抗議などものともせず、ジュードは、ぎゅっと手を引き、ロバートを個室に連れ込んでしまう。ドアに押しつけられながら、強く、唇を押しつけられた。それは、キスというよりは、前作からの間に、薄くなってしまった自分の印を刻印し直そうというようだった。

息もできないほどの強いキスに、落ち着けと、ぽん、ぽん、ぽんと、ジュードの背を叩き、合図したが、ジュードはやめない。薄眼を開けてみれば、ジュードのせつなく目を細めた顔が見えて、つい、ロバートも流されてもいい気持ちになってしまったのだ。自分から、薄く唇を開けて、舌を伸ばした。

だが、唇や、舌を軽く啄ばむ甘いキスに切り替えたジュードが、キスしてる最中だと言うのに、真剣な声で、もう漏れそうなの?と、聞いてくる。思わず、ロバートは吹いてしまった。

「お前、あいかわらず、最高におもしろいな!」

おかげで、キスは中断だ。

「だって、『待て』なんだろう?」

「待て、だけどな」

「トイレで、緊急に待てだったら、やっぱり、それだろ?」

年下の真面目な顔はあまりに嘘くさくて、する?と、聞くのに、1センチほどジジッと、ジッパーを下ろして、ジュードの心拍数を上げてやってから、くるりと振り返ると、ロバートは人の排尿を背後から覗き込んでいる年下の頬をぎゅーっとつねった。

「……痛い、ロバート……」

「お前、俺から隠れてただろ?」

尋ねれば、ばれてたのかと、馬鹿正直な青い目をニヤニヤとさせる。うれしそうなのが、憎たらしく、かわいらしい。

「よし、痛くて当然だ。反対もつねってやる」

もう片方もぎゅうっとつねりあげて、その両方の赤くなった頬に、ロバートはキスした。

「俺に探させて、楽しかったか?」

「そりゃぁ、勿論!」

ジュードの目がきらきらとしていて、ロバートの顔には思わず笑みが浮かんだ。

ロバードは、自分から、ジュードの腰を抱き寄せ、ちゅっと唇を合わせた。

すかさず、ジュードも腰を引き寄せる。

たが、場所が、場所だ。今は、キスだけだ。

名残り惜しく舌を絡ませる。

けれど、そのキスだけにすら息を上げながら、ロバートは、ジュードの耳元でうっとりと囁く。

「もう隠れるのはなしだぞ。悪ガキめ」

 

 

 

結局、かくれんぼは、たった2時間で終わりだった。

 

 

END