シャーロック・ホームズにまつわる雑記6
*ちょっと、待て!
「ワトスン、なんだか、……気持ちが悪いよ」
青い顔をしてふらふらと現れた探偵は、もう1週間も部屋から出ず、太陽の光にあたることも、そして、食事をきちんと取ることもしていない。多分、睡眠だってきちんと取っていないはずだ。
健全な生活を送っていなくては、気持ちのひとつも悪くなって当然だと、顔を顰めつつ、一応、医者は聴診器を手に取った。勝手にホームズが診察椅子に座っているのだ。
おざなりに、ワトスンは胸の音を聞く。
「ホームズ、気持ちが悪いのなら、風邪をひいたか、妊娠したかのどっちかだな」
「そうか……じゃぁ、風邪をうつされた記憶がないから、妊娠か……」
*支払い
実入りは、探偵業を営むホームズの方がよほどいいはずなのに、今日もまた、ワトスンが買ってきた新聞を当然と先に横取りし、1ペニーも払おうとしないホームズに、ワトスンは切れた。
「ホームズ、君も金を払いたまえ」
しかし、探偵は澄まして、ティーテーブルに歩いて行く。
「残念だが、今、持ち合わせがないね」
「嘘を言うな」
だらしない探偵のポケットに、釣りの小銭が入っていないはずがない。
ワトスンは、強引に取り立てるため、背後から、探偵を羽交い絞めにし、ポケットというポケットを無遠慮にさぐった。探りに探ったが、残念だが、その日は、本当に見つからない。諦めて、友人を離そうとすると、ホームズが離さない。はぁはぁと、息が荒い。
「ワトスン、君がもっと徹底的に探してくれるんだったら、……財布ごと渡す」
*覗き……?
事件の捜査中だった。
ホームズは、その館の夫人が、使用人の一人と不適切な関係に陥っていることに気付いてしまったのだ。
申し開きもできない証拠を前に、ワトスンは、目を逸らした。
しかし、聞いておかなければならないこともある。
「ホームズ、夫人と彼は、一体いつからの付き合いなんだ……?」
双眼鏡を手にホームズは答える。
「そうだなぁ。彼の尻の日焼け具合からして、夏より前は、間違いないな……」
*寂しい!
「一つ、僕の推理を聞かせてやろう」
外出から帰るなり、ホームズにつかまり、ワトスンは眉を寄せた。
「君は今日、若く魅力的な女性と食事をする機会に恵まれた。だが、残念ながら、彼女は既婚者だった。君の友達である医者の新妻なんだから当然だな」
「まぁね、ホームズ……だが、そのことなら、昨夜、明日出掛けるからといった時に、説明したことだ」
ワトスンは、埒もないことを言い出した探偵を見下すように目を眇めた。
「ワトスン、ロマンティストな君はその場で、幸せな誤解を一つしてきたに違いない。医者という職業についていれば、彼女のような女性と結婚する機会に自分も恵まれるかもしれないと」
だが、ホームズも負けず、医者を馬鹿にしたように目を眇める。
「だが、それは、誤解だ。女性は、健康のために、医者と結婚しない。君の友達は金持ちだ。君は違う!」
「……わかった。ホームズ、明日の夕食は、必ず一緒に食べよう」
*帰るのが怖い
事件の捜査に夢中になるあまり、ワトスンとしていた夕食の約束も忘れ、探偵が下宿を目指すことを思い出したのは、真夜中も過ぎた時間だった。
ワトスンが怒っていることは間違いなく、それを考えると気も重い探偵が下宿へとのろのろと帰りつくと、窓のそばで、ごそごとと不法侵入を試みようとしている不貞の輩がいる。
ホームズは、閃いた。
背後からそっと男に忍び寄った。
そして、男を羽交い絞めにした。
「おい、君、暴れるな、取引しようじゃないか、もし、君が僕より先にドアから入るというんだったら、鍵を開けてやる。どうだ?」