ロバートの面目

 

若い彼は、ロバートの周りの人間が言うには、あまり褒められた部類の男ではなく、だから、その現場で初めて顔を合わせた時も、ロバートは、普段通り、ビジネス以外は殆ど何も期待をせずにいた。

 

「どうした?」

現場の慌ただしさは、好きだった。乾燥し埃っぽいことに関しては、いつかどうにかなればいいと思ってはいるが、重機が動きまわり、そして、やたらと人が駆け回る。

「え?」

ロバートが掛けるどうした?は、いつもただの挨拶で、質問の意味はなかったのだが、この律儀な男は、毎回、驚いた顔で自分が答えるべき心配事を探す。そして、笑うロバートの顔を見れば、精巧に整った顔を、またやられたと、くしゃくしゃにして笑い返した。

「ロバートは、今、入り?」

「そう」

自分の椅子は別にあったが、ロバートはジュードの隣に滑り込むようにして腰掛けた。

「ジュードのその間の抜けた顔は作ってる途中?」

「まぁね、台詞を直すって呼ばれて、そしたら、そのまま放っておかれてる」

元々の作りからして、ジュードの顔は、冷たいムードに整っているが、テンポの良さを更に際立たせるために、役柄に合わせこの顔にある人の良さはメイクで消し去られる。だが、今はまだ、目元の光が柔らかい。

「じゃぁ、教えてやる。台詞をどうするかは、まだ紛糾中だ。俺の予想では、3通りは、撮ることになるぞ」

被害は自分ばかりですまないと、ジュードは笑った。

「それなら、受けるロバードも、2通りは撮るかもね」

 

 

自分の周りを囲む人間を、ロバートは信頼していたが、彼らの口にすることが全て真実というわけではないということも、ロバートはわかっていた。

「……だらしのない男らしいって聞いたけど」

「演技で、君の足を引っ張るってことはないと思うね」

「君のムードとは方向性が違うし、彼のビジュアルもいい。いい仕事になるんじゃないか?」

彼らはジュードを共演者としては歓迎ムードだったが、それ以上では決してなく、だから、ロバートは才能ある俳優としての彼と会うことにのみ、期待した。

しかし、初顔合わせの日に、拍子抜けした。

年下の男は、至極まじめな顔をしてロバートに握手を求めた。

仕入れてきたゴシップは完全に肩すかしをくらう形だ。

 

トントンと肩を叩くと、ロバートに耳打ちする者がいて、話を聞きながら、ロバートの口元は笑みの形に上がっていった。

「喜べ、ジュード、君の台詞は、今、6通りだ。その上、誰も意見を曲げようとしてない」

それだけ撮ろうと思えば、ワンシーンを終えるだけで、半日は潰れる。

椅子の背にのけ反る形で、ジュードはずるずると椅子から落ちていった。

「くそ、なんだよ、それ。しかも、こうやって揉めた時は、大抵、最初の案が通るんだ」

ロバートは、金色の頭をくしゃくしゃと撫でた。年下は、頭の形からして良いというのに、頭髪は微妙な分野らしく、触られるのを嫌う。

「そうだな。しかも、絶対、撮った後にな」

だから、余計に触りたくなる。

 

ここまで、共演者であるジュードと仲良くなるまでの間には、幾度かの形式的な会食、顔を見掛ければ、常識としての挨拶、それから撮影中のトラブル、そして、やっと、少人数での食事、だが、そこから先は、驚く程の急展開だった。

ロバートは、どうしてジュードの私生活があれほどごたつくのか、身をもって体験した。

優しくしてくれる相手にジュードはすぐ傾くのだ。まるで一度も優しくされたことがないように、愛情に弱く、少しでも優しくされると、呆れるほど、簡単に自分の心の弱いところを見せる。

そして、不器用にも程があると思うのだが、擦り寄る彼が甘えてしてみせるのはスマートなセックスだった。この男の周りにトラブルが頻発しても全く不思議じゃない。

親しくなったばかりの新しい仲間たちの多い食事だった。話題は多くあったが、まだ、知れない気心に、手元の酒は何度も喉を通っていった。途中で、若くてナイスな容姿の女の子たちが何人か加わったが、部屋に辿りついてお開きにする時には、残念ながら、彼女たちの腰に腕を巻きつけているのは、別の人間だった。

取り残されたのは、俳優二人だ。人気も知名度もあるが、仕事の斡旋の手腕は、実務についているものの方が上だ。

 

「お前も帰るか?」

時々ナッツを口に放り込んでいるラグの上のジュードの頭を撫でたのは、正直にこの結果をつまらないと顔に書いていた男がかわいらしく感じたからだ。

尖っている唇を、いやらしいと感じさせるのがさすが色男じゃないかとか、なんだとか、ロバートは、ぼんやりジュードの顔を見下ろしながら、頭の端では、今晩のトレーニングをどうするか、迷っていた。いけないとはわかっていても、酔った身体は重く、サボってしまいたい。

だから、伸びあがってきたジュードにキスされた時には、思わず身体が強張った。

「……あれ? 俺、勘違いした? 今、誘われたと思ったんだけど?」

覆われた唇は、ちょうどいい温度だった。

確かに、怠け心との戦いは頭の片隅で行われていたにすぎず、脳の大半と、視線は、そそられるジュードの唇に釘付けだった。

「いや、その、……まぁ」

「ああ、いいよ。気にしないで。俺の勘違いでいい」

自分に向けられる好意に、ひどく聡い男は、年上に恥をかかす真似もしなかった。酔いが背骨を融かしている分、おっとりと笑って、ジュードは、ロバートを見上げた。格好悪く動揺したロバートに、ごめんと表情で謝る気遣いまでする。

