歯磨き

 

「おい、起きろ」

揺さぶられ、ちゅっとキスをされ、眠い目を擦って、目を開けると、機嫌よさそうに笑う恋人が覗き込んでいた。

「おはよう……ロバート」

とりあえず、口を突き出すようにしながら、身体を起こせば、モーニングキスは、協力的なロバートのおかげで無事、成し遂げられた。

「おはよう。ジュード。さぁ、ねぼすけ、起きろ。お前は、昨夜の約束を守らなくちゃいけないんだぞ」
だが、ジュードの感覚では、まだ朝は早い。

「……なんだっけ?」

眠そうに恋人の腰へと縋って抱きついたジュードの髪に、ロバートは、何度もキスをする。

「歯磨きだよ。昨日約束しただろう?」

そういえば、昨夜急に、早朝からの撮りが入った年上は、ジュードの撮りが、午後からだと知ると、嫌だとごねだし、それは、ベッドに入った後にも続き、挙句の果てに、馬鹿げた賭けに発展したのだ。

それも、

『もし、ジュードが先にいったら、朝、俺に合わせて起きて、俺の歯を磨け』

何が楽しいのかわからないだけでなく、全く、どこにもジュードに得のない賭けだ。

しかも、ロバートは、手で触り合ってじゃれあっている最中に、気持ちよく出した後だという全く不公平な状態だった。

だが、彼が勝つのは目に見えている勝負に、ジュードが乗ったのは、緩く揺さぶられるのを、心地良さそうにしている彼が、それを望んだからだ。

「いいけど」

「何、お前、自信あるわけ?」

「っていうか、どうして、歯を磨いて欲しいの?」

「お前、嫌?」

「ん?そういうわけじゃないけど、そんなの言われたのは初めてで」

ジュードが勝負に乗ると、それまで、怠惰に楽しんでいただけだったロバートは、急にやる気を出した。自ら体位を変え、ジュードの肩に手をつき、完全に主導権を奪い、充実した重みの尻を、ジュードに掴ませると、悩ましく腰をくねらせながら上下させる。

「お前の、でかい……な、相変わらず、」

口の中で遊ばせる舌をちらちらと見せながら、繋がっているところを、指先で撫で、そのままペニスを撫で降りて行き、袋へとやわやわと悪戯を仕掛ける年上に、どうやって抵抗しろというのか。

結局、ジュードは、5分も持たずに負けて、年上を勝利ににやつかせしまった。

だが、賭けとなれば、ちょっと待っても、お願い、少しも、全く聞き入れる気のない年上の尻は本当に無慈悲で冷酷だ。

そして、今、ロバートは、ランチに起き出しても間に合うジュードに、ボールの中に、うがい用の水まで完備の歯磨きセットを差し出し、さぁと急かすようにベッドへと腰掛ける。

「……あのさ、ゴメン。トイレだけいかせて」

生理現象はいかんともしがたく、ベッドから起き上がったジュードは、待っててとキスすると、欠伸をしながら寝室を出た。

トイレに向かって歩けば、朝の光が、ソファーの上に差していて、そこはとても気持ちがよさそうだ。

「ねぇ、ロバート、こっちでやらない?」

 

 

「じゃぁ、口を開けて、ロバート」

逆さまになっている恋人の頭は、ソファーに腰掛けるジュードの膝の上だ。ジュードはこうして子供の歯を磨いたことがある。多分、彼もそうしたことがあるはずだ。裸足の彼の足先が、太陽の光を求めているみたいにソファーからはみ出しているのがかわいらしい。

ロバートが大きく口を開けて、思わず、ジュードは、笑った。

「ロバート、俺はあなたの歯を磨きたいだけで、頭を突っ込みたいわけじゃないから、そんなに大口は開けてくれなくてもいいんだけど?」

途端に、ロバートは口をきゅっと瞑る。その口をぎゅっとつまんで開けさせ、前歯から磨き始めて、丁寧に奥へと進んでいく。

少しだけ付けた歯磨き粉は、ミント味だ。

「気持ち悪くない?」

「ふい、きだ」

だが、口を開けたまま上を向いているのはなかなか辛い作業だから、途中で、ボールの中へと歯磨き粉のぶぐぶくを一度吐き出させた。いいよと言うと、慌ててロバートは起き上がった。

「まだ、やるのか?」

「だって、全部磨けてないよ?」

すると、ころりとロバートの頭がジュードの膝の上へと転がりこんできて、ジュードは、膝へと掛ったその幸せな重みに、思わずうっとりとした。温かな頭は膝に重い。だが、無防備に重いのがうれしい。

年上の願い事は、さすがだ。

「虫歯はない?」

自然に笑ってしまっているジュードは、恋人の口の中を熱心に覗き込んだ。

「……なひ、はず」

泡を吐き出したロバートの唇は、真っ白になっていた。ロバートの柔らかな髪が、腿を擽っている。

ジュードは、奥歯の裏も表も、全部ブラシの先で丁寧に撫でていき、合間に、ロバートの閉じられた目元や、鼻の先にキスをした。

「フロスもする?」

つい悪戯心が湧き、舌の上をブラシで擦り、嫌そうに年上が顔を歪めたのを笑ったジュードは、ロバートの口元まで水の瓶を近付けながら聞いた。軽く身を起して、口に水を含んだロバートは、ぶくぶくぶくと忙しそうに口の中を動かしながら、眉を寄せて迷う顔をした。

ボールを近付ければ、ぺっと水は吐き出される。ジュードは、その口の周りに軽くタオルを押し当てた。

大きな目を動かし、年上が聞く。

「お前、上手い?」

疑い深そうな目だ。

「……どうかな? 自分でやる時は、たまに、血がでる」

きゅっと額に皺が寄り、

「やっぱりな。やめておく」

だが、代わりに、長い睫毛の伏せられた顔が近付いた。

望みがキスだということはわかった。唇を近付けた。

「うわ。すごい、ミント味」

思わず、くすくす笑ってしまう。

「歯もつるつる」

「お前が磨いてくれたからな」

「ところで、もしかして、ロバート、朝食って」

絡んだ舌も、さっぱりとした感触だ。その舌をロバートはやたらと熱心に絡めてくる。

「食べてない。これから食べる」

 

 

たっぷりの朝食が済めば、鏡の前に二人並んで歯磨きだ。

「…………やられた………」

目覚めて最初にしたキスが、コーヒーの匂いも何もしなくて、なんとなく疑ってはいたのだ。

昨夜寝る前、ロバートを送りだしたら、二度寝しようとこっそり決めていたジュードの企みは、ミント味の歯磨き粉ですっかり目が覚めて、見事に打ち砕かれた。

5時間もジュードに早出する約束を取り付けた年上は口の周りを泡まみれにしながら、にやにやと悪く、鏡の中で笑っている。

「今晩、俺がお前の歯を磨いてやろうか?」

ジュードは、ぎゅっとロバートの腰を引き寄せ、自分の泡まみれの口を押し付けると、ついでに舌まで捻じ込んだ。気持ち悪がって、逃げようともがく顔を両手で掴んで離さない。
「こらっ!」

唇を汚していたミントの泡を、指先で、ロバートの頬につけ、ついでに、鼻の頭にもつけてやる。

「なんで? かわいいよ」

キス×キス×キス

 

End