シャーロック・ホームズにまつわる雑記8

 

*何しに来たんだ……?

 

眠りかけていたワトスンのベッドにホームズが潜り込んできた。

「……ホームズ、君は、僕が先ほど誘った時には、したくないと言わなかったか?」

寝入りばなを起こされたワトスンの眉の間には深い皺が寄っている。

「ああ、そうだったかも」

「じゃぁ……今はしたくなったということか?」

「……それなんだがね、僕は、したいような気がするんだけど、なんだか、違うような気もするんだよ。だから、どっちなのか確かめようかと思って」

 

 

*告白

 

「……だから、その、……つまり」

それを言い出すまでに、ワトスンは、酷く言葉に詰まり、だが、ホームズは、辛抱強く待っていた。

その時間は、優に一時間を超える。

「……すまない、待ってくれ。……今、言う。…………言うとも。……いや、待ってくれ。……いいや、今だ。……そう……つまり、」

きっかけを掴んだ後ですら、医者は、それを言うのが、酷く困難そうだった。だが、彼は、とうとう決断した。

「ホームズ、僕は言うぞ。これは、君を傷つけるかもしれない。…………だが、言わせてくれ。……僕は、君が、好きなんだ!」

「僕もだよ。ワトスン君」

告白で、全身の力と勇気が抜けてしまったかのように、ワトスンが椅子へと倒れ込みそうになり、ホームズは慌てて彼を抱きとめた。

タイミング良く、蜀台の蝋燭が、ジジっと音を立てて、燃え落ちる。その位、ワトスンが告白するまでには時間がかかった。

息がかかるほど近い距離で抱き合い、……だが、ワトスンは、緊張に身体を固くするだけだ。

互いの息遣いをさぐり合っていることは、長い付き合いだ、二人とも感付いている。二人の鼓動が普段より早いことも。だが、温かな闇の中で行われているものは、抱擁だけで、またここでも、ホームズは、ワトスンの尊厳を守るため、辛抱強く待った。待って、……待って、待ち続けて、更に一時間後、さすがにホームズも、弱音を吐いた。

「……ワトスン君、もし、君のズボンの中のものが、替えの蝋燭だったりしたら、僕は、泣きたくなると思うんだ」

 

 

*ちなみに、クラーキーのは72

 

探偵は、現場への同行を強要したドクターがオーバーワーク気味にあることは分かっていた。

「悪かったよ。ワトスン。昨夜君が、急患を抱えていたことはわかっていたというのに……」

ワトスンは、自分の体調など隠しおおせているものだとばかり思っていた。

「顔色が悪いか?」

「いいや……」

探偵は、すまなそうに長い睫毛を伏せる。

「君は、この現場についてから、握手するたびに、相手の脈を取ってるんだ」

 

 

*わかるか!

 

探偵は慧眼だ。

カップを置き、立ち上がったワトスンは、なかなか席に戻ることができなかった。

「何を手間取ってるんだい、ワトスン君? 君、君の探し物は、クッキーだろ? それなら、この間届いた帽子の箱の中の砂糖壷の中に、パン屋の袋に入れてしまってあるのに」

 

 

*事情通

 

現場にやってきた判事は、探偵などという胡散臭い職業をよく思わない人間の一人だった。

「それで、ホームズさん、あなたは、ちょうど引き受けていた事件の関係で、昨日、被害者であるこの夫人のお宅を訪ねたというんですな。その時、彼女はなんと?」

レストレード警部は、ホームズに事情を尋ねようとした。

だが、判事が遮る。

「君、こちらの探偵は、本件には無関係だろう。現場から出て行って貰いたまえ」

判事の方が、立場が上だ。苦虫を噛み潰したような顔をして、レストレード警部は、ホームズに退去を求めた。

だが、幾ら骨身を削ろうとも、殺人から一週間が経つというのに、まるで埒があかない。

痺れを切らした判事は、レストレードに言った。

「あの、ホームズとかいう探偵に、事情を聞いてみたらどうだね、君」

「あなたがお聞きになったらどうですか、判事」

 

司法を守る機関では、面子をかけた問題となれば、執念深く、根が残る。

判事は悩んだが、更に一週間経とうとも事件に進展はなく、仕方なく、判事は、自分の部下を引き連れて、探偵を尋ねた。

「これは、これは、大人数で、わざわざの御足労を」

自分の事件を解決し終えていたホームズは、機嫌良く判事を歓待した。

「それで、どんな用件で?」

顔を顰め、判事は聞く。

「あの時、聞きかけたことなんだが……被害者である夫人を前日に君が訪ねたという話だが……彼女は何を言っていたんだ?」

「なにも」

探偵は少し困り顔だ。

「あの日、夫人はお留守でしたので」