ロバートは、少し悩むように、年下の奇妙に整った顔を眺めた。考えたのは、この顔で彼はちゃんと得してきたのだろうかという疑問だった。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「するか?」

酔いに箍が緩んでいても、それなりに決意のいった提案だったというのに、年下は、少し驚いてみせただけで、気軽に頷いた。

「そうだね、悪くない考えだと思うよ」

またナッツを手にとって口に放りこみながら、ジュードが、あまりにさりげなく返事を返すせいで、その自信はなんだと、ロバートは顔を顰めて、ジュードを見下ろした。

ジュードは視線に気づいた。不思議そうに見上げる。

「えっ? 多分、満足させられると思うけど?」

年下の表情には揺らぎがなかった。つまりは、こいつの自信は本気なんだと、思わず、ロバートはおかしかった。

「マジかよ、お前。じゃぁ、しょうがない。それじゃぁ、後悔しないために、一度、試しておくか」

 

 

いまだしつこく髪を触る年上に構われたまま、ロバートの後に立っている関係者を、ジュードは見上げた。

「ねぇ、俺も打ち合わせに入れそう?」

台詞に関しては、出演者として口を出す権限が、僅かばかりながらある。だが、さぁと、男が肩を竦める前に、ロバートが口を挟んだ。

「なぁ、それより、長く揉めそうだったか? 俺の準備は、あと、30分もしてからでいいよな?」

男は、時計を確認し頷く。

「あれは、多分、長く揉める。昨日、揉めたまま蓋をしただろ、おかげで、誰も、全く引く気がない」

「メイクの続きを仕上げるか?」

ロバートに聞かれたジュードは、眉を寄せた。

「そうすべきだろうけど」

メイク担当者は、女優付きメイクのサポートに入っていた。台詞はどうあれ、実際に撮るのは、まだ先の予定だった。耳元で興奮気に囁いっていった彼女の能力アップの場を、奪うことはない。

「じゃぁ、ジュード、お前は暇だ」

 

多分、傍から見れば、ジュードが、酷くロバートに懐いたように見えるだろう。

実際、年下は、照れ臭がって好意を隠すなんて真似もせず、素直にロバートへと懐いてみせるし、ロバートもそんな彼を、かわいがっていると、見せている。

 

キスしてくるのは、大抵ジュードだ。

聡い彼は、ロバートの出すサインを読み損なうことなく、自分から仕掛けてきた。

おかげで、ロバートは、受け入れ、許している態度を取っていればよかった。

誰もいないトレーラーの大きくないソファーの上で、繰り返し、繰り返し、唇を合わる優しいキスを。擽ったくなるようなキスにロバートの唇が笑いの形に動きかけると、その絶妙のタイミングを突いて、唇の中へと柔らかく湿った舌が忍び込んでくる。そして、長い指は腰の辺りを優しく撫で、官能に揺さぶりをかけることも忘れない。

だが、どんな人生を歩んできたのか、この男のやることは、まったく強引ではないのだ。

気負うことなく言ってみせたように、ジュードのテクニックは、最初の時から困ったことに全く満足のいくものだった。

どっちがいいと聞かれれば、二人とも、きっと迷わず女を選ぶはずだというのに、二人でいるのは心地いい。

「キスするの、好きだよね?」

「お前とするのならね」

おしゃべりを始めた口は、動く舌を、追って捕まえる。触れ合う舌の柔らかは、安心なのに、指で撫でられているロバートの腰の辺りにざわめきを引き起こす。

「人のこといい気分させるのが、うまいよね、ロバートは」

つい、自分から舌を絡めにいきたくなり、力を込めたロバートに、ジュードは笑って目を開いた。

青い目は楽しげだ。

唇を合わせたまま、ロバートは舌打ちする。

「お前は、キスが上手いけど、どうせ俺は、遠く及ばない」

「いやいや、そんな。実に情熱的だと思うよ。そういうのみんな、好きだし」

仕掛けるとなれば、がっつくようなやり方が基本の自分を、年下にくすくすと笑われるのは、ずいぶん恥ずかしかった。ロバートは、近過ぎる尻の位置を据え直した。だが、抱き寄せられる。

「じゃぁ、俺も、ロバート風のキスを」

覆いかぶさって来た年下は、ロバートを抱きすくめ、強引に口の中をかき乱した。息さえも奪っていくやり方は、簡単にロバートから理性のねじを弾け飛ばした。こういうのまで上手いというのは、卑怯だろう。自分を押さえつける身体は重く、簡単に逃げられそうもないと思えば、勝手に身体は盛り上がっていってしまう。とらえ続けられる舌は逃げる場所もない。

「……ジュード……」

自分から腰に足を絡めていき、勃ち始めているアソコを押しつけると、ジュードが優しく顔を撫でながら、頬へとキスした。

チュ、チュっとキスは繰り返される。

「ロバート、30分で、準備だろ?」

勃起しかけているアソコに腰を擦り合わせて刺激するサービスはするが、髪を撫でる青い目は、唇にも、チュっと音を立てるようなキスをして、盛り上がりそうだった雰囲気に水を差す。

「する時間はないかも」

 

それでも、トレーラーから出るまでの間、名残惜しげにキスを繰り返すのは、ジュードで、だから、まるで、ジュードばかりが僅かな別れにも、我慢ができないかのように見えた。

何度も鼻を擦り合わせる、愛しげなキスは、降るほどに与えられる。

それは、もう、いい加減にしろと、ロバートが拒んでも、きりなく続けられるのだ。

だから、仕方なく、ロバートは、キスを許し、受け入れてやる。

「ああ、やだなぁ。一緒にいたいなぁ」

「ジュードほど、俺は暇じゃないんだがなぁ」

 

 

 

おかげで、ロバートの面目は変わりなく保たれている。

 

 

End