シャーロック・ホームズにまつわる雑記 9
*分り難いホームズの遊び
がちゃりとドアが開いて、入って来たホームズは、今日の午後から行方不明になっていたワトスンの白衣を着て、聴診器まで手に持っている。
「……ホームズ」
幸いなことに、午後からの患者はなく、ワトスンはのんびりと新聞を読んでいたのだが、悪ふざけが過ぎるホームズを嗜めるように見上げた。
だが、ホームズは平然とワトスンが診察用として使っている椅子を引き摺り近づくと、ワトスンに新聞を畳ませる。
正面に座れば、聴診器を耳へと嵌めながら、ホームズはシャツのボタンを外すようにと促す。
「何がしたいんだい、君は?」
しかし、いかにも気まじめな様子で探偵が先を促すので、暇なこともありワトスンは、シャツのボタンを外していった。
ホームズは、ワトスンの胸へと聴診器をあて、気難しげな顔で聞き耳を立てている。聴診器は、ぺたぺたと位置を変え、胸の音をさぐる。
「ホームズ先生、僕の調子はどうだい?」
ワトスンは、思わずくすくすと笑っている。
真剣な様子で胸の音を聞きわけて大きな目が、困ったようにワトスンを見つめた。
「僕はただ、いつも君がこうやっているから真似していただけで」
*ワトスン君の心遣い
それは、重病の患者を抱え、身動きのとれなかったワトスンを残し、一人ホームズが事件の解決のためにロンドン南西部のウォーキングまで出かけることになった時のことだった。
できるだけ、身軽に動くことを信条とした探偵は、嵐になるとわかっていたが、必要ないとレインコートだけを鞄に入れ、傘は置いて下宿を出た。
しかし、外は滝のような豪雨だ。けれども、今晩でなければ、事件の解決は難しい。
依頼人の夫人は、これからの手順を確認するため、探偵の部屋を訪ね、探偵の鞄を見て微笑んだ。
「まぁ、ホームズさん、私がご用意した傘は必要ありませんでしたね。やはり、準備がよくていらっしゃる」
「ええ、僕には心配症の母がいまして」
鞄の中の傘に、探偵は、うれしさを無理に噛み殺したような渋顔だ。
*探偵流の身支度
朝食前に、手洗い場へと向かわせたホームズが戻って、ワトスンは厳しい顔で尋ねた。
「手は、洗ったか? ホームズ」
「ああ、勿論。ワトスン君」
ホームズは澄まし顔だ。
「顔は?」
「洗ったよ」
大きな目でじっと見つめて、褒めてくれと言わんばかりだが、その位は当然のことだ。
「耳の後ろまで?」
医者は、ぎろりと探偵を見据えた。
「君に見える方はね」
*手紙の書き方
今回、ホームズの依頼人となったエフィーは、恋多き女性であり、何度も結婚と離婚を繰り返していた。
事件の詳細な報告を兼ねた必要経費の請求書を送るにあたって、ワトスンがあまりに心配するので、ホームズは、次のような一文を書き添えた。
「ミセス・エフィー。この手紙が、間に合うことを祈っています」
*留置所にて。パート2
「つまり、君の細君は、君に怯え、言いなりだというのかい?」
事件だと言えば、夢中になるあまり法を無視しがちな探偵は、またもや、留置所の世話になっていた。
大男の隣に腰掛ける探偵は、真剣に話に聞き入っている。
「そうだとも、女房なんてそれで当然だ」
「はっ、そんなことありえない!」
だが、にんまりと自信を持って笑う男に、探偵の表情はかわった。
ぐっと身を近付ける。
「君のやっていることは正しくない……だが、なぁ、ここはひとつ、男と男として、頼みがある」
ここの常連ではあるものの、ホームズが立派な探偵だということを、留置所の面々は知っていた。
それが、ケチな泥棒相手に真剣なまなざしだ。
「なんだ?」
「……どうやってそういう風に持ち込んだのか、ぜひ、教えてくれ」
留置所の入り口には、探偵の相棒である医者が仁王立ちだった。